文明トカゲ

ペン牛

文字の大きさ
15 / 266
二 縛鎖の男

しおりを挟む
 押し出されるように、僕は花屋へと足を進めた。中に入ると、大きく張りのある声が店の中に響いた。
「いらっしゃいませー!」
 声の主は爽やかな容姿の青年だった。身長は佐治さんよりは低いが、それでも十分長身の部類に入る。だが、一点明らかに普通とは異なる点があった。
(……黒い、鎖?)
 黒い鎖のようなものが、全身に絡みついていたのだ。その鎖からは得体の知れない嫌な気配が漂ってきていた。鎖をよく見ようと近づき――それが人間の髪でできていると気づいた瞬間、青年に絡みついてた鎖の何本かが飢えた蛇のように僕の方に飛びかかってきた。
「……なっ!」
 思わず声を上げてしまう。が、飛びかかってきた鎖は僕の体の寸前で停止すると、すぐに元の位置に戻ってしまった。
(なんだったんだ……今の)
 あの黒い鎖は恐らくトカゲだろう。僕はこんな形態のトカゲもいるのかと恐怖を通り越して感心し、そして、一体何故佐治さんはこのトカゲを放置しているのだろう、ということを考えた。
(僕にすら見えるってことは、佐治さんに見えないはずはない。それなのにどうして放置してるんだろう? 見た目が不気味なだけで実際は害はないとか……いや、それにしたって)
「あのー、すいません、大丈夫ですか?」
「わっ!?」
 いつの間にかすぐ目の前に青年の顔が迫っていた。びっくりして飛び退いてしまう。
「あ、よかった。俺のことを見てなんか悲鳴上げたと思ったらそのまま固まっちゃうから、一体どうしたのかと思って。どうしたんです? 体調が悪いとか?」
 青年の声には純粋にこちらを心配する厚意が表れていた。自分のしたことを振り返ると確かに完全に不審者だ。余計な心配をかけてしまったことに申し訳なくなる。
「……そんなところです。あー、すいません。花をいただけますか?」
「わかりました。贈り物ですか?」
「……えーと、その」
 佐治さんに言われて花を買ってくるように言われただけで、何を買うか全く考えていなかった。そもそも花瓶もないのに何を買えというのか。何かそれらしい理由はないかと必死に考え――ふっと、ビべリダエのことが頭をよぎった。
(そう、か。ビべリダエの中に飾ってもらえばいいんだ)
 雪子さんに頼めば、きっと綺麗に飾りつけてくれるに違いない。今日はバイトはないがお店はやっているはずだから、ちょっと寄って頼んでこよう。そうと決まれば、
「……バイト先に飾る花を買いたくて。小さな喫茶店で、あまり目立つと困るんですが、そういう花はありますか?」
「なるほど。小さな喫茶店かぁ。そうなると飾るのは花瓶ですよねぇ。どんな花瓶に飾るかとかわかります?」
「……あ、えっと、すいません。わからないです」
「うーん、そうかぁ。了解です。それじゃあいくつか選んでみますね。あ、そうだ。ご予算はどれくらいですか?」
 予算。これも全く考えていなかった。だがあまり高くして豪華なものになってしまえば、雪子さんが飾る時に困るだろう。ここは控えめに言っておくべきだ。
「二千円ぐらいで、できますか?」
「二千円ですね。わかりました。それじゃ少々お待ちください」
 そう言うと青年は店の中を回って花を選び出した。全身を鎖に縛られた状態で動きは制限されないのだろうか、と思うがどうやらそういった影響はないらしい。
「……あの、すいません」
 気がつくと、僕は青年に声をかけていた。
「はい、なんでしょうか」
「えっと、変なことを聞くんですが、その、体の方は大丈夫ですか? 調子が悪いとか、動き辛いとか、体が重いとか、そういったことは……?」
 僕がそう尋ねると、青年は不審そうな顔をした。当然だ。こんなことをいきなり聞いてくる客がいたら誰だって警戒するだろう。青年が口を開く。
「――お客さん、そういうの、わかる人なんですか?」
「……え?」
 意外だった。まさか自分が得体の知れないものに取り憑かれているという自覚があるのだろうか。もしそうなら彼は既にトカゲの被害に遭っているということだ。
「……自分では、何も感じないんですよ。でも、うちに来るお客さん、特に若い女性のお客さんは、俺が接客すると最初はいいんですけど、時間が経つにつれてどんどん気分悪そうになるんですよね。それで大抵は何も買わずに帰っちゃって……割と真剣に悩んでるんですよ」
 青年の言葉に、先程の鎖の挙動を思い出す。あれは最初僕を攻撃するかのように伸びてきて、そして寸前で停止して元に戻った――もしあれが停止しなかったら?
(どんな形でかはわからないけど、あの鎖は人を攻撃するのかもしれない。もしそうならお客さんが気分が悪そうになったっていうのも納得が行く……ただ引っかかるのは、若い女性のお客さんだけってことだ)
 あの鎖には意思があり、攻撃する対象を選んでいる――それが最も自然な結論だろう。だがだとしたら何故若い女性だけを標的にするのかという疑問が残る。そして、
(人に危害を加えるトカゲを、佐治さんはどうして放置してるんだ?)
 胸の奥にはっきりと不快な感情が生まれる。どうして僕のことは助けて、この人のことは助けないのか――そのことを考えると、手の平に爪が食い込んだ。僕は青年が選んでくれた花の中から一番ビべリダエの雰囲気に合いそうなものを選ぶと、それを買って店を出た。店の外で待っていた佐治さんに声をかける。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

「お前を愛することはない」と言われたお飾りの妻ですが、何か?

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することはない!」「そんな事を言うために女性の寝室に押し入ったのですか? もう寝るつもりで化粧を落として髪をほどいて寝着に着替えてるのに! 最っ低!」 仕事大好き女が「お飾りの妻最高!」と恋愛感情無しで結婚したらこうなるよね、というお話。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

いつまでもドアマットと思うなよ

あんど もあ
ファンタジー
二年前に母を亡くしたミレーネは、後妻と妹が家にやって来てからすっかり使用人以下の扱いをされている。王宮で舞踏会が開催されるが、用意されたのは妹のドレスだけ。そんなミレーネに手を差し伸べる人が……。

異世界からの召喚者《完結》

アーエル
恋愛
中央神殿の敷地にある聖なる森に一筋の光が差し込んだ。 それは【異世界の扉】と呼ばれるもので、この世界の神に選ばれた使者が降臨されるという。 今回、招かれたのは若い女性だった。 ☆他社でも公開

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

『 ゆりかご 』 

設楽理沙
ライト文芸
  - - - - - 非公開予定でしたがもうしばらく公開します。- - - - ◉2025.7.2~……本文を少し見直ししています。 " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。 ―――― 「静かな夜のあとに」― 大人の再生を描く愛の物語 『静寂の夜を越えて、彼女はもう一度、愛を信じた――』 過去の痛み(不倫・別離)を“夜”として象徴し、 そのあとに芽吹く新しい愛を暗示。 [大人の再生と静かな愛] “嵐のような過去を静かに受け入れて、その先にある光を見つめる”  読後に“しっとりとした再生”を感じていただければ――――。 ――――            ・・・・・・・・・・ 芹 あさみ  36歳  専業主婦    娘:  ゆみ  中学2年生 13才 芹 裕輔   39歳  会社経営   息子: 拓哉   小学2年生  8才  早乙女京平  28歳  会社員  (家庭の事情があり、ホストクラブでアルバイト) 浅野エリカ   35歳  看護師 浅野マイケル  40歳  会社員 ❧イラストはAI生成画像自作  

処理中です...