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八 懐旧の澱
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佐治さんとの約束の日。幸いなことに小春日和で、適度に雲の浮かんだ青空を露天風呂で見上げればさぞ気分がいいだろう、と思った。
電車とバスを乗り継ぎ、無事目的地である旅館に到着する。時間は十二時までまだ二十分近くある。初めての場所なので余裕を持って出発したせいか時間が余ってしまった。
(――佐治さんは、来てくれるだろうか)
そこを疑ってしまっては仕方ないが、もしかしたら急な仕事が入るという可能性もある。そうなったら旅館に謝ってキャンセルするしかないのだが。
念のため連絡を取ろうと思い携帯を取り出す――視界の端にこちらに向かって歩いてくる背の高い黒い影がいた。蛇のように鋭い目をした黒い影はこちらまで歩いてくると、僕を見下ろしながら言った。
「来たわよ」
「はい、来てくれてありがとうございます」
少しの間沈黙が続く。思えば、会うのはクリスマスの時以来だ。僕達はあの時、法山と名乗るトカゲに対して何もできなかった。本当に、何一つ、できなかった。
「……佐治さんは、元気でしたか?」
口からはそんな陳腐な言葉しか出てこない。佐治さんは呆れたように、
「ずっと最悪な気分だったわ。今もね」
と言った。
「……すみません」
「アンタが謝ることじゃないでしょ」
「でも、考えてしまうんです。もし僕に何かできていたら、って」
「無理よ」
佐治さんの言葉には斬り捨てるような勢いがあった。
電車とバスを乗り継ぎ、無事目的地である旅館に到着する。時間は十二時までまだ二十分近くある。初めての場所なので余裕を持って出発したせいか時間が余ってしまった。
(――佐治さんは、来てくれるだろうか)
そこを疑ってしまっては仕方ないが、もしかしたら急な仕事が入るという可能性もある。そうなったら旅館に謝ってキャンセルするしかないのだが。
念のため連絡を取ろうと思い携帯を取り出す――視界の端にこちらに向かって歩いてくる背の高い黒い影がいた。蛇のように鋭い目をした黒い影はこちらまで歩いてくると、僕を見下ろしながら言った。
「来たわよ」
「はい、来てくれてありがとうございます」
少しの間沈黙が続く。思えば、会うのはクリスマスの時以来だ。僕達はあの時、法山と名乗るトカゲに対して何もできなかった。本当に、何一つ、できなかった。
「……佐治さんは、元気でしたか?」
口からはそんな陳腐な言葉しか出てこない。佐治さんは呆れたように、
「ずっと最悪な気分だったわ。今もね」
と言った。
「……すみません」
「アンタが謝ることじゃないでしょ」
「でも、考えてしまうんです。もし僕に何かできていたら、って」
「無理よ」
佐治さんの言葉には斬り捨てるような勢いがあった。
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