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知らない世界で

服従の呪詛

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「おはようございます、サーヤ様」
「おはよう、ジュードさん」
私が起きた後の歯磨きがわりの洗口液ぶくぶくをしていると、ジュードさんが現れた。どうやら今日も一緒に朝食を取ってくれるみたいだ。レネ君は見当たらない。
「昨日はお休みを頂き、ありがとうございました。特に問題はありませんでしたか?」
「勿論ないよ!」
「一人で出歩いて迷子になるのは問題ではないと?」
ぶほ!
……洗面器に向かって噎せたんだか吐いたんだかわからない液体が飛び散る。
「そ、そんな話まで聞いてるんだねー」
ライリー、そこの引き継ぎは省いても良かったよ!
「その話は引き継ぎしないで良かった、とお思いの様ですが、サーヤ様」
びくぅ!
わ、私そんなにわかりやすい!?
「サーヤ様が考えていらっしゃるより、エイヴァ様はこの屋敷で敵を多く作っております。そんな中、お一人で出歩くのは危険であるとご理解下さい」
「……はい、ごめんなさい」
どうやら、私の行動は自分が思っていたより軽率だったらしい。皆に心配を掛けたのは事実だから、これは反省しなくてはならないだろう。
私の落ち込んだ様子を見て、ジュードさんは無表情ながら声のトーンを上げてくれた。
「ところでサーヤ様、朝から沢山ご報告する事がございます。ゆっくり朝食を取りながらお話致しませんか?そしてレネは本日9時に出勤予定です」
「はい、了解です!」
私もジュードさんに3人に掛けられている呪詛の事を細かく聞きたかったところで、そこにレネ君はいない方が良いだろう。

二人で廊下に出て、今日の朝食を運ぶ。
「まず、ひとつめの報告です。本日から、私達奴隷全員の朝食メニューがサーヤ様と同じになりました」
「本当だ!良かった~」
食べ盛りの男性陣に気を遣わないで済みます。ありがとう、料理人さん。
ワゴンからテーブルに食事を移動し、ジュードさんと一緒に食べ始める。今日の朝食はパンではなくお米だ。日本のお米よりもタイ米に近い感じだけど、日本人としてはお米が出るだけ有難い。
カレーやシチューに似たルーのかかったそのタイ米と、サラダ、フルーツ、スープ。朝から豪華だ。……これ、毎日食べてたら太るんじゃないかな?エイヴァさんの美しい曲線美が崩れる恐れを抱きつつ、完食。
ごめんエイヴァさん……出されたものは全部食べなさいってお母さんがうるさいんだよ……!
若干母親に責任を転嫁しつつ、ジュードさんとの会話も尽きない。
「ふたつめの報告です。外出許可に関しては、行き先を知りたいとの事でした。逆に言えば、外出先が妥当なものであれば許可がおりる可能性がございます」
「えっ!?本当??」
驚いた。駄目元で聞いてみたけど、聞いて良かった!!まさか、庭にすら出させて貰えないエイヴァさんに、外出許可がおりるかもしれないなんて!!
ライリーに実家の場所確認しなきゃな。後、レネ君が好きだと言っていた工房にも行きたい。
「みっつめの報告、書庫の入室許可に関しても同様だそうですが……二つとも条件がございまして」
「条件?」
何だろ。予想外の展開に、スプーンを咥えたまま目をぱちくりする。
「マティオス様に直接、エイヴァが謁見を申し出て、しっかりと説明を行う様にと。……つまり、この様な伝聞ではなくきちんと対面で許可を願い出なさい、という事ですね」
「……ふーん?」
よく分からないけど、手順として必要ならそうするしかないかな。
「マティオスさんとの謁見って、申し出れば直ぐに出来るの?」
「エイヴァ様が謁見許可を申し出た事はございませんが、早くて2、3週間先ですかね」
「ええっ!?そんな先!?」
「マティオス様は蛮族の国の長ですから。1ヶ月先、いやもっと先まで予定が決まっておいでです。謁見時間も限られていて、そこに無理やり面会時間を捩じ込む形になりますので、仕方のない事かと」
そ、そうか……相手は王様なんだもんね。申し出れば2、3週間先に会えてしまう、というのは逆に凄い事なのかもしれない。
「じゃあ、謁見申請を出して貰えるかな?」
「畏まりました。謁見申請は、基本的に本人がしなくてはなりませんので、後で謁見申請書とペンをご用意致しますね」
「ありがとう、よろしくお願いします」
エイヴァさんとマティオスさんって、一応夫婦なんだよね!?何だか市役所みたいな手続きしなきゃなんないのがすっごい違和感なんだけど、敵国同士の政略結婚なんだからこんなものなのかな?
どっちみち、そちらの二つは一旦保留だ。

「後、時計の早見……」
「ジュードさんごめんなさい!レネ君が始業する前に、先に聞いておきたい事があるんだけど……」
すっかりジュードさんの会話のテンポに乗せられ、二人の時に聞かなきゃいけない事があったのをすっかり忘れていた。危ない危ない。
「はい、何でしょうか?」
「あの……昨日ライリーから、貴方達に掛けられている呪詛については、ジュードさんが一番詳しく知っていると聞いていて……」
「ああ、はい。そうですね。私が一番、性奴隷として長いですし」
無表情で、何でもない事の様に言うジュードさんに、胸が痛んだ。
ライリーもジュードさんが一番長く性奴隷にされたと言ってたけど、その期間は知らないらしい。ライリーですら4、5年目。ジュードさんはそれ以上……長い間、感情を押し殺して生きて来たんだ。
無表情だからといって、顔に出ないからと言って、感情が動かない訳がない。平気な顔をしていても、実際にはわからない訳で……
「ジュードさん、辛い事聞いてごめんなさい。でも、貴方達の為に必要かも知れないから教えて欲しい。エイヴァさんは、貴方達にどんな呪詛を掛けているの?」
「呪詛としては、簡単な方ですよ。《服従》の呪詛で、とてもありきたりなものです」
「それは、どんな呪詛なの?」
「相手の心を折った時に掛ける呪詛です。支配者が……ああ、呪詛を掛けた側は支配者という呼び方になるのですが、支配者が呪詛を掛ける時に、術式を練ります。大抵は相手の身体に刻み込むのですが、服従の期間、従属者の非接触時間を支配者が決めて練るのです」
そう言って、首の後ろの髪をさらりとかきあげたまま、私に背中を見せた。そこには、刺青の様なものがあって、円の中に紋様と、確かに私が読む事が出来る文字がある。20年、と48時間、だ。
つまり、エイヴァさんは、20年継続、48時間以上離れる事の出来ない服従の呪詛をジュードさんに掛けたという事なのかな。
「呪詛って、解除出来ないの?」
「基本的には、本人しか解呪出来ません」
「じゃあ、私には出来るかもしれない?」
「サーヤ様はエイヴァ様ではございませんから、不明ですが。解呪出来る可能性の方が高いですかね」
「そっか……」
やっぱり、呪詛の本は読まなきゃならない。早急に。どうやってマティオスさんを説得すれば良いのか考え出したが、ジュードさんが私の考えを遮った。
「サーヤ様。この呪詛は解呪されない方がよろしいですよ」
「え?何で??」
「サーヤ様の、寿命が縮まるからです」
「ど、どういう意味!?」
「服従の呪詛は、支配者から従属者が指定時間以上接触しなければ、従属者が死に至ります。つまり、死を恐れる気持ちを利用して服従させるのです。しかし、呪詛が掛かっている状態で従属者が死ねば、従属していた期間は支配者に寿命が削られるという形で降りかかるのです。それは解呪した時にも呪詛期間を経ていなければ、災厄として支配者に降りかかります」
えーと?ごめん、噛み砕いて教えて下さい。
「服従の呪詛を解呪すると、我々奴隷達が支配されていた期間分、貴女の寿命が削られるのですよ、サーヤ様」

……エイヴァさああん!!貴女、なんつー事を!!
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