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知らない世界で

救いと恐怖

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午前中は結局、レネ君の作品をじっくり見たり作品の説明を聞いているだけで時間を費やしてしまい、約束していたライリー曰く「がらくた置き場」の見学は午後からになってしまった。
因みにジュードさん曰く、あの部屋の正式な名前は「美術工芸展示室」と言うらしく、普段は鍵が掛かっていて入れないとの事。知らなかった事とは言え、レネ君に約束してしまい、ぬか喜びさせるのも悪くて一応行ってみたら、無事に部屋は開放されていた。物凄くほっとした!

レネ君と、あーだこーだ話ながら展示室を見て回るのは、興味のないジュードさんやライリーと回るのとはまた違って時間を忘れる程に楽しかった。というか、実際に時間を忘れて危うくジュードさんに時間外労働させるところだった。危ない危ない。
「ジュードさん、もうすぐ時間だよね?今日もありがとう、お疲れ様~」
私が笑顔で言うと、ジュードさんは「時計の早見表の件は、如何致しますか?」と聞いてくる。
うわぁ、自分からお願いしといてすっかり忘れてました!ごめんなさい!
「ジュードさんさえ良ければ、また明日教えて下さい……」
「畏まりました。……そんな顔しなくても、私は何とも思っておりませんので、気になさらないで下さい」
無表情だけど優しいジュードさんは、本日も私のフォローを忘れずに隙のない所作で去って行く。
残った私とレネは、この部屋一番の大きさを誇る圧巻の作品、ペルシャ絨毯みたいなタペストリーの前で談義を交わしていた。
「この作品は、蛮族の国のものというより……ルクルスの物っぽいですね」
ルクルス……ルクルス……駄目だ、何か聞いた事ある様な気がするけど、ピクルスしか思い出せない。
「8年前に呪詛の国に滅ぼされた国です。ルクルスは蛮族の国の友好国だったと聞いておりますので、その頃に渡された品なのでしょうか」
「手織りで、鮮やかな色彩だよね。こうした自然物が表現されたタペストリーって、私の世界にもあったんだよ」
「そうなんですね」
「この国の布とか生地って、どれもカラフルだよねー」
「そうですね。中でもルクルスは染めの技術が他国よりずっと発展していたのですよ。私は呪詛の国出身なのでルクルスの染め物が安く出回る様になり、とても嬉しく思った記憶があるのですが」
「そっかー、こっちに来てからは、蛮族の国の衣装を着てるよね?」
レネは笑って言った。
「いいえ。サーヤ様が見ると同じに見えるかもしれませんが、私達が蛮族の国の衣装を身に纏うのは、エイヴァ様がお許しになりませんでしたので。ライリーだけは蛮族の国出身ですから特別に許可されましたが、私達は……」
そこで、レネ君はふと何か考える様に口をつぐんだ。
「レネ君?」
「あ、すみませんサーヤ様。あの……」
「おい!誰がここに勝手に入って良いと言った!?」
レネ君が口を開き掛けると同時に、一人の兵士が部屋の扉側から声を張り上げて怒鳴り、私達は肩をびくりと震わせた。

「す、すみません……!今出ます……」
「……誰が逢い引きしてんのかと思えば、あの女の性奴隷じゃねーか。こんなところで他の女に色目使って、お前無事でいられると良いねぇ?」
けけ、と下品に嗤いながら、腕を組んだ兵士が扉の前で仁王立ちする。
正直、不良に絡まれた様で怖い。でも、レネ君は私より年下だし、元々怯えやすい子だ。私が何とかしなくちゃ……
私は勇気を振り絞った。
「ど、退いて下さい……っ!」
どもった&声震えた。
「お、何この子。結構可愛くて俺の好みじゃね?……こんなチビより、俺のが良い思いさせてあげられると思うけどなぁ……」
兵士がそう言いながら、手を此方に伸ばしてくる。
どうしよう!?
私がエイヴァさんであるとこの兵士に言えば、この兵士は自分の仕える主人の妻に手を出す事になるのだから、兵士が信じればこの行為を直ぐにやめる可能性は高い。けど同時にこの屋敷では、一人で彷徨く事を心配される程にエイヴァさんは敵が多いと聞いている。エイヴァさんと聞いて尚、いやエイヴァさんだと知ったら更に危険な目に合う可能性はあるのだ。
兵士が、私を単なるメイドだと思っている方が吉なのか、エイヴァさんだと明かした方が吉なのか、私には判断がつかなかった。

「レネ、ジュードさんかライリーを呼んできて!」
私がそう、叫んだ時だった。コツ、コツと大きな足音が足早に近付いたかと思えば、
「何事だ」
低く怒りに満ちた声が、部屋に響く。
私はこの声を、知っていた。
「マ、マティオス様……、何故こんなところに」
「何事かと聞いている」
私とレネは、直ぐ様床に伏した。全身が震える。怖くて顔をあげられない。あの夜の恐怖が、私を支配していた。
私が異世界へ飛ばされ、何もわからない時に身体を暴いた人。泣き叫んでも、許してはくれなかった人。後で事情を知って、仕方のない事だと頭ではわかっていたけど、やっぱり身体は強張るばかりだ。

それにしても、と思う。
何故、マティオスさんは怒っているのだろう?
たまたま不機嫌な時に、この部屋の前を通り掛かったのだろうか?
「いや、特に報告しなければならない事は……、あえて言うなら、この男が、メイドとイチャイチャしていたから注意しただけで……」
兵士は、マティオスさんの怒りの矛先をレネ君に向ける事にしたらしい。
「ほう。そうなのか?」
「違いますっ!」
私は、下を向いたまま叫んだ。怖い。不敬でいきなり斬られたらどうしよう。
「違うらしいぞ?」
けれどもマティオスさんは、私やレネ君を責める事も斬る事もなかった。……むしろ、庇ってくれてる?私達がただ、この部屋で工芸品を愛でていた事を知っているかの様に、その言葉に迷いはない。
「え?あ、その……」
兵士がマティオスさんに気圧され、後退る。
「一般階級であっても、私は全ての兵の名前と顔を覚えている。彼女達に不当な言い掛かりをつけた申し開きがあるならば、後程聞こう。彼女が怯えているから、今は即刻自室に戻れ」
「は、は!」
兵士が去っていき、ホッと肩を落とす。……いや、怯えていたのは半分マティオスさんのせいなんだけど。でも、助けてくれた。ジュードさんやライリーが言っていたみたいに、確かに良い人みたいだ。
怖いけど!

「……大丈夫だったか?」
「はい、ありがとうございました、マティオス様」
顔をあげないまま言えば、声は震えずに済んだ。本当は目を見て御礼を言いたいけど、目を見たら泣いちゃいそうだもん。
豆まきの日に赤鬼や青鬼見ると泣く幼児の気分。何もされてなくても、怖くて泣く感じ。
「なら良かった。レネ、落ち着くまで部屋でゆっくりしている様に」
「畏まりました。ありがとうございました、マティオス様」

マティオスさんがその場から動いた気配がして、顔をあげた。去りながらも、仮面をしたマティオスさんはこちらをチラリと見ていて、慌ててまた顔を下げる。
広い肩幅。どんな顔なのかわからないけど、その後ろ姿を見た時に、学校前のコンビニで、本当に不良に絡まれた時に助けてくれた人をまた・・思い出した。

──ああ、そうだ。あの時も、近江君が助けてくれたんだっけ。

マティオスさんといい、近衛隊の隊長さんといい、こちらの世界の人達は皆近江君の体型と似ているのかな?なんて思った私はかなり抜けていたんだと思う。
それ以外の兵士を見ても、全く近江君を思い出さなかったのに。
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