日陰者の暮らし

阪上克利

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デイサービス相談員 古橋大輔の場合

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毎週木曜日。
オレはいつも頭を悩ませる。
あの家にはほかの職員は行きたがらない。

うちのデイサービスは朝9時半に始まるから、8時半から9時すぎぐらいには送迎に出て、9時半には利用者全員が施設に集まるようにしている。

あの家の利用者…辺見初子さん。

本人には問題はないのだが、迎えに行ってもなんの準備もできていないのだ。
持っていくものなどは、前の日に入った訪問介護のヘルパーが準備していてくれているのだが、前日の夜あたりからトイレ介助をしていないらしく、オムツの吸収の力の限界を超えてパジャマまで尿で濡れているのだ。
もちろんそのまま車に乗せるわけにはいかないから、オムツを交換し着替えさせる必要がある。
これがひと手間なのだ。

辺見さんが利用する曜日が木曜日。
他の職員は行きたがらないと言ったが、行かせられないというのが現状だ。
本来、通所介護のサービスはドアツードアであるべきで、部屋に入って排泄の介助まですることは通常サービスの外の話になる。
つまり…
介護保険はそこまでの仕事を介護報酬として算定してくれない。
ひと手間と言ってもお金になる話ならプロとしてきちんと仕事すべき話なのだが…これをしてもただ働きになってしまうとなると話は変わってくる。
他の職員にそこまでやらすわけにはいかないのはそれが大きな理由だ。

だから仕方なくオレが行くのだ。

この件は息子の辺見康彦に伝えようと思い、オレは何度か2階に声をかけたが、まったくと言っていいほど返事がなく不在の時が多い。まずはこういう問題に関しては事業者と家族がきちんと話し合い、合意の上でサービスを継続していくべき話である。
しかし康彦がつかまらず、話ができない状態ではどうしようもない。

オレはこの件に関してケアマネジャーに伝えることにした。
ケアマネジャーは佐藤絵里子という背が低い女性だ。
目鼻立ちは整っており美人なのだが…すこし小太りなのが残念である。それに性格も少しきつそうだ。
男はこういうところを見てしまうので…非常に失礼な話だと自分でも思うのだが…。

まあ性格に関しては、介護にかかわる女性はほとんどと言っていいほど気の強い女性が多い。
面白い話だが、女性とは対照的に男性の場合は気の優しい男性が介護業界に集まる傾向にある。
不思議な話である。

とにかくこの件に関してはケアマネジャーに報告しつつ動くしかない。
実は何度かこの件に関しては佐藤さんには伝えてはいる。

『辺見さんのお宅なんですが…実は朝伺うと失禁でひどい状態になってまして…。』
提供票を持ってきた彼女にオレがそう報告すると、ため息まじりに彼女はオレに言った。
『やっぱりそうですか…。ごめんなさいね。』
おそらく他の事業所からも同じような文句を言われるのだろう。
ケアマネジャーも楽じゃないな…そんなことを思ったのを覚えている。

『いや…ケアマネさんのせいじゃないですから…。この問題に関してはこちらでも取り組む必要があるんですけど…なにせ息子さんと会えないものでこちらも対策の練りようがなくて…。』
『ありがとうございます。できれば朝の送り出しのヘルパーを入れることができればいいんですけどね。とにかくあの家はサービスを入れたがらないんですよ。そのくせにちゃんとやってくれないから。』

デイサービスの責任者なんて、デイサービスの送迎時ぐらいしか利用者の家庭を垣間見ない。
これに関しては、訪問介護以外のサービスはみんなそうだろう。
オレは今まで、施設の中で仕事してきたから、利用者の家庭に踏み込んで入っていったことはなかったが、通所介護の責任者になってからは、自分の知らない家庭の問題についても考慮に入れてケアマネジャーに報告しなきゃならないことに気付いた。

とくに辺見さんのような家庭は問題が多い。

在宅介護の仕事についてから分かったことだが、息子が親の世話を見るケースというのは、あまりいい介護をしているようには思えない。
男性というのは一般的に女性よりも気が利かない。
辺見さんのお宅は論外としても、一生懸命ちゃんとやっている息子さんでもこまごまとしたところが気が利かなかったりする。

男性は女性のような細かなことに気づかないことが多いのだ。
デイサービスの準備一つにしても、男性が準備した場合は、やれ…タオルが入ってなかったり、やれ…替えの下着がなかったり…。

デイサービスというのは先ほども言ったようにサービス時間しか家庭に触れる時間はないのだが、そんなわずかな時間でもそれだけ影響があるのだ。
オレもいい歳になってきたから両親の介護も考えなければいけないが、うちは男兄弟しかいない。これはどう考えても嫁の助けが必要だと思っている。
これに関しては、もちろん自分の親のことなので、基本的にはこちらが主になって動くのは当然のことなのだが、こまごまとしたところにおいては嫁に助けてもらわないといけないということである。
嫁にすべて押し付けるという意味ではない。

まあ…うちの嫁には事前にそんな話を何度もして話し合っている。
これはオレがやる。こういうことはフォローしておいてほしい。ここは介護サービスを使おう…などだ。
嫁は看護師なのでその辺は大丈夫…だと思うが…。

仕事とはいえ、男のダメさ加減をここまで見せつけられると将来が不安にならざるおえない。

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