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第二章 儀式(セレモニー)
儀式(セレモニー):馬の鬣(たてがみ)と頭陀袋(ずだぶくろ)
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「見習いは卒業したようだな。気持ちよかったぞ」
ゆっくりと起きあがりながら健悟は云った。シャンプーの泡はあらかた流されている。柳川が後頭部にシャワーをかけようとしたところで健悟は頭をぶるぶるっと振った。まだ残っていた泡が柳川の顔に飛んだ。
「ありがとうございます」鼻の頭に泡をつけたままで柳川が笑った。
「じゃあ、背中を流してもらおうか」
健悟は立上り、休めの姿勢をとった。背後で泡の準備をしている健悟に語りかける。
「立ったほうがやりやすいだろ? まずは上半身だ。肩、背中、両腕。筋肉を確認しながら洗えよ」
柳川は無言だった。
「ああ、これか? 項から腰までつながってるだろ。俺には見えないが、馬の鬣みたいらしい」健悟は云った。
柳川の手が、背中のくぼみに沿って、項から腰までを撫でる。
「撫でても大人しくはならねえぞ。むしろ暴れるから注意しろ。うしろ脚で蹴ったくってやる」
柳川の手がとまる。「失礼しました」
「今日は特別だ。しっかり洗え」
「はい。それでは、肩から失礼します」柳川は健悟の両肩に泡を乗せた。
僧帽筋が揉みほぐされてゆく。健悟はマッサージを受けているような気分になった。自然と息が漏れる。柳川の指に力がこもる。指圧をするように親指でググっと圧を加えながら、肩の端から頸に向って何度もさするように洗う。
あともう少し味わいたいと思ったところで、柳川の両手が背中に移る。背中側の僧帽筋がうえからしたへとさすられ、またうえへとあがって肩の僧帽筋を撫でる。
なかなかの手つきだ。健悟は感心した。すると、こんどは右肩に片方の手が添えられた。同時にもう片方の手が肩甲骨に添えられる。肩胛骨はがしがはじまった。
「ずいぶん凝ってますね」柳川が云った。
「デスクワークも消防士の仕事のひとつだからな。書類の山とも戦ってる」
「ブラインドタッチが出来るようになるそうですね」
「へえ、よく知ってるな」
「台本には出てこないんですが、役作りのため調べたんです。火災現場とか訓練以外にもいろんな仕事があるって」
柳川はほめてもらいたそうな口調でこう云った。
健悟の両手は、いつのまにか腰の横でだらりと垂れている。左右の肩胛骨はがしがすむと、柳川はそのまま左右の腕をさすった。駅前マッサージよりも上手だ。もう少しやってほしいと思ったところで、また柳川の手が離れた。泡を立てる音がする。こんどは健悟の腰を両手でつかんだ。健悟が鏡を見おろすと、柳川が膝立ちになっているのがわかった。
「腰回りもどっしりとしているんですね」腰のツボを押しながら柳川は云った。
「体幹も鍛えるんだな。プランクもやれ。あれなら此処でもできる」
「今ですか?」柳川の声が震える。
「まだいい。それよりつぎはケツだ」健悟は命じた。
柳川は、したから掬いあげるようにして片方ずつ交互に大殿筋を撫で、それから双臀を同時に撫であげる動作を繰り返した。健悟は、心地よさにうめき声を漏らした。
「あの……」柳川が口籠る。
スケベ椅子の話を思い出したようだ。健悟は笑いそうになるのを堪えて、
「括約筋もさわりたいのか?」
「いえ……」
「両脚にうつれ」
「はい」
柳川は、左の太ももを洗いはじめた。片手で毛深い太もものまえを支え、もう片方の手で太ももの裏をこする。指先で筋肉の流れを確かめ、そして掌で磨きをかけるように叮嚀に撫でる。まるで神殿の柱を磨くようだ。しかしその神殿の屋根を支えるところまでは手を伸ばそうとしない。柳川の両手は、太ももの真んなかから、ひざ裏のくぼみまでのあいだを、ただ行ったり来たりしている。
「うえのほうも頼むぞ」健悟が云った。
はい、と短い返事があって、柳川の片手が内ももを遠慮がちに昇ってゆく。しかし、脚の付け根にまでは、なかなか辿りつかない。
――おい、相棒。おまえの頭陀袋が邪魔してるみたいだぞ。
――悪趣味だな。お客さんを揶揄って楽しんでる。
――さっきもおまえのことチラチラ見てたぜ。
――ああ。鏡にしっかり映ってた。
――バレていないつもりらしい。まだまだガキだな。
――そりゃそうさ。まだ若いんだから。でも、やりすぎんなよ。
そう。揶揄ってやるだけだ。これならどうだ。
「柳川、遠慮するな。汗をかきやすい場所だから清潔にしないとな」健悟は大したことでもないように云った。
はい、と返事はするものの、柳川の手は、相変わらず脚の付け根までもう少しというところで迷子になっている。剛毛に包まれた頭陀袋が指先や手の甲に触れるたびに、すっと動きが止まる。
よし。もういっちょ揶揄ってやるか。
「ああ、こいつが邪魔してるんだな」健悟は下腹部に力を入れ、左の頭陀袋をひょいと吊りあげた。「これでどうだ?」
うわっ、と柳川が声をあげた。
「両方動くんだぜ。ほら」
「ほんとだ」
柳川は、素直に驚いた。二、三回動かしてみせると、お手玉みたいですね、と云った。
「さあ、隠し芸はここまでだ。うえからしたまで磨くように洗え」
柳川の手が脚の付け根を叮嚀に洗う。指先が鼠径部まで伸びてきそうな勢いだ。「役作りのためなら何でもやります」か……。今まで部下たちにここまでやらせたことはなかった。浴室で肉の鎧と相棒を見せつけて、最後にあの儀式を行えば誰もが忠誠を誓った。美術館ごっこも美容師ごっこも、ソープランドごっこも即席で思いついたものだ。まあ、なるようになるだろう。健悟は腕時計を見た。まだ時間はまだまだたっぷり残っていた。
ゆっくりと起きあがりながら健悟は云った。シャンプーの泡はあらかた流されている。柳川が後頭部にシャワーをかけようとしたところで健悟は頭をぶるぶるっと振った。まだ残っていた泡が柳川の顔に飛んだ。
「ありがとうございます」鼻の頭に泡をつけたままで柳川が笑った。
「じゃあ、背中を流してもらおうか」
健悟は立上り、休めの姿勢をとった。背後で泡の準備をしている健悟に語りかける。
「立ったほうがやりやすいだろ? まずは上半身だ。肩、背中、両腕。筋肉を確認しながら洗えよ」
柳川は無言だった。
「ああ、これか? 項から腰までつながってるだろ。俺には見えないが、馬の鬣みたいらしい」健悟は云った。
柳川の手が、背中のくぼみに沿って、項から腰までを撫でる。
「撫でても大人しくはならねえぞ。むしろ暴れるから注意しろ。うしろ脚で蹴ったくってやる」
柳川の手がとまる。「失礼しました」
「今日は特別だ。しっかり洗え」
「はい。それでは、肩から失礼します」柳川は健悟の両肩に泡を乗せた。
僧帽筋が揉みほぐされてゆく。健悟はマッサージを受けているような気分になった。自然と息が漏れる。柳川の指に力がこもる。指圧をするように親指でググっと圧を加えながら、肩の端から頸に向って何度もさするように洗う。
あともう少し味わいたいと思ったところで、柳川の両手が背中に移る。背中側の僧帽筋がうえからしたへとさすられ、またうえへとあがって肩の僧帽筋を撫でる。
なかなかの手つきだ。健悟は感心した。すると、こんどは右肩に片方の手が添えられた。同時にもう片方の手が肩甲骨に添えられる。肩胛骨はがしがはじまった。
「ずいぶん凝ってますね」柳川が云った。
「デスクワークも消防士の仕事のひとつだからな。書類の山とも戦ってる」
「ブラインドタッチが出来るようになるそうですね」
「へえ、よく知ってるな」
「台本には出てこないんですが、役作りのため調べたんです。火災現場とか訓練以外にもいろんな仕事があるって」
柳川はほめてもらいたそうな口調でこう云った。
健悟の両手は、いつのまにか腰の横でだらりと垂れている。左右の肩胛骨はがしがすむと、柳川はそのまま左右の腕をさすった。駅前マッサージよりも上手だ。もう少しやってほしいと思ったところで、また柳川の手が離れた。泡を立てる音がする。こんどは健悟の腰を両手でつかんだ。健悟が鏡を見おろすと、柳川が膝立ちになっているのがわかった。
「腰回りもどっしりとしているんですね」腰のツボを押しながら柳川は云った。
「体幹も鍛えるんだな。プランクもやれ。あれなら此処でもできる」
「今ですか?」柳川の声が震える。
「まだいい。それよりつぎはケツだ」健悟は命じた。
柳川は、したから掬いあげるようにして片方ずつ交互に大殿筋を撫で、それから双臀を同時に撫であげる動作を繰り返した。健悟は、心地よさにうめき声を漏らした。
「あの……」柳川が口籠る。
スケベ椅子の話を思い出したようだ。健悟は笑いそうになるのを堪えて、
「括約筋もさわりたいのか?」
「いえ……」
「両脚にうつれ」
「はい」
柳川は、左の太ももを洗いはじめた。片手で毛深い太もものまえを支え、もう片方の手で太ももの裏をこする。指先で筋肉の流れを確かめ、そして掌で磨きをかけるように叮嚀に撫でる。まるで神殿の柱を磨くようだ。しかしその神殿の屋根を支えるところまでは手を伸ばそうとしない。柳川の両手は、太ももの真んなかから、ひざ裏のくぼみまでのあいだを、ただ行ったり来たりしている。
「うえのほうも頼むぞ」健悟が云った。
はい、と短い返事があって、柳川の片手が内ももを遠慮がちに昇ってゆく。しかし、脚の付け根にまでは、なかなか辿りつかない。
――おい、相棒。おまえの頭陀袋が邪魔してるみたいだぞ。
――悪趣味だな。お客さんを揶揄って楽しんでる。
――さっきもおまえのことチラチラ見てたぜ。
――ああ。鏡にしっかり映ってた。
――バレていないつもりらしい。まだまだガキだな。
――そりゃそうさ。まだ若いんだから。でも、やりすぎんなよ。
そう。揶揄ってやるだけだ。これならどうだ。
「柳川、遠慮するな。汗をかきやすい場所だから清潔にしないとな」健悟は大したことでもないように云った。
はい、と返事はするものの、柳川の手は、相変わらず脚の付け根までもう少しというところで迷子になっている。剛毛に包まれた頭陀袋が指先や手の甲に触れるたびに、すっと動きが止まる。
よし。もういっちょ揶揄ってやるか。
「ああ、こいつが邪魔してるんだな」健悟は下腹部に力を入れ、左の頭陀袋をひょいと吊りあげた。「これでどうだ?」
うわっ、と柳川が声をあげた。
「両方動くんだぜ。ほら」
「ほんとだ」
柳川は、素直に驚いた。二、三回動かしてみせると、お手玉みたいですね、と云った。
「さあ、隠し芸はここまでだ。うえからしたまで磨くように洗え」
柳川の手が脚の付け根を叮嚀に洗う。指先が鼠径部まで伸びてきそうな勢いだ。「役作りのためなら何でもやります」か……。今まで部下たちにここまでやらせたことはなかった。浴室で肉の鎧と相棒を見せつけて、最後にあの儀式を行えば誰もが忠誠を誓った。美術館ごっこも美容師ごっこも、ソープランドごっこも即席で思いついたものだ。まあ、なるようになるだろう。健悟は腕時計を見た。まだ時間はまだまだたっぷり残っていた。
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