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第五章 ワン・モア・チャンス
10 夜這い
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部屋の照明が落とされたのと康太が両目を閉じたのは、ほとんど同時だった。
康太は耳をそばだてた。ときおり隣のベッドから、大樹が寝返りを打つ音がする。いつもと変わらないが、それが今夜に限って特別な音のように思える。
——森先輩、こっちに来るタイミングを見計らっているんだろうな……。
康太はどの姿勢で待つのがいいか考えを巡らせた。十字架のイエス様のように両手を左右に伸ばしてみる。あまりにも露骨に見えるような気がする。そこで両手を胸の上で組んでみた。しかしこれでは拒絶しているように思われそうだ。
——やっぱり全部脱ぐのかな……?
康太はこう考えてドキリとした。貫通式の夜は何事も起こらなかったが、結局、朝まで素裸かで一緒に寝ていた。それに今では風呂で素裸かを見せあっているし、今更、脱いだからなんだという思いもなくはない。
顔だけを右に向けると、大樹はタオルケットを肩まで被ったまま仰向けに寝ている。
——ぼくが寝ぼけているあいだに貫通式をすませるということにすれば、森先輩もさほど気にしないかもしれない。
この寮に伝わる意味のない寮則を片っ端から破っていこう、と大樹が康太に提案し、康太もその話に乗った。貫通式はそのひとつだった。武志はそれとなく勘づいているようだし、寮長の勝利の目も騙されなかったようだ。あの隼のような鋭い目で凡てお見通しなのだろう。今この瞬間も、すぐ上の階からこの部屋を見下ろしているような気がして、康太は頭までタオルケットを被った。
——ひょっとして……あれもこれも雰囲気づくりのため?
康太は今日一日の出来事を思い返してみた。勝利の部屋での出来事、武志たちの部屋から洩れるアダルトビデオの音声、尻を丸出しにした夜の点呼——そしてAV男優のような大樹のガウンの着こなし。
今まで勝利から猶予が与えられていたのだろう、と康太は思うに至った。
——森先輩だって本当はやりたくないんだろうな。でも破ってはいけない伝統だったんだ!
康太は、これから大樹が夜這いをかけてくるのだろうと思い、武者震いをした。
頭のなかではすでにそのシミュレーションが始まっている。
康太は左に寝返りを打って壁のほうを向いた。このまま寝たふりをしていれば、きっと大樹がベッドにやって来る。あとは野となれ山となれだ。
——あっ! ぼくのベッドだと……。
康太は武志たちの部屋を思い出した。壁一枚の向う側に自分たちの部屋と同じようにベッドがある。しかも武志のベッドだ。これでは壁越しに音が洩れてしまうかもしれない。確かに武志が貫通式の立会人になるだろうが、明日からどんな顔をして会えばいいのだろう。
——やっぱりこっちから行って、森先輩にお願いしよう……。
康太は、物音を立てないように注意深くベッドを脱け出し、大樹のベッドの前に両膝をついた。大樹は、いつの間に寝返りを打ったのか、康太に背中を向けて寝ている。康太は、大樹の肩に手を伸ばした。
「森先輩……」震える手でそっと肩を揺する。「あの……」
「うん?」
突然、大樹がその巨軀を反転させたので、康太はその手をさっと引っ込めた。
大樹は悠々と片肘をついて康太のほうへ向き直り、ナイトライトを点けて、
「どうした、康太?」
「ええと……その……起こしてごめんなさい」
「用があるから起こしたんだろう?」穏やかな口調だ。「で、どうしたんだ?」
ナイトライトの灯りが大樹を柔らかく包みこんでいる。眠りを邪魔されて怒っているようすは全くない。その顔つきは、いつもと同じような気もするし、どことなく同じではないようにも思える。
康太は思わずハッとした。
——こういうのを夜の顔って云うのかな……。
同性の自分でさえこうなのだから、女の子たちならこのままベッドに吸い寄せられてしまうだろう。女性経験が豊富だという噂話も、あながち嘘ではなさそうだ。
大樹は右手で髪をさっと掻きあげ、
「康太?」
と、深い響きのある声で訊いた。大きな瞳で康太を凝っと見つめている。
康太は目線を一瞬ヘッドボードの棚に移し、そしてまた大樹の顔に戻した。
棚の隅にコンドームがふたつ追いやられている。貫通式の夜に勝利が追加で置いていったもので、大樹はまだそれを片付けていなかったのだった。
康太が返事にまごついていると、大樹が起きあがり、ベッドの縁に腰掛けた。両脚は大開けで、左右から康太を挟み込むようなかたちだ。大樹はその両膝の上に肘をそれぞれつくと、心持ち前屈みになって康太を見下ろした。プールのベンチで出番を待っている大樹の姿がそこにあった。
——森先輩にとって、ベッドはプールと同じなんだ!
水球の試合のようすが脳裏に浮かんだ。たくましい裸かの男たちがぶつかりあい、もつれあう。その激しいコンタクトのたびに水飛沫があがる。
康太の顔の位置に大樹のたくましい胸板がある。康太は大樹の顔を見上げた。決して目線を下ろしてはいけない。脱衣場の長椅子で目にした武志の大開けの股間。それ以上のものが、すぐ側に鎮座している。
「康太、ロフトなら自由に使っていいんだぞ」大樹がふんわりとした笑みを泛べる。「見て見ぬふりをするのが、おれたちの規則だ」そして大きな手で康太の頭をポンポンと叩いた。「可愛いな、おまえって。そんなこと気にしていたのか?」
「ええと、そうじゃなくて……」
「ん?」
その目はただ康太だけを捕え、その耳はただ康太の声だけを待つ。大樹の匂い——水の匂い——が周囲に立ち込め、柔らかな紙のように康太を包みこむ。大樹の凡てが康太を欲しているようだ。
——これって誘われている……んだよな……。
康太は思い切ってトレーニングウェアの上衣を脱ぐと、膝の上で手早く畳み、脇にそっと置いた。これでひとまずマイナス・ワン。あとは大樹に任せるだけだ。
康太は居すまいを正し、
「あの……森先輩……」
と呼びかけた。そして膝の上で両の拳をぎゅっと握りしめた。「ええと、い……一緒に寝てもらえませんか?」
康太は耳をそばだてた。ときおり隣のベッドから、大樹が寝返りを打つ音がする。いつもと変わらないが、それが今夜に限って特別な音のように思える。
——森先輩、こっちに来るタイミングを見計らっているんだろうな……。
康太はどの姿勢で待つのがいいか考えを巡らせた。十字架のイエス様のように両手を左右に伸ばしてみる。あまりにも露骨に見えるような気がする。そこで両手を胸の上で組んでみた。しかしこれでは拒絶しているように思われそうだ。
——やっぱり全部脱ぐのかな……?
康太はこう考えてドキリとした。貫通式の夜は何事も起こらなかったが、結局、朝まで素裸かで一緒に寝ていた。それに今では風呂で素裸かを見せあっているし、今更、脱いだからなんだという思いもなくはない。
顔だけを右に向けると、大樹はタオルケットを肩まで被ったまま仰向けに寝ている。
——ぼくが寝ぼけているあいだに貫通式をすませるということにすれば、森先輩もさほど気にしないかもしれない。
この寮に伝わる意味のない寮則を片っ端から破っていこう、と大樹が康太に提案し、康太もその話に乗った。貫通式はそのひとつだった。武志はそれとなく勘づいているようだし、寮長の勝利の目も騙されなかったようだ。あの隼のような鋭い目で凡てお見通しなのだろう。今この瞬間も、すぐ上の階からこの部屋を見下ろしているような気がして、康太は頭までタオルケットを被った。
——ひょっとして……あれもこれも雰囲気づくりのため?
康太は今日一日の出来事を思い返してみた。勝利の部屋での出来事、武志たちの部屋から洩れるアダルトビデオの音声、尻を丸出しにした夜の点呼——そしてAV男優のような大樹のガウンの着こなし。
今まで勝利から猶予が与えられていたのだろう、と康太は思うに至った。
——森先輩だって本当はやりたくないんだろうな。でも破ってはいけない伝統だったんだ!
康太は、これから大樹が夜這いをかけてくるのだろうと思い、武者震いをした。
頭のなかではすでにそのシミュレーションが始まっている。
康太は左に寝返りを打って壁のほうを向いた。このまま寝たふりをしていれば、きっと大樹がベッドにやって来る。あとは野となれ山となれだ。
——あっ! ぼくのベッドだと……。
康太は武志たちの部屋を思い出した。壁一枚の向う側に自分たちの部屋と同じようにベッドがある。しかも武志のベッドだ。これでは壁越しに音が洩れてしまうかもしれない。確かに武志が貫通式の立会人になるだろうが、明日からどんな顔をして会えばいいのだろう。
——やっぱりこっちから行って、森先輩にお願いしよう……。
康太は、物音を立てないように注意深くベッドを脱け出し、大樹のベッドの前に両膝をついた。大樹は、いつの間に寝返りを打ったのか、康太に背中を向けて寝ている。康太は、大樹の肩に手を伸ばした。
「森先輩……」震える手でそっと肩を揺する。「あの……」
「うん?」
突然、大樹がその巨軀を反転させたので、康太はその手をさっと引っ込めた。
大樹は悠々と片肘をついて康太のほうへ向き直り、ナイトライトを点けて、
「どうした、康太?」
「ええと……その……起こしてごめんなさい」
「用があるから起こしたんだろう?」穏やかな口調だ。「で、どうしたんだ?」
ナイトライトの灯りが大樹を柔らかく包みこんでいる。眠りを邪魔されて怒っているようすは全くない。その顔つきは、いつもと同じような気もするし、どことなく同じではないようにも思える。
康太は思わずハッとした。
——こういうのを夜の顔って云うのかな……。
同性の自分でさえこうなのだから、女の子たちならこのままベッドに吸い寄せられてしまうだろう。女性経験が豊富だという噂話も、あながち嘘ではなさそうだ。
大樹は右手で髪をさっと掻きあげ、
「康太?」
と、深い響きのある声で訊いた。大きな瞳で康太を凝っと見つめている。
康太は目線を一瞬ヘッドボードの棚に移し、そしてまた大樹の顔に戻した。
棚の隅にコンドームがふたつ追いやられている。貫通式の夜に勝利が追加で置いていったもので、大樹はまだそれを片付けていなかったのだった。
康太が返事にまごついていると、大樹が起きあがり、ベッドの縁に腰掛けた。両脚は大開けで、左右から康太を挟み込むようなかたちだ。大樹はその両膝の上に肘をそれぞれつくと、心持ち前屈みになって康太を見下ろした。プールのベンチで出番を待っている大樹の姿がそこにあった。
——森先輩にとって、ベッドはプールと同じなんだ!
水球の試合のようすが脳裏に浮かんだ。たくましい裸かの男たちがぶつかりあい、もつれあう。その激しいコンタクトのたびに水飛沫があがる。
康太の顔の位置に大樹のたくましい胸板がある。康太は大樹の顔を見上げた。決して目線を下ろしてはいけない。脱衣場の長椅子で目にした武志の大開けの股間。それ以上のものが、すぐ側に鎮座している。
「康太、ロフトなら自由に使っていいんだぞ」大樹がふんわりとした笑みを泛べる。「見て見ぬふりをするのが、おれたちの規則だ」そして大きな手で康太の頭をポンポンと叩いた。「可愛いな、おまえって。そんなこと気にしていたのか?」
「ええと、そうじゃなくて……」
「ん?」
その目はただ康太だけを捕え、その耳はただ康太の声だけを待つ。大樹の匂い——水の匂い——が周囲に立ち込め、柔らかな紙のように康太を包みこむ。大樹の凡てが康太を欲しているようだ。
——これって誘われている……んだよな……。
康太は思い切ってトレーニングウェアの上衣を脱ぐと、膝の上で手早く畳み、脇にそっと置いた。これでひとまずマイナス・ワン。あとは大樹に任せるだけだ。
康太は居すまいを正し、
「あの……森先輩……」
と呼びかけた。そして膝の上で両の拳をぎゅっと握りしめた。「ええと、い……一緒に寝てもらえませんか?」
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