文明トカゲ

ペン牛

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二 縛鎖の男

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「買ってきました」
「花買うだけなのにずいぶん時間かかったわね。アンタ、超イケメン店員と仲良くなんかしてないでしょうね?」
「……佐治さん、聞きたいことがあるんですが}
 僕の声の調子から察したのか、佐治さんは、
「――あぁ、見えたのね」
 気だるげな声でそう言った。
「はい、見えました。なんですか、あれは。あんな気味の悪いトカゲを、どうして放っておくんです? どうしてあの男の人を助けてあげないんですか?」
 胸の奥にある感情をそのままぶつけるように、僕は佐治さんに言った。
「……そっちの方が都合がいいからよ」
 僕から目を反らしながら、佐治さんは言った。都合がいい? 自分の都合のためにトカゲで苦しんでいる人をそのままにしているということなのか。
「……どんな都合ですか、それ。あの店員さんはトカゲのことで悩んでしました。苦しんでる人を助けることよりも、それは大事なことなんですか?」
 佐治さんが反らしていた目をこちらに向ける。その目には確かな怒りが宿っていた。
「……口だけは達者ね、ろくにトカゲのことを知りもしないっていうのに。言っとくけどアタシだって別にボランティアでやってるわけじゃないの。単にアンタみたいな金のなさそうなやつから無理矢理金取ったって仕方ないからタダで助けただけ。ふんだくれるやつからは思い切りふんだくるし、アタシにとって都合が悪けりゃどんだけ苦しんでようと見捨てることもあるわよ。アンタがアタシにどんな幻想抱こうと勝手だけどね、それを堂々と押しつけてくるとか鬱陶しいにも程があるわ」
 佐治さんの言葉に、僕は言い返そうとした。言い返そうとしたのだが、言葉はまるでまとまろうとしなかった。怒りよりも、悲しさの方が遥かに勝っていた。ようやく、確かな自分の言葉を見つけ出して、口にする。
「――僕は、佐治さんを信じたかったです。ごめんなさい、失礼します」
 僕は佐治さんに背を向けて、歩き出した。背後からはなんの気配もなく、気がつくと、僕は賽ノ一駅のホームに立っていた。アパートに向かう方向の電車が入ってくる。
(……僕はどうして、あんなに悲しかったんだろう)
 佐治さんの言ったことに、おかしなことは何もない。そもそもトカゲのような正真正銘の怪物と戦うのに無報酬という方がおかしいし、きっと仕事上のしがらみというのもあるのだろう。だがそれでも――僕は、佐治さんという人が苦しんでいる人に無条件に手を差し伸べてくれる人であってほしかったのだ。
(……あぁ、確かに鬱陶しいな)
 喪服の女が死んでから、確かに僕はどこかおかしくなっている。誰のものともわからない感情が次々と生まれ、それらにどう対処していいかわからない。一体どうすれば、この波のような心を少しでも鎮めることができるだろうか。
(……うん、そうだ、まずは、雪子さんにこの花を渡そう)
 手の中の小さなブーケ。まずこれをビべリダエに届けるところから始めようと思った。そう決めてしまうと、心が少しだけ楽になった気がした。僕は電車に乗り込んで、アパートの最寄り駅に着くまで、自分の心を無視し続けることにした。
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