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知らない世界で

久々の修練見学

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マティオスさんが修練場にいるだけで、現場はピシリと緊張に包まれた。

怖い怖いと思っていたけど、よくよく観察してみるとマティオスさんって、多分他者に与える威圧感とかが人より多いのだろうと思う。本人にその自覚があるのかないのかわからないけど、多分その圧倒的な存在感が、長としてとても有利かつ効果的に働いてる気がする。
私みたいなノミの心臓の持ち主は逃げたくなるけど。まぁ、私はマティオスさんが良い人で、理由もなく暴力をふるわない人だと今はわかっているから逃げないけど。
そう言えば、マティオスさんが近江君と似ていると思ったのは、この威圧感とか存在感とかかもしれない。高木君も不良も元彼も、皆近江君の威圧感に押されてさっさと退散してくれたし。

ふと気配を感じて横を見れば、ライリーは私の横に侍って敬礼するだけで、近衛隊の例には参加していなかった。
「あれ、ライリー……」
は並ばないの?と言い掛けたところで、思い出す。
……そうだ、マティオスさんとライリーは不可侵の呪詛とやらで互いに干渉出来ない間柄だった。
因みにアテナさんもライリーの横に付いて、「良い機会だから、しっかりマティオス様の技を見ておけ」と腕組みして待機している。……立ってるだけで格好いいとか、本当にアテナさん素敵。


「本日は6対1の実践形式。……だいぶ隊長にしごかれた様だから、今日は体力のまだある者からチームに分けていく。先にやれる者はいるか?」
マティオスさんが声を掛けると、あれだけぐったりしていたメンバーが急に生き返った様に「はい!出来ます!!」「俺もいけます!」「是非先に!」と我先にと手を挙げ出した。

……あれ皆さん、アテナさんが隣で「まだまだ体力ありそうだな、次回はもう10セット追加するか」とか言ってますけど大丈夫?

マティオスさんは近衛兵を六名指名し、他の人達は残念そうに肩を落として修練場を囲む様に散らばった。
残りの一名は?と思っていたら、マティオスさんが六人を相手にする様だ。マティオスさんに、一つの武器が渡される。
……なんじゃあれ!!
一メートル位の剣に、持ち手一メートル、更に一メートル位の剣。
上手く説明出来ないけど、剣と剣が持ち手の上下についてる感じ。
六名の近衛兵達も、それぞれ自由に武器を手にしていた。どうやら自分が一番得意とする武器を使って良いみたいだ。うーん、流石にマティオスさん不利じゃない?


「ライリーはマティオス様が対極剣を使うのを見るのは初めてだよな?あの武器は、使いこなせれば四方八方を敵に囲まれた時に一番本領発揮出来る武器だ。マティオス様が一番得意とする武器なんだが、訓練ではあまり使わない。今日は珍しいな」
ライリーが質問する。
「何故、普段の訓練では使わないのですか?」
「あれは使いこなすのが相当難しい。だが、マティオス様の剣技を見てしまうと、誰でも使いたくなるんだ。……まぁ、身の丈に合わない武器を選んでしまいがちになるって訳だな。マティオス様もそれをご存知だから、たまにしか使われない」
「……成る程。気を引き締めて、見学させて頂きます」
「ああ。そうすると良い」


対極剣という名前の武器らしい剣を持ったまま、一人、構えもせずに中央に立つマティオスさんを、六人の近衛隊がそれぞれ適度な間合いを取って取り囲む。マティオスさんが、こちらを見た気がした。視線が絡まる。空気が止まる。

するとその時、アテナさんが、「用意……はじめ!!」と号令を送った。
……恥ずかしい!私と視線があったのかと思ってしまったけど、アテナさんに合図してたんだね!!恥ずかしい!!

号令と共に六人は、一気にマティオスさんに向かって武器を振り上げる。
「……!!」
思わず悲鳴が零れそうになるのを、口を押さえて必死で耐えた。
「ライリー、ほら。右と左が今同時に上を狙っただろう?あれじゃ意味がない。今のは、上と下に繰り出さなければ折角の多人数というメリットが半減する。そして……あれ見ろ、マティオス様しか見てないから、武器同士が当たったろ?あー、もう詰みだな」
アテナさんが淡々と説明し、ライリーは「すげえ!」を繰り返しながら首をこくこく振る。
マティオス様は、近衛隊達に寸止めの攻撃を繰り出し、寸止めされた者一人二人とリタイアしていく。

「ライリーは剣が真っ直ぐ過ぎるから、実践向きじゃない。……ほら、今マティオス様が砂をわざと巻き上げただろ?石も風も砂も枝も草も、そこにある物は全て武器になるからな。その辺ももっと勉強しろ」
「はいっ!!」

気付けば、マティオスさんの完全なる一人舞台で終わっていた。
見学していた兵士達から、拍手喝采が沸き起こる。
「やっぱり……やっぱりマティオス様はすげえ……!!」
ライリーは、感極まった様に呟いた。
「ああ、俺もマティオス様に手合わせして貰えたらなぁ……」
ぽつりと落とされた言葉が、私の胸に痛みを与える。……わかってる、ライリーには全く他意がない事位。
でも、憧れのマティオスさんを見るしかできなくて、話しもできなくて、手合わせも出来なくて……凄く歯がゆいよね。

不可侵の呪詛さえなければ、ライリーはマティオスさんに果敢に挑んで、そして成長したのだろう。私はぐっと手を握りしめた。

マティオスさんは、まだ先ほどの六人に対して動きの指導をしている様だ。
「……隊長?何笑ってんすか?」
ライリーが不思議そうに言って、私はアテナさんが肩を揺らして笑っている事に気付いた。

「……ライリー、わかるか?マティオス様の凄さが」
「え?」
「マティオス様は、こちらに一度も背中を見せず・・・・・・に今の模擬試合をしていたぞ」
ん?どういう意味だろう??ライリーは、マティオスさんと私を交互に見て「ああ!」と言った。え?全然わからない!!
「マティオス様って、俺が何かするかとでも思ったんすかね……」
禁書庫での一件を知らないライリーは、肩を落とす。
「まぁ、さっき色々あったんだよ。……しっかし、マティオス様って意外と心配性だったんだな。笑える」
アテナさんは、耐えきれずに声をあげて笑っていた。

マティオスさんの方を見るとバッチリ目があって、咄嗟に横を向いてしまう。うわわわわ。……そっか、マティオスさんは先程の模擬試合の最中さなか、私が無事かどうか、変な人が近付いていないかどうかをしっかりと見ていてくれたんだね。
……それって人間技じゃなくね?と多少恐れ戦きながらも感謝する。

……優しいマティオスさんの事だ。きっと、あんな人を雇いいれなければ、とかもっと早くに話していれば、とか沢山後悔させてしまったんだろうな。

「そう言えば、さっきサーヤ様、エイヴァって名乗ってましたね。これからはエイヴァって名乗る予定ですか?」
「うーん、公式な場ではね。愛称が紗綾ですって押し通すつもりだから、皆にはこれからも紗綾って呼んで欲しいな」
「畏まりました、サーヤ様。」

ふと、先程のマティオスさんから紹介されたシーンを思い出す。
さっきの自己紹介の時は、テンパっててそれどころじゃなかったけど。
妻……そうか、妻かぁ。今になって、じわりじわりと顔が赤くなった。
マティオスさんの妻だから。そう言いきかせて、隊長さんへの恋心が大きくなる前に蓋をしようとしたのだ。
それが……隊長さんだと思っていた人こそが、夫のマティオスさんだった。

それを自覚した途端、カタカタカタ、と蓋がずれて、水の様に気持ちが沸き出てくるのを私はこれ以上抑える事が出来なかった。
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