57 / 328
二章
五十二話 レベル上げin近所の森
しおりを挟む
――というわけで、門を出てすぐの所にある街道……の脇にある森にやって来たわけだが。
「流石オープン初日……人がゴミのようだ」
「普通に人混みって言えば良いんじゃない?」
いや、あまりの数にちょっと現実逃避したかっただけっす。
いやまぁね? 想定はしていたんだよ。
オープン初日の低レベル狩場がどうなるかってのはネトゲプレイヤならまぁなんとなく想像はつくもんだ。
でもね?
「βテストからレベル引き継ぎがあるから、もう少し余裕はあると思ったんだけどなぁ」
レベル引き継ぎがあるなら初心者狩場よりもLV2や3の狩場のほうが人で溢れてるんじゃないかと思ったんだが。
「βテストは一応オープンで誰でも参加はできたけど、筐体のほうが在庫不足でβテストに参加できなかった人結構多かったらしいよ?」
「あぁ……なるほど、それでこんな人が多いのか」
どうやら情報不足により読み違えてしまったらしい。
イケルと思ったんだけどなぁ……
「ううん……どうしようか。もう少し奥まで行ってみる? 深い森でもないし最奥まで行っても戻ってくるまで大した時間もかからないでしょ」
「確かにこの森ならどこからでもすぐ帰ってこれるかな」
鬱蒼な森というわけでもない。
所々で空も見えてるから時間を計り間違えるということもないだろう。
きなこさんはLV3だったはず。
俺もなりたてとは言えLV2だし、ゲーム性に力を入れてる製品版で初期街のすぐ近くに湧く敵なら多少強いのが混ざっても対処できるだろ。
「おし、そうしよう。 エリス、ちょっと敵が強くなるかも知れないけど大丈夫か?」
「う~ん多分大丈夫~。なんかこれくらいなら平気そう」
「ん? 見ただけで強さとか判るのか?」
「うん。なんとなくだけどサリちゃんのおじさんから『強さを見抜けるように』って色々訓練したんだ~」
あのおっさんウチの娘に何仕込んでんだ……?
「ちょっとエリスのステータス見せてもらえるか?」
「すてーたす?」
「ああ、左手の……って腕輪は俺専用の特殊UIだったか。NPCはステータスの確認ってどうやるんだ? ハティは表示してたし方法はあるはずなんだけど……」
「わん!」
「え、そうなの? え~っと……こう?」
なんとなく意味が分かるだけとか言ってたけど、本当はハティの言ってること判ってるんじゃなかろうか。
だとしたら『ワン』の一声で一体どれだけの意味が凝縮されているのか……
究極の暗号なんじゃなかろうか。
「わっ、何か出た!」
ほら、『わん』のひと吠えでステータスの開き方伝授に成功してるし。
「エリス、ステータスちょっと見せてもらっていいか?」
「いいよー?」
「ありがとな。……さてと?」
―――――――――――――
エリス
人間:女:ハイナ村の新入り
Lv1:149
HP :450
SP :37
空腹値 :0
疲労値 :10
STR :21
VIT :14
DEX :17
AGE :26
INT :10
MND :12
―――――――――――――
あれ? 思ったよりステータスが高い?
AGIとか結構な数字だぞ。
というかライノスと戦って爆上がりする前の俺よりも強くないか!?
あのオッサンマジで一体何を仕込んでたんだ!?
「ありゃま、結構強い。これなら確かにこの辺りのモンスター相手なら余裕かもしれないね」
「わたし強いの?」
「思ってたよりはねー。これなら奥まで行っても多分平気かな。私達の援護も要らないかも」
「へぇー!」
でもまぁ、強いってことはそれだけ稼ぎも良くなるはず。
結果的にはラッキーだったか。
「多分この森の中ならどこでも平気だと思うから、なるべく奥で、人の少ない所に行こう」
「はーい」
「ワン!」
しっかし、さすがはリアルサイズ。
いくら人だらけだといっても、森はそれなりの広さがあるからか、奥に進むと流石に人の気配が減ってきた。
まぁ、狩場は森だけじゃなくて普通に平原や川なんかもあるし、視界がひらけてて街道からも近いソッチのほうが人が多いくらいだ。
クエストもないのにわざわざこんな視界不良な狩場を選ぶのはそういった良い狩場が人で埋まっていて仕方なく……という理由がほとんどだろう。
俺だって可能なら平原でコツコツやりたかったが、あんな人口密度では獲物の奪い合いになって効率的にも精神的にもよろしくない。
「キョウ、おっきな虫が居るよ」
「ワン!」
「お?」
言われて、エリスの指の先を凝視してみると、確かに木と木の間に巨大なカブトムシみたいなモンスターが居た。
1mには届かないだろうが軽く50cm以上ある。
「相変わらずエリスは目がいいな」
「えっ……? 嘘、どこに?」
きなこさんに見るべき場所を教えつつ獲物に近づく。
そういや、ヤギを狩ったときにもエリスの目の良さには驚かされたんだったっけか。
「あ、やっと判った。 凄いねエリスちゃん、あんな遠くから見つけられるなんて斥候の才能あるんじゃないの?」
「せっこう?」
「敵の姿を探して、仲間たちに教える仕事のことよ。結構重要なんだから」
「へぇー、そんなのもあるんだ」
個人的には目を活かして弓を使った狙撃なんかが良いと思ったけど、そういう選択肢もあるか。
……というかスカウトになると自動的に両方をこなすことになるか。
うちの娘は結構将来有望らしい。
――といってもまだLV1だから、まずはある程度実力をつけてからの話だけど。
「それじゃ最初は、好きなようにやっつけてみな? 無理だと思ったらすぐに助けを呼ぶ事」
「はーい。ハティはお留守番ね」
「くぅ~ん」
この歳の子供に理屈やら効率なんかを説明しても多分途中で飽きて寝てしまうだろう。
ならば、まず自由に戦ってみることのほうが大事だろう。
留守番と言われてつかハティが目に見えてしょぼくれた。
こりゃ俺の知らないうちにどんどん仲良くなってるみたいだな
エリスは木々の間をスルスルと、音を立てずに木を盾にして近づいていく。
っていうか凄いな。
雑草だらけの森のなかでほとんど音をさせずに歩いている。
隠形の技術は間違いなく俺よりも上だ。
……なんで友達と組み手稽古してただけの筈なのに気配探知や隠密のスキルがこんな上達してるんだ?
等と考えているうちに、巨大カブトムシに背後から近づいたエリスは
「やっ!」
そのまま気付かれること無く真後ろから虫を切りつけていた。
バックアタック判定のせいなのか、その一撃であっさり巨大カブトムシは動かなくなった。
「おー、一撃」
「あの子筋が良いわね……流石キョウさんと一緒にいるだけのことはある」
「俺、別にあいつに闘うための何かは教えたこと無いんだけどな……」
狩りの仕方くらい?
いや、これも狩りだけど、経験値稼ぎ的な狩りではなく狩猟的な意味の狩りだ。
「……そういえば、虫って戦ったこと無いんだけど解体とかどうすれば良いんだ?」
「そう言えばわたしも虫とは戦ったことなかったわね……キモいし」
まぁ、好き好んで戦う相手ではないよな。
食え……はするだろうけど、好んで虫を食いたいとは思わないし。
さて、どうしたものか……と首をひねっていた所虫の死体は突如ポンと爆ぜて虫の羽根みたいなものと角らしきものが変わりに落ちていた。
「何ぃ!?」
「ええええ!?」
な、何だ今の!?
「ちょっと、見た今の!? 死体が弾けて素材になったんですけど!?」
「お、おう。何だよそれ、まるでゲームみたいな」
いや、やってるのは確かにゲームだけどこんなコミカルなMMOでございみたいなアイテムドロップなんて……
「ま、まさか……」
少し遠くにいた角の生えたウサギっぽいモンスターに投擲で尖った石を投げつけてみる。
運良く急所にあたったらしく倒れたウサギは、追撃しようと近づいた俺の目の前でやはりポンと弾けると、煙と友の出てきたのは丁寧にカットされた肉とウサギの皮、それと角だった。
まごうことなきドロップアイテムである。
「なんだろう……MMOとしては凄く正しい処理なんだけど、このゲームの中でいざ目の当たりにすると酷く違和感を感じるわね……」
「今まであんな血まみれになって解体してきたALPHAでの苦労は何だったのか……」
きなこさんも俺と同じ感想なのか、キレイにカットされたドロップ品の肉を見てなんとも言えない顔をしていた。
ALPHAでウサギを倒したら、血抜きから皮剥ぎ、内臓処理に解体と結構な手間がかかるのに、製品版ではただ倒すだけで全部手に入るのだ。
便利過ぎる……
「楽ちんだねぇ~」
「ワン!」
「便利なのはわかるけどぉ……なんか納得いかーん!」
オーバーアクションで地団駄を踏むきなこさん。
わかるわーその気持ち。
「便利すぎてこっちに慣れると、向こうに戻った時地獄を見そうだな。あくまでこっちは遊園地的な感覚で居たほうが良さそうだ」
「そだね……アトラクションだと割り切っておこ」
言いたいことは色々とあるが、便利なことには変わりない。
これなら想像していたよりも遥かに素材を確保できそうだ。
とりあえず、バッグの中に素材を突っ込んで……
「何だこのバッグ。 中広っ!?」
「え? 今度は何?」
「いや、ちょっとバッグの中覗いてみ?」
「え? ……ぇぇぇええ!? 何これ広くない!?」
「明らかにバッグのサイズと中の空間が噛み合ってないよな……」
コレはアレか?
魔法のバッグ的な奴か?
何でもホイホイ突っ込める的な。
見た目はリュックサックなのに、明らかに中の空洞は両手を広げたくらいの広さがある。
無限に入るわけでは無さそうだが、どう考えても外見と中の空間のサイズが一致しない。
見た目の10倍は容量あるんじゃないだろうか。
これ、重量とかどうなるんだろうか……
試しにドロップ品を放り込んで背負ってみるが、殆ど重さを感じない。
その辺にあった石をいくつか放りこんでみたところ、今度ははっきりと重さを感じた。
どうやら容量と同じく重量も1/10になっているらしい。
しかも、どうやら密閉している間は完全ロックが掛かるようで、釣った魚やモンスターの肉なんかをつっこんでも開けっ放しにしていない限り腐ることはないらしい。
完全ロックとは、鍵がかかるとかそういう意味ではなく文字通り完全にロックされる。
要するに時間が止まったような状態だ。
便利すぎるだろ!?
「わたし、このカバン持って帰りたいんだけど……」
「俺も欲しい……」
今回のギャラは要らないからこのカバンをALPHAに持って帰りたい。
伝説の剣とかそう言うのはいいから、このカバンが欲しい。
切実に。
「あ、新しい獲物を発見! 突撃ー!」
「ワン!」
エリスはそんなもの知ったことかとモンスターを狩り散らしていた。
ネズミやヤギを狩った時の忌避感が一切見られない。
見た目や動きは非常にリアルなモンスターだが、血や体液がブッシャーってならないことからすぐにこれが遊びの範疇だと理解したようだ。
実際、こっち側は遊びみたいなものだからな。
実際の狩りであんな無鉄砲に飛び出されたら困るが、そこは最初にちゃんと教えれば素直なエリスなら問題ないはず。
ALPHAとの線引がちゃんとできているなら仮装トレーニングとしては便利であることは間違いないわけで。
「遊びだからって油断して怪我しないように気をつけろよー?」
「はーい」
「ワン!」
目に見える範囲のモンスターの殆どは異様に索敵能力の高いエリスとハティによって根こそぎ狩りつくされていった。
一応、範囲殲滅手段を持たないエリスは一匹ずつショートソードで倒しているからなのか、あるいは森の中というシチュエーション的なことも有るのか結構な速度で倒しているがリポップが間に合わないという事は無いようだ。
倒したモンスターの素材をカバンに突っ込んでいるうちに別の場所で新しいモンスターが湧き出していた。
「こりゃ素材集めには丁度いいけど、エリスちゃんのレベル上げって意味だともうちょっと別の狩場にしないと歯ごたえがなさすぎるっぽいね」
「だなぁ……ほとんど処理になっちゃってて訓練になってない」
ステータスが上がりにくいのはこの際目をつぶるとしても、技術的にも何も得られない戦いというのは流石に不毛だ。
素材は確かに貯まるかもしれんが、最悪こっちでの2週間をしのげる程度の稼ぎがあれば問題ない。
それよりもせっかく二週間も安全な環境でトレーニングできるんだからそっちを重視したい。
「狩場については後で考えよう。俺こっちの地理やなんかを全く知らないから闇雲に探しても非効率だし」
「そだね。私も時間があれば手伝うし」
「なんか悪いな」
「そう思うなら向こうで一緒に会うことがあれば色々教えてよ。戦い方とか」
「そんなので良ければ別に構わないけど……」
「え、ほんと?」
「まぁ、エリスの訓練のついで……みたいになって良いのなら」
「良い良い、全然良いよ!」
えらい食いつきだな。
別に特別な特訓とかは特に無いんだけどな……
「先に行っておくけど、ものすごく地味だからな? 修行とかそういうのとはちょっと違うし、何というか考え方の違いみたいなもんだから」
「まぁ、キョウさんの環境そのものが特殊だし、すべて身につけれるとは最初から思ってないよ。ただまぁ、そのためには向こうで合流できなきゃ始まらないんだけどね」
「まぁなぁ」
この世界は広大で、町と町の間の移動でも1日とか普通にかかる。
乗り物があれば話は変わるかもしれないが、車や電車なんてものはないので現代的な移動距離の感覚は捨てなければならない。
お互いの場所がどの程度離れているのか解っていない今のままではそう簡単に合流することはできないだろう。
「まぁ、合流できるのを楽しみに、その時のための先行投資ってわけよ」
「助かるよ。マジで」
自分よりも高レベル者が近くにいるというだけで結構安心感有るからな。
「キョウ! もうカバンに入らなくなっちゃった~」
ちょっと目を話した隙にエリスはカバン限界まで素材を詰め込んでいたようだ。
えらい勢いで狩ったな……
体感重量が1/10でも収納量も10倍なので、満杯までカバンに詰めれば当然相応に重いわけで、背負ったカバンの重さに少しフラフラしているが、ハティがこっそりカバンの下から鼻先で押し上げていた。
「入り切らないやつは俺のカバンに突っ込めばいいから、そろそろ村に戻ろうか」
「はーい」
冒険者ギルド開放は夜のイベントステージ後だった筈だから、それまでは素材はカバンごと休憩スペースに置いておくか。
あそこならスタッフに確認取れば置き引きみたいなことにもならんだろうし。
「流石オープン初日……人がゴミのようだ」
「普通に人混みって言えば良いんじゃない?」
いや、あまりの数にちょっと現実逃避したかっただけっす。
いやまぁね? 想定はしていたんだよ。
オープン初日の低レベル狩場がどうなるかってのはネトゲプレイヤならまぁなんとなく想像はつくもんだ。
でもね?
「βテストからレベル引き継ぎがあるから、もう少し余裕はあると思ったんだけどなぁ」
レベル引き継ぎがあるなら初心者狩場よりもLV2や3の狩場のほうが人で溢れてるんじゃないかと思ったんだが。
「βテストは一応オープンで誰でも参加はできたけど、筐体のほうが在庫不足でβテストに参加できなかった人結構多かったらしいよ?」
「あぁ……なるほど、それでこんな人が多いのか」
どうやら情報不足により読み違えてしまったらしい。
イケルと思ったんだけどなぁ……
「ううん……どうしようか。もう少し奥まで行ってみる? 深い森でもないし最奥まで行っても戻ってくるまで大した時間もかからないでしょ」
「確かにこの森ならどこからでもすぐ帰ってこれるかな」
鬱蒼な森というわけでもない。
所々で空も見えてるから時間を計り間違えるということもないだろう。
きなこさんはLV3だったはず。
俺もなりたてとは言えLV2だし、ゲーム性に力を入れてる製品版で初期街のすぐ近くに湧く敵なら多少強いのが混ざっても対処できるだろ。
「おし、そうしよう。 エリス、ちょっと敵が強くなるかも知れないけど大丈夫か?」
「う~ん多分大丈夫~。なんかこれくらいなら平気そう」
「ん? 見ただけで強さとか判るのか?」
「うん。なんとなくだけどサリちゃんのおじさんから『強さを見抜けるように』って色々訓練したんだ~」
あのおっさんウチの娘に何仕込んでんだ……?
「ちょっとエリスのステータス見せてもらえるか?」
「すてーたす?」
「ああ、左手の……って腕輪は俺専用の特殊UIだったか。NPCはステータスの確認ってどうやるんだ? ハティは表示してたし方法はあるはずなんだけど……」
「わん!」
「え、そうなの? え~っと……こう?」
なんとなく意味が分かるだけとか言ってたけど、本当はハティの言ってること判ってるんじゃなかろうか。
だとしたら『ワン』の一声で一体どれだけの意味が凝縮されているのか……
究極の暗号なんじゃなかろうか。
「わっ、何か出た!」
ほら、『わん』のひと吠えでステータスの開き方伝授に成功してるし。
「エリス、ステータスちょっと見せてもらっていいか?」
「いいよー?」
「ありがとな。……さてと?」
―――――――――――――
エリス
人間:女:ハイナ村の新入り
Lv1:149
HP :450
SP :37
空腹値 :0
疲労値 :10
STR :21
VIT :14
DEX :17
AGE :26
INT :10
MND :12
―――――――――――――
あれ? 思ったよりステータスが高い?
AGIとか結構な数字だぞ。
というかライノスと戦って爆上がりする前の俺よりも強くないか!?
あのオッサンマジで一体何を仕込んでたんだ!?
「ありゃま、結構強い。これなら確かにこの辺りのモンスター相手なら余裕かもしれないね」
「わたし強いの?」
「思ってたよりはねー。これなら奥まで行っても多分平気かな。私達の援護も要らないかも」
「へぇー!」
でもまぁ、強いってことはそれだけ稼ぎも良くなるはず。
結果的にはラッキーだったか。
「多分この森の中ならどこでも平気だと思うから、なるべく奥で、人の少ない所に行こう」
「はーい」
「ワン!」
しっかし、さすがはリアルサイズ。
いくら人だらけだといっても、森はそれなりの広さがあるからか、奥に進むと流石に人の気配が減ってきた。
まぁ、狩場は森だけじゃなくて普通に平原や川なんかもあるし、視界がひらけてて街道からも近いソッチのほうが人が多いくらいだ。
クエストもないのにわざわざこんな視界不良な狩場を選ぶのはそういった良い狩場が人で埋まっていて仕方なく……という理由がほとんどだろう。
俺だって可能なら平原でコツコツやりたかったが、あんな人口密度では獲物の奪い合いになって効率的にも精神的にもよろしくない。
「キョウ、おっきな虫が居るよ」
「ワン!」
「お?」
言われて、エリスの指の先を凝視してみると、確かに木と木の間に巨大なカブトムシみたいなモンスターが居た。
1mには届かないだろうが軽く50cm以上ある。
「相変わらずエリスは目がいいな」
「えっ……? 嘘、どこに?」
きなこさんに見るべき場所を教えつつ獲物に近づく。
そういや、ヤギを狩ったときにもエリスの目の良さには驚かされたんだったっけか。
「あ、やっと判った。 凄いねエリスちゃん、あんな遠くから見つけられるなんて斥候の才能あるんじゃないの?」
「せっこう?」
「敵の姿を探して、仲間たちに教える仕事のことよ。結構重要なんだから」
「へぇー、そんなのもあるんだ」
個人的には目を活かして弓を使った狙撃なんかが良いと思ったけど、そういう選択肢もあるか。
……というかスカウトになると自動的に両方をこなすことになるか。
うちの娘は結構将来有望らしい。
――といってもまだLV1だから、まずはある程度実力をつけてからの話だけど。
「それじゃ最初は、好きなようにやっつけてみな? 無理だと思ったらすぐに助けを呼ぶ事」
「はーい。ハティはお留守番ね」
「くぅ~ん」
この歳の子供に理屈やら効率なんかを説明しても多分途中で飽きて寝てしまうだろう。
ならば、まず自由に戦ってみることのほうが大事だろう。
留守番と言われてつかハティが目に見えてしょぼくれた。
こりゃ俺の知らないうちにどんどん仲良くなってるみたいだな
エリスは木々の間をスルスルと、音を立てずに木を盾にして近づいていく。
っていうか凄いな。
雑草だらけの森のなかでほとんど音をさせずに歩いている。
隠形の技術は間違いなく俺よりも上だ。
……なんで友達と組み手稽古してただけの筈なのに気配探知や隠密のスキルがこんな上達してるんだ?
等と考えているうちに、巨大カブトムシに背後から近づいたエリスは
「やっ!」
そのまま気付かれること無く真後ろから虫を切りつけていた。
バックアタック判定のせいなのか、その一撃であっさり巨大カブトムシは動かなくなった。
「おー、一撃」
「あの子筋が良いわね……流石キョウさんと一緒にいるだけのことはある」
「俺、別にあいつに闘うための何かは教えたこと無いんだけどな……」
狩りの仕方くらい?
いや、これも狩りだけど、経験値稼ぎ的な狩りではなく狩猟的な意味の狩りだ。
「……そういえば、虫って戦ったこと無いんだけど解体とかどうすれば良いんだ?」
「そう言えばわたしも虫とは戦ったことなかったわね……キモいし」
まぁ、好き好んで戦う相手ではないよな。
食え……はするだろうけど、好んで虫を食いたいとは思わないし。
さて、どうしたものか……と首をひねっていた所虫の死体は突如ポンと爆ぜて虫の羽根みたいなものと角らしきものが変わりに落ちていた。
「何ぃ!?」
「ええええ!?」
な、何だ今の!?
「ちょっと、見た今の!? 死体が弾けて素材になったんですけど!?」
「お、おう。何だよそれ、まるでゲームみたいな」
いや、やってるのは確かにゲームだけどこんなコミカルなMMOでございみたいなアイテムドロップなんて……
「ま、まさか……」
少し遠くにいた角の生えたウサギっぽいモンスターに投擲で尖った石を投げつけてみる。
運良く急所にあたったらしく倒れたウサギは、追撃しようと近づいた俺の目の前でやはりポンと弾けると、煙と友の出てきたのは丁寧にカットされた肉とウサギの皮、それと角だった。
まごうことなきドロップアイテムである。
「なんだろう……MMOとしては凄く正しい処理なんだけど、このゲームの中でいざ目の当たりにすると酷く違和感を感じるわね……」
「今まであんな血まみれになって解体してきたALPHAでの苦労は何だったのか……」
きなこさんも俺と同じ感想なのか、キレイにカットされたドロップ品の肉を見てなんとも言えない顔をしていた。
ALPHAでウサギを倒したら、血抜きから皮剥ぎ、内臓処理に解体と結構な手間がかかるのに、製品版ではただ倒すだけで全部手に入るのだ。
便利過ぎる……
「楽ちんだねぇ~」
「ワン!」
「便利なのはわかるけどぉ……なんか納得いかーん!」
オーバーアクションで地団駄を踏むきなこさん。
わかるわーその気持ち。
「便利すぎてこっちに慣れると、向こうに戻った時地獄を見そうだな。あくまでこっちは遊園地的な感覚で居たほうが良さそうだ」
「そだね……アトラクションだと割り切っておこ」
言いたいことは色々とあるが、便利なことには変わりない。
これなら想像していたよりも遥かに素材を確保できそうだ。
とりあえず、バッグの中に素材を突っ込んで……
「何だこのバッグ。 中広っ!?」
「え? 今度は何?」
「いや、ちょっとバッグの中覗いてみ?」
「え? ……ぇぇぇええ!? 何これ広くない!?」
「明らかにバッグのサイズと中の空間が噛み合ってないよな……」
コレはアレか?
魔法のバッグ的な奴か?
何でもホイホイ突っ込める的な。
見た目はリュックサックなのに、明らかに中の空洞は両手を広げたくらいの広さがある。
無限に入るわけでは無さそうだが、どう考えても外見と中の空間のサイズが一致しない。
見た目の10倍は容量あるんじゃないだろうか。
これ、重量とかどうなるんだろうか……
試しにドロップ品を放り込んで背負ってみるが、殆ど重さを感じない。
その辺にあった石をいくつか放りこんでみたところ、今度ははっきりと重さを感じた。
どうやら容量と同じく重量も1/10になっているらしい。
しかも、どうやら密閉している間は完全ロックが掛かるようで、釣った魚やモンスターの肉なんかをつっこんでも開けっ放しにしていない限り腐ることはないらしい。
完全ロックとは、鍵がかかるとかそういう意味ではなく文字通り完全にロックされる。
要するに時間が止まったような状態だ。
便利すぎるだろ!?
「わたし、このカバン持って帰りたいんだけど……」
「俺も欲しい……」
今回のギャラは要らないからこのカバンをALPHAに持って帰りたい。
伝説の剣とかそう言うのはいいから、このカバンが欲しい。
切実に。
「あ、新しい獲物を発見! 突撃ー!」
「ワン!」
エリスはそんなもの知ったことかとモンスターを狩り散らしていた。
ネズミやヤギを狩った時の忌避感が一切見られない。
見た目や動きは非常にリアルなモンスターだが、血や体液がブッシャーってならないことからすぐにこれが遊びの範疇だと理解したようだ。
実際、こっち側は遊びみたいなものだからな。
実際の狩りであんな無鉄砲に飛び出されたら困るが、そこは最初にちゃんと教えれば素直なエリスなら問題ないはず。
ALPHAとの線引がちゃんとできているなら仮装トレーニングとしては便利であることは間違いないわけで。
「遊びだからって油断して怪我しないように気をつけろよー?」
「はーい」
「ワン!」
目に見える範囲のモンスターの殆どは異様に索敵能力の高いエリスとハティによって根こそぎ狩りつくされていった。
一応、範囲殲滅手段を持たないエリスは一匹ずつショートソードで倒しているからなのか、あるいは森の中というシチュエーション的なことも有るのか結構な速度で倒しているがリポップが間に合わないという事は無いようだ。
倒したモンスターの素材をカバンに突っ込んでいるうちに別の場所で新しいモンスターが湧き出していた。
「こりゃ素材集めには丁度いいけど、エリスちゃんのレベル上げって意味だともうちょっと別の狩場にしないと歯ごたえがなさすぎるっぽいね」
「だなぁ……ほとんど処理になっちゃってて訓練になってない」
ステータスが上がりにくいのはこの際目をつぶるとしても、技術的にも何も得られない戦いというのは流石に不毛だ。
素材は確かに貯まるかもしれんが、最悪こっちでの2週間をしのげる程度の稼ぎがあれば問題ない。
それよりもせっかく二週間も安全な環境でトレーニングできるんだからそっちを重視したい。
「狩場については後で考えよう。俺こっちの地理やなんかを全く知らないから闇雲に探しても非効率だし」
「そだね。私も時間があれば手伝うし」
「なんか悪いな」
「そう思うなら向こうで一緒に会うことがあれば色々教えてよ。戦い方とか」
「そんなので良ければ別に構わないけど……」
「え、ほんと?」
「まぁ、エリスの訓練のついで……みたいになって良いのなら」
「良い良い、全然良いよ!」
えらい食いつきだな。
別に特別な特訓とかは特に無いんだけどな……
「先に行っておくけど、ものすごく地味だからな? 修行とかそういうのとはちょっと違うし、何というか考え方の違いみたいなもんだから」
「まぁ、キョウさんの環境そのものが特殊だし、すべて身につけれるとは最初から思ってないよ。ただまぁ、そのためには向こうで合流できなきゃ始まらないんだけどね」
「まぁなぁ」
この世界は広大で、町と町の間の移動でも1日とか普通にかかる。
乗り物があれば話は変わるかもしれないが、車や電車なんてものはないので現代的な移動距離の感覚は捨てなければならない。
お互いの場所がどの程度離れているのか解っていない今のままではそう簡単に合流することはできないだろう。
「まぁ、合流できるのを楽しみに、その時のための先行投資ってわけよ」
「助かるよ。マジで」
自分よりも高レベル者が近くにいるというだけで結構安心感有るからな。
「キョウ! もうカバンに入らなくなっちゃった~」
ちょっと目を話した隙にエリスはカバン限界まで素材を詰め込んでいたようだ。
えらい勢いで狩ったな……
体感重量が1/10でも収納量も10倍なので、満杯までカバンに詰めれば当然相応に重いわけで、背負ったカバンの重さに少しフラフラしているが、ハティがこっそりカバンの下から鼻先で押し上げていた。
「入り切らないやつは俺のカバンに突っ込めばいいから、そろそろ村に戻ろうか」
「はーい」
冒険者ギルド開放は夜のイベントステージ後だった筈だから、それまでは素材はカバンごと休憩スペースに置いておくか。
あそこならスタッフに確認取れば置き引きみたいなことにもならんだろうし。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
622
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる