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第1章
第2話
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俺は【マスターシーフの書】を大事に持ち帰ると、借りている宿の自室に戻って、さっそくそれを使用した。
クラスチェンジアイテムである【〇〇の書】は、読むことによってその効力を発揮する。
いや、「読む」というよりは、「見る」といったほうが正確か。
ページをめくるごとに神聖文字でずらりと文章が書かれているのだが、この神聖文字を言語として読める必要はない。
条件を満たした者が、そこに書かれている神聖文字を「見る」ことによって、見た神聖文字が光を発して、それが使用者の体に浸透するように入ってくる。
そうして全ページを見終えたときには、クラスチェンジが完了しているというわけだ。
「うおおっ、すげぇ……!」
俺は部屋で【マスターシーフの書】を読み終えたとき、自分の体から力が溢れ出てくるのを感じていた。
レベルアップしたときの感覚と似ているが、それの何倍も強い。
俺は宿を出ると、意気揚々と冒険者ギルドに向かい、受付嬢にステータスの測定を依頼した。
「いらっしゃいませー♪ ステータスの測定ですね。でしたらまず冒険者カードを提出していただいて、こちらのオーブに手をかざしてください。──えーっと、クリード様の職業は【シーフ】、測定前のレベルは30ですね──って、あれ……? ……あの、失礼ですけど、この状態からステータス測定をされるんですか?」
受付嬢が首を傾げる。
まあ普通、下級職のレベル上限である30レベルの【シーフ】には、ステータス測定をする意味はないからな。
俺はニッと笑いかけ、「いいから」と促して手数料を支払う。
受付嬢は少しだけ可哀想なものを見るような視線を俺に向けると、「分かりました。しばらくお待ちください」と感情を殺したような事務的な対応になって、処理を始めた。
そして、待つことしばらく。
「は……?」
受付嬢は、処理後の俺の冒険者カードをまじまじと見て、目をごしごしとこすった。
「えっ……えっ……? 職業:【マスターシーフ】……? うそぉ……? な、何これ……測定用神聖器の故障……?」
俺の冒険者カードと俺の姿とを交互に見て、信じられないという様子の受付嬢。
一方の俺は、彼女には申し訳ないが、ニヤニヤが止まらない。
俺は呆然としたままの受付嬢に、声をかける。
「ステータス測定の処理が終わったなら、冒険者カード、返してもらってもいいかな?」
「あっ……! は、はい、すみません! こちらがクリード様の測定後のステータスが記された冒険者カードになります」
「ありがとう」
俺はそれを受け取り、受付カウンターの前を離れる。
受付嬢は「あ、ありがとう、ございました……?」と疑問符をつけて言いつつ、しきりに首を傾げていた。
──さて、ステータスはどれだけ伸びているかね。
俺は冒険者ギルドに併設された酒場スペースへと向かい、少人数用のテーブル席の一つを占拠すると、上等の酒とつまみを注文する。
それから、あらかじめ記録しておいたクラスチェンジ前のステータスと、あらたに冒険者カードに記された現在のステータスとを見比べた。
【名 前】 クリード
【職 業】 マスターシーフ
【レベル】 30
【筋 力】 28 ← 20 (+8)
【耐久力】 26 ← 20 (+6)
【敏捷力】 45 ← 33 (+12)
【魔 力】 25 ← 19 (+6)
【S P】 10 ← 0 (+10)
「んん……? これは、いくら何でも伸びすぎじゃねぇか……?」
俺は自分の冒険者カードを見て、思わず眉根を寄せる。
ステータスの伸び率が、俺の予想の遥か上をいっていた。
上級職へのクラスチェンジをすると、ステータスが一定程度伸びる。
俺も仲間たちのクラスチェンジによるステータス変化を三人分見てきているから、だいたいこのぐらい伸びるんだろうなという予想があった。
だがどうも、予想していた値の二倍ぐらい伸びている。
それに、SP──スキルポイントの増加量も妙だ。
クラスチェンジで獲得できるSPは、一律5ポイントだったはずだ。
ステータスというのは、一般的には神から与えられた力だと言われている。
「職業」や「レベル」などもそうだが、冒険者の才能を持ったごく一部の人間だけが、この人間離れした力を得ることができるし、伸ばすことができる。
それは「神聖器」と呼ばれる種類のアイテムによって計測され、同じく神聖器である冒険者カードへと自動的に出力される。
これらはいずれも迷宮で発見されたアイテムの複製品だが、計測ミスや出力ミスはありえないはずだ。
少なくとも、そんな事例は聞いたことがない。
となれば、この数値は正しいものと考えるべきだろう。
「ってことは、オリジナルの【マスターシーフの書】を使ったからか……?」
俺はつぶやきつつ、配膳されてきたつまみの皿をフォークでつつき、香ばしく表面が焼かれたウィンナーを口に運ぶ。
噂レベルでは聞いたことがある。
オリジナルのクラスチェンジアイテムを使った場合、冒険者ギルドで複製したものを使ってクラスチェンジした場合と比べて、より大きな力を得られるのだと。
「マジか……ヤベェな……」
俺の語彙力が低下している。
嬉しすぎることが起きると、どうもこうなるらしい。
「まあいいや。次だ」
俺はクラスチェンジによるステータス上昇度合いの確認を終えると、酒とつまみをたいらげ、代金を支払ってから次の行動を起こす。
冒険者ギルドの買い取り窓口へと向かうと、そこで使用済みの【マスターシーフの書】を取り出す。
「第一迷宮のとある場所で【シーフ】のクラスチェンジアイテムを発見した。効力は使用済みだが、これを買い取ってほしい」
「は……?」
買い取り窓口のお姉さんは、目をぱちくりとさせた。
その後しばらく、硬直。
やがて動作停止状態から復活すると、俺に向かっておそるおそる聞いてくる。
「ほ、本物ですか……?」
「ああ。俺自身で実証済みだ」
俺はそう言って、自身の冒険者カードを差し出す。
俺の冒険者カードを受け取った買い取り窓口のお姉さんは、それをまじまじと見る。
「しょ、少々お待ちください……!」
買い取り窓口のお姉さんは慌てて、一般受付窓口の受付嬢のところに向かった。
そこで冒険者カードを見せて何かを聞くと、相手の受付嬢はこくこくとうなずく。
買い取り窓口のお姉さんは、再び慌てて戻ってくる。
「ギ、ギルドマスターを呼んでまいりますので、もうしばらくお待ちください……!」
そしてパタパタとギルドの奥へ向かい、二階へと続く階段を上っていった。
その後、俺はギルドマスターと面通りし、応接室にてあれこれ質問された。
あれをどこで発見したのか、どうしてそこを調べようと思ったのかなどなど、犯罪者への取り調べかよと思うぐらい根掘り葉掘り問われた。
俺が洗いざらい喋ると、ギルドマスターはようやく納得したようで、使用済みの【マスターシーフの書】は三十万カパルで買い取ってもらえることになった。
三十万カパルもあれば、数年は遊んで暮らせる。
冒険者をやめて別の事業を始めてもいいぐらいだが、もちろんそんな選択肢を選ぶつもりはない。
ようやくの想いで、上級職である【マスターシーフ】になれたんだ。
せっかくだから、冒険者として頂点を目指したい。
しかしそのためには、大きな問題が一つあった。
「パーティメンバー、どうすっかなぁ……」
俺は酒場に戻って一杯やりながら、そう独り言ちる。
第三迷宮都市に戻って元のパーティに収まるかというと、少し具合が悪い。
俺が第三迷宮都市を出る段階で、アルフたちは【ハイガーディアン】の新たな仲間を加えることに成功していた。
それからおよそ一ヶ月だ。
今では新たな四人パーティで馴染んでいる頃だろう。
俺が戻れば、もう一度パーティに受け入れてもらえるかもしれないが……。
パーティ人数には、最大四人という制限がある。
これは迷宮の様々な仕掛けが四人用になっていることから、冒険者ギルドが定めた決まり事である。
仮に俺が再び古巣のパーティに受け入れられた場合、今度はせっかくパーティに馴染んだ【ハイガーディアン】の冒険者が路頭に迷うことになる。
それもあまり、面白い話ではない。
もちろん、補欠としてパーティに在籍するという方法がないでもないが、それもなぁ……。
と、そんなことを考えていたときだった。
俺は酒場の隅で起こった、とある騒動を目にすることとなる。
「な、何をするのよ、放しなさい……!」
「へへへっ……いいじゃねぇかよぉ、嬢ちゃんたち。一緒に楽しく飲もうぜぇ?」
「くっ……! 嫌だと言っているだろ! 放せ!」
「そんなつれねぇこと言わねぇでよぉ、一緒に楽しもうぜぇ? ……へへへっ、まだガキのくせに、意外といい体してんじゃねぇか」
「バ、バカなんすか!? ねぇバカなんすか!? 嫌がる女の子を無理やり手籠めにしようなんて、今どきオークやゴブリンぐらいしかやらないっすよ!?」
「へへっ、活きのいいメスガキは嫌いじゃないぜぇ?」
……と、そんな具合で。
三人の駆け出し冒険者らしき少女たちが、別の三人の冒険者の男たちに絡まれていたのだ。
「はぁーっ……まったく、やれやれだ」
俺は大きくため息をついて、席から立ちあがった。
クラスチェンジアイテムである【〇〇の書】は、読むことによってその効力を発揮する。
いや、「読む」というよりは、「見る」といったほうが正確か。
ページをめくるごとに神聖文字でずらりと文章が書かれているのだが、この神聖文字を言語として読める必要はない。
条件を満たした者が、そこに書かれている神聖文字を「見る」ことによって、見た神聖文字が光を発して、それが使用者の体に浸透するように入ってくる。
そうして全ページを見終えたときには、クラスチェンジが完了しているというわけだ。
「うおおっ、すげぇ……!」
俺は部屋で【マスターシーフの書】を読み終えたとき、自分の体から力が溢れ出てくるのを感じていた。
レベルアップしたときの感覚と似ているが、それの何倍も強い。
俺は宿を出ると、意気揚々と冒険者ギルドに向かい、受付嬢にステータスの測定を依頼した。
「いらっしゃいませー♪ ステータスの測定ですね。でしたらまず冒険者カードを提出していただいて、こちらのオーブに手をかざしてください。──えーっと、クリード様の職業は【シーフ】、測定前のレベルは30ですね──って、あれ……? ……あの、失礼ですけど、この状態からステータス測定をされるんですか?」
受付嬢が首を傾げる。
まあ普通、下級職のレベル上限である30レベルの【シーフ】には、ステータス測定をする意味はないからな。
俺はニッと笑いかけ、「いいから」と促して手数料を支払う。
受付嬢は少しだけ可哀想なものを見るような視線を俺に向けると、「分かりました。しばらくお待ちください」と感情を殺したような事務的な対応になって、処理を始めた。
そして、待つことしばらく。
「は……?」
受付嬢は、処理後の俺の冒険者カードをまじまじと見て、目をごしごしとこすった。
「えっ……えっ……? 職業:【マスターシーフ】……? うそぉ……? な、何これ……測定用神聖器の故障……?」
俺の冒険者カードと俺の姿とを交互に見て、信じられないという様子の受付嬢。
一方の俺は、彼女には申し訳ないが、ニヤニヤが止まらない。
俺は呆然としたままの受付嬢に、声をかける。
「ステータス測定の処理が終わったなら、冒険者カード、返してもらってもいいかな?」
「あっ……! は、はい、すみません! こちらがクリード様の測定後のステータスが記された冒険者カードになります」
「ありがとう」
俺はそれを受け取り、受付カウンターの前を離れる。
受付嬢は「あ、ありがとう、ございました……?」と疑問符をつけて言いつつ、しきりに首を傾げていた。
──さて、ステータスはどれだけ伸びているかね。
俺は冒険者ギルドに併設された酒場スペースへと向かい、少人数用のテーブル席の一つを占拠すると、上等の酒とつまみを注文する。
それから、あらかじめ記録しておいたクラスチェンジ前のステータスと、あらたに冒険者カードに記された現在のステータスとを見比べた。
【名 前】 クリード
【職 業】 マスターシーフ
【レベル】 30
【筋 力】 28 ← 20 (+8)
【耐久力】 26 ← 20 (+6)
【敏捷力】 45 ← 33 (+12)
【魔 力】 25 ← 19 (+6)
【S P】 10 ← 0 (+10)
「んん……? これは、いくら何でも伸びすぎじゃねぇか……?」
俺は自分の冒険者カードを見て、思わず眉根を寄せる。
ステータスの伸び率が、俺の予想の遥か上をいっていた。
上級職へのクラスチェンジをすると、ステータスが一定程度伸びる。
俺も仲間たちのクラスチェンジによるステータス変化を三人分見てきているから、だいたいこのぐらい伸びるんだろうなという予想があった。
だがどうも、予想していた値の二倍ぐらい伸びている。
それに、SP──スキルポイントの増加量も妙だ。
クラスチェンジで獲得できるSPは、一律5ポイントだったはずだ。
ステータスというのは、一般的には神から与えられた力だと言われている。
「職業」や「レベル」などもそうだが、冒険者の才能を持ったごく一部の人間だけが、この人間離れした力を得ることができるし、伸ばすことができる。
それは「神聖器」と呼ばれる種類のアイテムによって計測され、同じく神聖器である冒険者カードへと自動的に出力される。
これらはいずれも迷宮で発見されたアイテムの複製品だが、計測ミスや出力ミスはありえないはずだ。
少なくとも、そんな事例は聞いたことがない。
となれば、この数値は正しいものと考えるべきだろう。
「ってことは、オリジナルの【マスターシーフの書】を使ったからか……?」
俺はつぶやきつつ、配膳されてきたつまみの皿をフォークでつつき、香ばしく表面が焼かれたウィンナーを口に運ぶ。
噂レベルでは聞いたことがある。
オリジナルのクラスチェンジアイテムを使った場合、冒険者ギルドで複製したものを使ってクラスチェンジした場合と比べて、より大きな力を得られるのだと。
「マジか……ヤベェな……」
俺の語彙力が低下している。
嬉しすぎることが起きると、どうもこうなるらしい。
「まあいいや。次だ」
俺はクラスチェンジによるステータス上昇度合いの確認を終えると、酒とつまみをたいらげ、代金を支払ってから次の行動を起こす。
冒険者ギルドの買い取り窓口へと向かうと、そこで使用済みの【マスターシーフの書】を取り出す。
「第一迷宮のとある場所で【シーフ】のクラスチェンジアイテムを発見した。効力は使用済みだが、これを買い取ってほしい」
「は……?」
買い取り窓口のお姉さんは、目をぱちくりとさせた。
その後しばらく、硬直。
やがて動作停止状態から復活すると、俺に向かっておそるおそる聞いてくる。
「ほ、本物ですか……?」
「ああ。俺自身で実証済みだ」
俺はそう言って、自身の冒険者カードを差し出す。
俺の冒険者カードを受け取った買い取り窓口のお姉さんは、それをまじまじと見る。
「しょ、少々お待ちください……!」
買い取り窓口のお姉さんは慌てて、一般受付窓口の受付嬢のところに向かった。
そこで冒険者カードを見せて何かを聞くと、相手の受付嬢はこくこくとうなずく。
買い取り窓口のお姉さんは、再び慌てて戻ってくる。
「ギ、ギルドマスターを呼んでまいりますので、もうしばらくお待ちください……!」
そしてパタパタとギルドの奥へ向かい、二階へと続く階段を上っていった。
その後、俺はギルドマスターと面通りし、応接室にてあれこれ質問された。
あれをどこで発見したのか、どうしてそこを調べようと思ったのかなどなど、犯罪者への取り調べかよと思うぐらい根掘り葉掘り問われた。
俺が洗いざらい喋ると、ギルドマスターはようやく納得したようで、使用済みの【マスターシーフの書】は三十万カパルで買い取ってもらえることになった。
三十万カパルもあれば、数年は遊んで暮らせる。
冒険者をやめて別の事業を始めてもいいぐらいだが、もちろんそんな選択肢を選ぶつもりはない。
ようやくの想いで、上級職である【マスターシーフ】になれたんだ。
せっかくだから、冒険者として頂点を目指したい。
しかしそのためには、大きな問題が一つあった。
「パーティメンバー、どうすっかなぁ……」
俺は酒場に戻って一杯やりながら、そう独り言ちる。
第三迷宮都市に戻って元のパーティに収まるかというと、少し具合が悪い。
俺が第三迷宮都市を出る段階で、アルフたちは【ハイガーディアン】の新たな仲間を加えることに成功していた。
それからおよそ一ヶ月だ。
今では新たな四人パーティで馴染んでいる頃だろう。
俺が戻れば、もう一度パーティに受け入れてもらえるかもしれないが……。
パーティ人数には、最大四人という制限がある。
これは迷宮の様々な仕掛けが四人用になっていることから、冒険者ギルドが定めた決まり事である。
仮に俺が再び古巣のパーティに受け入れられた場合、今度はせっかくパーティに馴染んだ【ハイガーディアン】の冒険者が路頭に迷うことになる。
それもあまり、面白い話ではない。
もちろん、補欠としてパーティに在籍するという方法がないでもないが、それもなぁ……。
と、そんなことを考えていたときだった。
俺は酒場の隅で起こった、とある騒動を目にすることとなる。
「な、何をするのよ、放しなさい……!」
「へへへっ……いいじゃねぇかよぉ、嬢ちゃんたち。一緒に楽しく飲もうぜぇ?」
「くっ……! 嫌だと言っているだろ! 放せ!」
「そんなつれねぇこと言わねぇでよぉ、一緒に楽しもうぜぇ? ……へへへっ、まだガキのくせに、意外といい体してんじゃねぇか」
「バ、バカなんすか!? ねぇバカなんすか!? 嫌がる女の子を無理やり手籠めにしようなんて、今どきオークやゴブリンぐらいしかやらないっすよ!?」
「へへっ、活きのいいメスガキは嫌いじゃないぜぇ?」
……と、そんな具合で。
三人の駆け出し冒険者らしき少女たちが、別の三人の冒険者の男たちに絡まれていたのだ。
「はぁーっ……まったく、やれやれだ」
俺は大きくため息をついて、席から立ちあがった。
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