先読み神子の嫁入り

イセヤ レキ

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6、旅人の提案

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──私が愛し合う二人を引き裂いてしまった、とキョウカが目に涙を浮かべた時、荷馬車がゴトン、と物凄い衝撃をあげながら停止した。


あたりはもう暗くなっており、宿屋に着いたようだ。


「おっと、見つかる前に降りるとするかな。ではキョウカさん、また明日な」
「え?あっ……」

キョウカが色々世間話をしてくれたお礼を言う前に、その旅人は颯爽と荷馬車から降りて姿を消した。


また明日ということは、また荷馬車に乗り込む予定なのだろう。

一人でいるよりずっと気が紛れて、町の人達のように嫌な顔ひとつされない。

キョウカは明日が少し楽しみになった。


「ちょっとキョウカ、早く荷物運んで頂戴?」
「すみません、お姉様」

キッカに急かされ、立ち上がったキョウカの膝の上から狐が降りる。


「やだキョウカ、またそんな獣連れて来て……汚らしいから同じ宿は使わないて頂戴?」
「はい、お姉様」
「私は宿屋でお夕飯頂くから、貴女はこれで何か食べなさい」
「ありがとうございます」

チャリンと足元に投げられたお金を、キョウカは大事に拾って頭を下げた。


お団子一串なら買えるかもしれない……と思ってから、自分に着いてきてしまった狐の存在を思い出す。


正確な狐の住処はわからないが、縄張りからはとっくに離れてしまった筈だ。

荷台から何度下ろそうとしても頑なに下りようとしなかったので好きにさせたのだが、連れて来てしまった手前、狐が再び山に戻るまではきちんと世話をしなければ、とキョウカは考えていた。


狐がお団子を食べるのは喉に引っ掛かって危ないかもしれない、何なら興味を示すだろう?


キョウカがキッカの部屋に荷物を運び終えると、頃合いを見計らったかのように狐がテクテク街道を歩き出した。


「あっ……!狐さん……!」

山に入っていくところまでは見届けようと狐の後を追い掛けると、狐は他の宿屋の前で立ち止まる。

「……ここに泊りたいの?でもごめんね、私は自由に出来るお金がなくて……」

キョウカが謝った時、宿屋の扉がガラガラと音を立てて開いた。


「お、キョウカさん。今日はここにお泊りかい?」

先程どこかへ消えた旅人である。

「あ、旅人さん。違うのです、その、私はあまり持ち合わせがなくて……」

旅籠ではなく、木賃宿に泊まる予定だと恥ずかしながら伝えれば、旅人は目を輝かせて提案した。


「じゃあ、キョウカさん。私がこの旅籠に泊まる代金を払うから、代わりにキョウカさんの話を……藤島家の話を色々聞かせて貰えないかい?」
「え……っ?」

キョウカは驚くとともに、少しの警戒心が沸く。

もしや、人攫いなどではないだろうか?


「ああごめんよ、私はこういう者なんだ」

旅人は小さな四角い紙をキョウカに手渡す。

旅人の名前と、何やら仰々しいお役目が記載されており、キョウカは目を丸くした。

「兼盛さま……?」
「これは名刺と言ってね、自己紹介に使う紙なんだ」
「そうなんですね。すみません、無知で……」
「いいや。私は単にお役目として全国各地を巡り、巡った先で様々な話を収集する仕事についているだけだから警戒しなくてもいいと言いたかっただけだよ」
「はい」

漸くキョウカは笑顔を見せる。

「さぁ、そうと決まれば一緒に夕餉を頂こうじゃないか」


キョウカが旅人を止めるより早く、旅人はさっさと宿屋の主人を掴まえて何やら話している。

「……仕方ないねぇ。今回だけだよ」
「はいはい」

旅人が上手く主人を言い包めたらしく、キョウカに向かって手招きをした。

「すみません、私はこの子がいるので……」

キョウカが足元に視線を落とすとそこには既に狐の姿はない。

慌てて探そうとするキョウカを兼盛は呼び止める。

「きっと、キョウカさんをこの宿に泊めさせたかったんだよ。明日になったらふらっと現れるかもしれないし、そうでなければ山へ帰ったのかもしれないさ」
「はい……」


野生動物は野生であるべきだ。

キョウカは山で元気に過ごしてくれればそれに越したことはないと思い直し、兼盛と一緒に宿屋の敷居を跨いだ。

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