ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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三章

百七十四話 本戦Ⅰ

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 20時を回り、今回のPvPイベントのステージイベントが始まった。
 オープニングイベントでも使われた馬鹿でかいディスプレイには、ネットでの生放送がそのまま配信されている。

 そんな中、勝ち残った俺達8人はといえば、コロシアムステージを見下ろせる特等席に座らされていた。一人を除いて。
 事前に段取り説明は済まされているので、あとはここで借りて来た猫のようにおとなしく試合を見つつ、自分の番が来たら全力で戦えばいい。
 実況や生放送でのコメンテーター席は丁度俺達の座る特等席の対面側。そこで今回のオープニングが行われており、チェリーさんもそこで司会や解説役と一緒に喋っている。
 つまり本来こちら側に座っている筈の、ベスト8進出のチェリーさんだけは司会席から直接参加という訳だ。

「キョウ、私たちは何番目?」
「トーナメント表通りに進行するならチェリーさんとエリスは2戦目、俺は4戦目だな」
「そっかー」

 エリスも順調に勝ち進み、ベスト8の第二戦目でチェリーさんとぶつかることになっていた。
 そんなエリスはといえば、席順とかは特に無いという事だったので俺の膝の上に居る。別に特等席という訳でもないが、エリスの座高だと椅子に座ると手すりが邪魔で試合が見難いらしいのだ。

「チェリー姉と本気で勝負するの初めてだからドキドキする!」
「そうなのか? 結構いつも組手してるように見えたけど」
「お互い素手だったから。武器での勝負はこれが初めてだよ。サリちゃんとはたまにやるんだけど、チェリー姉はまだ力の加減が上手くないからダメなんだって。武器を使った稽古は簡単な応手の練習くらいなの」
「なるほど、稽古で変なケガしないようにか」

 ガーヴさんの訓練は田舎剣術なんで、現代の剣道の防具みたいなご立派なものは無い。
 稽古でも当たり所が悪ければケガをするから、ちゃんと自分の力を制御できるようになるまでは組手での武器の使用禁止って事か。
 武器振ってなんぼのチェリーさんには辛そうだな。だからこそ必死になって武器有り稽古が出来るように頑張ってるのかもしれないが。
 何にせよ、これが初対決というのは興味深い。確か素手での勝負ならエリスの方が強いとかチェリーさんも言ってたし、かなり良い勝負が見れるんじゃないのか?
 これは楽しみになってきた。

 ちなみに、俺の出る第4戦の相手は、防御タイプのプレイヤーだ。
 今回の参加者の中では珍しい、防御の上手いタイプのプレイヤーで、ステータスも相手の攻撃を耐えつつ、反撃で削っていくと行った割と地味めな戦術を使う。
 この戦い方、一見地味だがハマると強い。特に守りを突破できない低火力相手なら無双しかねないほどの堅実な戦い方だ。
 回復サポートの受けられない一対一の勝負だと、耐久性に優れる相手ってのはかなり厄介だ。普通に殴り合ってる筈なのに、どんどん体力に差をつけられる。
 半端な火力で殺られる前に殺れると高をくくった相手を、泥仕合に巻き込むというのが得意戦法のようだ。
 古来からPvPのあるMMOで、半端なアタッカーがタンクやバッファーにタイマン挑むのは自殺行為だと昔から相場が決まっている。実際俺も返り討ちにあってボロカスにされたよなぁ。耐久型も、度が過ぎれば暴力足り得るとあの時刻み込まれたなぁ。
 なんというか彼の戦い方を見てると、そんな懐かしい記憶が思い浮かぶくらいにこの大会では珍しいガチガチの防御特化のプレイヤーだった。

 何が言いたいかというと、パワーよりもテクニック寄りの俺にとってあまり相性の良い相手ではないという事だ。
 パワー不足をミアリギスの重さに頼るのが俺の戦い方だ。俺のパワーでは防御の上から削るというのは現実的ではない。となれば、防御をかいくぐってダメージを与えるという戦法を選ぶ必要がある訳だが、それを防御の得意な相手にやらなきゃならないという……
 もちろん、レベル制限が掛かっているという事は最終ステータス合計値は全員平等だ。相手が防御に振った分だけ別のパラメータが犠牲になっている筈だ。
 とはいえ、当たり前だが今までの戦いではそれを上手く隠して立ち回っていた。
 ガチガチの近接タンクなのだから恐らく魔法系のパラメータを削っているのだろうという予測は立てられる。が、万が一という事もある。
 自己ヒールの為や自身の火力不足を補うために相手の防御に依存しない魔法を覚え、INTやPIEといったパラメータを伸ばすソロプレイヤーというのは昔から一定数存在するのだ。
 それ以上に防御ではなく火力でターゲットを取り、被弾はプレイヤースキルで抑えるというタンクもまた存在する。
 迂闊に根拠もなくあいてのパラメータを決めつけるのは危険だ。

「キョウ、楽しい?」
「ん? どうした突然」
「なんか、すごく興奮してるように見えたから」
「え? そんな顔に出てたか?」
「ううん。顔は全然。でも、気配がすごく膨らんでた」

 気配て…… 
 そういうの普通の人は判らないんじゃなかったっけか?
 あぁ、いや、あれだ。俺の様子を見てるから判ったんだろう。その場に立ってるだけなのに怒ってますオーラ出してる人がすぐに判る的なアレだ。多分きっとそう。

「うん、まぁ……そうだな。気配云々はともかく、確かに楽しみだよ。自分と互角くらいの相手と戦うのは」

 うん。やっぱそうなんだよな。
 普段地方から出てこない実力者相手に、大会の短い時間の中で何とかして人読みして対策組んだり、見知ったやつでも、大会用に組んできた対策の、その対策を考えたり。
 こういうのが直接対戦相手と顔を合わせてやる大会の楽しみ、醍醐味ってやつだ。
 ……まぁこれ、顔を合わせるって言ってもオンラインだけどさ。

 俺は、自分がトップ勢だと言うつもりは無い。実際レベル差があったとはいえSADにはすでに一度負けてるし、一般プレイヤーの強さは前大会と今大会の中でしか見ていないからだ。
 だけど、弱いとも思っていない。
 実際に前大会で勝っているのだから、少なくともああいうお祭りに積極的に参加する戦意旺盛な連中の中でも平均よりは強いはずだ。
 そんな俺から見て、普通に「スゲェ」と思うくらいに動きの良い連中が居るんだから、楽しみに思うのは仕方ないだろ?

 格上との戦いがつまらないとは言わない。目指すべき形が目の前にいてくれるってのは、目標とするべき強さの終着点がハッキリとした形を取ってくれている訳だ。それはつまり迷いや錯誤無く目標到達へと突き進めるという事でもあるからだ。 
 だけど、やっぱり一番楽しいのは自分と同レベルの相手と勝つか負けるか、っていうギリギリの勝負だ。
 キルシュ相手の時のように負けて当然の、胸を借りる気持ちで戦うというのは偶にあっても良いかもしれんが、それも頻繁に繰り返せば負けて当然っていう変な甘えが染みつきかねないし、そもそも負け癖がついて良い事なんて一つもない。

 これまでの相手が微妙だったから、SAD以外もう期待していなかったんだが、思わぬところで良い相手に巡り合えた。
 しかも都合のいい事に防御巧者。最近生き残りに必死で回避や受け流しの技術にばかり偏っていたからな。今回は思う存分、自分の攻め手の技を試すことが出来そうだ。
 今回は対SAD用に奥の手も用意してきたが、これはもしかしたらSAD以外に使わされるなんて事もあるかもしれないな。
 ……まぁそれはそれで、そういう相手とギリギリの戦いができるって訳だから、願ったり叶ったりではあるんだけどな。
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