彼女は顔がわからない

白霧雪。

文字の大きさ
1 / 4
二年生

彼女は顔がわからない

しおりを挟む
 彼女にはふたりの幼馴染みがいる。幼稚園からずっと一緒の、お隣のふじ君。小学校のときお隣に引っ越してきた佐之さの君。
 近所じゃ評判のイケメンコンビだ。藤君――南雲藤貴なぐもふじたかは明るく染めた髪をワックスで適度に整えて、甘い顔立ちに人の好さそうな笑みを浮かべた色男。佐之君もとい秋桐佐之助あききりさのすけは適当に流した黒髪に、いつも眉間に皺を寄せた仏頂面の人を寄せ付けない一匹狼。たまに見せる笑顔がきゅんとする、とかなんとかクラスの女子が言っていた。
 つまるところ、イケメンなのだ。カッコいいカッコいいとモテはやされるイケメンな幼馴染に恋人ができないほうがおかしかった。

「……それで、お前はまた紹介をされたのか」
「そうだよ。藤君笑ってた。三年生の先輩だって。今度の人は長続きするといいね」

 しばらくはふたりきりだね、と菖世双葉あやせふたはは綺麗に笑った。
 赤い夕焼け空の帰路を、並んだ影を作りながら佐之君と歩く。いつもは三つ並んでいる影はしばらくの間はふたつだけだろう。
 もう一人の幼馴染は新しい彼女と放課後デートを楽しんでいることだ。

「俺も紹介されたな」
「ふぅん。ねぇ、今度の恋人さんはどんな人? 美人? 可愛い?」
「上の中ってところ。アイドルにいそうな顔」
「佐之君がそんなふうに言うって珍しい。可愛い系なんだ。あれか、守りたくなるような、庇護欲のわくタイプ」
「……たぶんあれは養殖だな」

 幼馴染の恋人の評価を各々口にしながら歩く二人きりの帰り道はどことなく寂しかった。
 隣を藤君が歩いて、後ろをゆったりと着いてくる佐之君。道路側を歩く藤君の場所には佐之君がいて、ふたりきりの時だけ佐之君は饒舌になる。慰めてくれているのだとわかっているから、双葉はその優しさに甘えていた。
 藤君がいない帰り道は珍しいことじゃない。彼女ができればそっちを優先するのは当たり前だ。むしろ彼女がいるのこっちに混ざってたらぶっ飛ばしてた。佐之君が。

「泣くのか」
「泣かないよ」
「……そうか」

 佐之君の深く落ち着いた雰囲気がとても心地よい。寂しくないようにと、慰めてくれて、何も聞かないでただ横に居てくれる。優しい優しい佐之君。どうして佐之君を好きにならなかったのだろう。なんでわざわざ倍率の高い方に恋をしちゃったんだろうなあ。藤君は優しいけど、佐之君だって優しい。口に出さないだけで、藤君と同じくらい、ううん、それ以上に優しいんだ。
 佐之君を好きになれたら、きっとこんなに辛い思いしなくてよかったのかなあ。口に出そうになったそれを無理やり喉の奥に押し込んだ。口に出してはいけない気がした。
 そうなんです、私こと菖世双葉は幼馴染の藤君に恋をしています。鯉でも、濃いでもなくて、恋。それも初恋だ。料理が上手で、優しくて甘やかしな南雲藤貴君に恋をしちゃってるんです。だけど、残念なことに私は幼馴染でしかない。ちいちゃい頃からずっと一緒にいすぎて、恋人とかには思えないんだろうね。幼馴染じゃなくても、イケメンだ美形だと言われる藤君と平々凡々十人並な私が釣り合うわけもないのだけれど。幼馴染であれるのだから、高望みはしないさ。
 イケメンイケメンと女の子たちは騒いでいるけど、私にしてみたら全員おんなじ顔にしか見えないんだから容姿に対する形容詞はほとんど意味なんてないに等しい。
 相貌失認そうぼうしつにん症というらしい。失顔症とも言われてて、簡単に言うと人の顔が認識できないのだ。顔のパーツはわかる。そこにあるからね。あるにはあるとわかるんだけど、見分けがつかないんだ。なんでかな、おんなじ顔に見えてしまう。ついでに言えば表情もよくわからない。その人が笑ってるのか、怒ってるのか泣いてるのか。泣いているのはわかりやすいね。だって涙出てるもの。あとはさっぱり。声色とか、雰囲気とかで判別つけるしかない。ちいさい頃はこんなことなかった。ちゃんと顔がわかったんだけど、だんだん、わからなくなって、

「双葉、どこまで行くつもりだ。過ぎてるぞ、うち」
「え、」

 考え事に没頭しすぎてたみたい。ちょっと後ろで佐之君が立ち止まってた。横を見れば立派な秋桐家が。明かりがついてないからおばさんたちはまだ帰ってないのかな。視線をずらして、我が家を見る。リビングは……明かりがついてた。帰ってるんだ、あの人たち。やだなぁ、帰りたくないなぁ。そんな顔が表情に出てたのかな。
 佐之君が「うちに来るか」と誘ってくれた。

「……うん」

 家に帰っても、嫌な思いをするだけ。どん底まで落ち込んでるのに自分から追い打ちをかけられに行きたくもない。
 自分の家に入っていった佐之君を追いかけようとして、足が止まった。どうやら、別方向から追い打ちをかけられるようだ。

「双葉ちゃんも今帰り?」
「……うん。藤君と、先輩も?」
「うちに来たいっていうから」
「そっか。……じゃあ、佐之君待たせてるから行くね」

 ばいばい、と手を振って仲睦まじいおふたりさんに背を向けた。藤君が何か言いたそうだったけど、聞いてやるつもりなんかない。せっかく我慢してたのに。
 先輩、スタイルよかった。おっぱいおっきかったし、藤君に腕に抱き付いて、楽しそうで、嬉しそうで、――羨ましい。
 佐之君は私の想いを知っている。いつだったか「アイツのこと好きなのか」と心の準備もさせてくれないで直球で聞かれた。ほんと、今日の晩御飯は肉じゃがだよって言う藤君と同じくらい軽く言われたものだから最初頭が理解するのに時間を要した。
 藤君は私の想いに気づきもしない。気付いてて、新しい彼女ができるたびに私たちに紹介しているんだったらとんでもなく酷い男だ。藤君はモテる。とんでもなくモテる。身長は百八十センチ越え。幼稚園のときの藤君はとんでもなくかわいかった。天使かと思った。あのまま成長しているのであれば、私の想像以上にかっこよくなってるんじゃないかな。その次に蜂蜜みたいにとろけた笑みが素敵、らしい。クラスメイトの女の子談だからどこまで信用できるかわからないけど。女の子たちはどことなく藤君のことを神聖視してるところがある。そんな男じゃないのに。優しいし、中身もイイ男だとは思うけど、そこまでするほどかなあ、とちょっと引いてる。
 顔がイイ、笑顔が素敵、身長が高い、頭も良い、運動もできる。カンペキな藤君のモットーは来る者拒まず去る者追わずだと思ってる。本当にそれかどうかは知らないけど、そう思わざるを得ないほど、藤君の彼女の入れ替わりは激しいのだ。まさに入れ食い状態、より取り見取り。女の子から告白して、大体は一週間くらいで女の子から別れを告げる。今までで一番長く持って半月くらいだったかな。
 来る者を拒まないなら、私が告白してもオッケーしてくれるんじゃないかって、思わなかったことはない。でも、怖かった。幼馴染から恋人になって、別れて、それでもとの関係に戻れるわけがないんだから。

「遅い」
「ぁ、ごめん」

 玄関に入れば、壁にもたれた佐之君が待ってた。とっくに部屋着に着替えてて、そんなに時間経ってたかなと首を傾げた。

「さっさと着替えて来い。こないだのゲームの続きやるぞ」
「うん」

 ほとんどどっちかの家に入り浸ってるからどっちの家にも私用の洗面用具から寝巻が揃ってるのはすでに当たり前になってる。勝手知ったる、というよりもはや第二の我が家の感覚で佐之君の部屋に向かう。二階の日当たりのいい一番広い部屋だ。広いのにきちんと整頓されてて本棚とパソコンとベッドしかない部屋はぶっちゃけ楽しみがない。ベッドの下にエロ本くらい転がってないかと確認してみたら後頭部を叩かれた。知ってるさ、そういうのに淡泊なほうだって。

「着替えるんだけど」
「お前の裸見たって欲情しないから安心しろ」
「う、うるさい! スレンダーって言って!」
「がりがりなだけだ。もっと食え。……で、何があった」

 あぁやっぱりバレてる。ほっといてもいいのに。佐之君は見極めるのがとっても上手だ。ほっといてもいいのと、聞いてほしくないのと、放っておいたらやばいのと。たぶん、今の私はほっといたらやばいって判断されたのかな。大丈夫なのに。

「別に。うちの前で藤君と会っただけだよ」
「ひとりじゃなかったんだろ」
「うん。多分彼女の先輩も一緒にいた。すごいくっついてたし、紹介された人だと思うよ」
「この短時間で彼女変わってたら驚きを通り越してドン引きだろ……それで、ふぅは何が気に入らない」

 あ、ズルい。このタイミングで、昔みたいに「ふぅ」って呼ぶとか。

「……私は、腕に抱き付くこともできないのに」
「あぁ」
「でもあの人は彼女になっただけで藤君とくっつけて、」
「羨ましい?」

 こくん、と頷いた。ぽすん、と頭に手を乗せられる。やわく、撫でてくる大きな手のひらに頭を押し付けた。
 佐之君を好きになれたらよかったのに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わんこ系婚約者の大誤算

甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。 そんなある日… 「婚約破棄して他の男と婚約!?」 そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。 その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。 小型犬から猛犬へ矯正完了!?

【完結】新婚生活初日から、旦那の幼馴染も同居するってどういうことですか?

よどら文鳥
恋愛
 デザイナーのシェリル=アルブライデと、婚約相手のガルカ=デーギスの結婚式が無事に終わった。  予め購入していた新居に向かうと、そこにはガルカの幼馴染レムが待っていた。 「シェリル、レムと仲良くしてやってくれ。今日からこの家に一緒に住むんだから」 「え!? どういうことです!? 使用人としてレムさんを雇うということですか?」  シェリルは何も事情を聞かされていなかった。 「いや、特にそう堅苦しく縛らなくても良いだろう。自主的な行動ができるし俺の幼馴染だし」  どちらにしても、新居に使用人を雇う予定でいた。シェリルは旦那の知り合いなら仕方ないかと諦めるしかなかった。 「……わかりました。よろしくお願いしますね、レムさん」 「はーい」  同居生活が始まって割とすぐに、ガルカとレムの関係はただの幼馴染というわけではないことに気がつく。  シェリルは離婚も視野に入れたいが、できない理由があった。  だが、周りの協力があって状況が大きく変わっていくのだった。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください

楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。 ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。 ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……! 「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」 「エリサ、愛してる!」 ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

花言葉は「私のものになって」

岬 空弥
恋愛
(婚約者様との会話など必要ありません。) そうして今日もまた、見目麗しい婚約者様を前に、まるで人形のように微笑み、私は自分の世界に入ってゆくのでした。 その理由は、彼が私を利用して、私の姉を狙っているからなのです。 美しい姉を持つ思い込みの激しいユニーナと、少し考えの足りない美男子アレイドの拗れた恋愛。 青春ならではのちょっぴり恥ずかしい二人の言動を「気持ち悪い!」と吐き捨てる姉の婚約者にもご注目ください。

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...