文明トカゲ

ペン牛

文字の大きさ
192 / 266
八 懐旧の澱

10

しおりを挟む
 佐治さんとの約束の日。幸いなことに小春日和で、適度に雲の浮かんだ青空を露天風呂で見上げればさぞ気分がいいだろう、と思った。
 電車とバスを乗り継ぎ、無事目的地である旅館に到着する。時間は十二時までまだ二十分近くある。初めての場所なので余裕を持って出発したせいか時間が余ってしまった。
(――佐治さんは、来てくれるだろうか)
 そこを疑ってしまっては仕方ないが、もしかしたら急な仕事が入るという可能性もある。そうなったら旅館に謝ってキャンセルするしかないのだが。
 念のため連絡を取ろうと思い携帯を取り出す――視界の端にこちらに向かって歩いてくる背の高い黒い影がいた。蛇のように鋭い目をした黒い影はこちらまで歩いてくると、僕を見下ろしながら言った。
「来たわよ」
「はい、来てくれてありがとうございます」
 少しの間沈黙が続く。思えば、会うのはクリスマスの時以来だ。僕達はあの時、法山と名乗るトカゲに対して何もできなかった。本当に、何一つ、できなかった。
「……佐治さんは、元気でしたか?」
 口からはそんな陳腐な言葉しか出てこない。佐治さんは呆れたように、
「ずっと最悪な気分だったわ。今もね」
 と言った。
「……すみません」
「アンタが謝ることじゃないでしょ」
「でも、考えてしまうんです。もし僕に何かできていたら、って」
「無理よ」
 佐治さんの言葉には斬り捨てるような勢いがあった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

「お前を愛することはない」と言われたお飾りの妻ですが、何か?

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することはない!」「そんな事を言うために女性の寝室に押し入ったのですか? もう寝るつもりで化粧を落として髪をほどいて寝着に着替えてるのに! 最っ低!」 仕事大好き女が「お飾りの妻最高!」と恋愛感情無しで結婚したらこうなるよね、というお話。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

異世界からの召喚者《完結》

アーエル
恋愛
中央神殿の敷地にある聖なる森に一筋の光が差し込んだ。 それは【異世界の扉】と呼ばれるもので、この世界の神に選ばれた使者が降臨されるという。 今回、招かれたのは若い女性だった。 ☆他社でも公開

おっさん冒険者のおいしいダンジョン攻略

神崎あら
ファンタジー
冒険者歴20年以上のおっさんは、若い冒険者達のように地位や権威を得るためにダンジョンには行かない。 そう、おっさんは生活のためにダンジョンに行く。 これはそんなおっさんの冒険者ライフを描いた生活記である。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

処理中です...