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第18章 異世界東方見聞録
第379話 サクヤ・リザレクション
しおりを挟む【治療18日目】
「……念のため聞くけど」
「うん」
「これはあくまで『治療』してるのよね? 『改造』してるんじゃないわよね?」
「誓って違うから安心して。最後の追い込み中なの今、マジで」
と、目の前の光景を見て秒で聞いてきた我が嫁に、きちんと誠心誠意説明している僕です。
いやまあ、気持ちはわかるけども。そう聞きたくなる、確認しておきたくなる気持ちは。
……この光景を見ればさ。
僕らの目の前にあるのは、巨大なビーカーみたいな、透明な円筒形の容器ないしカプセルのついた機材だ。カプセルの中は、澄んだ緑色の液体で満たされている。
この液体は、様々な種類の魔法薬の成分を溶かし込んだ複合溶液である。傷の治癒はもちろん、解熱、解毒、疲労回復から、必要に応じて栄養分の補給に至るまで、皮膚及び粘膜からそれらを取り込む形で行うことができる。酸素も溶け込んでいるので、肺の中に溶液が入っても溺れないし、皮膚呼吸も維持できる。また、温泉みたいに古くなった角質を分解したり、代謝を促進して体組織を活性化させたり、たまった老廃物を吐き出させてデトックス、なんてことまで可能だし、そういった効能を後付けで追加したり、成分を消費する傍からリアルタイムで補充していくこともできる。
さらには、溶液中に無数のナノマシンが放たれているので、成分の作用や吸収の微調整も効く。
そして、そんな液体で満たされたカプセルがくっついているのは、当たり前だが僕が作った発明品である。中身の液体も含めて。
SF色の強い漫画とかアニメでよく見る、カプセルの中に入って治療する、回復マシーン的な奴をイメージして作った。
外付け式になっている操作用パネルとか、薬液を補充する注ぎ口があり、これらを使うことで、中身を調整したり、入っている者をどんなふうに治療したりするか選ぶことができる。
なんでこんなものを作ったかと言えば、趣味である。それ以外に理由はない。
ちなみに名前もない。つけるの忘れてた。
で、もうお分かりかとは思うが……今、この中に、薬液で満たされたカプセルの中に、サクヤさんは入っている。全裸で。
その体には、点滴の管とか針はないが……代わりに、バイタルの計測と『遺伝子情報転写霊力』注入用の電極がいくつもくっついている。
どう見ても、戦うために生み出されたアンドロイドかホムンクルス的なものを保存、ないし培養してる容器っぽい見た目だよね。悪の科学者とかが研究の末に作り上げた的な。
あるいは、悪の組織に捕まってしまい、監禁、あるいは改造手術を施されているヒロインか。全年齢向けでも18禁でも、この後絶対ろくなことにならないやつ。
……どっちにせよまともなもんじゃないな。
治療が最終段階に入ったってことで見に来たらしいタマモさん達も唖然としている。
小さい声で『早まったかしら』って言ってたの、聞こえてました。
お見舞いを兼ねて来た、エルクを始めとした他の皆もそんな感じだ。
ギーナちゃん。心配なのはわかるけど落ち着け、大丈夫だから。
これ拷問じゃないから。呼吸できるから水中でも。きちんと治してるところだから。
なお、ザリーとミシェル兄さん、ドナルドは、治療中で半裸あるいは裸でいる可能性が高いってことで、気遣いを見せて部屋の外で待機している。
そして、代表して確認役として入ってきたオリビアちゃんはきちんと絶句している。
そんな中で平常運転なのは、まあ、この医療に携わってるスタッフくらいだな。
カルテを書き込みながらカプセルの中のサクヤさんを観察しているネリドラに、精神体になって機器内に入り込み、電極を介して観測しているバイタルデータを集計しているリュドネラ。操作用パネルをいじっている僕に、薬液の成分量を調整して調合し、追加・補充している師匠。
僕ら一同、1日も早いサクヤさんの回復のために、心を一つにして頑張っています。
それと、さっき言った通りこの機械は趣味で作ったものであり、今まで出番はなかった。
ポーションとか魔法薬で大抵の傷は治るし、ちょっと重傷でもささっと外科処置を施して、同じように魔法薬で傷を塞げばいいだけだったから。
加えて、この薬液、汎用性は反則レベルな代わりに、コストがバカ高いんだよね。
素材とかがね……原価でも、1リットルあたり金貨1枚くらいするんだよ。それを、カプセル一杯+循環による浄水作業用も含めて、約900リットルほど必要になる。
……金貨900枚。
日本円で9億円。
一回の治療に9億円。
……まあ、場合によってはこれでも安いっていうケースとかもあるかもしれないけどさ。
とりあえず、日常的に使うものとしてはちょっと論外だろう。他に代替できる治療手段があるなら、なおさらだ。
けどまあ、素材は全部『カオスガーデン』でそろうから、自家製のもので作れば、大幅にコストダウンはできるんだけどね……今使ってるものも、そうして用意したものだし。
……話が脱線したので元に戻すが、そんな、コストその他の理由で今まで使わなかったこの機材をどうして今使うことにしたのかと言えば……こないだ言った、栄養補給の問題を解決するのに、これが一番効果的だったからだ。
経口摂取でも、点滴でも、最早補充が追いつかない。
なら、全身から栄養分を取り込めるようにすればいい。そういうことだ。
今、サクヤさんは全身の皮膚や粘膜から、薬液に溶け込んだ栄養分を吸収し、全身にいきわたらせ、さらに傷口に送って再生のための力に、材料にしている。絶え間なくその流動を続けている。
さらにその体内では、『ベルゼブブ』がバリバリ働いて再生を促進し、その再生の設計図となる『遺伝子情報転写霊力』も絶え間なく注ぎ込まれている。ここに来て、再生は加速している。
この他に、再生に肉体をついて行かせるために、もう1つある処置を施したんだが、それについては……現状、上手くいってはいるものの、少し不安が……ない、と言えば嘘になる。
なので、きちんと注意深く観察中、というわけだ。
何せ、超久々に……『他者強化』使ったからな。
僕が、相手の体に触れて、『魔粒子』を直接流し込んで強化するアレを。
肉体の様々な機能を強化できて便利かつ強力な技ではあるんだが……反面、この技には副作用と言うか、副次効果がある。相手の肉体、ないしは遺伝子の奥底に眠る『才能』や『可能性』を叩き起こしてしまうかもしれない、という効果が。
もう、だいぶ前のことにはなるけど……『邪香猫』メンバーの中には、コレで才能その他が覚醒した者も結構多いんだっけな。
ザリーやシェリーみたいに、単に眠っていた才能がたたき起こされて、能力が上がっただけの者もいれば、ミュウやシェーンみたいに、今既にある技能が成長した者もいる。
けど、こんなのはまだ軽い方だ。
ナナは記憶喪失が治ったし、当時まだランクBの『アルラウネ』だったネールちゃんは、ランクAAの『フェスペリデス』に進化した。そして何と言ってもエルクは、『先祖返り』の力に覚醒した……とまあ、ぶっちゃけ何が起こるかわからないと言っていいところがある。
マイナスに働くような効能は今のところないから、大丈夫だとは思うけど……。
【治療21日目】
とうとう、この日が来た。
それが起こったのは、治療中ではなく、皆が寝静まっている夜中だった。
サクヤさんには、『容体とか症状とかで何かあったら押してね』って、ナースコール的な役割をするブザーを渡していた。それについているボタンを押すと、僕らのうち、医療関係者の『指輪』から、本人にしか聞こえないコール音が鳴り、同時にオープンチャンネルでの念話が作動するようになっている。
今日の夜中、日付が変わったくらいにそれが初めて使用され、急いで着替えて彼女の部屋に集合した僕らは、寝床でもだえ苦しんでいる彼女を発見した。
「容体が急変したとか、命に関わる症状が出たとかいうわけじゃなさそうだな」
「ですね。『念話』で呼びかけてもほとんど応答がなくて、あっても『よくわからない』とかだったから、何かヤバい事態かと思って急いできましたけど……ていうか、これって……」
「脱皮の直前、の症状……?」
ネリドラの言う通り、今のサクヤさんの状態は、これから『脱皮』が始まる時のそれに酷似していた。……毎度毎度『治療』の時にそうなるもんだから、見慣れてるんだよなコレ。
けど、何か……いつもとは違うような……?
呼吸が浅くて早い。脈拍も同様で、体温も高め。意識はあるようだけど受け答えが少々難しそうで、肌はしっとり……を、通り越して、汗でペタペタしている感じがする。
寝ている布団を触ってみると、汗が染み込んでぐっしょり濡れていた。
ちょっと待て、どれだけ寝汗かいたらこんなになるんだ!? 絞れそうなくらいだぞ!?
顔色も悪い。直前に見た症状と合わせて考えると、明らかに脱水症状になりかけている。
経口補水じゃ間に合うか怪しかったので、急遽例のカプセルを取り出して中を液で満たし、服をはぎ取って裸にして、素早く電極をつけて、サクヤさんをそこに入れる。
その直後、パネルを見て……驚いた。
サクヤさんは今、かつてないくらいの勢いで、液中に溶け込んでいる栄養分を吸収していた。同時に、薬液そのものをも水分として吸収している。飲み干さんばかりの勢いで。
ネリドラとリュドネラに頼んで、薬液と、そこに溶かす養分を補充してもらう。
どんどん養分と水分を吸収していくサクヤさん。ひょっとしたら、治療のラストスパートをかけていて……その分、栄養を欲している状態なのかも。
……だというのに、顔色は一向に良くならない。
「もうすでに、普段の『治療』数回分の養分を吸収してるのに、何でまだ苦しそうなんだろう……食べ過ぎ、ってわけじゃないと思うけど……」
『ねえちょっとミナト。今このサクヤさんの様子をモニタリングしてみたんだけど、おかしいよ』
「? おかしいって、何?」
マシンに潜り込んで直接コントロールしているリュドネラが、何かに気づいたようだったので、気になって聞き返すと、リュドネラは画面にそのデータを表示させながら答えた。
『栄養はどんどん吸収してるのは見ての通りなんだけど、その消費してる場所がおかしいの。普段の『治療』の時は、経皮摂取した栄養が体中を流動して通って、適宜消費されつつ、主に患部で腕の再生に使われてたけど、今回は腕だけじゃなくて体全体で栄養を消費してる。加えて、細胞分裂の速度が異常なまでに早くて活発で……発汗もすごいし、代謝機能全てが異常なほど活性化してるような……これってまるで、体の細胞全部を全とっかえしてリフレッシュしようとしてるみたい』
……何だそれ? サクヤさんの体に一体何が起こってるんだ?
よく見てみると、確かに栄養分を体全体で消費して、かなりの速さで……それこそ、僕が特別製の魔法薬で急激に傷を治したりする時のような感じで、細胞分裂と代謝が進んでいる。
腕の再生に比べれば微々たる量ではあるけど、それでも……いやでも、まてよ?
「このバイタルパターン、前にどこかで見たことあるような……?」
確かに体全体で代謝が進んでるけど、それらが全体的に凝縮されていくような感じに見える。
再生とか細胞の全とっかえと言うより……体の中に、もう1つ体が作られていくような……
「おい弟子、コレあれじゃねーか? ほら、前にお前がカブトムシの蛹拾って来た時の……」
「……あー! それだ! ナイスです師匠!」
言われて気づいた。この反応……以前、僕が『ビート』達を助けた時に見たそれに似てると。
もう随分前だが……当時僕は、『デスコクーン』という魔物を、研究材料として拾って来た。
その魔物は、羽化に失敗した昆虫型モンスターの成れの果て、という感じであり……凶暴で強力ではあるが口がないため食事ができず、非常に短い寿命で死に至る。いわば失敗進化だ。
蛹のまま、成虫になること叶わず死にかけていたそれらを、実験がてら色々やってみた結果、尽きかけていた命が回復し、無事に成虫に……『サンライトエンペラービートル』を含む、強力な昆虫系の魔物たちに進化を遂げた。そいつらは今、拠点周辺の森に平和に暮らしている。
で、その『色々』やってる時に観測していたバイタルデータと、今のサクヤさんのそれが似通ってて……ってことは彼女、蛹にでもなろうとしてるのか?
いや、違うな。奴らが『羽化』する直前のそれと似てるってことはつまり……
「蛹から成虫に『進化』するのに比肩するほどの変容を起こそうとしている……と?」
「体構造にそこまで大きな変化はないようだし、ホントに『進化』するわけじゃないみたいだがな……だが、単に活性化しているだけどもまた違うようだが……」
「……単に、体質が改善されているだけ、みたいにも見える」
『そうだけど、ただの体質改善でこんな急激な変化はないよね。誤差の範囲超えて……ん? ちょっとまって。そうか、これもしかして……体がただ真っ当に『成長』しようとしてるのかも』
と、リュドネラ。どういう意味だろう?
「サクヤさんって、長いこと『ハイエルフ』の奴隷だったんでしょ? そのせいで、本来この体に期待できる成長ができていなかったんじゃないかな? ホラ、成長期に十分な栄養を取らないと、背も伸びないし肉もつかないしで、発育に悪影響でしょ? あの連中に使役されてる状態で、食事はもちろん、生活環境自体最悪だっただろうから……」
「そうか……もしその時に十分な栄養とかを摂れていて、真っ当に成長していたら、このくらい強く育っていただろう……っていうレベルまで体が、回復ついでに成長しようとしてるってことか」
「いや、それだけじゃねえ……おそらくその水準に、お前がやった『他者強化』による才能の覚醒まで盛り込まれてる。眠っていたそれにもよるが、こりゃ進化と変わんねえレベルだな。だが……」
つまりサクヤさんは、単に今の体に手が4本増えただけ、とかじゃなく……才能や潜在能力が限界まで覚醒した状態での『全快』まで体が治癒しようとしてるってことか。
たしかにそれは……凄いことになるかもだな。
「……だが、こりゃ恐らく……足りてねえな」
「足りてない?」
「見ろ」
そう言ってパネルを指さす師匠。
すると、さっきまで急激に行われていた養分と水分の吸収が、随分と緩やかになっていて……やがて、止まった。
これってつまり、十分な栄養がたまったってことか?
「栄養分、水分、さらにはそれらを用いた『治療』『再生』はすでに必要な水準まで至っている。だが、なまじ回復の水準を爆上げしたせいか、覚醒に至るまでのあと一押しが足りないみてーだ」
「栄養も水分も足りてる、治癒しきったってことは、時間もこれ以上は必要ない。となると……」
『足りないのは……魔力ってこと?』
「いや、違う。サクヤさんは妖怪だから、足りないのは『魔力』じゃなくて……」
そこで『最後の一押し』何が必要なのかを理解した僕は、装置からサクヤさんを引っ張り出し……裸で、体が濡れたままではあるが、気にせず抱き抱えるようにする。
その状態で、僕は、魔力に『魂の力』を混ぜ合わせ、大量に練り上げた『霊力』を、彼女の体に注いでいく。
案の定、サクヤさんは待ってましたとばかりに、注ぐ端から『霊力』を飲み込んでいく。
妖怪は、生態ないし生命活動そのものに『妖力』が密接に関わっている。体が変容しようとしているなら、その分『妖力』も必要になるのは当たり前だ。
僕は妖怪じゃないから『妖力』を練ることはできないけど、『妖力』と『霊力』にはある程度互換性がある。これでも十分に不足分は補えるはず。
今までは治療の際、一緒に『遺伝子情報転写霊力』を流し込んでたから、それで必要な分の霊力を補充できてたんだけど……今回は足りなかったみたいだな。
(けど、結構、吸収しきれずに霧散しちゃってるな……。まだまだ僕は魔力に余裕はあるけど、もうちょっと吸収しやすい形にした方がいいか)
単に消化・吸収する側の問題なのか、注ぎ込み、飲み干した分の霊力のうち、何割かが吸収しきれずに空気中に霧散してしまっている。もったいない。
食べ物を消化しやすくするには、よく噛んで、細かく噛み砕いてから飲み込むこと。
なら、『霊力』をもっと吸収しやすくするには……細かく……そう、細かくすればいい。
ただ、霊力を練り上げて渡すだけじゃダメだ。もう一手間加える。
魔力ではなく、それを極小の粒子状にした『魔粒子』を作り出し……そこに『魂の力』を込める。結果、出来上がるのは……魔粒子の霊力版。魔粒子ならぬ……いわば『霊粒子』。
それをサクヤさんに注いでみると……さっきまでの何倍もの勢いで取り込んでいく。
まるでスポンジが水を吸うような、砂地に水が染み込むような感じで、吸い上げたそれを、体中に行き届かせている。経絡系もそれ以外の肉体の部分も関係なく、体全体で吸収し、余すことなく血肉にしていく。さっきまであったようなロスもほとんど見られない。
「はあぁぁ……くふ、ふあぁぁあ……!」
サクヤさんはというと……また何か声が漏れ出て、顔を赤くして悶えているけども。
けど、色っぽい感じというよりも、極限までリラックスして気持ちよくなった、って感じの声に聞こえるな……まるで、温泉につかっているみたいな。全身の筋肉が解きほぐされて、疲れが一気に取れて抜け出ていくような……そんな感じに見える。
まあ、一気に体全体をリフレッシュ、あるいはリビルドしようとしてるわけだから、それもむべなるかな、って感じなのかもしれないけど……と、僕が思っていたその時、
――ぴきっ!
腕の中のサクヤさんから、そんな音がした。
はっとして見て見ると、彼女の背中がひび割れていた。
――ぴき、ぴきぴきぴきぴきっ!!
僕の見ている前で、どんどんそのひびが大きくなっていき……同時に、かつてない勢いで急激に僕の体から霊力、ないし霊粒子を吸い取って……ってちょっとまて!? 『僕の体から』!?
ちょ、サクヤさん今、僕が注ぎ込むのを待たずに、僕の体の中から霊力とか無理やり強奪してないか!? 生まれる前の子供が母体から栄養をガメるみたいに、必要な『霊力』を僕から得ようとして、いわゆる『ドレイン』みたいな感じで……え、君こんなことできたの!?
ていうか、ちょっとマジで待って!? このペースで吸い取られると霊力も霊粒子もなくなる!
慌ててもっと大量に『霊粒子』を練り上げる。練り上げた端からまた吸われる。
常人ならとっくに致死量だ……膨大な魔力を持ってる僕だからまだまだ大丈夫だけど……。
「……ある種の蜘蛛って、生まれる瞬間まで卵を母親が腹の中で守るんだけどな?」
「何ですか師匠いきなり?」
「生まれた子蜘蛛は、母親の腹を食い破って外に出てきて、そのまま母体を最初の食料にしちまうんだと。この獰猛なまでのエネルギードレイン能力は、その生態を示唆してるのかもしれねえな」
怖いこと言わないで。実際ありそうなだけに余計怖い……と、その時、
――バキッ!
ひび割れていた背中の皮を突き破って、腕が飛び出した。
彼女の……今まであった『2本の腕』と変わらない見た目。肌の質感は、しっとりしてみずみずしく、指先の爪まできっちり形作られた、普通の腕だ。
――バキ、バキバキィッ! バキバキバキバキバキバキィッ!
同じように、2本目、3本目、そして4本目が飛び出す。その直後、一気にひびが頭の後ろから腰の下まで広がり……そこから、まさに蛹から『羽化』するかのように、一気に『脱皮』した。
古い皮を脱ぎ捨てて、サクヤさんがそこから飛びだした。
『生まれた』と言っていいようにすら見えた今の衝撃映像の後、彼女の体を再び抱き留めてよく見ると……その体は、『完全』なものになっていた。
バイタルは正常、顔色もいいし、体温も問題なし。少し呼吸が荒いが、許容範囲内だろう。
腕は……きちんと6本ある。同じ見た目、同じ長さの腕が、上半身に6本だ。
失われた4本の腕は、きちんと再生されていた。
これが……彼女の、本当の姿。本来あるべき形。
そして……恐らく、この『再誕』とすら言ってよさそうな現象の影響か、今まで見たことも無いほどに、彼女の体は生命力で満ち溢れているようだ。見た目は変わらないが、触れている肌を介して伝わってくるその力強さは、気のせいじゃ絶対にない。
そのサクヤさんは、うっすらと目を開けて、僕と目が合ったかと思うと……安心したように、にこっ、と一瞬だけ笑みを見せて…………そのまま、意識を手放した。
気絶……いや、違うな。寝た。
流石に疲れたのか、体が休息を欲したと見える。
……なんか、最後の最後で色々起こって、慌てた場面も多くて、ちょっと大変だったけど……無事に、全ての治療を終えられたようだ。
とりあえず、体をふいて服を着せてあげて……ああ、布団は寝汗でびっしょりなんだっけ。新しいのを敷いて、ゆっくり寝かせてあげないと。
そんなことを考えながら、ふと、抱き抱えているサクヤさんに視線を落とす。
そこで気持ちよさそうに寝ている彼女は、紫肌に6本の腕という異形の姿であるが……そんなことは気にならない、普通にかわいくてきれいな女の子だな、と思えた。
願わくば、これまで辛かった分、『九体満足』となった体で、これから先の人生をエンジョイしてほしいもんだ。
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