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08.ティーパーティーには乙女の夢が詰まっています
しおりを挟む柔らかなベッド、温かな食事、素敵なドレス。満足する以上の衣食住を与えられ、手のひらの豆がつぶれるほど剣のお稽古をする必要もない。
与えられる幸せを、戸惑いながらもリアは受け入れることしかできなかった。
「リア、お茶会の準備ができたよ」
あの日、保護してもらった日から一週間が経ったが、プロポーズの返事を保留にしている。
行くあてもなく路頭をさ迷うだろうリアは「屋敷でゆっくり考えてください」と優しく諭されて、セオドリックのお屋敷でお世話になっていた。
朝はメイドに起こされ、眠気と戦っている間に髪を梳かれ化粧を施され、なされるがままにドレスへと着替え、朝食会場へと案内される。
ダメ人間製造機(とリアは心の中で呼んでいる)のメイドたちに、リアはこのままでは自分の足で立つことすらできなくなるのではないかとかすかに思った。
きっと、歩けなくなってもセオドリックは面倒を見てくれるのだろう。
「今日も素敵だ」
「……ありがとうございます」
心からの賛辞を、頬を染めて受け入れる。
毎日のように「素敵だ」「可愛らしい」「一段と美しい」と言われていれば否定する気も起きなくなってくる。
過度な謙遜は嫌味でしかないが、「そんなことありません」と言っているうちはずっと髪形がキュートだの瞳が美しいだの立ち振る舞いが素晴らしいだのと延々と褒め続けられるのだ。
ハロルドにだってあんなに誉めそやされたことない。思い出して恥ずかしくなる。
「明日にでもドレスを仕立てに行こう。屋敷にずっと引きこもっていても気が滅入るだろう?」
「えっ!? ドレスだなんて、そんな、今でも十分ありますよ!?」
「そろそろ用意したドレスのほとんどに袖を通しただろう? 仕立てなくては何を着るというんだ?」
きょとん、と目を丸くするセオドリックは今日も顔が良い――ではなくて、そういえばこの人王子様だったと再確認する。
上流貴族ともなれば、権力を誇示するために一度袖を通したドレスは二度と着ないという者も多くなってくる。
リアの母もその類の人だった。どんなにお気に入りであろうと、ミッドフォード家の娘たる者、同じドレスに何度も袖を通すことは許しません、と叱責を受けたこともある。
王族ともなれば、なおさらだろう。王族ひとりひとりに専属の仕立て師がいて、時と場合によっては日に何度も装束を替えなくてはならない。
セオドリックは第二王子で、外に赴くことが多いと聞く。侮られないためにも、身につけるものは一層気を使っているのだろう。
テラスに準備されたお茶会は、リアが夢に見ていたお茶会だった。
真っ白いテーブルにレースのクロス、猫足のチェア。控えたメイドがお茶を入れてくれて、ケーキスタンドには色とりどりの美味しそうなケーキが並んでいる。シュガーポットに眠りネズミが入っていないか確認をしてしまったリアは御伽噺に憧れる少女だった。
「まぁ、今日もどれも美味しそうです……!」
「この間、タルトが食べたいと言っていただろう? 季節のフルーツを取り寄せたんだ」
「わぁ……!」
桃がたっぷりと乗ったピーチタルトは宝石のようにキラキラと輝いていた。
自然な甘みでぷりっとした食感の桃に、カスタードクリームの甘みがフルーツの酸味と抜群の相性だ。バニラビーンズで風味付けされたタルト生地は外はサクサクで中はしっとりしている。
ほっぺたが落ちる美味しさに頬を紅潮させるリアは、愛おしげに見つめてくる双眸に気付いてさらに顔を熱くする。
愛おしいと、恋しいという感情をさらけ出すセオドリックはまさに理想の王子様だった。
ワルツを踊ってみたい、というわがままに付き合ってくれて、鮮やかなドレスを着せてくれる。食べてみたいものを我慢することなく食べさせてくれる。
勉強も、剣のお稽古もしなくていい。
これまでの短い人生で、最も満ち足りた時間であるとリアは幸せにふわふわとのぼせた気持ちだった。
騎士のお家に生まれた娘が、こんなふわふわほわほわした時間を過ごして良いのだろうか――と不意に零してしまった言葉に、セオドリックは至極真面目な顔で「いいに決まってる」と言い切った。
「女性は幸せで安心して暮らせる社会でなければいけない。これまでのリアは、頑張りすぎていたんだ。美しく、可愛らしく着飾っていい。それは女性として生まれた特権だ。美味しい食べ物を食べたいと思うのは皆同じだ。ダンスだって、楽器だって、興味があることに挑戦してみたいと思う心は素晴らしい」
これまでのリアを、これからのリアを肯定してくれる言葉に涙が溢れてしまった。初めて、頑張らなくていいんだと思えた。
「これからの君の人生を、俺は幸せにしたいんだ。思いつめず、困ったことがあったら言って欲しい。悩んだことがあったら相談してくれ。俺に言ってくれるのが一番だが……言いづらいことだったらメイドでも、執事でもいい。ひとりで抱え込まないでくれ」
「――わ、わたし……幸せになってもいいんでしょうか」
短くなった髪を撫でながら、「もちろんだ」と笑んだ
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