満月の夜には魚は釣れない

阪上克利

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満月の夜には魚は釣れない

夏の終わりに静かな湖畔にて

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 しゅっ!
 しゅるしゅるしゅる……

 橘里奈は湖畔で竿を振っていた。
 しゅっ!と風を切る音がする。
 右手に握る竿のリールから糸が出る音が『しゅるしゅるしゅる』とする。
 金属製のルアーが水面に落ちる。

 トポン……

 夕方の湖畔は誰もいない。
 周りが静かだと、たった2gほどのルアーが水面に落ちても音がよく響く。

 鳥の声や遠くでは猿の泣き声まで聞こえてくる。
 都会の喧騒を離れて……という表現はまさに当を得ているように思う。
 伊東の松川湖は伊東市の水源である。ここには漁協によるニジマスの放流があり、きちんと遊漁料を支払い、ワーム系のルアーやエサ釣りさえしなければ釣りができる。
 聞けば上流の方にはアマゴもいるらしい。

 静岡県伊東市。
 一時期は観光地として栄えた土地ではあるが、最近ではその観光も廃れ始めている。
 電車に乗れば東京から熱海経由で1時間半程度。
 車だと西湘バイパスを経由しつつ、大体2時間ぐらい。
 都会から近い田舎……そこに里奈の実家がある。

 都心にいる人はあまり知らないと思うが、伊豆半島というのは彼らが思うよりも田舎である。
 野生の動物も多く、車の運転なども気を付けなければ、鹿をはねるというようなことが起こり得る。

 里奈の休日は平日であることが多い。
 だから実家に帰るのも平日になる。
 両親は旅館を経営しており、お客さんのいない平日に里帰りすると喜ばれる。

 竿先を細かく軽くしゃくるような形でルアーが魚にアピールするように動かしつつ、ゆっくりとリールを巻いていく。

 里奈は両親から言われた言葉を頭の中で反芻はんすうした。

『あんた……いつまで一人でいるつもりなの?』

 いつまでも一人でいられるほど自分が強くないことは里奈自身が一番よく分かっている。
 一人暮らしの自宅に戻ると寂しいと感じることが多くなってきた。
 実家に帰って、家に人がいるということはありがたいと最近強く思うようになってきた。

 結婚したい。

 でも親に言われて、結婚するのは違う。
 あくまでそれは自分の問題だからだ。

 手元にゴツンとした感触がある。

 魚信あたりだ。

 竿をぐいっと上げる。
 ぐぐぐと引っ張られる感覚が面白い。
 すぐに魚が水面に顔を出したかと思うと、パンっとはねた。
 その瞬間ルアーが外れる。

 バーブレスフックというのついていない針がついたルアーは魚を必要以上に傷つけないようにするためのものだが、基本的にキャッチアンドリリースをしない里奈には無用の長物である。
 ただ、釣りをするルールでバーブレスフックは必須になっているので、そこにのっとったルアーを使用している。

 それにしても考え事をしながら釣りをしても釣果につながらないというのは本当のことらしい。

 先程もアワセが若干遅かった。
 だから針がしっかり魚にフッキングしなかったので逃げられてしまったのだ。

『好きで一人でいるわけじゃないわよ……』

 誰もいない湖面に向かい、里奈は一人つぶやいた。
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