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第1章

第5話

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 俺と三人の少女たちは、翌朝になってから第一迷宮の入り口へと向かった。

 街の北門を出て、朝日が降り注ぐ森の中の道を進んでいく。

 俺はさすがにのんびりしたものだが、少女たちは緊張の様子を見せていた。
 今日が初陣なのだから仕方がない。

 しばらく歩いていくと、やがて目的の広場が見えてくる。

 日の光が燦々と降り注ぐ広場の中央には、四人が具合よく立てる大きさの石造りの足場と、それを挟むように配置された二体の石造りの女神像があった。

「着いたぞ。ここが第一迷宮──“始まりの大迷宮”の入り口だ」

「えっ……? あたりにダンジョンらしきものは、見当たらないように思えますけど……」

【モンク】のユキが、きょとんとした様子で疑問の声をあげる。
 ほかの二人の少女たちも、不思議そうな顔をしていた。

「大迷宮はどれも、地下に埋まっているからな。地上にあるのは、瞬間転移装置テレポーター式の入り口だけだ」

「な、なるほどです! 勉強になります!」

 ユキは俺の前でぐっと両こぶしを握って、キラキラと目を輝かせる。
 素直で可愛い後輩って感じだな。

「ちなみに、街でしっかり情報収集をしてこなかったパーティは、まずここでつまずく。迷宮への入り方が分からないんだ。──ってわけで、最初は口を出さないから、入り方が分かるか、試してみるといい」

「……意外と意地が悪いんですね、クリードさん」

【ウィザード】のセシリーが、少し拗ねたような顔で俺のほうを見てくる。
 素直に教えてくれればいいのに、とでも言いたげだ。

 俺はそれにニヤリと笑って、「まあな」と答えておいた。

 ユキ、セシリー、ルシアの三人は、迷宮の入り方をいろいろと試しはじめた。

 少女たちは石の足場の上に立ってみたり、女神像を触ってみたりするが、正解には至らない。

 まあ、そりゃあそうだ。
 そもそもノーヒントで分かるようなものじゃなく、事前に街で情報収集をしてくるのが正解の問題だ。

 つまりセシリーの言うとおりで、俺が教えてやらないのは単なる意地悪である。

 俺たちのパーティも昔、苦労をしたもんだから、彼女らにもそれを味わってみてほしいというだけだ。

「うーっ、ダメっすー。クリードさん、教えてほしいっすよ。教えてくれたらうち、何でもするっす」

 やがて【プリースト】のルシアが、地面にぺたんと座り込んでギブアップをした。
 何でもする、に反応したくなるが、ルシアの言うことなので頑張って無視する。

 ほかの二人も、どうやらお手上げのようだ。

「よし。じゃあ三人とも、その石の足場に立っていてくれ」

 俺はそう言って、まずは三人を足場の上に立たせる。

 それから足場に背を向けて立っていた二体の女神像をごりごりっと回して、二体とも足場のほう、すなわち内側を向くように動かした。

 すると石の足場から、上方に向けて淡い光が発せられ始める。

「えっ、その女神像、回るんですか!? ていうか、動かしていいんですか!?」

「むーっ、ずるい……」

 ユキとセシリーが、驚きと不満の声を上げる。

 俺は自身も石の足場に乗って、少女たちに向かってニヤリと笑ってみせる。

「──と、いうわけだ。これで迷宮内部に瞬間転移テレポートで飛ばされるって寸法だ」

「……やっぱりクリードさんは、意地悪なんですね。私たちを困らせて、楽しんでますよね?」

「ああ。だからさっき言っただろ、『まあな』って」

「むぅーっ!」

 仕掛けをセットしてからおよそ十秒後。

 むくれっ面のセシリーの顔を拝んだのを最後に、俺たちは瞬間転移テレポートした。


 ***


 ──シュンッ!

 迷宮の内部に到着する。

 俺を含めた四人が瞬間転移テレポートによってたどり着いたのは、洞窟内部の小広間だった。

 硬い土中をくり抜いてできたような洞窟で、俺たちのいる小広間からは、トンネル状の通路が一本だけ奥へと伸びている。

 俺たちが立っているのは、その小広間の中央にある、石造りの足場の上だ。

 その足場を挟む形で、女神像が二台配置されている。
 表にあったのと同じ形だ。

 ちなみに二台の女神像は、今はいずれも内側を向いていた。

「ここが……“始まりの大迷宮”の内部……」

「何の変哲もない、普通の洞窟って感じっすね」

 ユキとルシアが、そう言ってあたりを見回す。

 ちなみに、魔法の光が宿った壁掛けランプが洞窟の壁に等間隔で設置されているため、特にたいまつなどで灯りを用意する必要はない。

 俺は駆け出し冒険者の少女たちに、もう一つ出題をする。

「じゃあ次の問題。ここから外に出るには、どうしたらいいと思う?」

「二台の女神像を回して外側に向ける、でしょう? 子供じゃないんだから、そのぐらいのことは分かります」

 セシリーが即答し、ふんとそっぽを向く。
 だがその顔に少しだけ、「どうだ正解だろ」という自信が見え隠れしていた。

 いやまあ、正解なんだけどな。
 どうもこの【ウィザード】の少女は、妙なところでプライドが高いのかもしれない。

「ちょっ、ちょっとセシリー! せっかくクリードさんがいろいろ教えてくれてるんだから、そういう言い方は──」

 ユキが見かねたように割って入ってくる。

 だがセシリーは、つんけんとした態度を崩さない。

「別に、いろいろ教えてほしいだなんて頼んでいません。私はパーティを組むっていうから賛成したんです」

「だとしても、善意で教えてくれる先輩に失礼だよ。セシリー、クリードさんに謝ったほうがいいと思う」

「何よユキ、ずいぶんこの人の肩ばかり持つのね。……あ、そういうこと。ふーん。『ボクは武道にしか興味ありません』みたいな顔をしておいて、意外と意外ね」

「はぁっ……!? な、なんだよそれ! どういう意味だよ! ボクはただ冒険者の先輩として、クリードさんのことを尊敬しているだけで──」

「あ、あー、ご両人? 喧嘩はよくないっすよ、喧嘩は。ここはうちの顔に免じて、二人とも矛を下げて──」

「「ルシアは黙ってて!」」

「ヒッ、ヒィッ! すみませんっす! 黙ってるっす!」

 なんかあれよあれよという間に、ユキとセシリーの喧嘩が始まってしまった。

 なお仲裁に入ろうとしたルシアは、一瞬で撃退されてガタガタ震えて丸くなっている。
 三人のパワーバランスが垣間見えた瞬間だった。

 ともあれ、俺が原因でもあるわけだし、ここは俺が謝って関係を修復しておいた方がいいだろうな。

「あー、セシリー、俺が悪かったよ。ちょっとからかいすぎた」

「……っ! ……べ、別に私は、謝ってほしかったわけじゃ……。……で、でも、すみません。私もたしかに、言い過ぎでした」

「ユキもありがとうな。俺のために怒ってくれたんだろ?」

「ふぇっ……!? あっ、いやっ、その……ボクが、どうかなって思っただけで、お礼を言われるようなことでは。で、でも、ありがとうございます。その……そういう風に言ってもらえるのは、嬉しいです」

 セシリーは俺に先に謝られて恥ずかしくなったようで、その矛を収める。

 一方でユキは、「ありがとう」と言われたのが意外だったようで、恥ずかしそうに赤くなって、もじもじとしてしまった。

 それを隅っこで見ていたルシアが、呆れたようなジト目になってつぶやく。

「あー、クリードさんのたらしオーラが半端ないっすね。あとユキっちはさすがにチョロすぎる気がするっす」

「ちょ、チョロいってなんだよ! そうじゃないって言ってるだろ!」

「あー、はいはい。そういうことにしとくっす」

「ルシアーッ!」

 ユキが噛みつくが、ルシアは取り合わず。
 泣きそうな顔になったユキは、今度は俺に言い訳をしてくる。

「あ、あの、クリードさん、違うんです。ボク、そうじゃなくて、その……」

「お、おう。俺を冒険者の先輩として、尊敬してくれてるんだよな」

「そう! そうなんです! 分かってくれてありがとうございます!」

 ユキは俺の手をひしっとつかんできて。
 だがすぐに、ハッと気付いて手を離し、また赤くなってしまった。

 こいつはこいつで、まあまあ難儀そうだ。
 どうあれ慕ってくれているようで、俺としては可愛いくてしょうがないんだがな。
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