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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む止めるすべはなかった。生々しい音に顔を逸らそうとしてしまった。リストは眉一つ動かさない。こうすることが当たり前だと言わんばかりに。
「残念ながら、俺は慈悲のない男だ。死体を蹴り転がすのも躊躇わない。……お前自身も血塗れている。顔が真っ赤だ」
頬を触られそうになり体を捻って避ける。
リストに触られたくはなかった。人形師の肩に触れる。その瞬間、どろりと血の塊へと変わる。
「清族の術?」
よくあることだと言うのも馬鹿らしくて口を閉じる。
そのかわり、血の中にぷかぷかと浮かぶ手紙をつまみ上げて、リストに押しつけた。手紙は血で、赤黒く変色していた。
「返すわ」
「今更か?」
「……ええ」
リストの言う通り、今更だ。これをリストに返したところで手紙はなくなりはしない。リストが殺し回ったことは消せない。ギスランが私のせいで死んだことも、なかったことに出来ない。
「俺が許せないか」
「許せるわけがない」
「だが、手紙を信じなかったのはお前だ、カルディア」
「そうね」
ならばとリストは言葉を区切った。
「全てに目を瞑れ。あるべき姿に戻すべきだとは思わないか」
「……クロードを殺したお前を赦せというの?」
「そうだ。ギスラン・ロイスターも、クロード兄上も、お前の周りの人間を殺したことを赦せ。お前を手に入れるために殺した。お前の気の狂った元婚約者殿と同じように俺もまた、恋に狂ったのだ」
……嘘だ。
リストは殺し過ぎた。国王陛下も殺して、サガルも殺した。
恋という言葉では到底、片付けられない。
「色恋だと思わせれば絆されるとでも? お前は王になりたいのでしょう」
「……俺を信じられないのか」
「お前の言葉の真意を私は間違えてばかりだった。ならば、行動をなぞるしかないわ。お前はただ、王族を殺して回った。お前が王座に腰掛けるために」
「血塗れの王座か」
リストは顔を背ける私の顎を掴み、無理矢理、顔を合わせた。
「だとしたらどうする? お前を殺すと言った方がいいのか。命乞いをしたら、許してやるとでも? 馬鹿馬鹿しい。俺がこの手を血で染めることを厭わないのなら
止めるすべはなかった。生々しい音に顔を逸らそうとしてしまった。
「残念ながら、俺は慈悲のない男だ。死体を蹴り転がすのも躊躇わない。……お前自身も血塗れている。顔が真っ赤だ」
手で頬を触られそうになり体を捻って避ける。
リストに触られたくはなかった。人形師の肩に触れる。その瞬間、どろりと血の塊へと変わる。
「清族の術?」
よくあることだと言うのも馬鹿らしくて口を閉じる。
そのかわり、血の中にぷかぷかと浮かぶ手紙をつまみ上げて、リストに押しつけた。
「返すわ」
「今更か?」
「……ええ」
リストの言う通り、今更だ。これをリストに返したところで手紙はなくなりはしない。リストが殺し回ったことは消せない。ギスランが私のせいで死んだことも、もうなかったことに出来ない。
「俺が許せないか」
「許せるわけがない」
「だが、手紙を信じなかったのはお前だ、カルディア」
「そうね」
ならばとリストは言葉を区切った。
「全てに目を瞑れ。あるべき姿に戻すべきだとは思わないか」
「……クロードを殺したお前を赦せというの?」
「そうだ。ギスラン・ロイスターも、クロード兄上も、お前を手に入れるために殺した。お前の気の狂った元婚約者殿と同じように俺もまた、恋に狂ったのだ」
……嘘だ。
リストは殺し過ぎた。国王陛下も殺して、サガルも殺した。
恋という言葉では到底、片付けられない。
「色恋だと思わせれば絆されるとでも? お前は王になりたいのでしょう」
「……俺を信じられないのか」
「お前の言葉の真意を私は間違えてばかりだった。ならば、行動をなぞるしかないわ。お前はただ、王族を殺して回った。お前が王座に腰掛けるために」
「血塗れの王座か」
リストは顔を背ける私の顎を掴み、無理矢理、瞳を合わせた。
「だとしたらどうする? お前を殺すと言った方がいいのか。命乞いをしたら、許してやるとでも言えばいいのか? 馬鹿馬鹿しい。俺がこの手を血で染めることを厭わないのならば、お前こそ一番に殺されているべきだろう。なにせ、お前はこうやって俺の弱味をずっと手にしていたのだからな」
どす黒い血の色にリストの手が染まっている。
今更、体が震えてきた。目の前の男は人殺しなのだ。自分の手で、殺してまわった。眉一つ顰めずにやってのける。
「俺の行動にしか信用が置けないのならば、お前を殺さないことにこそ意味を持つべきだ」
「……子供を、産ませたいの?」
「何だと?」
「王族の子供よ。お前は、違うでしょう。だから、子供を」
言い終わらないうちに、リストの顔が迫った。湿った、生々しい何かが唇にあたっている。
すぐに荒々しく体を押され、唇にあたっていたものが離れていく。
「子供は欲しくない。……俺の言は信じられないか。王族の子がいれば、俺が王として認められると思うのか。どれだけ高位の女と契ったらこの身の汚泥がすすげると? そうすれば女神が俺に微笑むのか。貴族どもが俺が本当の出自を明かして、それでも頭上に君臨してくれと乞うてくれると?」
口を拭う。怒りと恥辱、愛情と執着が頭のなかで混ざって爆発しそうだった。
「お前が俺の子を宿したところで、俺には何の益もない。ただ、空虚なだけだ」
「ならば、どうして」
訳が分からない。リストが王座よりも私を好きとはとても思えなかった。王族の一員と正しくなると言われた方がまだ納得がいく。
「どうして……? では逆に聞くが、なぜ俺ばかりが損をする? いつ勘づいたのだか知らないが、お前の知っている通り俺は低俗な身分の生まれだ。高貴なお前達が俺を買った。心を壊した妻のために、俺の父は、赤子にリストと名乗らせた。王妃が父に粉をかけなければよかったとは思わないか。国王が王妃に目をかけていれば。お前の母親が、最初から王妃になっていれば。……現実はままならず、俺は買われ、リストという名前を与えれた。自分の出自を知った夜から、嫌な妄想ばかりが膨らむ」
吐きだす言葉、一つ一つが、鋭敏に尖っていた。
リストはずっと、そう思っていたのだろうか。王族に弄ばれたのだと。彼の人生など、これっぽっちも存在しなかったのだと。
……リストという男になる前に、彼は何という名前を持っていたのだろう。もっていたはずの名前のことを今やっと考えた。
リストとなる前。こいつの本当の名前。
「王族になど、なりたくなかった。兄弟同士で殺し合い、憎み合う。政敵を殺すために、策を巡らす。王座にどれほどの価値がある? 家臣達は、世界中の財宝を束ねても王座の輝きの方が勝ると本当に信じている。我が手中の王子こそふ玉座にさわしいとな。だが、こうも思う。王族以外にはなりたくはないと。ただの俺に、何の価値がある?」
王族では、ないリスト。こいつは、王族ではない自分は価値がないと思っているのか。秀才で、軍人でもあるというのに?
王族ではない、私には何の価値があるのかという問いだったら、分かるのだ。
だって、私は本当に王族以外の何かを持たない。
だから厭いながら、縋らずにはいられない。それ以外になったことがないから、尊重されないことが恐ろしくて認められない。
……リストもそうだというのだろうか?
「自己嫌悪と自己憎悪、何度も繰り返すうちにお前に目を遣ったのは事実だ。お前と結婚すれば、俺も王族として胸を張れるのではないかと」
「けれど、ギスランがいた?」
「そうだな。……それに、お前と接するたびに、厄介な女だということも分かった。傲岸不遜で、その癖自分自身に自信はない。多情で場当たり的なのに、こちらを見た時の一途さと言ったら。自分でも笑えてくるほどだ。……愚かにも、こう思った。俺だけをこいつは見ている。俺ばかりに、こうであると」
真っ赤な瞳が膜を張る。泣く準備をしているようだと思った。
「お前に甘くするたび、俺が善人であるような錯覚に陥った。誰かを愛せる、ただの人間であるような錯覚だ。血の臭いに酔い、悪辣に他者を貶める自分という存在にも救いがあると、そう」
言葉に怯みそうになる。だってそれは、愛の告白と変わらない。
「お前を望むのは、王族の一員として自分を正当化したいからなのかもしれない。俺にはもう正しく判断できない。だが、子供は欲しくないと思う。兄上のようにお前と結婚していれば違ったのだろうがな。……ただ、お前に俺を見て欲しかった」
前髪を触って、顔を背ける。ごわごわとした髪の感覚が、今までの血と怨嗟に満ちた道筋を思い出させてくれる。
ギスランを殺して、王族を殺しまわって、私を希求するリストが望んだものが、たったそれだけだと?
欲望があったはずだ。王族になりたい、王座につきたい。
だから、殺してまわった。そうでなければ、国王が殺されたのは何だというのだろう。巻き込まれるような形で、殺されたのだと?
鬼畜な自分を、恋という言葉で着飾っているだけだ。
リストの本質はもっと薄暗い欲に支配されているのだ。
そう思わなくては、頭がどうにかなりそうだった。
「――わ、私が、お前と結婚していれば、こんなことは起こらなかった?」
あの鼠達も、カリオストロの死や魔物の死も。ここで姿をとかした人形師とも、会わなかった? ギスラン・ロイスターも死ななかったのだろうか。
この男と結ばれていれば?
けれど、それこそ、もしもだ。
リストと同じ。そんなことは起こらず、こうなった。
リストは答えなかった。答えをきっと知らなかった。
あるいは、そんな質問に意味などなく、答えにはもっと意味がない。
腕を引かれ、無理矢理、立たされる。
リストの美しい貌は引き攣り、目元に刻んだ刺青が歪んでいた。
「帰るぞ、カルディア」
リストはそう告げた。私の手を掴んで、強い力で引きずられる。
抗うすべは、もうなかった。
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