魔術師のご主人様

夏目

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 それから、半年が経ち、先王の弟が王に即位した。前国王は、パリアを連れて、辺境地に隠居していった。
 パリアは、魔術師達を見てから、心を盗られたように放心したままで、食べたり、寝たりはするものの廃人のごとくぼーっとしているのだと、ムムが教えてくれた。
 なにか、魔術をかけたのかと双子にきいたが、双子は首を捻るばかりだった。
 ファウストは「己の醜さに殺された」と笑っていた。パリアは他人にも、美を敷いていた。己の醜さを恥じながら。そして、最後は魔術師という美しいものに見惚れ、そして深い自己嫌悪に落ちていったのだろうとファウストは語った。それが正しいかは分からない。真実は、パリアしか知らない。ただ、抜け殻のようなパリアがいることだけは確かだった。



 リジナとマリオは、半月後、法皇の強い勧めで、結婚式を挙げる運びとなった。双子は喧喧轟々と非難を上げ、ファウストもしれっとそれに加わったが、法皇の名の下、厳粛に行われるだろう。
 ーーあと半月後だ。
 リジナは拳を握る。やっと、マリオと結ばれることが出来る。
 そう思うと、長年の思いがますます溢れて止まらなくなる。あと半年もあるのに、ついつい浮かれて、双子の機嫌を損ねてしまう。

 双子はこの頃とみに我儘で、リジナの側を離れようとしない。特に一時的にリジナに会ってもらえなかったテオドールはべっとりと張り付いてくる。
 しかも、結婚式を挙げさせるものかと意気込んでいるのか、いつも以上、熱心に口説こうとするのだ。

 だが、今のリジナの耳には届かない。マリオに疑われても、覚めないのではないかと絶望にひたひたと浸かるような毎日も、乗り越えたのだ。
 今更、双子の誘惑に屈したりしない。
 むしろ、双子の躾計画を着々と計画しているぐらいなのだ。

 今日は、久しぶりにアトリエで絵を描いていた。絵具と用紙の臭いで胸がいっぱいになる。

 マリオがパリアの屋敷に行く日、月の絵を描きたいと考えたことを思い出し、描こうと思ったのだ。
 久しく描いていなかったせいで、見るからに腕が落ちている。月は歪に欠け、不気味に夜空に浮かんでいる。
 少し落ち込みつつ、筆を画材入れに片付ける。
 あれから、だいぶ経っていたが、見惚れるような月夜を記憶は鮮明だ。
 マリオがあの日、怪盗のように忍んで来てくれたせいでもある。
 あんなにかっこいい人が、夫になるのだ。世界で一番幸せな妻になるに決まっている。
 それだけに、上手く描写できず悔しい。
 もっと練習しよう。

 意気込んだときだ。

 顔と肩の間から、手が伸びて来て、キャンパスをなぞった。後ろを振り返ろうとして、匂いで気が付いた。マリオだ。
 彼はくすくす笑いながら、リジナの耳に唇を近づける。

「双子をのせている。酷い」

 膝の上でむちゃむちゃと微睡む双子に、マリオがむっと眉を顰めるのが分かる。
 ただ、声は柔らかなものだった。

「マリオ」
「うん。私だ。他に、忍んで来るものはいないだろうね?」
「いるはずがないよ」
「そうだろうか。このあいだ、ファウストに来世を誓ったと自慢された」
「……ファウスト」

 恨みがましく、名前を呼んでしまう。ファウストはリジナにそんな風に名を呼ばせる名人だ。
 くすりとマリオが笑った。

「涜神の宴があったと、前王は隠居させられたはずでは? それなのに、来世の話など。ファウストは、不信心者だ」

 ファウストを本気で不信心者だと思ってはいない。マリオは神妙な顔をしてファウストのことを語る。
 ファウストがどう思っているかは分からない。だが、マリオはファウストのことを気に入っているとリジナは思う。

 そうでなければ、張り合うようにファウストの名前を出さない。
 マリオは、嫌いな人間のことは、悉く無視する。カシスも、パリアもそうだ。
 マリオは、前王が隠居してから、前王の名前もパリアの名前も口にしなくなった。心の片隅に置いてもいない。最初からいなかったかのように振る舞う。
 そのはっきりとした態度が、マリオらしい。そんなところにリジナは、汚い優越感を抱いてしまうのだ。

「だいたい、リジナも薄情だ。私と来世、結ばれたくない?」
「でも、マリオ。来世なんて、きっとない。ファウストも、それを前提にしていたよ」
「それでも。なんだか、心を毟られているような気分になる。今のリジナに二心を抱かれているような気になる」
「私はすべて、マリオのものだよ」

 マリオの指に触れる。気を良くしたのか、マリオはリジナの手をつみ、ぎゅっと握った。

「うん。……もし、来世があったとしても、私がリジナを攫う。ファウストにも、この双子にも渡さない」

 首に回る腕の温度が、体に移っていく。
 マリオの体温が心地いい。きっと、彼以上に側にいたいと思う人はいないだろう。
 マリオを愛して幸せだ。このまま、絶えず、マリオと一緒にいたい。

「マリオ、好き」
「好きなだけ?」
「愛してる」
「私も。ねえ、リジナ。私の花嫁になってくれるだろう?」

 もちろんと言うかわりに、唇を交わす。マリオの唇は、砂糖菓子のように甘い。こんな風に、誓いの言葉を交わして、口付けることが出来る。そう思うと、壊れそうなぐらい胸が高鳴る。

「絶対に幸せにする。リジナのことを一生愛させて欲しい」

 マリオの唇が、もう一度近付いてきた。
 結婚式が、待ち遠しい。
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