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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟むあらかたサンドイッチを食べ終えて、サリーにもう一度紅茶を注いでもらう。テウは私の勧めを断って、私を見つめている。もう何も食べていないのに、とても熱心に見つめていた。
「そういえば、テウは王宮に来たことがあるのよね?」
「貴族になったときに国王陛下にご挨拶をしたくらい。それ以外ではあまり。学校にいたから、殆ど議会にも顔を出していないしね」
「バロック家はお前が当主だものね。次のシーズンからはお前も議員の一人として議会に参加することになるのだろうし」
テウがノアやトヴァイスのように議会に参加するようになるのか?
考えるだけで大丈夫だろうかと心配になる。ノアはともかくトヴァイスは、嫌味で体が構成されたような男だ。私の従者というだけで絡まれて嫌がらせをされかねない。
「心配?」
「まあ、そうね。私を嫌っている奴が多いから、お前にまで被害が及びそうだなと思って」
「なら安心して。俺の方が貴族の中では鼻つまみものだから」
むっと眉間に皺を寄せる。確かに、テウの事情は複雑だ。忌み嫌われるものだということも理解出来る。だが、理性とは別のところ、感情では上手く処理しきれない。テウには軽んじられることなく、疎まれることなく、過ごして欲しい。そう思うことは傲慢なのだろうか。
「俺としては気が楽だけど。お姉さんは俺にもっと貴族らしく振る舞って欲しい?」
「テウが貴族らしく振る舞っているところなんて一回も見たことがないわ。……お前がやりたくないのならば強制はしない。私としてはずっとこうやって料理を作って欲しいもの」
半分以上本心だ。テウの料理は毒味をしなくても食べられる。いつもテウが美味しいものを作ってくれるから、食べることが楽しいことだと強く思うようになった。
「俺も、お姉さんやトーマにずっと作っていたいな」
目頭が熱くなる。トーマの名前が出たときうっかり変な声を出してしまいそうだった。
「トーマ、まだ良くならないのかな。俺、ずっと待ってるのに」
カップを持つ手が震えた。ヴィクターから聞いたことを打ち明けていいものなのか。ぐるぐると頭の中で考える。言おうと思った次の瞬間、言いたくないと拒む自分がいた。口に出せばそのことが本当に起こってしまうような気がした。
「トーマはね、好きなものを最後に残すんだ。味わって食べる。感想はいつも淡白だけど、また食べたいって言って、次に来たときにないと拗ねる」
「トーマらしい」
「清族って恐ろしい印象があったんだ。俺にはない特別な力を持っているから。今でもそれは変わらないし、トーマも術を行使しているときは怖いと思う。けど、トーマが食事しているところを見るのは嫌いじゃない」
私もだ。テウの部屋で食事をするとき、私達は不思議な関係で結ばれる。家族のような、友達のような、それ以上のような、何かでむずばれた関係が出来上がる。言葉にするのは難しいが確かな繋がりだと私は信じている。
「……私も、あいつの食べている姿は嫌いじゃないわ。待っている間、次の料理が出ないかなと子供みたいにそわそわしているもの。口ばかり悪態をつくけれど、お前に懐いている」
「懐いているかな?」
頷くとテウは唇を少しだけ上げて笑った。
「テウは大食漢だから、それでかも知れない。お姉さんがいないところで夜食作ってくれって叩き起こされたことがあるよ」
「あいつ、見境がないわね……」
「悪夢を見るって泣いてた。ぼんやりとした顔をして、虚な顔をして。無意識に俺のところに来たみたいだった」
「どうして泣いていたのか、訊いた?」
首を振ったテウは困ったように頬を掻いた。
「悪夢を見るとだけ。食べて帰ったよ。次会った時は平然としてた。覚えていなかったのかも」
「……そう」
迷惑な奴だと笑うのは簡単だ。だが、普通夜食を作ってくれと言いながら泣きながら訪ねてくるか?
トーマは精神的に参っていたのでは。あいつ、本当は何か悩み事があるのではないか。
「あいつとは一度、きちんと話し合うべきよね。……一応あいつは私の従者なのだし。変に悩まれても困るもの」
ぶつぶつと呟くと、テウは急に真顔になってテーブに、ピアノの鍵盤を弾くように小指から親指までを順にのせていった。
サリーが動いた気配がする。テウが一度、サリーに視線を向けて、笑みを顔に貼り付けた。
「トーマは来なくなった。そしたら、お姉さんも来なくなった」
テウは甘い猫撫で声を出して、上目遣いで見上げてきた。今までの会話がぷつりと途切れたような、話題転換だった。
「フィリップ兄様に拉致されてここに来ていたのよ」
「イルが教えてくれるまで、俺は知らなかった。お姉さんは俺のご主人様なのに、連絡もなし」
ふくらはぎの筋肉が乖離を起こしたようにじくじくと痛み出す。テウは笑顔を浮かべているが、それは表面的な仮面だ。弁解しようと口を開けて、喉が鳴る。くすくすと嘲るように笑われた。
「……ごめんなさい」
結局、どんな言い訳も言葉に出来ずに謝罪する。
「どうして謝るの」
「お前に何も言わなかったから。次からは、きちんと連絡するから」
「違うよ、お姉さんは勘違いしている。俺が連絡しないことに腹を立ててると思っているの?」
ならば何だと言うのだろう。だから急に機嫌を悪くしたのではないのか?
「そうじゃないよ。俺はそのことを怒ってなんかいない。言ったでしょ? 心配したって。俺が怒っているのは別のこと。……トーマばかり、贔屓するのは何で?」
「な、何を言っているの?」
贔屓なんかしていない。しているつもりはない。ただ、トーマが危ういから、どうにかしようと思っただけ。テウだって心配していたじゃないか。
それにさっきはテウの心配をしていた。議員としてやっていけるのかと。トーマばかりじゃない。
「トーマのことを心配してる。トーマだけを。悪夢を見るから? だったら、俺も見るよ。トーマと同じ夢。そして泣きじゃくって縋ればいい? それとも、ずっと目覚めないことがそんなに同情すべきことなのかな。だったら俺も骨が浮き出るくらい眠り続けてみようか?」
「テウ!」
「ああ、それともこれの方が早いかな」
そう言うや否やテウはテーブルに両手をついてガンと頭を打ち付けた。
ガン、ガン、ガン、ガンガンガン!
つうっと額から血が滴り落ちていく。真っ赤な、どろりとした血。唇に垂れてきたものを拭うこともなく、テウは同じ動作を続けた。
テウの体に抱き付いて、二人で椅子と共に後ろに倒れる。止めるにはこうするしかないと思っての衝動的な行動だった。テウは私よりも力がある男性だ。私の手だけでは止められなかった。
だが、後ろに倒れるとは予想外だった。背中を打ち付けたテウが呻き声を上げる。慌てて、退こうとした私にテウの腕がつたの様に絡みついた。
ぎゅうとおしける様に胸に頬がめり込む。
苦しくて手で叩く。
はやく手当てをしなくちゃならないのに、離す気配はない。
「やった。相手をしてくれた。ありがとう、お姉さん。俺はとても幸福だ。とっても、とっても。――分かって、わからなくても、分かって」
無茶苦茶なことを言うな。私にお前はわからない。話をしたい。でも、テウは望んでいないのだろうか。ただ、分かって欲しいのか。
トーマばかりを構っているとテウは言っていた。私がトーマに心を傾けることが気にくわない。それだけじゃないはずだ。テウは話し合うと言った私の言葉でおかしくなった。けれど本当にそれがこの行為の原因なのだろうか。
妬心の中心にあるものをテウは教えない。そのくせ分かって欲しいなんて身勝手なことを言う。
腕の中で暴れる。それでも、簡単に封じ込められてしまう。テウはぎゅうぎゅうに私を抱きしめた。テウの額からは絶えることなく血が流れている。
「――これは一体、どういう状況ですか?」
戸惑うような男の声がした。
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