ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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四章

二百三十一話 コーリングⅡ

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「それで、今ヤバい状況になっている事は判りましたけど、キョウくんとの合流は本当に許可出来ないんですか?」
「…………ちょっと待ってください? 許可できないというのはどういう事ですか?」
「え? サポートにキョウくんと合流出来ないか問いかけたら、今の状況もテストとして役に立つデータだからって合流は自力でしてくれって断られて。でもエリスの落ち込みっぷりが半端なくて見ていられないって言うか……」

 AIといってもエリスの思考は人間の子供と大して変わらない。いえ、ある意味人間よりも人間らしいと感じる瞬間すらある、喜怒哀楽のしっかりある一つの人格だ。
 それがキョウくんが居ないと不安な顔を私に向けてくる。ハッキリ言って精神的にキツイ。

「……それは何時頃の話ですか?」
「え? 昨日の深夜……日付を跨いですぐだから今日の深夜って事になりますか。それで諦めきれなくて、ブログの仕事を言い訳に田辺さんへ連絡を取った訳で……」
「我々のプロジェクトではメールフォームの対応は営業時間中です。深夜に返信がある事はあり得ません」
「え? それって……」

 運営じゃないなら、一体誰がメールの返信を? というか運営のメールフォームから何で運営からじゃないメールが帰ってくるのよ?

「結城さんのメールに何者かが嘘の返信をした……という事になりますね。……参ったぞ、そっち側はノーマークだった。この期に及んで容疑者がさらに増えるなんて……」
「ちょっと待ってください。じゃあメールの内容は嘘で、キョウくんと合流する事は出来るんですか?」
「それは……非常に言い難い事ですが、現状では厳しいと言わざるをえません」
「そんな!?」

 運営でもトップに近い場所にいるこの人にも無理だって事? だったら一体どうすれば……

「というか、運営がプレイヤーの位置を特定できないって、それは色々と……」
「あ、いえ確かに合流する事が厳しいとは言いましたが、実は合流する事が可能か不可能かで言えば可能ではあるんです。立浪さんが使っているクレイドルから直接座標データを引き抜けば、どこに居るのかはすぐにわかりますから。ただ、今はそれを行うべきじゃないという判断です」
「……何故か聞いても?」

 今までの付き合いで、田辺さんは人よりもデータを優先するようなタイプではないと思う。となると何か別に理由があるって事よね?

「現在、我々開発はキョウくんの位置情報を見失っているからです」
「え? まぁそうなんでしょうけど、調べようと思えば調べられるってさっき……」
「バックドアプログラムが再度仕込まれる危険を排除するために、一時的に社内からキョウのアバターデータのリアルタイム操作を制限していたんです。そうする事で開発の機材からはキョウのアバターデータは全く見えない状態になっていました。もちろん犯人にばれない様にダミーデータを噛ませたうえでです」

 つまり、犯人にはまだバックドアというのが機能していると思わせつつ、本当のキョウくんは開発しているチームの機材からは見えなくされていた……?

「本来ならそれで問題は無かった。結城さんやエリスのデータからキョウくんの位置は特定出来たはずだったので、問題が解決した後で再接続する予定でした。しかし……」
「キョウくんはランダムワープで行方不明になってしまったと。あの広大な世界で正真正銘の行方不明なんて」
「さっきも言いましたが、位置情報を手に入れようと思えば可能ではあります。ただ、今の状況はある意味で幸運とも言えます。相手がキョウのアバターデータを狙っていたのなら、ですが」

 幸運!? 行方不明でエリスがあんなに落ち込んで、私だってこんなに困ってるのに、一体今の状況の何が幸運…………って

「あぁ、そっか。今の状況だと例え犯人がダミーに気が付いたとしても、誰にも見つけられない状態になっている訳ね? たとえどんなデータを盗み見られたとしても」
「はい。恐らく結城さんのメールで犯人はキョウのデータと思っていたものがダミーである事に気付いたはずです。ダミーの位置情報はエリスに紐づけされていますからね。ですけど今回の事で事は露見しましたが、犯人にはキョウが今どこに居るのか特定する方法がまだ無い。だから時間を稼ごうとでもしたのか、結城さんに対して嘘の内容のメールを送り付ける様な雑な行動に出てしまったのではないかと」

 つまり、犯人側もあせって迂闊な行動に出てしまった。結果、本来なら田辺さんも気が付かなかった場所に不自然な点を残してしまった訳ね。

「現在、キョウの居場所を知る方法は先ほど言ったとおりたった一つです。立浪さんのクレイドルを直接調べるしかない。しかし場所が場所なのでセキュリティははしっかりしている。クレイドル操作中は必ず姿を晒す必要がある。相手としても出来れば使いたくない方法でしょう」

 外部のネットと繋がっていない、ローカルネットでしか情報共有されていないデータを盗み出すには、当然その場所に出向くしかない。そうなると監視カメラなんかに自分の姿がどうしても移ってしまう。
 そういえば、たとえ覆面で顔を隠しても複数のカメラから足がつくし、今の時代の警察はそうやって身元を隠した犯人も逮捕できるってドキュメンタリーでやってたのを見た覚えがある。
 でも……

「私はネットワークの知識とか全然ないから詳しい話は分からないんですけど、いくら見失ってるって言っても会社の機材からキョウくんの居場所を探す事って本当にできないんですか? IDとかアドレスとか、何かそういうのでネットでも個人特定とかされたりするじゃないですか? そういうので探すことが……」

 ここ最近の話じゃない。十年以上も前からネット掲示板で迂闊な悪事を暴露した相手を、同じ掲示板の使用者がIPアドレス? とかで仕事先や身元まで特定するなんて事は行われてた筈。
 それに、自分たちの作ったゲームならデータベースだってあるんだから、アカウントの情報とかなんかそういうので情報を検索したりとか出来そうな気がするんだけど……

「……例えば、結城さんのチェリーブロッサムであれば、それも出来ます。というよりも普通のプレイヤーであれば誰でも探す事は出来るんです。アプリゲームと違いクライアントタイプのMMOなので本社のサーバにプレイヤーデータが保存されていますから。ですが、キョウだけは違います」
「それは、特別なクレイドルを使っているから?」
「はい。それも理由の一つです。ただ、最大の理由は彼のデータの保管場所が一般プレイヤーと違うのが最大の理由です」
「え、そうなんですか?」

 クレイドルが特別製ってのは聞いていたけど、データの保管場所まで違うのは初耳だったと思う。というか、そんな事を聞くような理由がまず無かったし。

「彼のクレイドルは外部ネットから隔離されています。彼の為に用意された特殊なクレイドルは筐体もプログラムも無理やり組み上げた物で、セキュリティが万全ではなかったが為にデータ流出を防ぐためにはそうするしかなかったんです」
「あぁそれで……キョウくん、ネットで情報を探せないし、何かあっても運営と連絡取れないって困ってましたよ」
「はは、ネット全盛で育った人であれば、切り離されてしまうと彼でなくとも途方に暮れるというものですよ」

 それはそうかも。私も暇があるとついスマホでネット見る癖がついちゃってるし。一時的になら兎も角、ネットが寸断されたら暇で暇で仕方なくなっちゃうと思う。

「あれ、でもキョウくんって本サーバのイベントには参加してますよね? 隔離されている筈なのにどうやって?」
「あぁ、あれは一時的にミラー……いえ、わかりやすく言うとコピーしたデータを別のサーバに用意して、そのデータを使って中継しているんです」
「コピーを……えと、中継……?」

 ちょっと何言ってるんですかね? 私ってば、パソコンでゲームはするけどパソコンの事はサッパリ分からん系女子なんですけど。

「そうですね……ちょっと強引な例えになりますけど、普通の人は本来はパソコンでネットゲームをやっているとします。好きにインターネットを繋いで」
「ふむふむ……」
「一方、彼はインターネットが繋がっていないので自分の家の中でオフラインのコンシューマゲームをやっている」

 ふむん。確かにコンシューマゲームであればネット経由で情報を盗まれることは無いわね。

「そんな彼がイベントの時にはインターネットに繋げないといけない。でも彼の家のゲームにはとても重要なセーブデータがあってネットを繋いで危険を冒したくない。であればどうするか。スマホに必要最低限のデータだけを入れて、そのデータでインターネットにつないでるんです」
「あっ」

 何となくどういう仕組みかわかったかも!

「実際にはスマホではなく専用のサーバなんですけどね。色々と複雑な事情を省くと今の説明の様な感じになるんです」
「確かにそれならイベントに参加できるし……それに、もしデータを覗かれてもスマホの中にあるものしか見られない」

 ネットを使って辿っても、見つかる情報は中継点のデータだけ。しかもその中継点とキョウくんのクレイドルとはネットワークでつながっていないから、大本のクレイドルを覗かれる心配はないって事よね。

「そういう事です。少なくともそうする事でデータの保全については対処可能……の筈でした。相手の狙いがクレイドルの機密データだったなら」

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