どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

文字の大きさ
201 / 320
第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

187

しおりを挟む
 


 あらかたサンドイッチを食べ終えて、サリーにもう一度紅茶を注いでもらう。テウは私の勧めを断って、私を見つめている。もう何も食べていないのに、とても熱心に見つめていた。

「そういえば、テウは王宮に来たことがあるのよね?」
「貴族になったときに国王陛下にご挨拶をしたくらい。それ以外ではあまり。学校にいたから、殆ど議会にも顔を出していないしね」
「バロック家はお前が当主だものね。次のシーズンからはお前も議員の一人として議会に参加することになるのだろうし」

 テウがノアやトヴァイスのように議会に参加するようになるのか?
 考えるだけで大丈夫だろうかと心配になる。ノアはともかくトヴァイスは、嫌味で体が構成されたような男だ。私の従者というだけで絡まれて嫌がらせをされかねない。

「心配?」
「まあ、そうね。私を嫌っている奴が多いから、お前にまで被害が及びそうだなと思って」
「なら安心して。俺の方が貴族の中では鼻つまみものだから」

 むっと眉間に皺を寄せる。確かに、テウの事情は複雑だ。忌み嫌われるものだということも理解出来る。だが、理性とは別のところ、感情では上手く処理しきれない。テウには軽んじられることなく、疎まれることなく、過ごして欲しい。そう思うことは傲慢なのだろうか。

「俺としては気が楽だけど。お姉さんは俺にもっと貴族らしく振る舞って欲しい?」
「テウが貴族らしく振る舞っているところなんて一回も見たことがないわ。……お前がやりたくないのならば強制はしない。私としてはずっとこうやって料理を作って欲しいもの」

 半分以上本心だ。テウの料理は毒味をしなくても食べられる。いつもテウが美味しいものを作ってくれるから、食べることが楽しいことだと強く思うようになった。

「俺も、お姉さんやトーマにずっと作っていたいな」

 目頭が熱くなる。トーマの名前が出たときうっかり変な声を出してしまいそうだった。

「トーマ、まだ良くならないのかな。俺、ずっと待ってるのに」

 カップを持つ手が震えた。ヴィクターから聞いたことを打ち明けていいものなのか。ぐるぐると頭の中で考える。言おうと思った次の瞬間、言いたくないと拒む自分がいた。口に出せばそのことが本当に起こってしまうような気がした。

「トーマはね、好きなものを最後に残すんだ。味わって食べる。感想はいつも淡白だけど、また食べたいって言って、次に来たときにないと拗ねる」
「トーマらしい」
「清族って恐ろしい印象があったんだ。俺にはない特別な力を持っているから。今でもそれは変わらないし、トーマも術を行使しているときは怖いと思う。けど、トーマが食事しているところを見るのは嫌いじゃない」

 私もだ。テウの部屋で食事をするとき、私達は不思議な関係で結ばれる。家族のような、友達のような、それ以上のような、何かでむずばれた関係が出来上がる。言葉にするのは難しいが確かな繋がりだと私は信じている。

「……私も、あいつの食べている姿は嫌いじゃないわ。待っている間、次の料理が出ないかなと子供みたいにそわそわしているもの。口ばかり悪態をつくけれど、お前に懐いている」
「懐いているかな?」

 頷くとテウは唇を少しだけ上げて笑った。

「テウは大食漢だから、それでかも知れない。お姉さんがいないところで夜食作ってくれって叩き起こされたことがあるよ」
「あいつ、見境がないわね……」
「悪夢を見るって泣いてた。ぼんやりとした顔をして、虚な顔をして。無意識に俺のところに来たみたいだった」
「どうして泣いていたのか、訊いた?」

 首を振ったテウは困ったように頬を掻いた。

「悪夢を見るとだけ。食べて帰ったよ。次会った時は平然としてた。覚えていなかったのかも」
「……そう」

 迷惑な奴だと笑うのは簡単だ。だが、普通夜食を作ってくれと言いながら泣きながら訪ねてくるか?
 トーマは精神的に参っていたのでは。あいつ、本当は何か悩み事があるのではないか。

「あいつとは一度、きちんと話し合うべきよね。……一応あいつは私の従者なのだし。変に悩まれても困るもの」

 ぶつぶつと呟くと、テウは急に真顔になってテーブに、ピアノの鍵盤を弾くように小指から親指までを順にのせていった。
 サリーが動いた気配がする。テウが一度、サリーに視線を向けて、笑みを顔に貼り付けた。

「トーマは来なくなった。そしたら、お姉さんも来なくなった」

 テウは甘い猫撫で声を出して、上目遣いで見上げてきた。今までの会話がぷつりと途切れたような、話題転換だった。

「フィリップ兄様に拉致されてここに来ていたのよ」
「イルが教えてくれるまで、俺は知らなかった。お姉さんは俺のご主人様なのに、連絡もなし」

 ふくらはぎの筋肉が乖離を起こしたようにじくじくと痛み出す。テウは笑顔を浮かべているが、それは表面的な仮面だ。弁解しようと口を開けて、喉が鳴る。くすくすと嘲るように笑われた。

「……ごめんなさい」

 結局、どんな言い訳も言葉に出来ずに謝罪する。

「どうして謝るの」
「お前に何も言わなかったから。次からは、きちんと連絡するから」
「違うよ、お姉さんは勘違いしている。俺が連絡しないことに腹を立ててると思っているの?」

 ならば何だと言うのだろう。だから急に機嫌を悪くしたのではないのか?

「そうじゃないよ。俺はそのことを怒ってなんかいない。言ったでしょ? 心配したって。俺が怒っているのは別のこと。……トーマばかり、贔屓するのは何で?」
「な、何を言っているの?」

 贔屓なんかしていない。しているつもりはない。ただ、トーマが危ういから、どうにかしようと思っただけ。テウだって心配していたじゃないか。
 それにさっきはテウの心配をしていた。議員としてやっていけるのかと。トーマばかりじゃない。

「トーマのことを心配してる。トーマだけを。悪夢を見るから? だったら、俺も見るよ。トーマと同じ夢。そして泣きじゃくって縋ればいい? それとも、ずっと目覚めないことがそんなに同情すべきことなのかな。だったら俺も骨が浮き出るくらい眠り続けてみようか?」
「テウ!」
「ああ、それともこれの方が早いかな」

 そう言うや否やテウはテーブルに両手をついてガンと頭を打ち付けた。
 ガン、ガン、ガン、ガンガンガン!
 つうっと額から血が滴り落ちていく。真っ赤な、どろりとした血。唇に垂れてきたものを拭うこともなく、テウは同じ動作を続けた。
 テウの体に抱き付いて、二人で椅子と共に後ろに倒れる。止めるにはこうするしかないと思っての衝動的な行動だった。テウは私よりも力がある男性だ。私の手だけでは止められなかった。
 だが、後ろに倒れるとは予想外だった。背中を打ち付けたテウが呻き声を上げる。慌てて、退こうとした私にテウの腕がつたの様に絡みついた。
 ぎゅうとおしける様に胸に頬がめり込む。
 苦しくて手で叩く。
 はやく手当てをしなくちゃならないのに、離す気配はない。

「やった。相手をしてくれた。ありがとう、お姉さん。俺はとても幸福だ。とっても、とっても。――分かって、わからなくても、分かって」

 無茶苦茶なことを言うな。私にお前はわからない。話をしたい。でも、テウは望んでいないのだろうか。ただ、分かって欲しいのか。
 トーマばかりを構っているとテウは言っていた。私がトーマに心を傾けることが気にくわない。それだけじゃないはずだ。テウは話し合うと言った私の言葉でおかしくなった。けれど本当にそれがこの行為の原因なのだろうか。
 妬心の中心にあるものをテウは教えない。そのくせ分かって欲しいなんて身勝手なことを言う。
 腕の中で暴れる。それでも、簡単に封じ込められてしまう。テウはぎゅうぎゅうに私を抱きしめた。テウの額からは絶えることなく血が流れている。

「――これは一体、どういう状況ですか?」

 戸惑うような男の声がした。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...