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第2章

第12話

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 ユキ、セシリー、ルシアの三人でコボルドの群れと戦った後、俺たちは地下二階に戻って、あらためて探索を開始する。

 代り映えのしない洞窟を少し進むと、さっそく、地下二階で初めてのモンスターと遭遇した。

 小柄な人型モンスターが三体に、並の人間以上に大柄な人型モンスターが一体だ。
 どちらも体格を除けば、よく似た姿をしている。

 ただ人型といっても、その容姿はいずれも醜悪さに満ちていた。

 くすんだ緑色の肌に、ぎょろりとした黄色い眼球の目、奇妙に尖った鼻や耳。
 大きく裂けた口からは、汚らしいよだれをだらだらと垂らしている。

 手にはそれぞれに錆びついた武器を持ち、残虐さに満ちた目でこちらを見ている。
 そいつらは、にやぁっと口元をゆがめ、俺たちのほうへと向かってきた。

「ゴブリンが三体に、ホブゴブリンが一体だな」

「ゴブリンに、ホブゴブリン──あいつらって強いんですか、先輩?」

 ユキが聞いてくるので、俺は噛み砕いて教えてやる。

「平たく言うと、ゴブリンは一階にいたコボルドよりも、ちょっとだけ強い。ホブゴブリンは、ゴブリンと比べてもかなり強いな。ホブは下手をすると、今のユキと一対一でも渡り合うかもしれない」

「今のボクと、ほぼ互角……!? ……でも確かに、見た目だけでも、あのホブゴブリンというのが強そうなのは分かります」

 ユキはごくりと唾を飲み、緊張した様子で拳を構える。

 ちなみにだが、地下一階の通称が「コボルド階層」であるのに対して、この地下二階は「ゴブリン階層」と呼ばれている。

 ゴブリンやその亜種・上位種と頻繁に遭遇するのが、俺たちが今いる地下二階という階層になる。

 俺は緊張しているユキの肩を、ぽんと叩いてやる。

「ま、初っ端から無理をすることもない。ホブはひとまず俺が受け持つ。ユキたちは協力して、ゴブリンを一体ずつ叩いてくれ。強敵をユキたちに任せるのは、慣れてきてからでもいいだろ」

「……ですね。分かりました、クリード先輩。ホブゴブリンはお願いします」

「それが妥当でしょうね。賛成よ」

「うちは楽できるなら大賛成っす♪」

「よし──じゃあ、行くぞ」

 俺の号令に、三人の仲間たちはこくんとうなずく。

 そして各自が動き始めた。
 戦闘開始だ。

 俺はさっそく、腰から二本の短剣を引き抜いて、ホブゴブリンへと向かって走る。

 オリジナルのクラスチェンジ書を使って【マスターシーフ】となった俺の【敏捷力】は、今や常人のおよそ十倍だ。

 戦闘に集中すると、第一迷宮のモンスターの動きなどは、俺の体感ではスローモーションになる。

「ふっ……!」

 錆びついた戦斧をゆっくりと振り上げるホブゴブリンの懐に、俺は一瞬で潜り込み、右と左の短剣でそれぞれ一閃ずつ攻撃を仕掛ける。

 ズバズバッと胴を二撃、大きく切り裂くと、返り血を浴びないようバックステップ、少し距離を取る。

 一拍遅れて、ホブゴブリンに与えられた二条の傷口から血が噴き出した。

 ──よし。
 倒れる動きすら俺の体感ではスローだが、ホブゴブリンはこれで撃破だ。

 俺はそこで、少し様子を見る。
 ユキたちの動きを確認するためだ。

「てぇやああああっ──【飛び蹴り】!」

「行けっ! 【ファイアボルト】!」

 ユキとセシリーが連携攻撃で、ゴブリンのうちの一体を撃破する。

 一方で俺は、その二人の初動を確認した段階で、残る二体のゴブリンをターゲットに定めて攻撃を仕掛けた。

 左右の短剣で一撃ずつ斬り裂くと、その二体のゴブリンも傷口から血を噴き出して崩れ落ちた。

 これで戦闘は終了だ。
 俺は二本の短剣を、腰の鞘へと収める。

 ちなみに、俺が二体のゴブリンを撃破したタイミングが、ユキとセシリーが最初のゴブリンを倒したタイミングとほぼ同時だった。

「よし、まずは一体! 次──って、あれ……?」

 ユキはキョロキョロとあたりを見回し、ついで俺の方を見て、唖然とした顔になる。
 どこかで見たような流れだな。

 一方でセシリーも、口元をひくつかせながら半笑いになっていた。

「は、ははっ……やっぱり、そのパターンなのね……」

「あはは……み、みたいだね……」

 ユキは困ったように笑い、セシリーはがっくりと肩を落としてため息をつく。
 俺はそんな二人に向かって答える。

「ま、悪いけどしばらくはこのパターンだ。とりあえずお疲れさん、二人とも」

「い、いえ、悪いだなんてそんな! 先輩のすごさに驚いただけです! ボクたち、一階でコボルドたちと戦ってみて、先輩のありがたみと凄さがあらためて分かりましたから!」

「確かにそれはそうね。あんな戦いを毎回していたら、三度も戦闘をしたら疲れ切ってへとへとになってしまうわ。冒険者ギルドの人が、私たちの成長を『異常』と言っていたのが、今ならよく分かるわね」

 ユキが慌てて誤解を解こうとし、セシリーもユキの意見に同意する。
 二人とも、俺が大部分の敵を倒すことに、不満があるわけではなさそうだ。

 それに彼女らの成長という観点では、俺が多くの敵を倒してもさほど大きな問題はない。

「パーティリンクのおかげで、モンスターを倒した経験値は均等割りされるからな。俺が倒した分の経験値も、ユキたちに均等に入る。そりゃ成長は速いさ」

 俺やユキ、セシリー、ルシアのような冒険者の職業適性を得た者は、モンスターを倒すことで「経験値」と呼ばれる不可視の報酬を手に入れることができる。

 そして、これが一定量蓄積すると「レベルアップ」をして、その冒険者の能力が上昇するという道理になっている。

 迷宮の外であれば、モンスターを倒した経験値は倒した本人の総取りになるが、迷宮内では事情が異なる。

 迷宮の入り口を同時にくぐったメンバーは「パーティリンク」と呼ばれるつながりで結ばれ、迷宮内で獲得した経験値はパーティメンバーに均等に分配される。

 物理的に距離が離れすぎるなど、様々な条件によってこのリンクが働かなくなるケースはあるが、基本的には常に機能すると考えてよい。

 なお、このあたりの迷宮に関する「ルール」は、過去に迷宮で発見された書物に記述されていたものだという。

 検証した結果もそれらしいということで、今では迷宮を探索する冒険者の常識となっている。

 迷宮は人類にとって未だ謎だらけの存在だが、人々は知りうる限りの情報を使って、これまで迷宮の攻略を続けてきたのだ。

 さておき。
 俺たちは倒したモンスターから素材を回収すると、再び迷宮の探索を進めていく。

「でも本当にボクたち、クリード先輩におんぶに抱っこだ……。この恩、いつか返せるのかなぁ」

「そうね。あまり恩や借りは作りたくないんだけど、これはそう思うしかないわ。──ねぇクリード、何か私にやってほしいことがあったら、いつでも言ってね。言われたとおりにするかどうかは内容次第だけど、少なくとも検討はするわ」

 ユキとセシリーが、俺の後ろについて洞窟を歩きながら、そんなことを口にしてくる。
 俺はそれに、笑って答える。

「なぁに、気にしなくていいさ。俺だって俺なりの打算があってやっていることだからな。ただ、そうだな──そういう意味では、パーティから抜けないでいてくれるのが、俺としては一番助かるな。パーティメンバーを何度も一から育成するのは、さすがに面倒だ」

「はい、もちろんです先輩! ボク、クリード先輩に一生ついていきま──あ、いや、えっと、そうじゃなくて……ぼ、冒険者としてやっている間は、ずっとついていきます!」

「くすっ。でもそうね、私も育ててくれる恩は忘れない。恩を仇で返すような真似だけは、絶対にしないと誓うわ」

「うちもクリードの兄貴には一生ついていくつもりっすよ。……にゅふふっ、クリードの兄貴からは、大物のにおいがするんすよ。うちのこういう勘は当たるっすよ~。兄貴についていけば、将来の玉の輿は間違いなしっすよ。くっくっく」

 一人だけ、どこまでも打算まみれのことを言うルシアである。

 ホント清々しいまでの残念さだなこいつ。
 まあいっそ分かりやすくていいが。

 一方、そんなルシアに冷たいジト目を向けるのはユキだ。

「……ねぇルシア。そういう話はせめて、先輩やボクたちに聞こえないところでやっててくれないかな。同じ女性として、ううん、同じ人間として、聞いていて哀しくなるよ」

 だがそこは、ルシアのほうが一枚上手だった。
【プリースト】の少女は、にひひっと笑って、ユキに向かって手をひらひらさせて答える。

「もう~、心配しなくても大丈夫っすよ、ユキっち♪ 正妻の座はちゃあんと、ユキっちとリーたんに譲るっすから♪」

「──っ!? せ、正妻っ!? じゃなくて、ボクは今そんな話、一言もしてなかったよね!? 根も葉もないよね!?」

「……ていうか、『リーたん』ってひょっとしなくても私のことよね。呼び名もひどいけど、さりげなく私までその話に混ぜるのも、やめてもらえない?」

「セシリーもボクなら混ぜていいみたいな言い方をするなぁっ! ──せ、先輩、違うんです! ボクは決して、そういうんじゃ……!」

 ……いやぁ、賑やかだなぁ。

 俺はキャンキャンとやり合う駆け出し冒険者の少女たちを見て、微笑ましい気持ちになっていた。

 まあルシアの戯言に律儀に付き合うユキも大変そうだが、見ていてとても可愛らしいので、温かい目で見守ることにしよう。

 ──と、そんな調子で、今日は昨日ほど急ぎ足でもなく、比較的のんびりと探索を進めていったのだが。

 しばらくモンスターを蹴散らしながら進んでいった、そんな折。
 俺はとある通路で、気になることに遭遇して立ち止まった。

「ん、どうしたんすか兄貴? 急に立ち止まったりして。うちへのプロポーズなら、もっとムードとかを大事にしてほしいっすよ? あ、指輪は収入の三ヶ月分で大丈夫っす」

「ルシア、お前はもうちょっと話の脈絡ってものを大事にした方がいいぞ。──いや、この壁なんだけどな。俺の【サーチ】スキルが反応しているんだ」

 なにげなく通りすがった、何の変哲もない通路でのことだ。

 通路の片側の壁の一部が、ボウッと燐光を放っていた。
 これは明らかに、【シーフ】のスキル、【サーチ】の反応だ。

 だが俺が【マスターシーフの書】を見つけたときにもこの通路は通ったが、こんな反応はなかったはずだ。

(……ってことは、【サーチ】を10レベルまで上げた影響か……?)

 この世界に存在するスキルのうちのいくつかには、「スキルレベル」という階梯が存在する。

 通常、スキルレベルが高くなればなるほど、そのスキルの効果は高くなる。

 俺はもともと【サーチ】のスキルレベルを【シーフ】の最大値である5レベルまで上げていたのだが、【マスターシーフ】になってからそのスキルレベルの上限が10に上がったことなどから、今はこの【サーチ】のスキルレベルを新たな上限である10まで上昇させていた。

 これにより、【サーチ】5レベルのときには発見できなかった何かを、今は発見できるようになった──そう考えるのが自然であるように思う。

「悪い。ユキとセシリーも、先に進むのはちょっと待ってくれ。ここを確認してみたい」

「えっ……? 先輩も知らないものが、この第一迷宮にあったということですか?」

「ああ。それが何なのかは、確かめてみないと分からないがな」

「ふぅん、興味深いわね。それで、どうしたらいいの、クリード?」

「壁のこの部分を触ってみれば、何かしら反応が──ビンゴだ」

 ──ゴゴゴゴゴッ!

 俺が壁の光っている部分に触ると、触った部分のすぐ近くの壁が動いて、隠し扉が開いた。
 その奥には──

「た、宝箱っす……」

 ルシアがそうつぶやいて、ごくりと息をのむ。

 隠し扉の先の小部屋には、抱えるほどの大きさの立派な宝箱が一つ、地面に置かれていた。
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