魔拳のデイドリーマー

osho

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第18章 異世界東方見聞録

第344話 『妖怪』、現る

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「このたびは、危ないところを助けていただき、誠にかたじけのうございます、異国の方々。あのままでは我ら一同、飢え死にの末路をたどっておりました」

 海の上で遭難していたらしいぼろ船から、餓死寸前にまで衰弱した数人の『和装』の男達を回収し、フロギュリアの戦艦医務室で保護・治療したのが、昨日の話。

 一夜明けて多少回復したらしく、乗っていた6人は全員意識が戻っていた。
 そして医務室の担当の人に、『この船の責任者にお会いしたい』と言って来たそうだ。

 それを受けて、ドナルドとオリビアちゃんがこうして医務室まで直接会いに来て(まだ病人で体はガタガタなので動かさない方がいいと判断されたそうだ)、さらにその護衛として僕とナナ、ミュウとギーナちゃんの4人がそこに立ち会うことになった。

 護衛の選考基準? もしもの時、室内でも効率的に戦えるようなコンパクトな武器、または素手や魔法メインで戦える面子、ってくらいかな。
 
 しかしどうやら杞憂だったようだ。
 医務室にいた6名は、警戒心こそ持ってはいるものの、こちらに害意はないようだった。

 ……ご丁寧にと言っていいのか、6人全員、ベッドの上で『正座』して待ってた。
 病人なんだから寝てていいって医務官の人が言ったらしいんだけど、『礼節に欠ける』って頑として譲らなかったそうです。まじめか。

 ま、それはいいとして、話せるようになったようだってことで、詳しく話を聞くことに。

「どういたしまして。こちらとしても利益があってのことですから、そこまでお気になさらずとも結構ですよ。まず確認ですが……あなたがあの船の代表者ですか?」

 と、ドナルドが代表して聞いている。

 現在の彼はどうやら、超丁寧モードとチャラ男モードのちょうど中間ぐらいのようだ。器用な。

 そう聞かれた代表者(暫定)の、微妙に時代劇っぽい言葉遣いの男性は、少し考えて、

「そうですね……そのようにとらえていただければ。申し遅れました、私は『ヤマト皇国』は『キョウ』の都にて、さる方のもとに仕える『陰陽師おんみょうじ』をしております、ロクスケと申します」

 ……リアクションを抑えるのが大変だ。
 今の僕は護衛。裏方、裏方。叫ぶな、笑うな、目立つ真似をするな……!

 『陰陽師』なんていう素敵ワードが出てきて、今にも喜びを表情と態度に表したくてしょうがないけどッ……耐えろ、僕の表情筋! 今はドナルドが質問中だ!

「そうですか、それではいくつか確認させていただきたいことがあります。まず、あなた方の身の上と、出来れば……」

 そこからしばらくドナルドが事情聴取を行い、知りたいことはあらかた聞き出せた。

 まず彼らは、今言っていたように、『ヤマト皇国』から来た一団だ。代表はこのロクスケさん。

 順序立てて話していくと……このロクスケさんは、『キョウ』の都に住んでいるらしい主人の命令で、あるものを探すために船で海へ出た。自身を含めて10人の仲間というか、乗組員と共に。
 今ここにいる6人以外は……まあ、そういうことなんだろう。

 ただ、その『主』に使えているのは、ロクスケさんともう1人の『陰陽師』だけだそうだ。
 後の4人のうち3人は、船で海に出るために船頭として雇った漁師やら船乗りで、残りは、その『探し物』に詳しい協力者だということだ。

 言われてみれば、救出した時、ロクスケさんと同じような服を着た人が1人と、野良仕事とかしそうな簡素な服の人が3人、そしてそのどちらでもない、浴衣と作務衣の中間みたいな服の人が1人、といった内訳だったな……どれも、汚れたりボロボロだったから、今洗って干してるけど。

 陰陽師はいいとして、野良仕事風の3人がその漁師で、浴衣もどきの1人――あの時、唯一意識があって僕に話しかけて来た少年だ――は『協力者』かな。

 で、そのあるものを探すために船で海に出たが、目的地であるいくつかの島を巡ってみたが、なかなかお目当てのものは見つからなかった。

 そしてそんなある日、移動途中に海の上で魔物……もとい、彼らの言う『妖怪』に襲われ、どうにか撃退して逃げ伸びたものの、船は大きく破損した上、いつの間にか正規の航路を外れてしまっていたため、そのまま遭難。

 幸い漁師が釣り具とかを持っていたため、魚を釣って食べたりしてしのいでいたそうだ。
 が、魚を釣るための餌も、他に持っていた食料も数日前には完全に尽きた。

 せめて暑さによる消耗を抑えるために、船内にこもって動かないようにしていたようだが、そのままついには動くこともできないほど衰弱してしまった。

 このまま飢え死にするのか……と、絶望していたところに、僕らが通りがかったようだ。

 そんな彼ら6名――線の細い男が2名に、屈強な男(ちょっと痩せてるけど)3名、そして僕と同い年くらいの少年1名――は、僕らが『ヤマト皇国』を目指している最中であり、もし望むならこのまま乗せていってもいい、と伝えると、救いの神を見るような目で見て来た。

「では、あなた方は元々『ヤマト皇国』を目指して進んでいたのですか?」

「はい。詳しくは今は省きますが、我々の国に数か月前、あなた方の国から来たという方々が流れ着きまして……この艦隊は、その方々を故郷に送り届けると共に、我々の国、ひいては大陸と、『ヤマト皇国』との間に国交を開く先駆けとなるために派遣されたものなのです」

「なんと……ではこの船に、我々以外にもヤマトの民が?」

「ええ。後程お会いできるように場を設けましょう。それで、いかがでしょうか? 見たところ、あなた方の船は……失礼ながら、到底航海を継続できる状態にはなかったかと思うのですが」

「……頼めるのであれば、よろしくお願いしたく存じます。無論、国に戻ってからであれば、相応の礼はさせていただきますので」

 こうして僕らは、『ヤマト皇国』に到着する直前、予定外に6名の乗員を迎えることとなった。

 ドナルドとオリビアちゃん曰く、彼らはひとまず、元々乗っていた漁師たちと同じ扱いにして、使ってもらう部屋もその近くに設定しておくらしい同郷ということで、交流するなりなんなりして互いに励まし合ったり、精神を落ち着けることができれば、という思惑のようだ。

 同行させる場合はそういう感じで行く、って事前に聞いてた。

 さらに……予想外に、どうやら『キョウ』とかいう――やっぱ『京』かな?――国の中枢か、それに近い場所にコネクションを持っているらしい人を助けて、恩を売ることができた。
 今後の交渉のとっかかりとしては、かなり有効な手札になるだろうとのことだ。

 ま、その辺をどう生かすかは、外交担当になるドナルド達の領分だろうし、任せるとして、この件はひとまず一件落着……

 ……かと思われた、その時だった。

 
 ―――ピピピピピピ!!  ピピピピピピ!!

 
 突然、僕の『マジックスマートフォン』……通称『スマホ』から甲高い音が鳴り響き、部屋にいた全員の視線が僕に集中する。

 いきなり変な音がしたんだからそりゃ当然だが……しかし、彼ら彼女らの視線に込められている感情は、『ちょっと電源切っといてよ(意訳)』とかではなく……『何があった!?』だ。

 これも事前に、というか、出向前に打ち合わせの中で知らせておいたことなんだが……僕のこの『スマホ』が通信用のマジックアイテムであることは皆知ってる。
 加えて、着信音の種類によってどういう案件か異なるということも。

 通常の僕のスマホの着信音は、黒電話風のベル音だ。音量はどっちかっていうと控えめの。

 だが、今鳴った音は、甲高くて音量もやたら大きい電子音。
 この音が意味するところは……

(オルトヘイム号のメインコンピュータールームの、クロエから……緊急事態発生の合図?)

 ちょっとごめん、と一言断って、鳴り響いているスマホに出ると、すぐさまその向こうに、今もオペレーターをやってくれているクロエの声が聞こえた。

『ミナト、こちらクロエ。聞こえる?』

「聞こえてる。用件は? 何かあった?」

『レーダーで見つけた。進行方向に魔物が出現! 見たこともない種類で……リュドネラに調べてもらったけど、データベースに該当するような特徴の魔物もなし。もしかしたら、アルマンド大陸にはいない種族かもしれない。かなり大型の蛇みたいな見た目、数は6。まっすぐこっちに向かってくる。移動速度から見て、接敵まで推測10分弱。至急通知と確認お願い!』

「了解。ドナルド達に伝えた後に確認する。大型の蛇みたいな魔物ね」

「…………! 大型の、蛇……!? まさかッ!」

 すると、僕がつぶやいた言葉を聞き取ったらしい、陰陽師のロクスケさんが、はっとして何かに気づいた様子で声を上げた。



 ドナルドを含め、その場にいた全員に、今の報告について知らせた後、僕らは甲板に上がってその魔物の姿を確認することにした。

 その際、どうしてもとロクスケさん達が一緒に行きたがったので、彼ともう1人、『ゴン』という名前らしい、一番年若い少年が肩を貸して一緒についてきた。
 どうやら、その『大きな蛇のような』ってところに、何かしら思い当たることがあったらしい。

 ……しかし、この『ゴン』君、他の人たちと同じように衰弱してたのに、回復早いな? こうして、自分と同じか若干大柄なくらいのロクスケさんに肩貸して歩けるくらいにまで、もう回復してるなんて。医務官の人も少しびっくりしてた。

 ……その時一緒に聞いた感じだと、どうやら彼だけが、純粋な人間じゃない可能性があり、恐らくは『亜人』の類だっていう見立てだったんだけど……そのせいかな?

 ともあれ、そんな2人と一緒にこうして甲板に出て来た僕らは……こっちは6隻もの軍艦だってのに、全く怯むことなく突っ込んでくるその『蛇』の姿を目にした。

 確かに蛇みたいな見た目だ。それも、かなり大きいな……太さ1m弱くらいはあるか?
 青魚を思わせる感じの、水にぬれて銀色に光る鱗に全身を覆われている。顔は……何か妙な感じだな、蛇と魚を足して2で割ったような、奇妙な見た目だ。口に覗く牙は、凶悪なまでに鋭い。

 確かに、見たことない魔物だな……クロエの話じゃ、師匠の所の資料を入力して作ったデータベースには、似たような魔物はいなかったって聞く。まあもちろん、単に師匠が見たことない、知らないだけで、『アルマンド大陸』にもいる種かもしれないけど……と、思ったんだが、

「あれは……! 間違いない、みずち!」

「知っているんですか、ロクスケさん?」

 ……どうやら、クロエの予想で合っていたらしい。

 隣で支えられながらどうにか立っていたロクスケさんから、そんな言葉が聞こえて、必然そっちに全員が注目する。

 ロクスケさんは、怨敵を前にしたようにあの魔物……『蛟』という名前らしいそれを睨んでいる。いや、よく見るとその隣にいるゴン君も同じっぽいな。

「ええ、知っていますとも……何せ我々は、あ奴に襲われて遭難していたのですから」

「そうなんですか!?」

「ええ。妖怪『蛟』。海にも川にも現れる凶暴な妖怪で、蛇のように陸上でも水中でも自在に移動できるため、わが国では恐れられているのです。人間はもちろん、大型の家畜なども絞め殺して貪り食いますから。もっとも、さすがに我らの船を襲ったのと同じ個体ではないでしょうが……」

「ん? おい待てよロクスケ! あいつらの後ろにまだ何かいるぜ!?」

 と、肩を貸しているゴン君が、ふいに何かに気づいたように叫ぶ。

 それを聞いて、とっさに僕も目を凝らしてみると……ホントだ。何かいる。
 『蛟』たちの少し後方、水中を潜水する形で進んでる……かなり大きいな? けど角度が悪い……海面に太陽光が反射して、波もあるから、シルエットがよく見えない。

 しかし次の瞬間、そいつは自分から水面に出てきてくれた。
 その姿を目にすると同時に、ロクスケさんとゴン君が『何ッ!?』と同時に声を上げた。

 出て来たのは……『アルマンド大陸』で言う、『トロール』みたいな魔物だった。
 禿げ上がった頭に、全体的に丸い肥満体型の体。醜い顔に、丸太のように、という言葉すら不足なぐらいに太い腕。濁った音の咆哮を上げるところなんかもそっくりだ。

 ただ、大陸のトロールは水中に出たりはしないし、手に水かきがついてたりもしないが。
 肌も寒々しい感じの青緑色だし……ありゃ何だ?

 巨体にふさわしく、ばっしゃばっしゃと大波を立てながら、かき分けるように泳いでくるその姿を見て……ふと思う。

 ……仮にあれも『妖怪』だとすると。
 禿頭、海に出る、巨体……もしかして。

「バカな……『海坊主』!」

「嘘だろ、何でこんな時にあんなバケモンが……!」

(やっぱ『海坊主』か!)

 海で坊主の妖怪っていったらこれかなー、と思ってたらビンゴだったよ。マジか、あんな感じなんだリアル海坊主。醜い。

 どうやら『蛟』共々こちらの船を獲物としてロックオンしているようで、どんどん近づいてくる。
 巨体に似合わず速いな……泳ぎの形とかはめちゃくちゃなのに。何か魔法か、あるいは能力とか使って加速してるんだろうか?

 まあいいや、向かってくるなら迎撃するまでだ。

「ちなみにロクスケさんにゴン君、あの魔物も、あなた方の所にはよく出る種類ですか?」

「んなわけないだろ! あんなの海に出る妖怪の中でも特に危険な奴の1つだよ! そうそう出くわすようなもんじゃないし、むしろ出くわしたら最後だっていうくらいの……あ、す、すいません」

「いや、いいから今更取り繕ってもらわんでも。緊急事態だしね」

「あ、そう、ありがと……って、何であんたそんな落ち着いてんだよ。今の状況わかってんのか!?」

 なんか微妙にお仕事モード解除した感じで返していたドナルドだが、気づいてないのか気にしてないのか、ゴン君は必死に今見ているあの魔物、もとい妖怪の危険度を説く。

 いわく、海坊主は、人間を食うとかそういうわけじゃないらしいが、縄張りに入り込んだ者は決して逃がさず許さず、大型の船すら沈没させてしまうという。
 今言ったように、『海で出くわしたら最後』とまで言われて恐れられているそうな。

 アルマンド大陸で言う所の『クラーケン』みたいな扱いかな? 出会ったら最後の海の悪魔。

 しかしするとひょっとして、その周辺にいる『蛟』は、おこぼれをもらおうとしてるんだろうか? 食べられずに海に捨てられっぱなしになる人間や船の積み荷を狙ってる、と?

 そんなことを考えていると、何か意を決したような表情になって、ロクスケさんがこっちを振り返り、

「ドナルド殿、あの妖怪に関する知識を持つ者として、厚かましいことかもしれぬのは承知でご助言申し上げます。奴は……『海坊主』は危険だ、大型の船もその剛腕で軽々沈めてしまう……戦うべきではない。ここは逃げの一手を打つ他ありませぬ」

「なるほど……しかし、明らかに我々のこの船よりも速さは上です……逃げるのは難しいかと思われますが?」

「戦いを挑むなどなおのこと勝ち目はありませぬ。……申し上げづらいのですが、我々の乗ってきた船を含め、いくつかの船を囮にして、その隙に貴殿らの乗る船が逃げるしかないかと」

 曰く、今までごくわずかにある、『海坊主』に出くわして生還した例は……どれも、複数の大型船で進んでいた時のことであり、その時も同じように『囮』の船を用意して対処したらしい。

 本当に大事な積み荷や、偉い人が乗っている船を真っ先に荷がいて、残りの船は乗員ごと囮にして『海坊主』にぶつけたそうだ。

 食べるわけじゃなくても人を乗せておくのは、空船を壊しても海坊主は満足しないからだそうな。まんまと別の船に乗って逃げている奴らを叩きつぶして沈めてしまうまで追ってくる。

 しかし、人の乗った船を何隻も沈め、ある程度こちらに血を流させることで、十分に縄張りを侵した『罰』になったと判断して引っ込んでくれることもあり、先に述べた例はそうして助かったんだとか。

「要するに……生贄ってわけか。物騒な対処法だ……好き好んでやることじゃないな」

「好き好まずとも、それしか方法はありませぬ……道に外れたことを言っているのは承知ですが、どうかここはご決断を……」

 口では言いつつも、本心ではこんな方法を提案したくはないんだろう。悔しそうに唇を噛みしめ、それでも一言一言はっきりと、こっちの目を見て提案してくるロクスケさん。

 しかし、ドナルドはそれに対して、ぽん、と肩を彼の手に置き、

「心配ご無用。その必要はありません」

「は? な、何を言って……何か、他に手があると?」

「そんな生贄など用意しなくても、普通に倒せばいいということです。こちらには、きちんと腕の立つ用心棒もいますからね。ってことでミナト君、お願い」

「了解。じゃあ、ちょっと行ってきます」

 そう、軽い感じのやり取りの後、船の手すりを乗り越えようとしている僕に気づき、ハッとしたようにロクスケさんとゴン君は、あわてて僕の肩をつかんで止めてきた。

「な、何する気だよ、あんた!? まさか、まさか『海坊主』と戦う気なのか!?」

「なっ……馬鹿な真似はよせ! ミナト殿、と言ったか、あれは人が戦えるような相手ではない、それこそ、『ヤマト』のどこかにいるとされる大妖怪などでもなければ、何もできずに海の藻屑になるだけだ。ましてや海に飛び込んで戦うなど、その前に『蛟』に食われるぞ!」

 あ、人はともかく、戦えそうな『大妖怪』ってのがいるんだ? ますます興味がわくな。

「大丈夫ですよ、こう見えても僕、それなりに腕に自信はありますから。待っててください」

「あっ、ま、待て!」

「お、おいっ! くそっ、仕方ねえ……!」

 ちょっと強引だったかもしれないが、僕はロクスケさんの腕を振りほどき、そのまま船から飛び降りて……こないだと同じように、水の上に『着地』して立つ。

 そしてそのまま、走り始めたわけだけど……それと同時に、視界の端に何かがふわっと飛んで、ないし浮いているのが見えて、思わずそっちに視線をやった。

 するとそこには……なんと、人が1人、悠々と座れるくらいの大きさの木の葉の上に乗って、ふわふわと魔法の絨毯みたいにして飛んでいる……ゴン君がいた。え、何それ!?

「何だあんた、そんなことできたのか。大陸の人は変わった特技持ってんな……天狗みてーだ」

「君こそ何それ? え、その葉っぱ、マジックアイテムか何か?」

「まじ……何だって? いや、これは自前の術だよ……俺だって一応『化け狸』って妖怪だからさ、このくらいの術は修めてるさ」

 そう言うと同時に、ゴン君の腰とお尻の間あたりから、タヌキの尻尾がひょいと出て来た。

 え、そうなんだ。狸って……いや、医務官の人の報告から、亜人、ないしは『妖怪』じゃないかとは思ってたけど、『化け狸』とは。古風と言うか何というか。

「で、何でここに? 船で待っててくれてもいいんだけど……君も戦うの?」

「んなわけないだろ! あんたを助けに来たんだよ、ほら帰るぞ! こんなところでボーっとしてたら、いくら海に沈まなくても普通に『蛟』に食われちまうよ!」

 あー、そっちか……信用されてないなあ。
 いやまあ、心配してくれてるのはわかるから、悪い気は決してしないけどさ。

 ……しかし久しぶりだな、他人にこんな風に心配されるなんての……僕がSSランクになって、名前が売れてきてからはほとんどご無沙汰だった感じだけど。大抵の人は僕のランク聞くと『じゃあ大丈夫か』ってなっちゃうもんな。むしろ、戦いぶりを見物しようとかするし。

 SSランクになって以降も心配してくれたのなんて、シャラムスカの時のソニア達や、フロギュリアで会った『慈愛と抱擁の騎士団』のノウザーさんくらい……いや、ノウザーさんはアレは、全方位に隙間なく心配と言うか気配りしてる紳士だったから、ノーカンかもだな。

 それに、心配されたとしても、『いくら強いって言っても万が一ってこともあるし』って感じで、きちんと僕自身の強さは前提にはあったから……僕がどのくらい強いかって知らない人、予想自体出来ない人がこうして心配してくれるって、いつぶりだろ?

 っとと、んなこと考えてる間に、先行してる『蛟』たちとそろそろ接敵するな。

「おい、何やってんだよ早く乗れって! このままじゃ……」

「大丈夫大丈夫、気持ちだけ受け取っとく、ありがとう。というか……あくまで僕の相手は『海坊主』であって、『蛟』は特に気にする必要もないからさ、実は?」

「は!? お前何言って……」

 と、ゴン君が言い終わるより先に、ギュン、と空を切る音を響かせて、僕と彼の間を何かが超高速で通り抜けていった。
 そしてその射線上にいた『蛟』の一匹……その頭に命中し、爆散させる。

 僕らのはるか後方、船の上から、ナナが放ったスナイパーライフル(型のマジックウェポン)での一撃が。放たれた魔力弾が、寸分の狂いなく、『蛟』の眉間を射抜いたのである。

 そしてそれは繰り返される。
 ここからじゃもう銃声は聞こえないけど、2発目、3発目と放たれていくそれは、一撃一殺って感じで『蛟』を減らしていき……ついに、僕らの所まで1匹たりとも生きてたどり着くことはなかった。ナナが全部仕留めてしまったので。

 一応、その防衛線を抜けても僕が仕留めるつもりでいたし、万が一僕でも仕留めきれなかったり、迂回して船を目指すようなのがいれば、アルバが待ち構えて弾幕で歓迎しただろうけど……杞憂だったみたいだな。

 さて、じゃ、残るはあのトロールもどきだ。

 隣で驚きのあまり硬直してるゴン君がまだ再起動してないので……余波食らうとまずいな、速攻で決めよう。

「見た感じ、推定Sランクそこそこってとこか……1人で出くわしてたら、ゆっくり戦ってじっくり観察とかして見てもよかったんだけど、仕事中だからね、今。悪いけど……」

 最後まで言わずに、僕は急加速して一気に『海坊主』に接敵。
 いきなり近づいてきた僕に、海坊主が反応して腕を振りかぶり……拳骨を振り下ろす。

 それを僕は、あえてよけず……

「――っしゃぁらっ!!」

 上段の回し蹴りで、真正面から蹴り返した。力ずくで。

 バギィン! と壊滅的な音がひびき……振り下ろした『海坊主』の拳が砕けた感覚を、僕は足で感じ取った。その拳が、ボールみたいに勢いよく逆方向にぶっ飛ばされたせいで、『海坊主』はぐらりとわずかに体勢を崩す。

 いきなりのこと過ぎて、何が起きたのか理解が追いついていないらしい。その顔には、困惑が張り付いている……と、思う。
 拳が砕けた痛みも、まだ感じていないようだ。

 そもそも、目の前にいるこの、自分の何十、何百分の一しか大きさのない僕が、自分の拳を今、力で上回って蹴り返したんだってことを、果たして理解できるかどうか……

 ま、できようができまいが、どっちでも変わらないけどね……その前にトドメさすから。

 『海坊主』が呆気に取られて完全に僕の存在を忘れてしまっているこの隙に、僕は跳び上がって、その眉間のあたりに着地する。
 そして、いつだったかの模擬戦の際、アクィラ姉さんの召喚した『グランイフリート』に対してやったように……


 ――ズ ド ォ ン!!


 そこに『震脚』――平たく言えば、強烈な踏み込みを叩き込んだ。魔力もきっちり乗っけて。

 ただの力任せではなく、『鎧通し』の応用で、衝撃が突き抜けていくように放ったその一撃は……頭蓋骨(多分ある)の向こうの脳を破壊し、さらにその向こうの延髄と、多分背骨にまで届いて、内部からズタズタにした。

 一拍間を置いて……僕が次の瞬間に起こることを予見し、素早く跳んで空中に退避した。

 直後、『海坊主』は……目から、耳から、鼻から、口から……どばっと大量の血液の他、よくわからない体液まで色々混ざったものをまき散らして、あおむけに倒れ、そのまま動かなくなった。

 こうして、僕の、対『妖怪』の初陣は……仕事の最中で、船や、追って来てくれたゴン君に被害を出さないように、極めて迅速に終了したのだった。

 バトル自体に目新しさは……特になかったな、残念ながら。



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