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知らない世界で

代理の番人(sideマティオス)

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もう夜も遅い時間、書庫の鍵は閉まっている。私はマスターキーで鍵を開けながら禁書庫まで進み、ズラリと並ぶ禁書の前をゆっくりと歩みながらそれらを物色していった。

禁書庫の本は、呪詛……昔の魔導関連の本が多く並んでいる。その原理を読み解くのは容易ではないが、呪詛に精通したものであれば再現は可能だ。
しかし残念ながら、この多くの書物を残したマーギアーという一級魔導師は、恐らくとんでもなく性格が悪い。今となってはその人柄などわかりようもないが、魔導を呪詛に置き換えて再現するとかなり痛い目を見るのだ。
対呪詛の研究の為に、我が国はこの本を長い間に渡って研究をしてきたが、それは猛毒がある生物の、毒がない部分を調べる為に腕の良い職人が毒味をし続ける様なものだったらしい。
今では人道的でないという理由から、禁止される程。
更に、呪術に興味のある者がひとたびこの本を手に取れば、どうしても再現したくなるという麻薬の様な魅力ある魔導が多いのだ。
私ですら、全ての本には目を通した事はない。それも代々、禁止されているからだ。

だからこそ、エイヴァの身に危険が及ばない様にする為にも立入禁止にしていたし、禁止である理由を話せば更に興味を引く事はわかっていたから、エイヴァの耳にも入れない様にしていた。
何故、エイヴァがこの場所にたどり着けたのかはわからない。わからないのであれば、今さら何の証拠もないのに番人達を裁く事は出来ないだろう。そもそも、番人は二人いるのだから、どちらがエイヴァを誘導したのかも不明なままだ。番人の手を借りずに禁書庫へ出入りするのも、不可能に近いが彼らが人間である限りは100%という訳ではないだろう。

エイヴァが、サアヤになった理由。それは恐らく、ここにあるどれかの本に書かれているに違いない。

禁書は書庫の本と違い、持ち出し禁止だ。また、万が一持ち出されてしまった際には普通の者が手に取って見ても各頁が全く見えなくなる様な呪いも掛けてある。よって、ここの本を読むには禁書庫に引きこもるしかなかった。
そして、呪詛を自分に掛けるのは非常に手間が掛かるし集中力も必要とするが、ここの本を手にする時は「無心の呪詛」を自分に掛けておく必要がある。私は持っていたペン先を、自らの手の甲に滑らせた。


翌日。
1日の執務に加えて夜通し目を酷使したせいか、疲れが取れない。
他国へ進行するのは2日位徹夜しなくても平気なのに、本を眺めて徹夜というのは全く性に合わず、正直辛かった。
こんな時、本の虫だったアイツに頼めれば楽なのになぁ。
そんな事を考えながら禁書庫から出ようとすれば、見慣れない禁書庫の番人が「これはこれはマティオス様、いらっしゃったのですね!……何をお探しでしょうか?」と聞いてきた。

……いや、私はたった今禁書庫から出て来たのだが。「何をお探しでしょうか」ではなく、「お探しの本は見つかりましたか」と聞くのが妥当な気がする……が、口うるさい主人にはなりたくないので曖昧に頷いた。
ふととけいを見れば、勤務時間に間に合っていない様に感じ、それを不快に思うのだからやはりこの番人とは相性が悪い様だと結論づけた。

この屋敷の禁書庫の管理は、蛮族の国の長が対呪詛を掛けた者しか指名されない。禁書庫の番人は二人おり、交互にその職についている。つい1ヶ月程前、一人の番人が腰を痛めて動けなくなった為、少しの間だけと彼の縁故で採用されたこの青年に対呪詛を掛けて禁書庫の管理にあたらせたが、残念ながらあまり評判は良くないと聞いていた。
少しタレ目で、人好きのする女顔。蛮族の国では強さのある者が好かれやすいが、口八丁手八丁で女性から人気があるらしいこの男は、メイドや出入りの女業者に手を出して既に小さな問題をこの短い期間でいくつも起こしたらしい。

「自分で探すから大丈夫だ。必要ない」と言えば、男はつまらなそうに肩を竦めた。立ち去ろうとして、サアヤの事を思い出し、念のため振り向いて男に声を掛ける。
「ああ、そう言えば私の妻に……エイヴァに、書庫への出入りを許可した。ただし、禁書庫への出入りは許可していない。間違えても、彼女を中に入れない様に」
「……エイヴァ様がですか。そうですか、はい。はい、わかりました」

エイヴァの事を伝えれば、下卑た笑みを浮かべて舌舐めずりをしているかの様な表情を浮かべる。まぁ、あんなセックスアピールや刺激が強い服を着ていればそんな表情になるのもわからなくはないが、旦那である私の目の前では些かどうかと思う。
エイヴァの時ならまだしも、サアヤが性的対象として見られるのは嫌だ。ただ、一見してエイヴァとはわからない程、非常に健全な民族衣装を着ているから恐らく大丈夫だろう。

……そう言えば、自分がプレゼントしたとは言え、謁見の時にサアヤが私の送った服を着てくれていた時はやはり嬉しかった。舞い上がらない様会話をするのに必死だったが、一言何か述べた方が良かっただろうか。

私は、自室に戻りながら自分の思考がまたサアヤへと飛んで行くのを止められなかった。


その日は、よっぽど疲れていたらしい。私が徹夜したのを見抜いたサアヤが、「明日はゆっくりと休んで下さい!」と翌日の夕飯のキャンセルを申し出た。
……サアヤと少しでも長く一緒にいたいが、早く本を探した方がサアヤの為になるだろう。「大丈夫だ」と言いたい気持ちと、サアヤの優しさを受け止めた方が後々サアヤの為になるという気持ちが衝突し、結局私はサアヤの申し出を受けた。
たった1日会えない事がどれだけ辛いかはわかっているつもりだ。だから、耐えられるのはその晩だけだろう。

その日の翌日、ジュードから側近経由で気になる情報が回ってきた。サアヤが、恐らく禁書庫の番人と思われる知らない男に話し掛けられたという事だ。今朝遭遇した下卑た表情を貼り付けた優男を思い浮かべながら、一体何の用で声を掛けたのか、首を捻る。
エイヴァは基本、この屋敷内では余程の事がない限りお触り厳禁だ。それは誰もが理解している。しかし、私が対呪詛を掛けた者で、よほどの理由があれば接触しても良い事となってはいた。
書庫内にはジュードもいた事だし、何かサアヤが困り事に直面していたとは考えにくい。であれば、意図的に話し掛けた事になる。

明日は、私も信頼している長年働いてくれている番人の日だ。問い質すなら、明後日か。……明後日は、午前中に首都の視察が入っていたな。午後は近衛隊の訓練指導。帰宅した後、お昼頃一度禁書庫に足を運び、話を聞けば良いか。
──そして、私は視察が午前中のみだった事に、その幸運に、心から感謝する事となる。


サアヤに気を遣わせても悪いと思い、翌日は徹夜をして本を探すのはやめる事にした。サアヤに会えなくなるのは、本末転倒だ。その日は禁書庫で夜を明かすのをやめ、きちんと自室に戻って横になる。明日は早朝から屋敷を出なければならない。
サアヤはもう、夢の中だろうか?
以前は夕飯を一緒に取れるだけで満足していた筈なのに、最近は醜い欲が沸き上がるのを止められない。思うだけであれば自由だから、私はサアヤを想いながら眠りについた。


そして、更に翌日。私は午前中の視察を終え、一旦執務室に戻った。屋敷に戻っていた側近に、「エイヴァはどうしている?」と聞けば、「本日は一人で書庫にこもりきりの様です」と返ってきた。
……一人?ジュードは……休みの日か。
ふと、今日の禁書庫の担当が、一昨日にサアヤに話し掛けた番人である事を思い出し、嫌な予感が胸にじわり、と広がる。
私は直ぐ様踵を返して廊下に躍り出た。
「マティオス様、お昼は……」
「すまない、先に書庫に行ってくる」
何事も、ある筈がない。エイヴァは、私の妻であり、それは屋敷中の者が知るところ。……なのに、何故こうも不安に駆られるのか。
早く、サアヤの無事な姿が見たかった。
私は急いで、書庫へと走った。
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