[R-18] おれは狼、ぼくは小狼

山葉らわん

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第一章 海軍の男

6 海軍の男

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 新たに浴室に這入ってきた男たちのなかにいまたけの顔があった。
「あっ。今井先輩だ」康太は思わず口にした。
 健司が、戸口のほうをチラッと見て、
「ああ。あの先輩ね。人相悪そうだけど」
「すごい人なんだよ。福岡が生んだ剛腕投手で――」
「――おまけに豪快な性格で後輩の面倒見が好いんだろ? 何度も聞いたよ」
 健司はまったく興味を示さなかった。
 康太はもう一度戸口のほうに目を遣った。すると戸口のすぐ横で風呂椅子と風呂桶を選んでいる武志のうしろ姿が見えた。その右隣りには、腰回りに競泳水着の跡をくっきりとつけた、ひときわ背の高い男のうしろ姿もあった。康太が第二候補としている海軍の男だ。この日の夕食の時間にこの長身の男が水泳部の部員たちと和気藹々と食事をしていたので、康太は初見で人の好い先輩だと直感したのだった。
 ――今井先輩だけじゃなくてあの先輩とも話してみないとな。
 これ以上じろじろ見るわけにもいかなくて、康太は足許だけが見えるように目線を下げた。
 武志の毛脛がVIP席まで歩いてきた。康太たちの使った風呂椅子や風呂桶のまえで立止った。しかしそれもほんの短い時間で、さっと向きをかえて康太の正面の洗い場に腰をおろした。武志は右隣りに席をひとつ空けていたので、真正面というわけではないが、康太はそれでも構わなかった。隣りを見れば健司は関心なさそうに宙を眺めているし、この距離ならいつでも武志に声をかけられると思ったのだ。
 すこし遅れてその空いた席に海軍の男が坐った。
 武志と海軍の男は、掛湯をすませたあとも立上らず、顔を近づけて談笑したり、ふざけてシャワーを浴びせあったり、肩やわき腹を小突きあったりと、たいそう親しい間柄のようだった。
 ――ほら、陸軍と海軍だって仲良くやれるじゃないか。
 康太は心のなかで健司に反論した。
 ほどなくして掛湯を了えた武志が立上ったので、康太はさっそく声をかけた。
「今井先輩、こっちです!」
「おっ、康太。来ていたのか」
 武志はふり向くと、海軍の男に何か伝え、康太たちに向って歩きだした。
 ――うわ……。こんなだったんだ。
 武志はまえを隠さず堂々としていたので、康太は初めてその真裸かを見ることができた。部室のロッカールームでは腰にタオルを巻いた半裸姿しか見たことがなかったのだ。
 武志の全身は隆々とした筋肉の鎧に覆われ、硬式野球部の投手らしく、特に腰回りと両脚は逞しくどっしりとしていた。胸の谷間からへそまで一直線に生えた淡い毛が、筋肉のラインをさり気なく強調していた。そのしたの荒々しく生い茂った草叢の先には、いかにも遊び慣れた風の赤銅色の塊があった。武志は、男らしさを証明するのに申し分のない肉體を持っていた。
 武志は手にした洗面道具の入ったかごを湯槽の縁に置いた。ざぶんと湯に入ると、顔だけ出してすっと泳ぐようにして湯のなかを進み、健司の左隣りに落ち着いた。
 健司がさっそく武志に話しかけ、武志もそれに応じた。憧れの先輩を健司に取られてしまったような気がして、康太は角っこに陣を取ったことを後悔した。
 康太が自分も話に加わろうと声をかけようとしたとき、
よ、んか」
 武志が海軍の男に向って呼びかけた。福岡のイントネーションだった。そのイントネーションに引っぱられるように海軍の男が立上がった。
 海軍の男もまた、自らの真裸かを惜しげもなく晒しながら康太たちに近づいてきた。
 康太は目をみはった。それは洋々たる広い肩、丸太のように太い腕、厚く盛り上がった胸、王の字のように割れた腹筋、野生馬のように発達した太ももといった、鍛え上げられた筋肉のフォルムだけではなかった。その夥しい毛と肉體の核心が、端正な顔立ちとそれがもたらす温厚そうな雰囲気には、まったく相応しくなかったのだ。海軍の男は野生の獣だった。滝のように流れる毛並みに覆われた姿は、若く猛々しい狼のようだった。また美しい獣でもあった。全身にはち切れんばかりの生命力を宿し、特に雄のしるしは湯に濡れて艶めいていた。
 康太は海軍の男の真裸かに一瞬にして魅せられた。無意識のうちに湯のなかでバットを握る仕草をした。そしてその徴の長大さを、直感的に悟った。

 海軍の男は、ちょうど武志のまえに立つと片足を湯に浸した。湯が熱いのか、何度も浸してはあげ、浸してはあげと繰りかえす。海軍の男と武志は顔を見あわせ、ふたりして失笑気味に笑った。
 そして武志が、
「いっちょん熱うなかばい」
 と、いきなり両手の甲で湯を跳ねあげ、海軍の男の足許に浴びせた。
 海軍の男は湯のかけられた足許をちらりと見た。今度は足首まで湯に浸すと荒々しく湯をかき回し、
「温水プールも、こげん熱うはなか!」
 と、勢いよく湯を蹴りあげた。
 湯の飛ばしりは、武志だけでなく、康太と健司にも届いた。武志と健司はうまく避けたが、それまで海軍の男をぼんやりと眺めていた康太は、それを避けきれなかった。
「あ」康太は声をあげた。
「よう」海軍の男が康太に声をかけた。
 康太は、こくりと挨拶をした。
 湯につけられた片足は、まだ湯をかき混ぜていた。こんどは自分が標的になるのでは――。康太は、ふとこう思った。
 その笑った目は、縄張りに侵入した余所者を威嚇するようでもあり、湯をかき混ぜる片足は今にも襲いかかろうと土をくようでもあった。さらにあの獣の徴は、舌なめずりをするかのようにゆったりと揺れていた。武志のほうを見ても助け舟をだそうともせず、ただニヤニヤとこれから何が始まるのか期待しているようだった。
 満面の笑みをうかべながら、海軍の男は康太に訊いた。
「VIP席の坐り心地はどうや?」

 康太が何も応えられず、ただ恐縮していると、そこへ、
「先輩、新入生の例のチェックお願いします」
 と水泳部の部員がひとりやってきて、海軍の男に声をかけた。
 水泳部の部員の頸からしたは、まったくの無毛だった。彼もまえを隠していない。包皮がかぶさり慎ましく縮こまったものが、雨のなかに捨てられた仔犬のようにぷるぷると微かに震えていた。康太はそれを見て、むしろ彼の代わりに自分のほうが恥ずかしくなった。
 海軍の男は、湯から足を引きあげて湯槽の縁にのせ、
「芝刈りか? わかった。さっさとすませよう」
 そして康太たちにやわらかな笑顔を見せながら、
「じゃあ、あとでな」
 と左手を軽くあげ、くるりと背中を向けた。
 このとき、康太の目に海軍の男の腋窩の繁みが映った。
 ――あっ……。一緒だ。でも、ぼくより濃い。
 康太は、急に股間が勃然とするのを感じた。
 ほぼ同時に湯が大きく波立った。
 驚いた康太の目のまえを、武志の岩のようないしきが左から右へ、ざあざあと湯を掻きわける音と共に通りすぎた。
 武志は湯のなかを泳ぎ、康太のすぐ右まえに落ちついた。
「あいつは森。あとでちゃんとあいさつしろよ」
 武志はこう云うと、悪戯っぽく笑って海軍の男のほうへ顎をしゃくった。
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