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「あやちゃん、大丈夫?」

「……ありがと、おにぃ」

初めて兄がその能力を使ったのは、いや、私がその能力に気付いたのは、五歳の頃。

五歳の年の差があるから、兄が十歳の時だ。



私のお気に入りの帽子が風で飛ばされ、用水路に落ちて、私がそれに手を伸ばした時、世界の時間が停められた。

全て止まると、何の音もしなくなる。世界を静寂だけが包んだその時、世界中でたった一人兄だけが動いて用水路に落ちそうになった私の手を引っ張り、そして流れることのない用水路に歩いて入り、私の帽子を取って私の手にそれをのせたのだ。



再び時間が動き出した時、私は最初、自分が白昼夢でも見たのかと思ったが、自分の手にした帽子からポタポタ水が滴っているのを見て、やはり夢ではないと気付いた。





私はその後も、兄が時間を停めて、階段から落ちそうになったおばあさんを助けたり、小さな子供の手からすり抜けた風船が空高く舞い上がる前に取ってあげたり、猫がひかれる直前で救い出したり、という現場を何度も目撃した。



世界中の人は、兄が時間を停止させている間、まるでマネキンのようにじっと動かない。そして、その間の記憶はないようだった。

私だけは別で、兄が時間を停めている間も、自ら身体を動かすことは出来なくても、しっかり見ることが出来たし記憶することも出来た。



兄の能力があれば、はっきり言って犯罪し放題だ。

テストだっていつも満点だろうし、何かを盗んでも防犯カメラに映ることもない。

だが、兄は基本的に善良な人間で、そうしたことには一切手を出すことはなかった。





基本的、と言うからには例外もある訳で。

兄は五歳年下の実の妹である私を、自分で言うのもなんだが溺愛していた。

私が苛められればその仕返しを兄が笑顔で普通にしたし、私にとって良くないと思えば平気で小細工した。



まぁ、親からしっかりとした愛情を注がれなかった子供達だった為、その分兄妹愛が強くなっただけと言えば聞こえは良かったかもしれない。



我が家の両親はエリート同士の結婚だったが、所謂政略結婚で、兄と私が能力なしと判定を受けてからはすっかり夫婦仲は冷めきり、それぞれ金だけを家に置いて、仕事場や愛人宅で過ごすような人達だった。



ただ、物事には限度というものがある。

兄が異常な愛情を私に向けている、と気付いたのは、お休みやいってきますのキスで舌を入れてきた頃だった。

私は中学生になり、それが性衝動というものだと気付いて兄に向けた感情は、はじめは怒りだった気がする。
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