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02.勘当されました
しおりを挟む学園を出て、リアはまず向かったのは街の郊外にあるミッドフォードのお屋敷。
「――ただいま戻りました、……お母様? お父様? どこにいらっしゃるの、」
いつもなら、帰ってくれば出迎えてくれる使用人たちの姿も見かけず、しん、と静まり返った屋敷内はとても不気味だった。
にゃぁお。チリン、と聞こえた鈴の音に振り返る。
「にゃぁご」
「リリー、ただいま」
着替える時間も惜しんで、制服のまま帰宅してしまったが、毛がつくのも厭わずに愛猫を抱き上げた。
真白い雪の毛艶に、グリーンアイのすらりとした肢体の美しい雄猫。母猫に置いていかれたのか、街角でみゅーみゅー鳴いていたのをリアが拾ってきた可愛い子だ。
喉をぐるぐる鳴らし、手のひらに頭を押し付けてくるのがとても可愛らしくて、強張っていた緊張の糸が緩んでいった。
「よく、のうのうと帰って来れたものですね」
氷の刃のように鋭く冷たい言葉が突き刺さる。
「お、お母様」
腕にリリーを抱いたまま、声のしたほうを振り返る。
たっぷりと布の使われたラベンダーのドレスに身を包んだ母は、キリッと釣りあがった眦をさらに吊り上げて、キツくリアを睨みつけていた。
「貴方に母と呼ばれる筋合いなんてありません。嗚呼、まったく、なんて嘆かわしいことでしょう……! 婚約破棄されるだけに足らず、学園まで退学になるなんて! どこまで恥を晒せばすむのですか!! 我がミッドフォード家の名に泥を塗って、よくも帰ってこれましたね!! それになんですかそのみっともない髪! まるで市井の薄汚い乞食ではありませんか!!」
エスカレートする母の怒声に、身を縮める。胸にぎゅっとリリーを抱いていないと、逃げ出してしまいそうだった。
母は神経質でヒステリックな面がある。言うとおりに、母の理想の娘でいれば優しいお母様だけど、何かひとつでも間違えば、声を荒げ、髪を乱して感情のままに手を上げるのだ。
「どうして!! わたくしの言うことを聞いてくれないの! どうして貴方は出来損ないなの!! 貴方なんて――産まなければよかった!!」
パシン、と頬を平手で打たれる。
グーじゃないだけマシだろう。鞭じゃないだけいいだろう。けれど、リアの心はズタボロだった。
嫌いじゃなかった。厳しいけれど優しい面もあるお母様。好きになるには難しかったけれど、それでもお母様だもの。おなかを痛めて産んでくれた。子供は親を選べないと言うけれど、親だって産まれてくる子供を選べない。
「わ、わたしは、産まれたらいけなかったの……?」
「恥知らず!! 恩知らず!!」
母の罵る声が遠い。ぼたり、と制服のスカートにシミができた。美しい碧眼からぼたり、ぼたりと涙が浮かんでは落ちて行った。
どんなに辛くても、苦しくても、泣いたりなんてしなかったのに。どうしてか、溢れ出てくる涙を抑えることができなかった。全てを否定された気持ちだ。
生まれたことすらいけなかったなんて、全部、エリザベスのせいだ。突然現れた彼女は、気付いたら周りと打ち解けて、ハロルドを絆していた。
「母上、落ち着いて」
「お、にいさま」
いつ現れたのか、床に呆然と座り込む妹を一瞥して、兄はゆったりと笑みを浮かべた。
「母上の子供は僕だけだよ。大丈夫、すぐに侵入者は追い払うから」
「まって、どういうこと、わたしは、わたしだってお母様の子よ!」
「母上に、お前みたいな薄汚い女子供なんていないよ。大丈夫、安心おし。殺したりはしないから。ただ、屋敷から出て行ってくれればそれで構わない。父上はお前と顔も合わせたくないと仰っていた。伯爵家との関係が台無しになった、二度と帰ってくるな、だってさ」
息が苦しい。予想していたとおりだったけど、家族に否定されるってこんなにも辛いことなんだ。
「ほら、僕が剣を抜かないうちに、早く出てお行き」
声音は優しいのに、同じ碧眼は鈍い光を湛えている。
優しい兄だったのに。どうして。疑問に答えてくれる者はいない。
床に落としてしまった鞄を拾い、リリーを胸に抱いたまま母と兄の横をすり抜けていく。足早に屋敷を飛び出した。
もちろん、誰も追いかけてなんてきやしない。頬を伝った涙を手の甲で拭って、二度と帰ってくるもんか、と息巻いて屋敷を後にした。
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