どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

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 リナリナ。
 まさかこんなところでその名前を聞くとはという気持ちのなかに、やっぱりと納得する気持ちが混じる。ユリウスと話したときにリナリナの名が出た。そのときから覚悟はしていたのだ。

「おや、あまり驚いていらっしゃらないようですね」
「これでも、驚いているわよ。少なかったけれど交流があったから」
「貴女が命令して殺したのではないかという話もありますが?」

 私が抗議する前に、イルが目の前にいた。すらりとした短剣をカナンの首筋に突き立てていた。

「イル!」
「醜悪な声なので、削ぎ落とそうかと。カルディア姫はお気になさらず」
「馬鹿、しまいなさい!」

 私の言うことなどイルは聞く気がないようだ。
 切っ先を向けられているカナンの様子もおかしかった。全く動揺していないのだ。まるで慣れているといわんばかりに平然としている。
 イルは本気だ。それがわからない訳ではないだろうに、どうして?

「イル」
「この男は、今明確に貴女を馬鹿にしました。俺の主人の奥方になる方です。決して許される言葉ではない」
「何も人殺しと罵った訳ではないのですが」
「カナン、お前は喋らないで。死にたいの?」
「死を感じ取るような恐怖を感じませんよ。残念ながら、僕はこんな目に合うのは慣れているので」

 橙色をした瞳から怯えは感じられない。
 流石のイルも気圧されたように素早く短剣をなおすと、私に耳打ちして来た。

「この男、大分変ですよ。叩き出しましょうか」

 迷ったが首を振る。失礼な男とはいえ、貴族の息子だ。無礼な行いを続けるわけにはいかない。
 幸いなことに、カインはイルに殺されかけたことを愉快に思っているようだ。感情が消えていた瞳に、愉悦が滲んでいた。

「ギスラン・ロイスターの手駒をよく飼い慣らしていらっしゃるのですね」
「……お前には謝るべきなのかしら。そうなのよと誇るべき?」
「ご判断にお任せします。――流石の僕も王女が殺したとは思っていません。メリットがあまりにも少ない」

 そう思っているのに揺さぶる為に、わざと口にしたのか。

「ですが、懇意にしていたのではなかったのですか。本来ならば禁忌とされる、平民との同席を許したとお聞きしましたが」
「……彼女は『聖塔』の一員だった。これ以上の説明は不必要でしょう?」
「なるほど。それで失望されて疎遠に。ならば、僕がこうして話に来たのも煩わしいことでしょうか」

 本当はそれだけが理由ではないが、結果的にリナリナとは会う接点がなくなった。そもそもあちらから来なければ、私からは行かないような関係だったのだ。懇意にしていたという話も丈の合わない服を無理矢理着せられているような違和感しかない。
 イルの話では、ロランという官吏のもとに嫁ぐことになったのだったか。二十以上も歳が離れていると言っていたはずだ。

 ――殺されたのか。

「あいつは、本当に切り裂き魔に殺されたの」
「警察も自警団もその線で追っているようですね。とはいえ、目撃証言もなく、死体の残忍さで決められた節もあるようですが」
「……まだ捕まっていないのよね」

 イルの裾服の袖を掴む。こいつの母親も、切り裂き魔に殺されたのだと聞いた。

「女の腸が好きな異常者か、はたまたいかれた快楽殺人鬼か。悪魔の所業を行ったのは誰なのか、僕も気になってはいるのですがね。誰も、犯人に繋がる手がかりを得ていないのですよ」
「だから、私に話を聞きにきたの? でも私はリナリナの本当の名前さえよく知らなかったのよ。切り裂き魔のことだって、事件を起こしているということしか知らない」
「いえ、実はこの話には続きがありまして」

 カナンは唇に指をつけて、もったいぶった。

「自称リナリナ、彼女の遺体が、消えたそうなのですよ」
「消えた? 水葬されたのではなかったの?」
「その予定だったのですが、棺桶にいたはずの死体を河に流す前に、まるで霧のように忽然と消えてしまったらしいんですよ」
「誰も近くにいなかったの?」
「いましたよ。渡し船の男です。ですが、その男の話がますます興味深くて、不気味で」

 男がいたのに、遺体を誰かに盗まれたのだろうか。だが、そんなことになっているのならば、犯人を見たはずだ。捜索されているはずだろう。
 弄ぶようにたっぷりと時間を取って、カナンは言葉を続ける。

「男は確かに人を見たと言ったんです。死に化粧をした女がフリルのドレスを揺らしながら、近付いてきたのだと。彼女は渡し船の男にこう問いかけました。『はなおとめはどこだ』と」

 はなおとめ。
 はなおとめだって?

「男は怖くなって、首を振るばかりで。正気に戻った頃にはもう女はいなかったそうです。そして、棺桶のなかは空になっていた……」
「なっ! それじゃあ、まるで」
「ええ、渡し船の男はね、リナリナが蘇ったのだと、本気で言っていたのですよ」

 そんなこと、本当に起こりえるのか。麻薬を服用した渡し船の男の男の妄想で、死体が盗まれただけなのではないか。
 カルディアという名前の少女だ。この国では価値がある。何らかの理由で、持ち去られたのではないか。
 そう思わなくては、とても正気とは思えない。
 死人は蘇ったりしない。
 それに、はなおとめだって?
 どうして、リナリナの口から、その言葉が。

「彼女の婚約者は、勿論、信じてはいませんでしたよ。最初は渡し船の男が盗賊の手助けをしたのだと思い、関係がなさそうだと判断すると、盗賊達に薬を嗅がされ、幻覚をみていたのだと判断した。普通ならば、そう判断するのが自然なんでしょうがね。あいにくと、僕は彼よりも少しだけ情報を持っていましたので」

 そういって、橙色の瞳が私を見つめた。
 溶けてしまいそうなほど熱があった。まるで、この世のすべての視線を奪ったような、激しい羞恥心に襲われる。
 初めてだった。恋や愛じゃない。執着じゃない。好奇心だろうか。知的な煌めきだ。全身を暴いてやろうという暴力的な理性の発露だ。

「はなおとめ。そう言われているらしいですね、カルディア王女。それは、どうしてですか」
「私だって、知りたいわよ」
「驚いた。貴女はご存知ではないのですか」
「ヴィクターに呼ばれていることをお前は言っているのでしょうけれど、残念ね、私も理由は知らないの。聞いたことはあるけれど、ちゃんと返答を貰っていないの」
「では、自称リナリナを名乗った少女が口走った理由を貴女は知らないと?」
「知らないわよ。……けれど、生前、あいつの前ではなおとめと呼ばれたことはないわ。リナリナも私をそう呼んではいなかった。……別のはなおとめのことでは?」

 そうは言いながらも、はなおとめだなんて呼ばれ方をされる人間を想像できなかった。そもそも、このはなおとめというのは、どういう意味なのだろう。
 ユリウスや死に神も私をはなおとめと呼んだ。
 このはなおとめに何の意味があるのだろう。
 天帝と関係があるのは何となく分かる。ヴィクターやミミズクにそう呼ばれるからだ。『天帝と花』の花の意味か?
 いやだが、おかしいだろう。どうして、女神の名前であるカルディアを名乗る私が、はなおとめなんだ。女神は花でもあったのか? 女神の名前が沢山ある話とも繋がっている?

「僕ははなおとめは貴女だと思いますよ。なんとなくですが。彼女は貴女に何か伝えたいのでないですかね。大切な――例えば、切り裂き魔の正体とか」
「どうして私に? もしよ、もし生き返ったのだとして。私ではなく、普通ならば親や婚約者を頼るでしょう?」
「切り裂き魔の犯人が、大変高位な人間である可能性は? そういえば、レオン殿下はこの頃臥せっておられるとか? 切り裂き魔の最近の被害者の爪には犯人の皮膚片がつまっていたらしいですね。抵抗した際に、ひっかいたのではないかという話ですが。殿下の体のどこかに引っかかれた傷はありましたか?」
「レオン兄様が犯人と言いたいの?」
「民は不安がっているとお伝えしたいだけですよ。現に、殿下が切り裂き魔ではないかとい流言さえある始末」

 ――ふざけたことを。
 レオン兄様が、切り裂き魔だなんてありえない。

「誤解しないで下さい。僕は知りたいだけです。そして、皆も知りたがっている。不気味な切り裂き魔の正体を。無情な犯人の素顔を」
「お前が一番知りたがっているように見えるけれど」

 この男が、どうして新聞社なんてものを立ち上げ、今この場に至るまで辞めなかったのか分かった気がする。
 この男にとって、記者は天職なのだ。知的好奇心を満たすための体のいい隠れ蓑に過ぎないのだ。

「勿論です。そのために、貴女のもとにこうやって参っているのですから」
「残念ながら、空振りね。レオン兄様はただ、過労で臥せっていらっしゃるだけだし、リナリナは私を訪ねてきていないわ」
「まだですか。でも、いずれ、彼女は貴女の前に姿を現すと思います。その時になったら、僕を呼んで下さいませんか。何をしても駆け付けますので」
「私に利点がないように思うのだけど」

 そうですねと相槌をうったあと、カナンは悩むように腕を組んだ。

「それでは一度だけ、僕の会社の紙面一面を無料で提供いたしますよ。どんな文言でも、校閲はなしです。どうですか?」
「……いまいち、興味が惹かれないわね」
「でも、いいプロパガンダにはなるかもよぉ?」

 横からリュウが口を出して来る。さっきまで大人しかったのに、どうしたのだろうか。

「プロパガンダ?」
「こういう大衆への娯楽を発信する新聞社こそ、敵に回すと怖いんだよねえ。何も色がついていないのは、それだけで利点だから。いつもはお堅いことを考えない、馬鹿で脳みそかすかすな連中さえ動かせる」
「……おや、王女の側仕えはどちらも口が達者なようですね」
「こいつは今日限りの側仕えだけれども。……価値があるものだと言いたいの?」

 リュウが、こくりと頷いた。

「結婚式を大々的に宣伝してもらったらいいんじゃないの。そうすれば、少なくとも自分の頭で考えたくない馬鹿どもは大手を振って祝福してくれるんじゃない?」
「……へえ。リュウ、お前が姫を祝福するようなことを口走るだなんて何の冗談?」
「うるさいな、イル。それで、どうするわけぇ? 釣り合わないっていうなら、もう少し譲歩してもらった方がいいと思うけど」

 広告のようなものか。……世論を動かして祝福して貰うのは何だか道理に背いているような気がするが、私達の結婚式を悪様に言われるのは納得がいかない。

「まあ、いいわよ。その条件で。……来ないと思うけれど。そもそも、蘇った、なんて世迷言だわ」
「僕は来ると思いますよ。この頃、カルディア王女の周りは騒がしい。貴女を軸に世界が動いているようだ。いや、世界が貴女を巻き込んでいると言った方が正しいんでしょうかね」
「あんまりな言いようね」

 そんなことはない、と思いたいが。確かにこの半年ほどろくな目に遭っていないような気がする。
 苦笑いで誤魔化して、追及を避ける。好奇心を擽ったら、厄介な手合いだ。

「……ふふ、冗談ですよ。定期的にこちらに遊びに来てもよろしいですか?」
「屋敷にはあまり帰ってこないのよ。普通は、学校にいる。用事があるならば、レゾルールに来て」
「レゾルールには、ちょっと。難しいんですよね」
「入場が制限されているから?」
「というのもありますが、あそこは治外法権なところがあるので」

 治外法権?
 ……ああ、サガルがいるからか。そう言えば、階級を勝手に作っていたし、いろいろとあそこでは自由に振る舞える。

「僕なんてまず入れないと思いますよ。会うこともかなわないかもしれませんね」
「……私がここに帰って来るのをよだれを垂らして待っていたの?」
「ご想像にお任せします」

 本当に食えない男だ。
 こんな奴、手玉に取れる気がしない。

「……ああ、そうだ。カルディア王女、いい話を一つ、お教えしますよ。自称リナリナと名乗った彼女、本名をカルディア・イーリアと言うそうです」

 しばらく、雑談して、帰り間際、何でもないことのようにカナンは口を開いて続ける。

「イーリア家は彼女を養子として引き取ったらしいですよ」
「……養子? そんなことは一言も言っていなかったけれど。元々はどこで生まれたの? ルコルス家?」

 カナンは驚いたように目をまんまるにした。

「知らないんですか。彼女、イーストンの遠縁ですよ。トヴァイスは彼女のことを知っていたと思いますが。なにせ、養子にと提案したのはあいつだと聞いています」
「……何ですって?」

 トヴァイスとリナリナが遠縁?
 しかも、あいつが養子を勧めた?
 どういうことだろう。あの男は、貴族である自分に誇りを抱いている。一族の者を、平民に落とすような真似はしないはずだ。
 しかも、カルディアと名前を与えられた女を、だ。何がどうなっているのだろう。

「……まずかったかな。僕が教えたことはくれぐれもご内密に」

 最後に問題だけを落としていって、カナンはそそくさと去って行った。




「それで、お前は何でついてきているのよ。もう、王宮でもないし、帰ってもいいのよ?」

 口を尖らせ、後ろにいるリュウに呼びかける。この男、何のつもりで帰らなかったのだろう。久しぶりに一緒の空間にいるから落ち着かない。
 こいつ、私のこと殺そうとしたことあったよな?
 何をのほほんと私に助言をしているのだろう。
 リュウは何食わぬ顔をして部屋の中を物色していた。私が声をかけるとゆっくりと振り返り、肩を竦める。

「ここにも童話がある。どれだけコレクションがあるわけぇ?」
「そんなの、別にいいでしょう。紛らわさずに、ちゃんと話して。サガルに何を言われてここに来たの」
「……別に」

 何か言いたそうな割には、すこし悩んで誤魔化した。はっきりと眉を顰める。リュウの考えが読めない。即答しないと言うことは、サガルに命じられたわけではないのか?

「……ああ言う男、久しぶりに見ましたよ。あんな奴お貴族様の中にもいるんですね」
「ああ言う奴?」

 言葉を重ねないリュウを無視する形で、イルが独りごちた。

「他人への共感が極端に低い奴って事です。あれは生きるのに泥水啜らなきゃいけなかったぐらい気難しい性質ですよ」
「蘭花の連中に似てる」
「あいつらよりなお、やばいだろ。あいつらは金で動くが、情動もある。身内が殺されれば、嘆き悲しむ。あれは結局、自分の身が一番で、それ以外はごみな部類」
「そうだねぇ。……社会のあぶれものってのは間違い無いかも」

 イルは私に向き直ると真面目な顔をして続けた。

「俺が武器を突きつけても、汗ひとつなかった。そういうのは異常なんですよ。殺されかけているのに、何もしないだなんて、殆ど狂人の域だ」
「恐怖心を感じていないということ?」
「どうなんでしょうね。少なくとも、怯える様子はなかった。瞳孔すら拡張してなかったので」

 いい暗殺者になりそうなのになとぼそっと呟いた。貴族の子息を人殺しにしようとするとは、イルも肝が座っている。

「貧民街にもああいう手合いはいましたけど、軒並みやばい奴らでしたよ。自分が恐怖を感じないので相手を慮れないんです。近づき過ぎるとロクな目に合わない」
「せいぜい、気に入られないようにしなよぉ? ただでさえ、この間、変な奴に命狙われてたんだから」

 ……ジョージのことをあて擦られている。
 さきほど、食事をしたあとに、家族を助けるようにと嘆願書を書いた。
 それをこいつは後ろから見ていて馬鹿だと思ったのかもしれなかった。

「せいぜい気をつけるわよ。まあ、ルコルスが私に媚びを売ったり、積極的に絡んで来たりはしないはずだから、杞憂だと思うけれど」
「ルコルス家と、どういうお知り合いなんですか」
「知り合いというか……。貴族なんてそこまで多いわけでもないし、顔見知りばかりよ。それにカナンは三つ子の末っ子だし。有名だと思うわよ」
「……前から思っていたんですが、カルディア姫って貴族の顔と名前覚えていらっしゃるんですね。社交嫌いなのに」

 本当に意外そうな顔をしないで欲しい。不敬だぞ。

「失礼ね。社交界デビューしたのだから、それなりに名前ぐらい覚えているわよ。でも、全然駄目。トヴァイス・イーストンは他国の官吏の名前をつらつら並べることが出来なければならないと言っていたの。それも出来ないならば、社交界に出入りする者として失格だと」
「……あー、そりゃあ、大変だ。俺には出来そうにないですよ」
「でしょう? 私もきっと無理だわ」

 今でも、あの嫌味ったらしい男の顔が思い浮かんで来る。
 あの男の鼻をあかしてやりたいが、そもそも他国の官吏が私に話しかけてくることなどない。でも、自分から話しかけて挨拶するのは、自分で学をひけらかしているようで嫌だ。
 そもそも、簡単に話しかけられるような身分でもない。気軽に話しかけるような性格でもないのだから、見返すことなど無理だろう。偉そうな男だ、リナリナのことだって教えてくれてもいいのに。

「……でも、カインときちんと話したのは今日が初めてね。というか、本当に新聞社なんて持っているの?」
「持ってるよぉ。あいつが、記者なのも、界隈では有名。でも、本人が一人乗り込んでくるって話は聞いたことがないけど」
「……情報提供の話、もう少し考えるべきだったかしら」
「いやいや、伸ばせば痛くない腹を探られかねませんよ。ギスラン様のご容態も、あることないこと書かれていたかもしれませんし」

 それもそうかと胸を撫でおろす。
 ほどほどに、持ちつ凭れつのような関係がいいか。
 無駄に探られないようにしなくては。
 リュウはいつまでも帰る気がなく、前のようにだらだらと部屋でくつろぎ始めた。それにつられるように、イルも童話をペラペラ捲り始める。久しぶりの光景だ。
 二人とも、猫かなにかなのだろうか。自由気ままだな。

「カルディア姫、紅茶飲むときは毒見しますからね」

 床に横たわりながら言うイルにため息がこぼれた。


 ――と。
 なんだか色々あったが、平和に一日が過ぎるのだと、勝手に思っていた。

「ディア、目を覚ませ。兄上を看病しに行くぞ」

 夜。イル達を隣の部屋に控えさせ、寝室で眠ろうと横になったときのことだった。
 バルコニーから突然現れた、フィリップ兄様が私を抱え上げて馬車に放り込んだ。
 馭者が馬に鞭を入れる。
 馬車の窓から見えた屋敷では、あらゆる部屋の明かりが灯り、イル達がこちらを指差していた。

「兄上はお一人で心弱くなっているに違いない。この時につけこま……お優しくしなくてどうするのか。ぼくとおまえで、兄上の看病をすることに異論があるか?」
「……フィリップ兄様、異論はないのですが、なぜ誘拐のような真似を?」
「ただやってみたかっただけだが?」

 王宮へと馬車が駆ける。後ろから、イル達が追いかけて来ているのが見えた。
 麗しいフィリップ兄様は、月のように神々しく、笑っていた。
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