【完結】花街の剣の舞姫

白霧雪。

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仙人太師

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 貴人たちが歌詠み合いをしてるのを傍目に、喧騒から離れた桃花は酒の入った杯を片手に木に体を預けていた。

「――先ほどの舞、見事でございましたぞ」

 しわがれた声に、横を見る。
 ゆったりと官服を着こなした、しわくちゃな爺がいた。佩玉や珠飾りを付けておらず、いっそ簡素にも見えるが立ち振る舞いは高貴な人のそれで、年齢から見ても相当な高官だろう。

「お褒め頂き、恐悦至極にございます」
「ほっほっほっ、そのように固くならずともよいのですぞ。儂はセンと申しまする。噂の舞姫にお会いできて幸栄でございますぞ」

 白髭を撫でつけながら、大樹のようにどっしりと構えた老官吏――仙は、黒黒とした目に桃花を映し、シワを深めて笑う。
 すべてを見透かすような、裏側まで見られているような目に居心地悪くたじろいで、けれど決して目を反らさなかった。否、反らしてはいけないと思ったのだ。

「……ふむ、なかなか良い目をしておりますのぅ。芯の通った、強いまなこじゃ。それに蒼い瞳など久々に見ましたわい」
「え、あ、あの、貴方はわたし以外の蒼目を見たことが……?」
「ありますとも。伊達に歳を食っておりませぬ。なぁに、二、三人は記憶にございますぞ。男童に、美しい女人、あどけない少女――舞姫殿で四人目ですな」

 遠い過去の情景を思い浮かべる仙に、はやる気持ちを抑えつけた。

「その簪はどなたからかの贈り物ですかな? 真弥マヤ殿、秀泉シュウセン殿、悠楽ユウラク殿、桃真殿、舜逸シュンイツ殿、……ふむ、桃真殿とは、また難儀なところですのぉ」

 何も言っていないのに、言い当てた仙に目を見張る。彼の老樹の前では隠し事などできないのだ。まるで、仙人のような老人である。名前の仙から、と呼ばれているとは桃花は知らない。
 百官の長、官吏たちの最頂点、名誉職のひとつでもある大師が、彼の人・仙であった。前王朝の全盛期を支え、国のために仕えた男は自称「隠居爺」と名乗っているが、すべてを見透かす慧眼は衰えておらず、現王自ら引き留めて名誉職に席を置いている人物であった。

 なぜ、桃真が難儀なのか。御貴族様の事情はなにもわからない桃花にしてみれば首を傾げたくなる。そもそも、別に桃真と自分はじゃない。明らかに勘違いして、くふくふと笑う仙に声を荒げたくなる。
 桜妃もそうだ。桃真と並んでいればわくわくとした目で見てくるのだから、居心地が悪いことこの上ない。
 始まってすらいない、顔見知り程度の仲だというのに桃真が勘違いさせるような言動をするからいけないんだ。やっぱり、この簪も、今までもらった贈り物もすべて突き返したほうがよいのではないだろうか。

「舞姫殿は、桜妃様に乞われて後宮に滞在しておられるとか。どうですかな、ぜひ王宮専門の舞い手となるのは」
「は、!? ……いえ、わたしは、そういうことにはあまり。それに、お世話になっている方々に恩を返しきれていないので」
「金一封包むと言ってもですかな?」

 思いもよらぬ言葉に喉奥が詰まった。
 いくら金を積まれようと、桃花が頷くことはない。
 桃花の人生は、光雅楼に囚われているのだ。足枷がついているとわかっていて、逃げ出すつもりもあがくつもりも桃花にはなかった。それが不幸だと思うこともない。むしろ、幸せなのだ。この時世、今日生きていくことすら困難な子供たちが多い中で、光雅楼に拾われて、衣食住を与えられて、今の今まで生きてくることができた。
 桃花ひとりの考えで、勝手に頷くことなんてできないのだ。

「なんとも、なんとも……舞姫殿もなかなか難儀な性でいらっしゃる。ほっほっほっ、そう思い詰めずとも、生きていればなんとかなるもんですぞ」
「……先達の知恵というやつでしょうか」
「そんな高尚なものじゃあありませぬ。ただ、儂の経験談ですぞ。あのフワフワお坊ちゃんな桃真殿に、可憐でありながら強かな女性である舞姫殿はピッタリだと思うんですがなぁ。顔良し、家柄良し、性格もまぁ捻くれてはいるけど良いほうでしょう。出世街道まっしぐらな優良物件間違いなし、将来は左うちわで暮らすことも夢ではないでしょう。どうして拒否する必要がございまする?」

 女性であれば、とても魅力的な言葉だろうう。誰しも憧れる生活を送ることができるのだ。けれど、どうしてか桃花にはその言葉は響かなかった。

 桃真は、桃花から見ても素敵な青年だ。美しい顔立ちは華やかで見ていて目の保養になるし、お喋りも上手で話していて飽きが来ない。贈り物も、逢瀬もマメで、――自分にはもったいないくらい良い青年だ。

「――桃真様には、わたしよりもっと素敵な女性がお似合いです」

 花街生まれの遊郭育ち。学がなければ楽もできない。ただ毎日、剣を振り、舞うことしか取り柄のない女より、刺繍ができて、お茶を淹れられる素敵な女性のほうがお似合いに決まってる。

「桃花」

 だから、かけられる声に気づかないふりをして老樹の横を通り過ぎた。

 桃花は恋をしたことがある。息が詰まるほど苦しくて、胸が締め付けられる感覚にまるで溺れているような心地だった。初恋は実らない。苦い苦い思い出だけど、決して忘れることのできない記憶。
 初夏の青い匂いを嗅ぐと思い出すのだ。ちょうど出会いは今頃の季節だった。

「ほっほっほっ、お二人とも、難儀ですなぁ」
「……もしかして僕、遠回りに振られました?」
「さぁ、どうでございましょう。ふっふっふっ、青いですなぁ、青臭いですなぁ。燃える恋、熱い愛、良いではありませぬか。若いうちにしかできないことですぞ」

 くふくふ笑う老人にこめかみが引き攣る。この老人は全てを見透かす目をしていて、何も言わないのだ。わかったくせに、含み笑うだけの老人に腹が立つ。
 手からすり抜けていった桃花に、今まで味わったことのない喪失感に襲われる。彼女のようにかたくなに靡かない女性は初めてだった。だからこそ、なおさら手に入れたいと思ってしまう。

 ひらりひらりと舞い散る桜の花びらのように、指先をすり抜けていった少女の背中を見つめ続けた。

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