74 / 99
-74-
しおりを挟む
嵐の日だった。
キャロラインは、ユリアナを本気で殺したいと思っていたのか、それとも怪我をすれば良いと思っていたのか、脅したいと思っていたのか、恥をかけば良いと思っていたのか……今となっては定かではない。
強いて言えば、衝動だった。
そこに、可能な条件が揃っていたから、してしまう。
そんな、衝動だった。
嵐だから、必要がなければ当然皆部屋にこもっている。
そして、ユリアナの両親はたまたま出掛けており、普段馬を見守り世話をする御者は両親に連れ添っていた。
その日は、ユリアナの元に幼なじみのサラが遊びに来ていた。
前日に到着し、今日は本来、乗馬を楽しむ予定だったと聞いている。
キャロラインは、誰もいない、馬房にたまたま来ていた。
針仕事をしていた為、手に針を持ったまま。
その時、ユリアナの馬を見て、フと思いついてしまったのだ。
━━そうだ、鞍に針を仕込もう。
現代でいうなら、上履きの中に画ビョウを入れる位の、軽い苛め、若しくは嫌がらせの気持ちだったのかもしれない。
それが、相手にどんなショックや怪我を負わせるかを想像もせずに。
今日は乗馬をしなくても、嵐が去れば明日は晴れる。
サラは明日帰ると聞いているけれども、午前中に少し駆けるかもしれないし、馬に乗るのは別に明日でなくても良い。
キャロラインが鞍の前で不審な動きをするのを、馬達はじっと見ていた。
しかし、いくら馬達が不安になったとしても、落ち着きがないのは嵐のせいにされるだろう。
キャロラインは、喜怒哀楽が激しく、自己愛の強い人間ではあったが、普段から人を傷付ける事をあえて好む者ではなかった。
しかし、この日は冷静さを欠いていた。
ユリアナが邪魔で憎いのと同時に、何時までたってもサージスから愛の言葉が貰えないという苛立ちや不満を何処かにぶつけたかった。
そして、それはこうした短慮な行動として現れたのだ。
針を仕込んで少しスッキリしたキャロラインは、直ぐに馬房を後にした。
自分が仕出かした事に蓋をして、日常に戻る為に。
早く用事を済ませて、サージスの顔が見たかった。
その頃、ユリアナは自分付きのイオナが高熱を出したと聞き、急いで馬房に向かっていた。
まだ昼前とは言え、外は風も雨もピークでビュウビュウと吹き荒んでいる。
ユリアナを止めるサラも、馬房にやってきた。
ユリアナは、そんなに上手に馬が操れる訳ではない。
嵐の日に馬で駆けるのは、危険過ぎた。
サラは、ユリアナの馬を自分が操り、ユリアナが同乗する事を提案した。2人乗りだ。
ユリアナの両親やサージスがその場にいれば、預かっている大事な客人が嵐の日に侍女の為に外に出るなんてとんでもないと言っただろうが、まだ12歳のユリアナには正しい判断が出来なかった。
普段お世話になっているイオナを助けたいという一心で、自らとサラの危険を予測も出来ずに「お願い致します」と言ってしまう。
頼られるのが好きなサラは、満面の笑みで「任せろ」と言い、ユリアナの馬を出して鞍を装着させた。
ここで、鞍の針が馬を刺していたらまた違っていただろう。しかし、不幸な事に、針はまだこの段階では幾分馬に届かなかったのだ。
サラが、馬の鐙に体重をかけ、軽やかな動作で背中に乗った時、針は馬に突き刺さった。
☆☆☆
不幸中の幸いだった事は、ユリアナの馬に乗ったのがサラであった事だ。
そして更に、サラは既に騎士団に入団しており、馬の扱いに天賦の才を持つサラの能力を見抜いたカッシードが、暴れ馬を乗りこなしたり鞍を着けないで乗らせたりと、特別訓練を設けていた事も幸いした。
可哀想なユリアナの馬は針の痛みに驚き、暴れだした。
そして、サラを乗せたまま、嵐の中厩舎を飛び出したのだ。
置き去りにされたユリアナは呆然としたが、直ぐに事態の重大さに気付いて嵐の中屋敷に戻り、家の者に助けを求めた。
家の者は、主人夫婦不在中の最中に指示を仰ぐ為、息子であるサージスの部屋の扉を叩いた。
サージスは、蒼白し震えながら話すユリアナから辛抱強く事態を聞き出し、直ぐにサラの追跡ならびに救助の指示を出そうとした。
そのタイミングで、サラから通信が入ったのだ。
サラはたどり着いた薬局からルクセン家へ通信させて貰っていて、自分の無事と、薬の入手を報告した。
馬の様子があまりにも変なので、これから馬を調べてから帰宅したい旨と、急ぎだろうから、可能だったら薬を取りに誰か人を寄越して欲しいとも告げる。
ユリアナが行きたがったが、サージスが宥めて家紋のない辻馬車を2台呼び寄せ、一台を使ってサージス自ら薬局に向かう事にした。
またユリアナには、通信でルクセン家の主治医に連絡を取り、呼び出す様に指示を出す。
その際、もう一台の馬車は主治医を乗せるのに使う様に教えた。
サージスはサラと一緒に薬を持って戻り、馬は原因がまだわからず不安定だった為に馬車と並走させて帰宅した。
ユリアナが家にいなかったので執事に聞けば、主治医は自宅におらず、往診に行った先で立ち往生しているとの事で、ユリアナ自ら馬車に乗って迎えに行ったのだと言う。
ユリアナが主治医を連れて無事に帰宅するまで生きた心地がしなかったが、ユリアナは何事もなく主治医を連れて来る事が出来た。
サラは馬の様子が余程気になったみたいで、帰宅するなり薬をサージスに託して馬房に向かう。
サージスは帰宅したユリアナに説教する為に、その薬をキャロラインに渡し、主治医の案内も任せた。
サージスがユリアナに対して声を荒げて酷く叱ったのは、後にも先にもこの時が一番だった。
翌日帰宅した両親が何も言えなくなる位、ユリアナは泣き晴らした目を真っ赤にして出迎えた程だった。
ともかく、馬を調べたサラのおかげで、夜には針の存在が発覚した。
馬房の出入りを調べたところ、キャロラインだけが浮上した。
サージスがキャロラインを捕縛し話を聞こうとしたところ、両親と一緒に帰宅したトッドがサージスに乞うたのだ。
キャロラインを見逃して下さい、と。
キャロラインは、ユリアナを本気で殺したいと思っていたのか、それとも怪我をすれば良いと思っていたのか、脅したいと思っていたのか、恥をかけば良いと思っていたのか……今となっては定かではない。
強いて言えば、衝動だった。
そこに、可能な条件が揃っていたから、してしまう。
そんな、衝動だった。
嵐だから、必要がなければ当然皆部屋にこもっている。
そして、ユリアナの両親はたまたま出掛けており、普段馬を見守り世話をする御者は両親に連れ添っていた。
その日は、ユリアナの元に幼なじみのサラが遊びに来ていた。
前日に到着し、今日は本来、乗馬を楽しむ予定だったと聞いている。
キャロラインは、誰もいない、馬房にたまたま来ていた。
針仕事をしていた為、手に針を持ったまま。
その時、ユリアナの馬を見て、フと思いついてしまったのだ。
━━そうだ、鞍に針を仕込もう。
現代でいうなら、上履きの中に画ビョウを入れる位の、軽い苛め、若しくは嫌がらせの気持ちだったのかもしれない。
それが、相手にどんなショックや怪我を負わせるかを想像もせずに。
今日は乗馬をしなくても、嵐が去れば明日は晴れる。
サラは明日帰ると聞いているけれども、午前中に少し駆けるかもしれないし、馬に乗るのは別に明日でなくても良い。
キャロラインが鞍の前で不審な動きをするのを、馬達はじっと見ていた。
しかし、いくら馬達が不安になったとしても、落ち着きがないのは嵐のせいにされるだろう。
キャロラインは、喜怒哀楽が激しく、自己愛の強い人間ではあったが、普段から人を傷付ける事をあえて好む者ではなかった。
しかし、この日は冷静さを欠いていた。
ユリアナが邪魔で憎いのと同時に、何時までたってもサージスから愛の言葉が貰えないという苛立ちや不満を何処かにぶつけたかった。
そして、それはこうした短慮な行動として現れたのだ。
針を仕込んで少しスッキリしたキャロラインは、直ぐに馬房を後にした。
自分が仕出かした事に蓋をして、日常に戻る為に。
早く用事を済ませて、サージスの顔が見たかった。
その頃、ユリアナは自分付きのイオナが高熱を出したと聞き、急いで馬房に向かっていた。
まだ昼前とは言え、外は風も雨もピークでビュウビュウと吹き荒んでいる。
ユリアナを止めるサラも、馬房にやってきた。
ユリアナは、そんなに上手に馬が操れる訳ではない。
嵐の日に馬で駆けるのは、危険過ぎた。
サラは、ユリアナの馬を自分が操り、ユリアナが同乗する事を提案した。2人乗りだ。
ユリアナの両親やサージスがその場にいれば、預かっている大事な客人が嵐の日に侍女の為に外に出るなんてとんでもないと言っただろうが、まだ12歳のユリアナには正しい判断が出来なかった。
普段お世話になっているイオナを助けたいという一心で、自らとサラの危険を予測も出来ずに「お願い致します」と言ってしまう。
頼られるのが好きなサラは、満面の笑みで「任せろ」と言い、ユリアナの馬を出して鞍を装着させた。
ここで、鞍の針が馬を刺していたらまた違っていただろう。しかし、不幸な事に、針はまだこの段階では幾分馬に届かなかったのだ。
サラが、馬の鐙に体重をかけ、軽やかな動作で背中に乗った時、針は馬に突き刺さった。
☆☆☆
不幸中の幸いだった事は、ユリアナの馬に乗ったのがサラであった事だ。
そして更に、サラは既に騎士団に入団しており、馬の扱いに天賦の才を持つサラの能力を見抜いたカッシードが、暴れ馬を乗りこなしたり鞍を着けないで乗らせたりと、特別訓練を設けていた事も幸いした。
可哀想なユリアナの馬は針の痛みに驚き、暴れだした。
そして、サラを乗せたまま、嵐の中厩舎を飛び出したのだ。
置き去りにされたユリアナは呆然としたが、直ぐに事態の重大さに気付いて嵐の中屋敷に戻り、家の者に助けを求めた。
家の者は、主人夫婦不在中の最中に指示を仰ぐ為、息子であるサージスの部屋の扉を叩いた。
サージスは、蒼白し震えながら話すユリアナから辛抱強く事態を聞き出し、直ぐにサラの追跡ならびに救助の指示を出そうとした。
そのタイミングで、サラから通信が入ったのだ。
サラはたどり着いた薬局からルクセン家へ通信させて貰っていて、自分の無事と、薬の入手を報告した。
馬の様子があまりにも変なので、これから馬を調べてから帰宅したい旨と、急ぎだろうから、可能だったら薬を取りに誰か人を寄越して欲しいとも告げる。
ユリアナが行きたがったが、サージスが宥めて家紋のない辻馬車を2台呼び寄せ、一台を使ってサージス自ら薬局に向かう事にした。
またユリアナには、通信でルクセン家の主治医に連絡を取り、呼び出す様に指示を出す。
その際、もう一台の馬車は主治医を乗せるのに使う様に教えた。
サージスはサラと一緒に薬を持って戻り、馬は原因がまだわからず不安定だった為に馬車と並走させて帰宅した。
ユリアナが家にいなかったので執事に聞けば、主治医は自宅におらず、往診に行った先で立ち往生しているとの事で、ユリアナ自ら馬車に乗って迎えに行ったのだと言う。
ユリアナが主治医を連れて無事に帰宅するまで生きた心地がしなかったが、ユリアナは何事もなく主治医を連れて来る事が出来た。
サラは馬の様子が余程気になったみたいで、帰宅するなり薬をサージスに託して馬房に向かう。
サージスは帰宅したユリアナに説教する為に、その薬をキャロラインに渡し、主治医の案内も任せた。
サージスがユリアナに対して声を荒げて酷く叱ったのは、後にも先にもこの時が一番だった。
翌日帰宅した両親が何も言えなくなる位、ユリアナは泣き晴らした目を真っ赤にして出迎えた程だった。
ともかく、馬を調べたサラのおかげで、夜には針の存在が発覚した。
馬房の出入りを調べたところ、キャロラインだけが浮上した。
サージスがキャロラインを捕縛し話を聞こうとしたところ、両親と一緒に帰宅したトッドがサージスに乞うたのだ。
キャロラインを見逃して下さい、と。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,942
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる