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君が死なないための試行錯夢
探しものは夢の中
しおりを挟む途方もない暗闇を抜け、まばゆい光がまぶたをつついた。
「人探し?」
ふわりと声とともに風が下りてきて、僕の前髪を揺らす。林道から表情のない瞳がこちらを見下ろしていた。
僕がいるのは……と振り返ると、のどがヒュッと鳴る。僕がいたのは、なんと、林道から外れた緩やかな崖の中腹。這いつくばって声のする方を見上げたところだった。どう見てもなにかに気を取られて、足を滑らせた以外にないだろう。
だけど、僕は無傷だった。心も真っさらなぐらい生まれたてで、どこも痛くなかった。
「だれ…………」
ぬばたまの黒い艶髪が、木漏れ日に反射して視界にチラつく。息を呑むほどの美しさで見とれてしまう。だけど、瑞々しさを閉じ込めた柔 らかそうな肌には不釣り合いなほど、彼の目は死んだようににごり、倦んだ目をしていた。
「君は?」
そうか。僕は不審者なわけだ。だから嫌そうな目で見る。そして、軽装備でこんな山道に、のこのこやって来て、道から外れた愚かな奴。そういう意味の視線なんだ、彼のは。
「サクマ。柔依咲麻」
名前は最初からそこにあったみたいにポンッと口から衝いて出た。その名前を口にしてみると、僕の心臓がトクトクと脈打ち、血が巡り出すのを感じる。
名乗ったおかげなのか、見下ろす彼の表情から少しだけ、陰りが引いた気がした。
「サクマ。まだ大丈夫」
彼はそう言って腹這いになり、僕の方へ手を伸ばす。その手を取るのを僕は少し迷った。でも、すぐにためらいはなくなる。だって、まだ君の名前を聞いていなかったから。知りたくてたまらない欲求が弾けそうで、この手を取ったらどうなるかなんて想像は雲散してしまった。
「こっち」
ひと息吐いて、土を払おうとしていた僕の腕を彼はつかむ。儚げな容姿からは想像できなかった、思いのほか強い力で、僕は振りほどけなかった。
「えっ。まっ、て」
ぐるぐる目まぐるしい視界に捉えたのは今しがた僕が居たところだった。僕の這いつくばっていた場所から下が奈落になっていた。あのまま落ちていたらと思うとゾッとして身震いした。
「あ、あの。まだ名前を」
彼は僕がなにを言おうと無視して、それでも僕の腕の力だけは緩めず、早歩きで道を行く。
背の高い木ばかりに囲まれた周りに目印もない、道なき道。二足分ばかりのわずかな整備された道を迷いなく、彼の足は進む。
道が潰れてきて足元が悪くなってくる。草に埋まったコケ生やしの石がところどころに顔を出しているし、お化けみたいに這いずり回る木の根もあちこちに伸びている。早歩きに慣れてない足はもつれて、自生する変なものたちにつまずいて、今にも足を挫きそうだった。おまけに辺りはどんどん暗くなって、視界が悪くなっていく。
やがて木の根とコケに侵蝕された灰色の石垣が見えた。薄日しか差さない仄暗い森の中に見えた、目が痛いぐらいの光明。しかし、それは突然、影に遮られた。
「やぁやぁ坊ちゃん。そんなにお急ぎで何事ですぜ?」
先を行く彼が急に止まったので、僕は彼の背中にぶつかってしまう。とっさに目はつむったが、ぶつかった背中に鼻が潰されてしまう。スンっと鼻を鳴らすと、水のような透き通った汗の匂いがした。
逆光に照らされた男の髪が透けてきらめく。道塞ぎの男の糸目がわずかに開き、恐ろしいぐらいキレイに弧を描いて笑った。
「"ラブロマンスエスケイプ"ってヤツですかねえ」
なにを言っているのか分からない。僕はなにも言えない。ただ、導いてくれた彼の背後で、寒さなのか、恐怖なのかで震えているだけだ。
「まぁ、坊ちゃんが要らねぇってんでしたら、俺がかわいがりやすので、ご心配要りやせんで」
「笹垣にそんな趣味があったとは知らなかった」
張りついている背中が振動する。彼が言葉を発しているのだと分かった。
彼も震えているのかと思って、肩の上下する様を眺めていたが、息をしているのか疑わしいぐらい微動だにしていないのだ。
やがて行く手を塞ぐ男から、大きなため息が聞こえた。
「坊ちゃん、勘弁してくださいよ。俺、坊ちゃんの表情、汲むの下手なんで」
不得意でもなんでも、こんな暗いところで相手の表情を読み取れるなんて、夜目が利かないと無理だろう。それに、あなたがそこを退けば、すべて済む話なのに。
「ほらほら、そんなんですとまーた表情筋、根絶やしにされちゃいますぜ」
血の気の失せた肌、色のない目、あきらめたような表情。まだ名前も知らない会ったばかりの彼はまるで、光にでも蝕まれてしまったかのように儚くて、すべて知り尽くして、絶望の味を知っているかのような目をしていた。男の言う通り、彼はもう心まで深く蝕まれて、ほとんど死んでしまっているのではないかと思えてくる。
「…………道をまちがえた」
そう低くつぶやいたのは彼だ。僕をつかむ腕から力が抜けた。くるりと踵を返して、僕のことなんて初めからいなかったかのように、スタスタと歩いていってしまう。
急にどうしたんだろう。僕は慌てて追いかけた。
「落ちちゃっても知りやせんよー」
背後からあの男のからかう音がする。すぐそばに絡みついてくるような不快な声だ。引きずり込まれて食われそうになる。
怖くてたまらなくなって、どんどん小さくなって見失いそうになる背中に向かって叫ぶ。
「待って!」
目の前の光が細くなっていく。開かれていたはずの道が閉ざされていく。そっちへ行かないで──
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