月負いの縁士

兎守 優

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3.浮かれた夜のミミック

27 張りついた仮面の友戯

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「全く他人様の家の前で騒がしい」
 成清と郁の前に現れたのはかや色の羽織に藍色のはかま姿の男だった。彼は盆栽鋏ぼんさいばさみを片手に、眼鏡を押し上げ、二人を何度も見比べていた。

「あんたが卯月うづきの継承者か?」
 郁は瞬間、成清の服の裾を引っ張った。だが彼は非礼を詫びず、ふんぞり返ったままだった。
「継承者代理・・宇津木うつぎ正吾しょうごだ」
 宇津木は心底嫌そうな顔をして、ため息交じりに「あぁなるほど」
と腕を組んだ。

立華たちばなから話は聞いたが睦樹むつき はじめに会いたいだって?」
「あぁ。俺は睦月むつきの座に上がるからな」
 郁はぐいぐい成清のジャージの裾を引っ張り、小さな声で注意した。
「名乗ってないよ、さすがに失礼だって」
 宇津木は声に気づいて郁を見て、「あれ?」と首を傾げた。

葉月はづきくんって君だとばっかり」
「クソジジイ、舐めてんじゃねぇぞ」
 「口だけは達者みたいだね」と口を歪め、ようやく門を開けて彼は二人を招き入れる素振りを見せた。

「だけど裏月うらづきでは実力が物を言う。影斬りで強い者だけが座から引きずりおろせるんだ」
「うっ」
 郁の右腕を捕まえ、宇津木は彼を人質に取った。
「てめぇ、卑怯だぞ!」
「資格者でないお友だちなんて連れてきちゃあ、ダメじゃないか」
 宇津木は口の端を歪め、成清にニタニタと笑いかける。

「こうやって人質に取られたら君はもうそこで終わりだ」
「抜かせ、ゲス野郎。俺はソイツのことなんて」
 成清の手は刀に触れたままで、鞘から刀を引き抜こうとはしなかった。郁は項垂れて、ごつごつした石作りのタイルに視線を落とす。
「ご、ごめんね、足手まといで……」
 成清が郁の声に抜刀を迷ったのは一瞬だった。目にも止まらぬ速さで引き抜き、宇津木にその切っ先を向ける。

「いけない子だ。友だちだって思ってくれる子を斬ろうとするなんて」
 宇津木は郁を腕に捕らえたまま後ずさり、盆栽鋏を放り出して、そのまま右手で刀を引き抜いた。郁の顔が引きつる。
「君には人としての道理と仁義を叩きこまなければならないな」
「な、刀を抜いただと……!?」
 「代理とはいえ、まぁ、一応、当主だからさあ」と昼前の陽光の元に、影斬刀かげきりとうの刀身をさらした。

「でも、君とは違う。私のこれは、梅見のお嬢さんと同じだ」
 成清は舌打ちをして悪態を吐いた。
「説教かよ、ったく、ジジくせぇな。一門じゃ後輩のくせに、先輩面してんじゃねえ」
「感情に任せて刀を抜くとは愚かしいね、若輩者」
「あんただって」
 「君が六つのとき」と宇津木が成清の言葉を遮ると、彼は息を呑んだ。

「人を殺したことも、成人の儀が済んでいないがために罪に問われなかったことも。全てあの軟弱が話してきたんだ」
「くっ……」
「それでまた繰り返すんだ? 今度はどう言い逃れするつもり?」
「……うるせぇ」

「罪人は血に塗れた家門にしがみついてい償い続けろ」
 宇津木が成清に向けて影斬かげきり刀を振った。刀身から光が溢れ、三日月となり放たれる。
 成清が護符を構えるよりも先に、郁が宇津木の腕を噛んで、軌道を逸らした。緊張から解き放たれた郁は崩れ落ちて気絶してしまった。
「お、おい、かお、る」
「仕方ない休戦だ。屋敷に運ぼう」
 宇津木は護符を召喚し、郁の体を宙に浮かせた。

 皮が破られ綿がはみ出たソファーに、宇津木は郁を下ろした。傷だらけの木製テーブルを挟んで、彼は成清に問いかけた。
「君はなぜ睦月むつきを目指す?」
「決まってんだろ。頂点に立ちてぇ。それだけだ」
 綿がむき出しのソファーに不快そうにドカッと腰を下ろし腕を組み、成清は宇津木を睨みつけていた。宇津木は窓際にあった焦げ茶色のイスを引いてきて、郁が横たわるソファーの隣に並んだ。

「そんな動機では生ぬるい。こんなやり方では手ぬるい。甘ったれで息巻いてるだけのクソガキだ、お前は」
「てめぇこそ、卯月うづきの紋、背負って高位にあぐらをかいて、高みの余裕かよ」
「僕の望みは睦月むつきではないからだ。行方不明の妻、ハネルを探すこと。その目的に必要ならば刀を振るう。それだけだ」
 宇津木は嘆息しながら、ソファーのひじ掛けの傷をなぞった。

「あんたのそれ、フルムーンイーター絡みか?」
 成清の問いに宇津木は「おそらくは、だ」と再びため息をもらした。
「とにかく。今の君を睦月むつきに上げるなんてとんでもない。そもそも面識もあまりない僕に頼む方がおかしい。それに」
 棚に置かれた小箱を見遣って、「ほら、あれさ」とあごで差した。「私はあの箱を開ける方法を知らないから、日和見刀ひよりみとうを使えないんだ。だから」と宇津木は落ちこむ素振りもなく続けた。

立華たちばなの方が僕より格上だろう?」
「陽惟さんに頼めないからこうするしかねぇんだよ」
 心底面倒臭そうに宇津木は吐き捨てた。
「そんなに強引に行きたいなら如月きらさぎにでも潜りこんだらどうだ」
 窓ぎわの観葉植物の葉を手慰みに拾って彼は、成清の背後へ飛ばした。

如月きさらぎの現継承者は梅見丹那になだ。お前の意気込みでもぶつけてみればほふられずに、下働きぐらいには雇ってもらえるんじゃないか?」
「チッ。やっぱ如月きさらぎは無視できねぇか」
 急に立ち上がって、成清は葉が飛ばされた方に向かい、さっさとリビングを出て行ってしまった。

「え、葉月はづきくん、どこに」
「気安く呼ぶんじゃねぇ!」
 玄関で成清の驚く声が上がった。宇津木が飛ばした呪詛じゅそは、庭に落とした盆栽鋏ぼんさいばさみを拾って帰ってきたからだ。
「クソジジイ、汚ったねぇ家具ぐらい買い替えろよ」
 成清の捨てゼリフの直後に扉が閉まった。

「傷も思い出のうちだっていう、傷心の者の気持ち、今の若い子にわかんないのかなあ」
 戻ってきた盆栽鋏ぼんさいばさみを手に宇津木は頭を抱えた。
「困ったね。僕も面倒を見ているほど暇じゃないんだけど」
「う、うぅ……?」
 ソファーが軋み、郁がうなり声を上げた。

「気がついたみたいだね、良かった」
 宇津木ははさみを棚の細工箱の隣に置いた。
「先ほどは手荒なまねをして申し訳ない」
 「いえ……」と郁は見回してたずねた。
「成清くんは」
「飛び出して行ってしまってね。素直に大人の言うことは聞くもんだよ、全く」
 「僕のせいですね」と郁は項垂れた。宇津木の手が再び、棚の上のはさみに伸びた。彼がそれを握って袖の中に隠し振り返ろうとしたとき、郁はいきなり顔を上げて、立ち上がった。

「成清くん、捜しに行ってきます。宇津木さん、ご迷惑おかけしましたっ」
「あ、君!」
 郁は跳ねるようにリビングを飛び出し、半身振り返った。

「僕は月見つきみ かおると申します。失礼しましたっ」
 ドアの閉まる音が再び鳴り響いた。宇津木は袖から盆栽鋏ぼんさいばさみを出して、鈍く光る刃を見つめる。
「ハネルと同じ気性持ちで困るなあ、最近の子は」

 東の空に高く上っていた陽が西へと傾いていく。日が暮れて薄い暗闇が漂い、昼間とは別の世界を作り出していた。郁は人捜しに夢中になり、いつの間にか馴染みのない、木ばかりの風景に囲まれ、途方に暮れていた。

「成清くん、成清くん……」
 ケータイを取り出そうとしてカバンがないことに彼は気づいた。成清と連絡先も交換していない。来た道をどう戻ればいいのかも、彼はわからなくなってしまった。

 季節が春へと移り変わる中で、寒かった夜の空気もわずかながら暖かくなったが、郁はぞわりと抉るような冷気を感じた。切り立った崖の下に、ぽっかりと大きな口を開けて、暗闇が広がっている。
 深い穴への入口から、淡く光り輝く物体がゆらりゆらりと上がってくる。坂の最上部までやってくると、それは立ち止まった。郁はその姿形に見覚えがあり、「はる、いさ」と口に出そうとして、ハッと息を呑んだ。

 癖っ毛で灰色に近い白銀の髪色。開かれた両目は、冴える渡る青さだった。

「ちがう……陽惟はるいさんじゃない」
 黒い煙がもうもうと立ちのぼり、よじ登ってきた影たちが大穴から這い出てくる。郁は腰を抜かしてその場にへたりこんでしまった。
 ずるりずるりと進み出づる影――月喰つきくいは黒煙を上げながら、獲物に近づいていく。怯える彼の目に映ったのは、襲い来る影を切り裂く漆黒の軌道。闇をまとった男が半身振り返り、郁に微笑んだ。
「もう大丈夫だよ」
 真っ赤な月が、震える郁の姿を捉えていた。
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