[R-18] おれは狼、ぼくは小狼

山葉らわん

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第一章 海軍の男

7 話したいことがある

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 康太が洗い場に目線を移すと、あの海軍の男が水泳部の輪に向って歩いてるところだった。洗い場の鏡に歩く姿が映ったのか、思わず手を止める者もあれば、ふり返って男を見遣る者もあった。浴室の戸口の付近では、這入ろうとして、一瞬、硬直したり、あとずさりしたりする者まであった。それでも海軍の男は肩を揺らせ、堂々と大股で歩いていた。
「どうだ、康太。すげえだろ」
 武志が云った。
 康太は武志のほうを向いた。武志は両手を頭のうしろで組んで両目を閉じ、悠然と湯を楽しんでいた。その腋窩の草叢は康太よりも薄かった。しかし武志のイメージを損なうような弱々しいものではない。夥しくもなく、不必要でもなく、むさくるしくもない。武志のために誂えられたような毛であった。康太は軽く嫉妬した。
 武志は大きく伸びをひとつすると、海軍の男を見遣って、
「やっぱり、普段から小さな布切れ一枚、腰に巻いてるやつはちがうなあ。大したもんだ」
「さすが水泳部ですね」康太が応えた。
「あいつは水球部だ。しもの毛、剃ってなかっただろ」
 と云い、それから片手で胸から腹までをさすって、
「剃ってないのは、しもの毛だけじゃねえけどな」
 と付け足した。
 康太は、その言葉が自分に向けられた揶揄いのようにも慰めのようにも思えた。
 そこへ健司が、
「今井先輩のかご、ここに置きますね」
 と云って割りこんできた。康太が話をつなごうとした、まさにそのときだった。
 健司は右手に洗面道具が入ったかごを持って武志に近づき、武志の右隣りに坐るよりさきにそれを湯槽の縁に置いた。
「おっ。杉野、気が利くなあ」
 武志は健司の頭を掴むと、搔きむしるようにがしがしと荒っぽく撫でた。それは武志が気に入った部の後輩にしてみせる一種の愛情表現のようなものだ。
 思いもよらない健司の行動に、康太は焦りを覚えた。健司は、彼が武志の臀におどろいているあいだにかごを取りに行き、洗い場を歩く海軍の男を目で追っているあいだに武志のそばに移動していたのだった。
 ――どうしよう……。
 康太は何としても武志に気に入ってもらう必要があった。
 新入生たちは、ふたり部屋も大部屋も、先輩たちに同室の相手を選ぶ権利があると説明を受けていた。このままゆけば、ひょっとしたら健司を気に入った武志がふたり部屋の相手に健司を選ぶかもしれない。もしそうなれば、自分はほかの先輩とふたり部屋に入るか、健司と離れ離れになって大部屋に入ることになってしまう。
 ふたり部屋の第二候補は、あの海軍の男だった。しかし、せっかく話すチャンスがあったのに、水泳部の部員たちに奪われてしまった。
 ――ぼくは健司みたいに自分から売りこんでいくタイプじゃないもんな……。
 康太は積極的に行動に移せない自分の性格を悔やんだ。 
 また浴室の戸口が勢いよく開く音がした。男たちが、数名、這入ってきた。健司がすぐさま立上った。
「今井先輩、柔道部の先輩が来たので、ここで失礼します」
「おう。また明日な」
 健司は武志にことわりを入れると、康太のまえまでやってきた。健司は態々わざわざ剥けあがった先端を見せつけた。康太が人払いをするついでに手の甲で湯を撥ねると、健司は、ははっと笑って湯槽を出ていった。
「それじゃあ、俺たちも上がるか。康太、背中流してくれ。話したいことがある」
「はい!」
 康太は、ようやくチャンスが巡ってきたと、うれしくなった。「話したいことがある」という武志の言葉に部屋割りへの期待をふくらませた。引っ掻きまわすだけ引っ掻きまわしておいて、悪びれる素振りのひとつも見せなかった、幼馴染の悪戯のことは、すっかり忘れていた。
 武志が立上った。湯がざあっと大きな音を立てた。康太は股間の落ちつきを確認してから立上った。

「今井先輩、力加減どうですか?」
「遠慮するな。もっとゴシゴシやれ」
 康太は背中を流す手に力を込めた。武志は気持ちよさそうに首を左右に傾けた。
 武志はVIP席の右側――健司が坐っていたところ――に腰をおろし、康太を自分の左側に坐らせた。武志は康太に、男子寮の浴室も同じような構造になっていて、ちょうど今、坐っているところが男子寮における通称「VIP席」なのだと説明した。康太はすぐに非礼を詫びた。武志は、その度胸があればレギュラー入りも心配ない、と笑って許してくれた。
 武志は湯槽のほうを向いて坐っていた。康太も自然にそうした。康太にとってみれば、右側が無防備の状態だったが、VIP席なので誰もじろじろ見ないことがわかって気にならなくなった。そうでなくても目のまえには壁のような武志の広い背中がある。その背中を流すことに集中していれば好かった。
 康太は、思い切って部屋割りの件を切りだした。
「今井先輩は、ふたり部屋と大部屋のどちらを希望しているんですか?」
「俺はふたり部屋だ。康太、おまえは何て書いた?」
「ふたり部屋で、今井先輩って書きました」
 康太は精一杯の自己アピールをした。
「最終決定権は寮長の大野さんにあるから、どうなるかはわからないぜ」武志はもったいぶった云い方をした。「もしほかのヤツに決まったら、ソイツに可愛がってもらえ。その代わり、部では俺がたっぷり可愛がってやる」
「ふたり部屋でも可愛がってくださいよ」
 康太は、勇気をだして、もう一度自己アピールをした。
「康太。単刀直入に云うぞ」
 武志が康太に背中を向けたまま云った。
「何ですか?」
 部屋割りのことかと康太は期待した。手にした洗面器の湯が少しこぼれた。
 武志が顔だけを康太に向けた。
「森のことが気になるんだろ? 教えてやるよ」
 武志は、すべてお見通しだぞ、と云いたげな目つきで康太を見据えた。
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