160 / 231
4章.妹君と辺境伯は揺れ動く
159.王太子は妬む③
しおりを挟む
恐れおおくもフリッツの言葉を遮って、リーゼロッテが声を上げた。
不遜な彼女の態度に近衛兵長が非難の声を上げかけるが、それをフリッツは横目で制する。
「……発言をお許しいただけませんか」
「……許可しよう」
「ありがとうございます」
(なにせ今は気分がいい。リーゼロッテ・ハイベルクのおかげでね……)
厳粛な雰囲気とは裏腹、フリッツの心の内は躍る。
笑みを浮かべたフリッツを真っ直ぐ見据えると、リーゼロッテは口を開いた。
「……一日だけでいいのです。猶予をいただけませんか?」
「……聖女は速やかに聖殿にお連れする決まりなので」
彼女の要望に一瞬固まったフリッツは、視線だけをほんの少し鋭くした。
(……いくら聖女だからといってそんな我儘は通らないぞ、ディートリンデの妹よ)
彼の庇護下にあるマリーですら、聖女だと分かった時には即日で聖殿に上がったのだ。
それこそ、両親への最後の挨拶など満足にできないほどに。
ここでリーゼロッテの要望を通せば、マリー以上の扱いをすると示したようなものだ。
それに、ディートリンデと姿形や声が一緒だからか、僅かでも意にそぐわない言動を取られると冷ややかに見てしまう癖が出てしまう。
フリッツの冷淡さに負けじと、リーゼロッテもまた冷静に言葉を紡ぐ。
「ですが……まだやり残したことがございます。それを終えたら必ず入殿いたします。ですから」
「……その、やり残したことが達成されたとして、ここに戻ってくる保証がどこにある?」
「保証は魔法紙を」
「なければ許可できない」
彼女の言い分を皆まで聞かず、ぴしゃりと言い放ったフリッツの声がこだまする。
険のあるその声は、どうあってもリーゼロッテの要望を通すまいとする厳しさを含んでいた。
「……私が」
成り行きを見守っていたアンゼルムが、リーゼロッテの前に出る。
「私が、責任を持って姉上を……聖女様をこちらへお連れいたします」
アンゼルムの言葉に、リーゼロッテは小さく息を呑んだ。
「もし聖女様をお連れできなかった場合は……その時はこの命をもって償いを」
「アンゼルム……!」
「…………」
フリッツは彼女の弟をまじまじと見つめた。
騎士らしく使命感に燃える瞳を携えた彼は、忠誠心もなかなかに高そうだ。
ただし、その忠誠はどちらかと言えば姉に向けられたものなのだろう。
リーゼロッテへのアンゼルムのひたむきさを垣間見たフリッツは、不快そうに微かに眉頭を歪めた。
「……殿下、私もよろしいでしょうか?」
「……兄上……」
横で愉快そうに微笑んでいたテオが口を開く。
「二人もこう言っていることですし、特別にお認めになられては? これから一生を聖殿で神に捧げる身となれば、おいそれと知り合いに会うこともできなくなりますし」
テオはこっそりと、「それに、彼女の代わりに暇を与えられる人物もいるわけですしね」と付け加えると、にっこりと邪気のない笑顔を作る。
暇を与えられる人物、と言われフリッツはマリーを思い浮かべた。
確かにマリーを聖女の任から解放できるのはリーゼロッテの存在のおかげだ。
その労に報いるのも王族としては必要なことだろう。
(あの女の妹など、どうでもいいがマリーのためだ)
「……分かった。一日だ。明日の日没までに入殿せよ。話は以上だ」
玉座を離れたフリッツを、それ以外の者は頭を下げて見送った。
「……ディートリンデとはまた別の意味で我儘な女だ……」
謁見の間を出たフリッツは憎々しげな表情を作る。
国のために祈りを捧げてくれている聖女の希望を叶えることは、これまでもしてきた。
しかし、慣習を破ってまで叶えてきたことはない。
マリーはその点、慣習を破らない範囲で弁えていた。
慎ましく、素朴で立場も理解している可愛い彼女を思い浮かべ、フリッツの胸に熱い思いが込み上げてくる。
「マリー……もうすぐだね……」
口の中で呟くと、フリッツは恍惚とした表情で聖殿の方角へ視線を向けた。
不遜な彼女の態度に近衛兵長が非難の声を上げかけるが、それをフリッツは横目で制する。
「……発言をお許しいただけませんか」
「……許可しよう」
「ありがとうございます」
(なにせ今は気分がいい。リーゼロッテ・ハイベルクのおかげでね……)
厳粛な雰囲気とは裏腹、フリッツの心の内は躍る。
笑みを浮かべたフリッツを真っ直ぐ見据えると、リーゼロッテは口を開いた。
「……一日だけでいいのです。猶予をいただけませんか?」
「……聖女は速やかに聖殿にお連れする決まりなので」
彼女の要望に一瞬固まったフリッツは、視線だけをほんの少し鋭くした。
(……いくら聖女だからといってそんな我儘は通らないぞ、ディートリンデの妹よ)
彼の庇護下にあるマリーですら、聖女だと分かった時には即日で聖殿に上がったのだ。
それこそ、両親への最後の挨拶など満足にできないほどに。
ここでリーゼロッテの要望を通せば、マリー以上の扱いをすると示したようなものだ。
それに、ディートリンデと姿形や声が一緒だからか、僅かでも意にそぐわない言動を取られると冷ややかに見てしまう癖が出てしまう。
フリッツの冷淡さに負けじと、リーゼロッテもまた冷静に言葉を紡ぐ。
「ですが……まだやり残したことがございます。それを終えたら必ず入殿いたします。ですから」
「……その、やり残したことが達成されたとして、ここに戻ってくる保証がどこにある?」
「保証は魔法紙を」
「なければ許可できない」
彼女の言い分を皆まで聞かず、ぴしゃりと言い放ったフリッツの声がこだまする。
険のあるその声は、どうあってもリーゼロッテの要望を通すまいとする厳しさを含んでいた。
「……私が」
成り行きを見守っていたアンゼルムが、リーゼロッテの前に出る。
「私が、責任を持って姉上を……聖女様をこちらへお連れいたします」
アンゼルムの言葉に、リーゼロッテは小さく息を呑んだ。
「もし聖女様をお連れできなかった場合は……その時はこの命をもって償いを」
「アンゼルム……!」
「…………」
フリッツは彼女の弟をまじまじと見つめた。
騎士らしく使命感に燃える瞳を携えた彼は、忠誠心もなかなかに高そうだ。
ただし、その忠誠はどちらかと言えば姉に向けられたものなのだろう。
リーゼロッテへのアンゼルムのひたむきさを垣間見たフリッツは、不快そうに微かに眉頭を歪めた。
「……殿下、私もよろしいでしょうか?」
「……兄上……」
横で愉快そうに微笑んでいたテオが口を開く。
「二人もこう言っていることですし、特別にお認めになられては? これから一生を聖殿で神に捧げる身となれば、おいそれと知り合いに会うこともできなくなりますし」
テオはこっそりと、「それに、彼女の代わりに暇を与えられる人物もいるわけですしね」と付け加えると、にっこりと邪気のない笑顔を作る。
暇を与えられる人物、と言われフリッツはマリーを思い浮かべた。
確かにマリーを聖女の任から解放できるのはリーゼロッテの存在のおかげだ。
その労に報いるのも王族としては必要なことだろう。
(あの女の妹など、どうでもいいがマリーのためだ)
「……分かった。一日だ。明日の日没までに入殿せよ。話は以上だ」
玉座を離れたフリッツを、それ以外の者は頭を下げて見送った。
「……ディートリンデとはまた別の意味で我儘な女だ……」
謁見の間を出たフリッツは憎々しげな表情を作る。
国のために祈りを捧げてくれている聖女の希望を叶えることは、これまでもしてきた。
しかし、慣習を破ってまで叶えてきたことはない。
マリーはその点、慣習を破らない範囲で弁えていた。
慎ましく、素朴で立場も理解している可愛い彼女を思い浮かべ、フリッツの胸に熱い思いが込み上げてくる。
「マリー……もうすぐだね……」
口の中で呟くと、フリッツは恍惚とした表情で聖殿の方角へ視線を向けた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2,529
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる