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一 盲目
五枚め
しおりを挟む目覚めは最悪。いつも通り、斎藤さんの家の目覚ましが鳴り響く。呼び鈴を大げさに鳴らしている勢いだ。
朝から不快な音に思い切り叩き起こされて、気分が沈んだ。昨晩準備しておいたリュックサックとトートバッグを再度確認にして、「大丈夫、大丈夫」と自分を落ち着かせた。朝食もしっかり摂って準備万端。
「おはようございます……」
「おはよう!」
玄関先で顔を合わせていきなり元気な挨拶が飛んできたので、僕はすばやくヘッドホンを装着した。
「ごっ、ごめんなさい……」
大柄な体躯を縮めて謝る彼は、次の瞬間にはへのかっぱだった。鼻唄を歌おうとして、慌てて口を塞いでいた。
立ち直りはっや。それに何だか……。落ち着きがない。曇りがない。荷物が少ない。
「苦手だ……」
ため息とともに小声でもらすと、斎藤さんは「ん?」と反応する。
「何か忘れもん?」
「いいえ。朝から元気だなと」
ニカッと屈託なく笑う彼は昇り始めた太陽よりもまだ眩しい。
「真昼さ、大学生だろ? 俺も三年なんだ! だから、タメでいいよ」
「え?」
てっきりもっと年下かと思っていた。だけど、年が下だろうと関係なく僕は初対面の人には、ほぼ敬語だ。いきなりそのスタンスを崩してくだけろと言われても無理がある。
つくづくペースを乱されるなあと不機嫌になっていると、何を思ったのか、ハッとして口に手を当てた。
「またやっちった」
彼の自声のせいもあるのか、とにかくバカでかい音量なのだ。
僕が距離を取って、先へ行こうとしたので、何か感じ取ったらしい。半分当たり。あとは、斎藤くんのペースに呑まれたくないが大半。あとは……あさにぃじゃない大柄な男の人に、隣に並ばれたくない。
僕はずっと無言で早歩き。彼の威勢の良さはどこへやら。半歩後ろを黙ってのんきに付いてくる斎藤くんの気配に警戒しながら駅に急いだ。
「夜一さん来てるかなぁ……。あっ! よーいちーさーん!!」
僕に追いついて、隣で大きな声で呼ぶので、鼓膜が破れそうだった。
僕はヘッドホンごと耳を押さえつけてうなった。もう一つの足音が近づいてくる。許容オーバーになりそうだった。
「お前なぁ、夕空。叫ばなくても分かるって。朝っぱらからうるせぇ」
「す、すみま、あっ、ごめん、真昼!」
ヘッドホンを包みながら、彼をジロリと睨みつけた。斎藤くんは「うへへ」とか言いながら、全く反省していない。彼の鼻筋をつねっていた、背の高い男の人がこちらに向いた。
「何? いいヘッドホンじゃん。音楽大好き少年? 俺、神田夜一。よろしく」
話し方はハキハキとしているが、うるさくない。表情は大人びていて穏やかだが、そわそわする感じがした。どことなく妖しげな雰囲気を感じるのは、そのルックスのせいだった。
片目を長い前髪で隠して、後ろ髪を一つにまとめている。目元が垂れているけど、一つだけの眼光は鋭い。僕は思わずたじろいて応えた。
「はじ、めまして、山崎真昼です。このヘッドホンは、不快な音を和らげるためのものです」
彼の隻眼が見開かれて、スッと細められ、また元に戻った。
「へぇ、なるほど。じゃあ、コイツ、大迷惑ってわけだ?」
神田さんは斎藤くんを突く。
「朝の目覚ましは大迷惑です」
あまり正直に言ってしまうのも子どもっぽくて嫌なので、事実を短くきっぱり述べるにとどめた。
「うっわぁ。夕空、騒音で訴えられるな、そのうち」
あっちを向いてくれてホッとした。彼の目は蛇みたいに絡みついてきて離さない怖さがある。丸呑みされかねない。
神田さん。何を考えているのかまるで分からないというのが、僕の印象に強く残った。
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