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あいのことば
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ひきゅ、と漏らした変な声。あの人はそれが気に入ったみたいで、もっと強くしながらぐりぐりと奥を押し潰してくる。重たい快感にわたしの視界には白い火花がぱちぱちと淡く飛び散っていて、爪先にぎゅっと力が入った。ぎゅ、うぅ。お腹の中をすごい勢いで絞めてしまう。より鮮明にあの人の熱の大きさが伝わって、達している最中でもあうあうと情けない声が止まらなかった。
どちゅん──。上から叩きつける様に腰を落とされて、一瞬意識が飛びそうになる。ふーふーと息をしながら目の前の枕をぎゅっと抱き締めてると、ごつごつした硬い指がわたしの横髪を掻き上げた。優しく耳に掛けて、髪とか背中とか、ほっぺたとか、色んな部分を好きなだけ触ってくる。
「──……」
また、だ。うっとりとした声。何を囁いているかは分からない。それはわたしの知らない外国の言葉だったから。何度も何度も同じ言葉を囁かれている最中、あの人の指が喉をゆるりと撫でた瞬間にひゅっと細い音を漏らしてしまう。そのまま手に力を入れるだけで、簡単にわたしの首はへし折られてしまうのだろう。
「あっ、あっ、ごめっ、なさいっ、ごめんなさいっ……やああ……!」
あの日から、何度も繰り返し囁かれ続けた言葉。それはきっと、わたしを責めたり脅したりする言葉に違いない。だって、わたしは〝見てはいけないもの〟を見てしまったのだから。
あの人の手が喉から離れてわたしの腰を掴み直すと、心の底から安堵した。だけど、すぐにこの先訪れる刺激がこわくて体が縮こまる。このまま気を失うまで、体の中を好きなようにされるって分かっていたから。
伏せて震えているわたしの横に、あの人が両手をついた。血管の浮き出た太い腕。まるで檻に閉じ込められている気分になりながら、太いものが中で擦れる感触に散々泣いて、鳴かされて、頭の中が真っ白になった。
◇
あの人に〝ここ〟に連れてこられてから、二週間が経っていた。上品な家具ばかりが揃えられた高級マンション。食事は三食出されているし、あの人が帰ってくる度に、色んな洋服を買って来てくれる。手足を拘束する物もなく、そこで生活する分には何の問題も感じられなかった。……そこで生活する分、には。
二週間前のあの日の出来事は、今でも鮮明にわたしの記憶に残っていた。鉄臭い匂い。辺りに広がるドス黒い赤、赤、赤。怯えて腰を抜かしているわたしの目の前に、赤を作ったあの人が無表情で立っていた。
地面に赤い水溜りを作っている人たちみたいに、わたしも殺されると思った。だって、あの人は、わたしの喉元に凶器を突き立てようとしていたのだから。
だけど、わたしは殺される事はなかった。そのまま抱き上げられて、近くに待機していた車に乗せられる。がたがたと震えながら「死にたくない」何度も細く呟いたわたしの頭を、あの人は撫でた。優しい顔、優しい手つきで。その瞬間に恐怖が限界のラインを超えて、意識が途切れる。次に気がついたら、わたしはここのマンションに囚われていた。
大きな体躯。銀色の髪に、綺麗な青い目。見た目通りにその人は外国の人で、知らない国の言葉をわたしに向けた。その日のうちにわたしは抱かれて、たくさん、たくさん同じ言葉を囁かれる事になる。その国の言葉を知らなくて良かったのかも知れない。お前なんかいつでも殺せるぞって、もしそう言われているのが分かったら、わたしはパニックになって暴れていたかもしれないから。
多分、あの人は飽きるまでのおもちゃを拾って来たつもりなのだろう。会う度に抱き潰されて、やっぱり同じ言葉を囁かれている。従順にわたしが留守番していると分かったら、今日、あの人は取り上げていたスマホを返してくれた。勿論、連絡先は消えてるし、電話やメッセージすら送れない様に改造されていたけれど。
ベッドの上、ぽちぽちとスマホを触って残っていた動画アプリを開く。あの人に連れ去られる直前に、電車の中で見ていた動物の動画が再生されて、何だか涙が出て来た。
「──……」
ふと、インターネットブラウザを押したわたしは外国語の翻訳ページを開いた。震える指で音声の聞き取りボタンを押して、小さな声で〝あの言葉〟を呟いた。
数秒して、スマホの画面が切り替わる。表示された検索結果を見て、わたしは息を止める。もたつきながらもう一度聞き取りボタンを押して、同じ言葉を口にした。同じ検索結果。
ふう、ふう、短くなる息。顔を真っ青にしたわたしは、スマホを放り投げるとお化けを怖がる子どものように、布団の中へ潜り込んだ。
ぐるぐる、ぐるぐる、頭痛すらしてくる。頭の中で検索結果に表示されていた〝愛〟の言葉が、こびりついて離れなかった。
どちゅん──。上から叩きつける様に腰を落とされて、一瞬意識が飛びそうになる。ふーふーと息をしながら目の前の枕をぎゅっと抱き締めてると、ごつごつした硬い指がわたしの横髪を掻き上げた。優しく耳に掛けて、髪とか背中とか、ほっぺたとか、色んな部分を好きなだけ触ってくる。
「──……」
また、だ。うっとりとした声。何を囁いているかは分からない。それはわたしの知らない外国の言葉だったから。何度も何度も同じ言葉を囁かれている最中、あの人の指が喉をゆるりと撫でた瞬間にひゅっと細い音を漏らしてしまう。そのまま手に力を入れるだけで、簡単にわたしの首はへし折られてしまうのだろう。
「あっ、あっ、ごめっ、なさいっ、ごめんなさいっ……やああ……!」
あの日から、何度も繰り返し囁かれ続けた言葉。それはきっと、わたしを責めたり脅したりする言葉に違いない。だって、わたしは〝見てはいけないもの〟を見てしまったのだから。
あの人の手が喉から離れてわたしの腰を掴み直すと、心の底から安堵した。だけど、すぐにこの先訪れる刺激がこわくて体が縮こまる。このまま気を失うまで、体の中を好きなようにされるって分かっていたから。
伏せて震えているわたしの横に、あの人が両手をついた。血管の浮き出た太い腕。まるで檻に閉じ込められている気分になりながら、太いものが中で擦れる感触に散々泣いて、鳴かされて、頭の中が真っ白になった。
◇
あの人に〝ここ〟に連れてこられてから、二週間が経っていた。上品な家具ばかりが揃えられた高級マンション。食事は三食出されているし、あの人が帰ってくる度に、色んな洋服を買って来てくれる。手足を拘束する物もなく、そこで生活する分には何の問題も感じられなかった。……そこで生活する分、には。
二週間前のあの日の出来事は、今でも鮮明にわたしの記憶に残っていた。鉄臭い匂い。辺りに広がるドス黒い赤、赤、赤。怯えて腰を抜かしているわたしの目の前に、赤を作ったあの人が無表情で立っていた。
地面に赤い水溜りを作っている人たちみたいに、わたしも殺されると思った。だって、あの人は、わたしの喉元に凶器を突き立てようとしていたのだから。
だけど、わたしは殺される事はなかった。そのまま抱き上げられて、近くに待機していた車に乗せられる。がたがたと震えながら「死にたくない」何度も細く呟いたわたしの頭を、あの人は撫でた。優しい顔、優しい手つきで。その瞬間に恐怖が限界のラインを超えて、意識が途切れる。次に気がついたら、わたしはここのマンションに囚われていた。
大きな体躯。銀色の髪に、綺麗な青い目。見た目通りにその人は外国の人で、知らない国の言葉をわたしに向けた。その日のうちにわたしは抱かれて、たくさん、たくさん同じ言葉を囁かれる事になる。その国の言葉を知らなくて良かったのかも知れない。お前なんかいつでも殺せるぞって、もしそう言われているのが分かったら、わたしはパニックになって暴れていたかもしれないから。
多分、あの人は飽きるまでのおもちゃを拾って来たつもりなのだろう。会う度に抱き潰されて、やっぱり同じ言葉を囁かれている。従順にわたしが留守番していると分かったら、今日、あの人は取り上げていたスマホを返してくれた。勿論、連絡先は消えてるし、電話やメッセージすら送れない様に改造されていたけれど。
ベッドの上、ぽちぽちとスマホを触って残っていた動画アプリを開く。あの人に連れ去られる直前に、電車の中で見ていた動物の動画が再生されて、何だか涙が出て来た。
「──……」
ふと、インターネットブラウザを押したわたしは外国語の翻訳ページを開いた。震える指で音声の聞き取りボタンを押して、小さな声で〝あの言葉〟を呟いた。
数秒して、スマホの画面が切り替わる。表示された検索結果を見て、わたしは息を止める。もたつきながらもう一度聞き取りボタンを押して、同じ言葉を口にした。同じ検索結果。
ふう、ふう、短くなる息。顔を真っ青にしたわたしは、スマホを放り投げるとお化けを怖がる子どものように、布団の中へ潜り込んだ。
ぐるぐる、ぐるぐる、頭痛すらしてくる。頭の中で検索結果に表示されていた〝愛〟の言葉が、こびりついて離れなかった。
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