満月の夜には魚は釣れない

阪上克利

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じっと待っているだけでは魚は釣れない

告白

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映画はメールを通して知り合った恋人同士の話だった。
ちょっと盛り上がりには欠ける映画ではあったが、優しい恋愛映画という感じだった。
何といってもラブシーンがまったくないのが良かった。
それに女性の感じる視点と男性の感じる視点の違いなどにも触れていて、実に面白い映画だなと靖男は思った。
ただこの映画で語られていた男性の感じる感動の視点というのは靖男には少し分かりづらかったが…。
トム・ハンクスには好感が持てた。
彼は俗に言う『いい男』ではないが、『味のあるしぶい男』だったからだ。

『良かったですね。』
映画の幕が閉じた後、思わず靖男は里奈に言った。
『こういう映画、保高さん好きそうですね。』
歩きながら、やはり楽しそうな笑顔で里奈は靖男に言った。
『好き・・・といえば好きですかね・・・。てゆうか何が好きでキライなのか・・・よくわからんです。』
『そうなんですか?なんか哲学的ですね。』

里奈は靖男が何を言ってもあまり否定せずに、笑顔で答えてくれた。

『哲学・・・なんてものではないんですけど・・・なんか特に興味が持てるもんがないだけですよ。』
『へええ。でも釣りも今日の映画も楽しそうでしたよ。』
『そうなんですよ。やったらやったで楽しいんですけどね。』
『じゃあ楽しいついでに夕飯も食べて行きませんか?』
『いいですよ。』

時計の針もちょうど17時を越えたところで、夕飯には少し早いが話しながら食べるならいい時間かもしれないな、と靖男は思った。
お店は里奈が連れて行ってくれた。
どうやら知っているお店があったらしい。
ちょっと洒落たところだった。

『さすがに、吉野家は考えませんでしたよ。』

靖男は柄にもなく冗談を言ってみた。
なんだか克利がいたら『よく言った!!』と褒められそうだ。
里奈は笑いながら『当たり前ですよお。夜に食べたら大変なことになっちゃう。』と言った。
里奈の笑顔は見ていて飽きなかった。

楽しそうな笑顔、いたずらな笑顔、気遣ってくれる笑顔・・・。

そんないろんな表情を靖男に見せてくれた。
それに対して靖男は何か返してあげられただろうか・・・。
一瞬、そんなこともふと思った。
でもまあ、そんなことは考えなくてもいいんだな・・・と靖男は思った。

今日は頼まれて来たんだから・・・。

そう思いつつ靖男は釈然としないものも同時に感じていた。
お酒も出してくれそうなお店だが、それはやめようと靖男は思った。
靖男は酒に強くない。
すぐに酔ってしまう。
それはそれでいいのだが、今日飲んでしまうと里奈の前で何か失敗してしまいそうだ。

メニューを見ながら何を食べようか…と思案する。

『何にします?』
『オススメとかあるんですか?』
『えーと…ハンバーグなんかどうですか?美味しいですよ。』
メニューを覗き込みながら里奈が言った。
栗色の髪の毛が目の前にある。
つやつやしてとてもキレイだ。
なんで女の人の髪の毛というのはこんなにもつやつやしているのだろうか。
『…。』
『聞いてます?』
『あ…すいません。』
『どうしたんですか?』
『あ…いや…その…ちょっと考え事を…。』
まさか里奈の栗色の髪の毛に見とれていたとは言えない。

『今日は楽しかったです。あたし、こんなに笑ったの釣り以外では久しぶりです。』
『そうですか。』
結局、靖男はハンバーグを頼んだ。
里奈はステーキセットのようなものを頼んでいた。
両方ともセットで食後のコーヒーとデザートがつくメニューだ。

『保高さんは楽しくなかったですか…。』
心配気に里奈は靖男の顔を覗き込んだ。
『いや…そんなことないですよ。』
『じゃあ質問です。』
またまた里奈はいたずらな笑顔を作って靖男に言った。
『質問?』
『はい。』
『なんの?』
『さあ、なんの質問をあたしはしようとしたでしょうか?』
『いや・・・わからないですよ。ボクは橘さんじゃないし。』
『まあまあ、そう言わずに考えてみてくださいよ~。』

また分からないことを・・・。
適当に答えればいいのかな。
靖男は考えるふりをしてみた。
でもなんだか楽しい。
目の前で里奈が嬉しそうにしているのを見ていると思わず靖男も笑顔になりそうだ。
なんて答えたら里奈は喜ぶだろうか。
どんな風に答えても大丈夫だろう。
彼女はそういう人だ。
優しくて、相手のことを常に気遣っている。

『ニジマスの釣り方じゃないですか?』
『正解です~。じゃあニジマスに有効なスプーンはなんでしょうか?』

スプーンとはニジマスを釣るときの疑似餌ルアーのことだ。

『そりゃあ、セニョールトルネードでしょ!!』
『ぶっぶー。』
『え?違うんですか??』
『違うに決まってるじゃないですか。だってあたしスプーンって言いましたよ。セニョールトルネードはスプーンじゃないですよ。』

確かにセニョールトルネードはスプーンという種類の疑似餌ルアーではない。

話をしているうちに食事が運ばれてきた。
靖男は気づけば話に夢中になっていた。
人と話して楽しいと思ったのは克利と話す以外では初めてだ。

気が付けば食事も終えて、食後のコーヒーが運ばれてきた。
窓の外をみれば、すでに外は真っ暗になっている。

コーヒーを飲みながら里奈と話しているとついつい笑みがこぼれてしまう。
特に話すことはないなんて思っていたのが嘘のようにどんどん言葉があふれてくる。

『笑ってくれてよかった。』
里奈が言った。
『そりゃ笑いますよ。』
『だって保高さん。ずっと笑わないからつまらないのかと思って心配で心配で…。』
靖男は笑顔を崩さずに言った。
『大丈夫ですって。すごく楽しかったですから。』
自然な笑顔で女性と話せたのは靖男にとっては初めての経験だった。
『良かったです。今日は付き合わせちゃったから…。』

ふと、時計を見ると19時を超えていた。

『帰りましょうか。』
『そうですね。』

二人は店を出て駅まで歩いた。
それまで話の盛り上がりがウソみたいに静かに二人は歩いた。
靖男は無言は慣れているのだが、これにはちょっとした違和感を感じた。

まあ…いいか…。

靖男はいつものように、無言のままで駅まできた。

『じゃあ。また。』
『今日はありがとうございました。』

里奈は最後ににこりと笑って靖男にお礼を言うと後ろ姿を見せて帰って行った。
その瞬間…。
靖男は里奈のにこりと笑った寂し気な笑顔が印象的でその場を動けずにいた。そして、その場で里奈の後ろ姿から目を離せなくなってしまった。

今日は…今日は楽しくなかったか?
否…楽しかった。
…なんでこんなに楽しかったのか?

刹那…靖男は自分に問いかけた。

映画が良かったのか?
それなら一人でしょっちゅう映画を見に行っているはずだ。
彼女の笑顔…最後は寂しそうだった。
後ろ姿…まだ見えるけどなんとなく悲しそうだ。

靖男は何か忘れているような気がした。
そう思ったときには靖男は自然と走り出していた。
『橘さん。』
里奈は改札の手前まで歩いており、靖男はすんでのところで追いついた。
『どうしたんですか?』
『忘れ物があって…。』
『え?忘れ物って?』
『その…よく分からないんですけど…今日は映画、とにかく楽しかったです。』

何を言ってるんだ。ボクは!!
もう一人の靖男は心の中で言った。
やめろ!
もうしどろもどろで何言ってるのか自分でも意味が分からなくなっているじゃないか。
こういう時…何を言えばいいんんだ?
でも何か声をかけておきたい。
そんな気持ちだけで靖男は里奈を呼び止めたのだ。

靖男は深呼吸した。

『ふううう。』
『ふふ。どうしたんですか?』
『橘さん。あの…また映画…一緒に行きましょう。』

里奈はにっこり笑って言った。
『そうですね。今度は保高さんが誘ってくださいね。』

恋に落ちる瞬間とはこんな感じだろうか…。
帰り際の里奈の背中を見送りながら、靖男は里奈のキラキラ輝いている笑顔を思い浮かべていた。

(了)
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