文明トカゲ

ペン牛

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三 雷鳴の猫

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(――追いつきたいんじゃなくて、追いかけること自体に意味がある?)
 ふと、喪服の女のことを思い出す。あの女だって、僕を殺すには十分すぎる力を持っていた。それなのに、僕を十年以上も見守り続けた。それは、成長した僕を食べるという到底理解しえない目的があったからだ。
 では、あいつの目的は、
(僕達を追いかけること――それ自体が目的、なのか?)
 それならば納得が行く。僕達の周りのものを止めたのは、追いかける際に邪魔になるから。単純に、僕達を追いかけることを楽しみたい。追いかけて、追い詰めて、最後には触れて、消す。
 ぐらり、と視界が傾いた気がした。
(――折れるんじゃない)
 僕一人であれば、折れることも仕方ないかもしれない。だが、僕の隣には梓がいる。なら彼女を助ける道をなんとしても見つけなくては。
(――携帯電話は)
 この状況における唯一の希望。顔の動かない女の時のように電話をして佐治さんに連絡を取れれば、
 ポケットから携帯を取り出す。電源ボタンを押すことはできるのに、電源が入らない。
(――くそ! どこまでも都合のいい!)
 状況は最悪などという生温いものではなく、本当に一切の希望が見えない。見えているのはこのままあいつに追いつかれて、触れられるという未来だけだ。
 あぁ、このまま、折れてしまえたら、
(駄目だ)
 折れるのならせめて、梓を助けた後で自分だけ折れればいい。
「梓、走れる?」
「……少しなら、ねぇ、楓、あれは、なんなの?」
 そんなこと、僕が知りたい。ただ一つわかっているのは、あれこそが本来人間にはどうしようもない理不尽の化身だということ。
 あれに立ち向かえるのはごく限られた人間だけで、しかも決して勝てるとは限らない。佐治さんですら、どうしようもないトカゲはいると言っていた。なら、なんの力も持たない僕に一体何ができるだろう。
「僕にもわからない、でもあれに捕まったら駄目だ、だから逃げよう」
 そうだ、冷静さを失うな。諦めなければ、あるいは活路を見出せるかもしれない。
 梓の手を引いて、走った。
 走った。
 走った。
 走った。
 だが、長くは続かない。
 梓ほどではないが、僕だって体力はない。立ち止まって、小休止する。黒い影のようなトカゲの姿は見えない。これなら、まだ逃げ続けられる。
「……楓、これって夢なのかな? それとも私おかしくなっちゃったの? そうじゃなきゃこんなことありえないよ」
「うん、僕もそう思う」
 悪夢が現実にそのまま飛び出てきたような存在。それがトカゲだ。だが、だからといって簡単に負けてやろうとは思わない。
「でも、認めたくはないけど、これはきっと現実なんだ。だから、ここから助かるために、自分のできる限りのことをしないと」
 そうだ、だから、たとえなんの意味もないとしても、あのトカゲから、少しでも距離を――
「あ……やだ……嘘」
 黒い影のようなトカゲが、僕達の正面から、歩いてきた。
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