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2章.妹君と少年伯は互いを知る
49.元令嬢付き使用人は隠れ忍ぶ
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街道から少し森に入ったところで、ダクマーは途方に暮れていた。
リーゼロッテに指輪を届け、罪を認めさせることに失敗した。しかも次期王妃のディートリンデ直々の命令だったのだ。
その彼女が尻尾を巻いておめおめとハイベルク家に帰れない。
かといって、自分の命欲しさに指輪を置いてきた彼女が、今更取り返しに戻ることもできずにいた。
もう一度ユリウスと相見えたとして、今度こそは生きて帰れないだろう、と真に彼女に思わせる気迫があった。
(なんであんな……辺境伯は女性が苦手ではなかったの?! あんなウスノロがカッコいい男に守られてるなんて……!)
彼女は唇を噛み締めた。噛み締めすぎたのか、一筋の血が流れる。
没落寸前、カウフマン男爵の娘──ユリウスは確かにそう言ったが、実際は使用人に産ませた子供だ。
そのため学も無く、自由になる金もない彼女は幼い頃から使用人の仕事をしていた。
その働きを認められたか、はたまた経済的に困窮した男爵が使用人を減らしたかったかは定かではないが、ハイベルク家に紹介され雇われた経緯がある。
ダクマーは歓喜した。
当時既にフリッツと婚約していたディートリンデとお近づきになれる、上手くいけば高位貴族の誰かとお近づきになれるのでは、と。
(ああ……ディートリンデ様……)
彼女に初めて会った時のことをよく覚えている。
子供ながらにはっきりとした物言い、自分など到底及ばないほどの知識量、そして高貴な立ち振る舞いに、ダクマーは心酔した。
「いつかディートリンデ付きのメイドに」と努力して、やっと叶ったと思ったらダクマーを見た彼女は開口一番、
「口が気に入らないわ」
と配置換えされてしまったのだ。
代わりにそれまでリーゼロッテ付きだったコルドゥラがディートリンデ付きに、ダクマーはリーゼロッテ付きに『降格』させられてしまった。
次期王妃付きが、次期伯爵夫人付きだ。
実際には双子の将来によって待遇の差はないと言えど、ダクマーにとってそれは『降格』以外の何でもなかった。
彼女はディートリンデを恨んだ。恨んだがそれでも彼女への憧れは止まらない。
捻り曲がった愛憎は、彼女にそっくりな妹君、リーゼロッテへと向かうことになる。
物を隠すなどの些細な悪戯は、ディートリンデの誘導によって全て屋敷で一番信用が薄いリーゼロッテのせいになった。
味をしめたダクマーの嫌がらせはどんどんエスカレートしていくだが、それもこれも全て、ディートリンデに認められたい気持ちと『降格』の八つ当たりだった。
(やっと認められたと思ったのに……)
「指輪をちゃんと届けられたら、私付きに戻して差し上げる」と艶かしい微笑みを浮かべたディートリンデは言った。
その言葉の裏は、「失敗したら終わり」だ。長年彼女に憧れたダクマーにはそれが分かる。
簡単な仕事だ、これでディートリンデ様付きに戻れる、と意気揚々と出て行って──結果これだ。
(辺境伯が出てこなければ……しかも私の前でベタベタ乳繰り合いやがって……!)
そこまで考えたところで、ほど近い茂みがガサガサと揺れた。
獣か。
ダクマーは身を低くし様子を窺うが、ほどなくして人間の声が聞こえてくると、彼女は力を抜いた。
(……街道からわざわざ外れてくる人間なんてロクなもんじゃないわ。見つからないうちに逃げましょ)
身を隠そうと木の裏へ回る時、ふと見知った顔が目に入った。
「…………あなた……様は……!」
こんなところにいるはずのない人物に、ダクマーは目を見開いた。
リーゼロッテに指輪を届け、罪を認めさせることに失敗した。しかも次期王妃のディートリンデ直々の命令だったのだ。
その彼女が尻尾を巻いておめおめとハイベルク家に帰れない。
かといって、自分の命欲しさに指輪を置いてきた彼女が、今更取り返しに戻ることもできずにいた。
もう一度ユリウスと相見えたとして、今度こそは生きて帰れないだろう、と真に彼女に思わせる気迫があった。
(なんであんな……辺境伯は女性が苦手ではなかったの?! あんなウスノロがカッコいい男に守られてるなんて……!)
彼女は唇を噛み締めた。噛み締めすぎたのか、一筋の血が流れる。
没落寸前、カウフマン男爵の娘──ユリウスは確かにそう言ったが、実際は使用人に産ませた子供だ。
そのため学も無く、自由になる金もない彼女は幼い頃から使用人の仕事をしていた。
その働きを認められたか、はたまた経済的に困窮した男爵が使用人を減らしたかったかは定かではないが、ハイベルク家に紹介され雇われた経緯がある。
ダクマーは歓喜した。
当時既にフリッツと婚約していたディートリンデとお近づきになれる、上手くいけば高位貴族の誰かとお近づきになれるのでは、と。
(ああ……ディートリンデ様……)
彼女に初めて会った時のことをよく覚えている。
子供ながらにはっきりとした物言い、自分など到底及ばないほどの知識量、そして高貴な立ち振る舞いに、ダクマーは心酔した。
「いつかディートリンデ付きのメイドに」と努力して、やっと叶ったと思ったらダクマーを見た彼女は開口一番、
「口が気に入らないわ」
と配置換えされてしまったのだ。
代わりにそれまでリーゼロッテ付きだったコルドゥラがディートリンデ付きに、ダクマーはリーゼロッテ付きに『降格』させられてしまった。
次期王妃付きが、次期伯爵夫人付きだ。
実際には双子の将来によって待遇の差はないと言えど、ダクマーにとってそれは『降格』以外の何でもなかった。
彼女はディートリンデを恨んだ。恨んだがそれでも彼女への憧れは止まらない。
捻り曲がった愛憎は、彼女にそっくりな妹君、リーゼロッテへと向かうことになる。
物を隠すなどの些細な悪戯は、ディートリンデの誘導によって全て屋敷で一番信用が薄いリーゼロッテのせいになった。
味をしめたダクマーの嫌がらせはどんどんエスカレートしていくだが、それもこれも全て、ディートリンデに認められたい気持ちと『降格』の八つ当たりだった。
(やっと認められたと思ったのに……)
「指輪をちゃんと届けられたら、私付きに戻して差し上げる」と艶かしい微笑みを浮かべたディートリンデは言った。
その言葉の裏は、「失敗したら終わり」だ。長年彼女に憧れたダクマーにはそれが分かる。
簡単な仕事だ、これでディートリンデ様付きに戻れる、と意気揚々と出て行って──結果これだ。
(辺境伯が出てこなければ……しかも私の前でベタベタ乳繰り合いやがって……!)
そこまで考えたところで、ほど近い茂みがガサガサと揺れた。
獣か。
ダクマーは身を低くし様子を窺うが、ほどなくして人間の声が聞こえてくると、彼女は力を抜いた。
(……街道からわざわざ外れてくる人間なんてロクなもんじゃないわ。見つからないうちに逃げましょ)
身を隠そうと木の裏へ回る時、ふと見知った顔が目に入った。
「…………あなた……様は……!」
こんなところにいるはずのない人物に、ダクマーは目を見開いた。
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