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第7話
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さっきの部屋からは3つほど離れた扉。廊下に並んでいる同じ色の扉のひとつが開かれ、飛び込んできた光景に呆然とする。
「ここの服、好きに着て良いから」
そこにはずらりと棚が並んでいた。あまりの数に、開いた口が塞がらない。
束宵は手前の棚の引き出しを開けると、中を見せてくる。そこにはこれまた質の良さそうな女性ものの服がぎっしりと入っていた。
――なんで一人暮らしの男の家に女の服が? っていうか、この部屋にあるの、全部女性ものとか言う?
彼の家族のものなのだろうか。誰のものであれ、こうやって綺麗に保管されているのだから、束宵にとって、そして持ち主にとっても大切なものに違いない。であれば、私みたいな育ちのものが袖を通していいものではない。
「無理、着られないよ」
「あれ、こういうのは趣味じゃない?」
「これ、大事なものなんじゃないの? そんなのを私が着るわけには……」
「大事なものだけど、これは全部君が着ていいものだ。むしろ、君以外は着ちゃいけない服」
「どういうこと?」
説明を求める私を無視して「ちょっと失礼」と言うなり束宵はぎゅっと正面から抱き締めてくる。なにをされているのかわからずに、驚いた拍子に腕を上げたままの姿勢で硬直すると
「変なことしようとしてるわけじゃないから、そんなに警戒しないで。なにもしないよ」
などと笑って言いながら腕やら腰やらを撫でる。最後に私の頭を抱え込むようにもう一度抱き締めてくると、左手、手前から二つ目の棚の引き出しを引っ張り出した。
「一番大きさが合うのはこの棚のだと思うから、ここから選ぶのが良いかも」
「……抱き締めただけで、大きさわかるの?」
「うん」
他人の体温が苦手と言う割には、女の身体を随分と知っているみたいだ。もやっとしながら、束宵が勧めてくれた棚の中から寝巻として使われていた服を出してもらう。渡された綿の着物は慣れた素材ではあるけど、ごわついてもいないし生地の厚さが均一で、普段私が身に着けているようなものとは質が違っていた。
「じゃあ、遠慮なく借りるね」
明日の朝着替えるものも選んで良いと言われるので、動きやすそうな上着とズボンを引き出しから取り出した。上質そうな服はいくつも入っていたけれど、それよりも普段着と思われる華美ではないものも多くて安心する。
続いて連れていかれたのは、風呂場だった。
風呂がある個人宅があるらしいというのは噂で聞いていたけれど、実際にそれを目にするとなると現実とは思えなくて唖然としてしまう。しかも、この屋敷の風呂場はとても広い。時々入ることのできた安い風呂屋よりも広いのではないだろうか。あそこにはこんなに色々置いてない。固形石鹸と薄くお湯が張られた小さな風呂桶があるだけ。他に誰かがいれば入ることなどできないし、入れたとしても腰までも湯に浸かれたことはない。いつも身体を拭く程度しか出来ていなかった私が、今日2度目の風呂だなんて、自分の身になにが起きているのかわからなくてぽかんとするばかりだ。
「ゆっくり浸かっておいで」
そう言って出ていこうとする束宵の服の裾を掴む。振り返った彼を見つめるのだが、こちらの言いたいことは伝わらなかったようでこてんと首を傾げられた。
「どうした?」
「……わからない……」
「なにが?」
「お風呂、使い方、こんなの、見たことない」
「あー」
さっきは姐さんたちが洗ってくれたから、座っているだけで済んだ。どこをどう弄れば水が出るのか、身体を洗うには、髪を洗うには、並んでいる入れ物のなにをどう使って良いのかもわからない。
見慣れた石鹸はない。私の知っている町の風呂屋では石鹸や湯の使える量も決められていたから、どの程度使うのが正解なのかもわからない。黙ったまま見つめ続ける私を眺めた束宵は、じきにんまりと微笑んで私の両肩に手を置いた。
「じゃあさ、一緒にお風呂入っちゃう?」
ずいっと顔を寄せてきた彼の瞳が細められている。まっすぐに見返すと、その怪しい笑みはパッと明るい笑顔に変わった。
「なーんて、ジョウダ……」
「入る」
「へ?」
「わからないんだもん、全部教えて」
本気? と片眉を上げた彼に頷けば、しばらく唸った束宵は私に待っているように言うと、一度風呂場を出ていった。しばらくすると、さっきまでの派手なものとは違う、ゆったりした綿の服に着替えて戻ってきた。髪は後ろで1つのお団子に結われ、そして手には大きな布がある。
「後ろ向いてるから、服脱いだらこれ身体に巻いて」
「でもそれじゃ身体洗えな――」
「その時にはちゃんと指示するから。女の子が、男に簡単に肌見せようとしないの」
――この人は、本当に私に手を出すつもりはないみたい。
今の一言で確信する。その気があるのなら、ここで襲われてもおかしくない。どうなっているのかわからない服の脱ぎ方まで教わりながら裸になった私は、大きな布を巻いて肌を隠す。それから脱いだものは指定された籠に軽く畳んで置いた。
「準備できたよ」
束宵に声を掛けると、振り返った彼はなるべくこちらを見ないようにしながら、中の案内をしてくれる。
「それ、座っていいやつ」
小さな椅子を指され、言われたようにそこに座れば、目の前に見たことのない装置があった。
「ここを、こうやるとお湯が出る」
背後から手を伸ばされ、そこについていた丸い部分が回されると最初は冷たい水が、しばらくすると温かなお湯が雨のように出始め、わぁっと声が出た。
「お湯が出てる」
「うん」
「魔法みたい」
「そう?」
驚く私に当然のように返すと、それから……と身体を洗うもの、髪を洗うものの容器を教えてくれる。
「それじゃ、もう大丈夫だよね」
「ありがとう、多分大丈夫」
ではまずは、油を塗られている髪を洗おうとお湯の下に頭を差し出す。それが見えたらしい束宵が
「それ、壁から外れるやつだから、細かいところとか洗いにくいところあったら手に取って使うと良いよ」
と追加で教えてくれた。
外れるの? 興味をもった私は、お湯の出ている部分を掴んで持ち上げる。壁に引っ掛けてあっただけのそれはあっさりと外れて、私の手の中に納まった。
しかし、そこからは水が出ていたのだ。
想像していなかった水の勢いで、頭の部分につながっている管がグネグネと蛇のようにうねって暴れ出した。
「わっ! わぁ!!」
「ちょ、手、離さないで……っ!」
床を跳ねまわるそれから思わず逃げた私と、飛びついた束宵。管を取り押さえて壁に戻した彼は、髪をかきあげながら神妙な顔になった。
「言わなかったオレも悪いよ? でもね、こういうのを使ってる時、手を離すのは絶対にダメ。覚えてね」
私も頭からお湯をかぶってしまったが、彼は服を着たまま、全身びしょ濡れになっていた。
「ここの服、好きに着て良いから」
そこにはずらりと棚が並んでいた。あまりの数に、開いた口が塞がらない。
束宵は手前の棚の引き出しを開けると、中を見せてくる。そこにはこれまた質の良さそうな女性ものの服がぎっしりと入っていた。
――なんで一人暮らしの男の家に女の服が? っていうか、この部屋にあるの、全部女性ものとか言う?
彼の家族のものなのだろうか。誰のものであれ、こうやって綺麗に保管されているのだから、束宵にとって、そして持ち主にとっても大切なものに違いない。であれば、私みたいな育ちのものが袖を通していいものではない。
「無理、着られないよ」
「あれ、こういうのは趣味じゃない?」
「これ、大事なものなんじゃないの? そんなのを私が着るわけには……」
「大事なものだけど、これは全部君が着ていいものだ。むしろ、君以外は着ちゃいけない服」
「どういうこと?」
説明を求める私を無視して「ちょっと失礼」と言うなり束宵はぎゅっと正面から抱き締めてくる。なにをされているのかわからずに、驚いた拍子に腕を上げたままの姿勢で硬直すると
「変なことしようとしてるわけじゃないから、そんなに警戒しないで。なにもしないよ」
などと笑って言いながら腕やら腰やらを撫でる。最後に私の頭を抱え込むようにもう一度抱き締めてくると、左手、手前から二つ目の棚の引き出しを引っ張り出した。
「一番大きさが合うのはこの棚のだと思うから、ここから選ぶのが良いかも」
「……抱き締めただけで、大きさわかるの?」
「うん」
他人の体温が苦手と言う割には、女の身体を随分と知っているみたいだ。もやっとしながら、束宵が勧めてくれた棚の中から寝巻として使われていた服を出してもらう。渡された綿の着物は慣れた素材ではあるけど、ごわついてもいないし生地の厚さが均一で、普段私が身に着けているようなものとは質が違っていた。
「じゃあ、遠慮なく借りるね」
明日の朝着替えるものも選んで良いと言われるので、動きやすそうな上着とズボンを引き出しから取り出した。上質そうな服はいくつも入っていたけれど、それよりも普段着と思われる華美ではないものも多くて安心する。
続いて連れていかれたのは、風呂場だった。
風呂がある個人宅があるらしいというのは噂で聞いていたけれど、実際にそれを目にするとなると現実とは思えなくて唖然としてしまう。しかも、この屋敷の風呂場はとても広い。時々入ることのできた安い風呂屋よりも広いのではないだろうか。あそこにはこんなに色々置いてない。固形石鹸と薄くお湯が張られた小さな風呂桶があるだけ。他に誰かがいれば入ることなどできないし、入れたとしても腰までも湯に浸かれたことはない。いつも身体を拭く程度しか出来ていなかった私が、今日2度目の風呂だなんて、自分の身になにが起きているのかわからなくてぽかんとするばかりだ。
「ゆっくり浸かっておいで」
そう言って出ていこうとする束宵の服の裾を掴む。振り返った彼を見つめるのだが、こちらの言いたいことは伝わらなかったようでこてんと首を傾げられた。
「どうした?」
「……わからない……」
「なにが?」
「お風呂、使い方、こんなの、見たことない」
「あー」
さっきは姐さんたちが洗ってくれたから、座っているだけで済んだ。どこをどう弄れば水が出るのか、身体を洗うには、髪を洗うには、並んでいる入れ物のなにをどう使って良いのかもわからない。
見慣れた石鹸はない。私の知っている町の風呂屋では石鹸や湯の使える量も決められていたから、どの程度使うのが正解なのかもわからない。黙ったまま見つめ続ける私を眺めた束宵は、じきにんまりと微笑んで私の両肩に手を置いた。
「じゃあさ、一緒にお風呂入っちゃう?」
ずいっと顔を寄せてきた彼の瞳が細められている。まっすぐに見返すと、その怪しい笑みはパッと明るい笑顔に変わった。
「なーんて、ジョウダ……」
「入る」
「へ?」
「わからないんだもん、全部教えて」
本気? と片眉を上げた彼に頷けば、しばらく唸った束宵は私に待っているように言うと、一度風呂場を出ていった。しばらくすると、さっきまでの派手なものとは違う、ゆったりした綿の服に着替えて戻ってきた。髪は後ろで1つのお団子に結われ、そして手には大きな布がある。
「後ろ向いてるから、服脱いだらこれ身体に巻いて」
「でもそれじゃ身体洗えな――」
「その時にはちゃんと指示するから。女の子が、男に簡単に肌見せようとしないの」
――この人は、本当に私に手を出すつもりはないみたい。
今の一言で確信する。その気があるのなら、ここで襲われてもおかしくない。どうなっているのかわからない服の脱ぎ方まで教わりながら裸になった私は、大きな布を巻いて肌を隠す。それから脱いだものは指定された籠に軽く畳んで置いた。
「準備できたよ」
束宵に声を掛けると、振り返った彼はなるべくこちらを見ないようにしながら、中の案内をしてくれる。
「それ、座っていいやつ」
小さな椅子を指され、言われたようにそこに座れば、目の前に見たことのない装置があった。
「ここを、こうやるとお湯が出る」
背後から手を伸ばされ、そこについていた丸い部分が回されると最初は冷たい水が、しばらくすると温かなお湯が雨のように出始め、わぁっと声が出た。
「お湯が出てる」
「うん」
「魔法みたい」
「そう?」
驚く私に当然のように返すと、それから……と身体を洗うもの、髪を洗うものの容器を教えてくれる。
「それじゃ、もう大丈夫だよね」
「ありがとう、多分大丈夫」
ではまずは、油を塗られている髪を洗おうとお湯の下に頭を差し出す。それが見えたらしい束宵が
「それ、壁から外れるやつだから、細かいところとか洗いにくいところあったら手に取って使うと良いよ」
と追加で教えてくれた。
外れるの? 興味をもった私は、お湯の出ている部分を掴んで持ち上げる。壁に引っ掛けてあっただけのそれはあっさりと外れて、私の手の中に納まった。
しかし、そこからは水が出ていたのだ。
想像していなかった水の勢いで、頭の部分につながっている管がグネグネと蛇のようにうねって暴れ出した。
「わっ! わぁ!!」
「ちょ、手、離さないで……っ!」
床を跳ねまわるそれから思わず逃げた私と、飛びついた束宵。管を取り押さえて壁に戻した彼は、髪をかきあげながら神妙な顔になった。
「言わなかったオレも悪いよ? でもね、こういうのを使ってる時、手を離すのは絶対にダメ。覚えてね」
私も頭からお湯をかぶってしまったが、彼は服を着たまま、全身びしょ濡れになっていた。
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