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新たな日々

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「ユーディア、お疲れ」
「ベリアルもお疲れ様。早かったね」
「行く前に、ユーディアに魔力増強薬貰ったからな」
「そっか。役にたったなら良かった」

「……ユーディアがいなくて、寂しかった」

そう言ったベリアルに、後ろからぎゅうと抱き締められてどぎまぎする。
「ベリアル、痛いよ」
「おっと、悪い」
何でもないふりをして、背を向けたままお茶の準備をし、顔が赤くなったのを誤魔化す。

黒猫のベリアルなら、寂しかったと言われても「可愛いなぁ」でむしろ私から抱き締めていただろう。
でも、人型をとるベリアルには家族というよりもやはり他人の感覚が強くてそんな事が出来る筈もなかった。

黒猫のベリアルにたまに無性に会いたくなるが、それをベリアルに言って強制したくもない。
もし黒猫になられたら、私は抱き締めてキスしてとんでもないテンションになるところをベリアルに御披露目してしまうのではないかという恐れも少しある。



再会したあの日、ベリアルに請われて、私は黒猫ベリアルとの思い出を一から話していた。
ベリアルは全く思い出せないものの、それを楽しく聞いている様子だった。
ベリアルが出してくれる簡単な軽食をつまみながら話せば、あっという間に時は過ぎ、気付けば1日自宅を空けていた。

やっとそれに気付いた私は、子供達が心配しているからと帰宅する旨を告げた。
「なら送る」
そう言われて一緒に街へ戻ると、私は行方不明扱いになっており、あと一歩でジョン様やベアトリーチェ様まで連絡がいってしまうところであった。

私を襲った男は、翌日仕事に顔を出さない私を心配して自宅を訪れた二人の子供達が発見し、警ら隊の方々に引き渡されたらしい。
しばらく牢に入れられ、この領地への立入禁止が命じられるとの事だった。

子供達が、私の傍にいるベリアルを不思議そうに見ながら言う。
「ユーディア様が男連れてるなんて、珍しい」
「……え、まさかユーディア様が朝帰り……」
「違います!」
私が真っ赤な顔をして否定しているのに、ベリアルは楽しそうにニヤニヤ笑っているだけだから、更に冷やかされる事となった。

「……この人は、私の……」
あれ?ベリアルって、私の何だろう?家族?友人?知り合い?客人?
うーん、と考えていると、ベリアルが口を開いた。
「働くところを探してるんだ」
「へ?」
「へえ~」
「何処か斡旋して貰えたら嬉しいなと思って」
私はベリアルの袖を引っ張りながら、小声で言う。
「ちょ、ちょっとベリアル、本気?」
「どんな仕事を探してるの?」
「ベリアルさんって言うの?強い?」
私の問いかけにはスルーで、子供達と話を進めるベリアル。
「普通。竜には負ける。でも、護衛位なら出来るかな」
「竜には負けるって、当たり前だから」
「ユーディア様、最近タンゴールヒの縄張りに全然行けてないですし、この人に護衛任せてみれば?」
子供達が好き勝手に言い、私は焦った。
「あ、えと」
「それは良いね。俺がいれば、タンゴールヒは近付かないと思うよ」
「ええ~」
「ベリアルさん、それは話盛りすぎでしょ~」
ぎゃいぎゃい言いながらも、子供達は期待に満ちた目でこちらを見てくる。

「……ベリアルが、良いなら。この街だと、実は中々護衛をしてくれる人がいなくて困ってたの」
「やった~!!」
「ベリアルさん、ユーディア様の支払いは他の職場より良いって聞くからね!他に行かないでよね!」
「ああ、わかった。……ついでに、住むところも探してるんだが」
私が口を開く前に、子供達がケラケラ笑って答えた。
「そんなの、ユーディア様の家でいいじゃない」
「無駄に客室残ってるよー」
「こら、貴方達、勝手に!ダメです、そんなの!!」
「……駄目なのか?」

じぃ、とベリアルに見られた。
ベリアルが何を言いたいのか、何となくわかる。
「黒猫の俺とは住んでいたのに、何で今更駄目なんだ」と言いたいのだろう。
「前の護衛は、ユーディア様の家に滞在させてたじゃない」
「そーだそーだ」
ぴくり、とベリアルの眉がはね上がった。
「あれは、チームだったから……!」
「そう言えば、男もいたよな?」
「いたいた」
何故かベリアルが、そのメンバーに男性もいたことを知っている。
「可哀想、ベリアルさん」
「せめて、雇っている間だけでもさぁ」
じとり、と3対1で詰められては、うまくかわせる筈もなく。

「……じゃあ、ベリアルを雇っている間だけね……」
「ありがとう、ユーディア」
「やったー!!」

結局、ベリアルは期間限定の居候となったのだった。


──のちに、実は子供達はベリアルの名前をベアトリーチェ様からこっそり「ユーディアが忘れられない大事な人」と聞いていて、二人は私達を何とかしようと必死だったと知るのだが、この時は知る由もなかった──



***



期間限定の筈が、早3ヶ月。
ベリアルは護衛以外に採取の仕事もこなしてくれる様になり、実際たった3ヶ月だというのに今では難しい依頼でも難なくこなせる非常に有り難い存在になっていた。

ベリアルの雇用主として、ベリアルの器用さには舌を巻く。
大抵のものは直ぐに手に入れて戻ってくるし、季節外れの材料すらどんな魔法を使っているのか、何故か不思議と何処からか取ってきた。
竜には勝てないと言っていたベリアルは、竜と取り引きをして入手難易度SSクラスの素材すら手に入れる。

気付けば、ベリアルがたったひとつの素材を材料屋に売るだけで、私が稼ぐ月収を上回る事すらあった。

「……ベリアル、話があるのだけど」
「何だ?」
「貴方、絶対独立した方が良いって」
「嫌だ」
「でも、雇用主以上に稼ぐんだから……規約に縛られてると、貴方の手取りが働きに見合わないのよ、本当に」
私がいくら頼んでも、ベリアルは嫌だ嫌だの一点張り。
「面倒な手続きや、売買に関する書類は全部ユーディアの弟子達がやってくれるから、今のままが良い」
「……でも」
「俺は、頼まれた材料を採ってくるだけ。採取に同行して護衛するだけ。それが楽だから、今のままが良い」
「……そう……」
でも、と続け様としたが、ベリアルの顔が目の前にあったので驚いて声が出なかった。

「俺は、ユーディアの傍に居られるのが一番良い。もし、独立なんかしようもんなら、この家出てけって言うだろ?」
「う………」
ベリアルが両手で、私の頬を挟んで撫でる。

「わ、わかっ、た……」
「本当に?」
「わかった、から、離して」
顔を真っ赤にして俯く私のオデコに軽く口付けて、やっとベリアルは解放してくれた。
手が離れていく瞬間にそれを寂しく感じるのは、季節柄、肌寒くなって来たからだろうか。

ベリアルが、我が家に居候して3ヶ月。
街にある家に初めて案内した時、まるで最初からそこで一緒に暮らしていたかの様に、私の部屋と真横の位置関係にある客室に入っていき、トイレも風呂もキッチンも案内なしで普通に使っていた。
……何故、一度も踏み入れた事のない家の間取りや、食器の位置がわかるのだろう?と思いながらも、あまりにベリアルがいる事が自然過ぎて、直ぐに気にならなくなった。

同居して直ぐにわかった事だが、ベリアルは猫の時の様にスキンシップが激しい。一人でドキドキするのも嫌で平静を保っていようとするが、どうにも上手くいかない。
抱き締められるのはしょっちゅうで、次いで異性といた後は大抵臭いを嗅がれ、更に「気に食わない」と舐められまでする。

その頃には、自分がベリアルの事を、明らかに異性として気にしている自覚はあった。
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