ごめんの向こう側

鴇葉

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俺の好きな人は、俺のことを好きじゃない。
いや、好かれてはいるんだと思う。
そうじゃなきゃ、何度も身体を重ねたりしない。
俺の好きは、恋愛的な好き。でもあいつの俺への好きは、セフレに対しての都合のいい好きにすぎない。こんな関係やめようと何度も思ったけれど、口にしようとするたびにもう一度、あと一回ってただ時間が過ぎていくだけだった。

ベッドに散らばる短い髪をそっと撫でて、俺じゃない誰かを見つめて寂しそうに笑う。
キスしそうなほど顔を寄せて、あと少しのところでピタリと止まって苦しそうな顔をする。声にならないくらい小さな、無音ともとれる色で謝るあいつは、きっと聞こえていないと思ってる。

溢れる吐息も、こぼれる汗も。額に触れる黒髪も。俺を通して誰かをいとおしそうに見つめるその目も。
身体を重ねているのは俺なのに、向けられているのは俺じゃない。

気づいていながら答えようとしないお前も。
わかっていながら答えを聞こうとしない、終止符を打てない俺も。どっちも狡くて、間抜けだ。

でもその関係も、今日で最後だ。




出会ったのは、友人に誘われて渋々行ったクラブ。
もともと気分じゃなかったから、何杯か飲んで帰ろうと思っていた。
オーナーが知り合いとかで挨拶をしにいなくなった友人を律儀に待つのも面倒で、メッセージアプリで先に帰るとだけ入れておいた。
友人からは、ごめんな!と軽いメッセージが来ただけで、しょうがないなと肩を落とした。

5杯目くらいの最後の一口を口に入れ、そろそろ帰るかと、出入り口を目指す。
悪酔いしそうだなと思いながら歩いていると、誰かとぶつかって転びそうになった瞬間。


「おっと…危ないな、大丈夫?」

「あ、と…大丈夫です…」

傾いた体を支えてくれた男は、今までにないくらい好みだった。
黒髪で切れ長の目。細身の高身長。

動揺する俺に、ふっと笑って手を取ったまま顔を覗き込んできた。

「本当に大丈夫?酔ってない?」

クラブの音でかき消されないようにか、耳元で話しかけてきたあいつに精一杯首を縦に振る。そっか、と安心したように笑って、もう帰るのと問う。

「あ、うん。もう結構飲んだし…」

「そっか。…ならさ、もう一杯だけ付き合ってくれないかな?」

「…一杯だけなら…」


俺は顔に負けて、手を引かれるがまま一杯飲むことになった。
それから連絡先を交換して、次はどこか違うところで飲もうなんて話して。
俺があいつを好きになるのに時間はそうかからなかった。
男同士で気持ち悪いよな、なんて思いながら。

でも、会うたび不思議だった。
俺を通して誰かを見ているような。
俺じゃない誰かと話しているような、違和感があった。
ふと、遠くを見るような。切なげな顔をして俺と話す。
それでも友達でいられるなら役得かな、なんて。
けれど、何度目かのサシ飲みの時。


「俺、好きな人がいるんだ。その人、男なんだけどさ…」

そう、告げられた。
あまりの衝撃で、一瞬時間が止まった気がした。

「引くよな、男が好きなんて…」

「いや、驚いたけど別に。なんで、その話を俺に?」

何とか絞り出した言葉に、あいつは安心したように笑って話し始めた。


「似てるんだ。雰囲気というか、正確というか…顔もだけど。」

「へぇ…」

「その人、近々結婚するんだ…俺の姉さんと。」

「え?」

「もともと姉さんと高校のときから付き合っててさ。優しくて、格好良くて…仲良くしてくれてるんだけど、どうしても好きで。あ、もちろん思いを伝えたことはなんだけどさ。」

「そうなんだ…俺が、その人に似てるって?」

「うん。だからクラブで初めてあった時、遠目であの人がいるって驚いて。近づいてったら違うってわかったんだけど。でも、友達になってくれて嬉しくてさ。」

「ふぅん……お前はその人のこと忘れたいの?」

「まぁ、想いを伝える気はないけれど…区切りはつけようかなって。」

「どうやって?」

「うーん…もう姉さんたちに会うのをやめる、とか?」

「甥っ子とか姪っ子とかできた時、そうもいかなくなるんじゃね?」

「そ…れは、まぁ…」



うーん、と頭を抱えるあいつに、俺は最低な提案をした。
断られたら、これっきり会うのをやめる決意をして。


「ならさ、俺とセフレになんない?」

「は、?」

「実は俺も男が好きなんだけど、いい相手いないしさ。それに、俺その人に似てんだろ?本物に手出せないなら、俺で妥協しない?」



驚いて固まるあいつを他所に、俺は嫌ならいいけどとアルコールを流し込む。


「お前は、それでいいの」

「嫌だったらこんな提案しねーって。」

「…だよな…わかった、セフレなるわ。」


俺もお前も、最低だな。
俺たちはそのまま居酒屋を後にして、ホテルに向かった。


そうして俺たちの最低な関係は、今も続いている。

友達でいれればなんて、バカだよなぁ。
そんな綺麗なものでいられなかった。
身体を重ねる時間だけでも、俺を見てほしいなんてわがままだよなぁ。


まだ眠っているあいつをそのままに、シャワーを浴びる。
この関係が約2年。
そろそろ終わりにしないと、前にも後にもいけない。
お互いのためにも。俺から始めたんだ。俺から終わらせたっていいよな。

優しいお前に付け込んでごめん。
甘え続けてごめん。
でも、そんな最低なことを続けてしまうくらい好きなんだ。
なのに、俺を見てほしいなんてわがままでごめん。


シャワーを終えて雑に頭を拭きながら、眠ったままの顔を見つめる。

そういえば、2年もこの関係を続けてきて、キスは一度もしたことがない。
何度かしそうになったことはあるけど、それとなく顔を背けたりするうち寸前で止まるようになった。

あいつの体温で知らないのはただ一つ。

でもその体温を、知ってはいけない。
それは俺の中の何かを壊してしまう気がした。




スマホの時計を確認すると、まだ朝の8時。
チェックアウトにはまだ時間があるし、あいつもまだ2時間は起きない。

さら、と髪を撫でてあいつのスマホを手に取る。
頼むから、起きるなよ。
指紋認証のロックを開けて、俺の連絡先をすべて削除する。
これで、俺がどこにいるかなんてわからないし、調べようもない。

言葉で終わらせるのがいいって、わかってはいるんだけどさ。
どうしても、何か言われるのが怖くて。
優しいお前にどこまでも甘えてしまう。

こんな最低な関係を受け入れさせてごめんな。
もう、会わないから。
幸せになれよな。

ベッドサイドのメモにホテル代とじゃーな、と一言。
音を立てないように着替えて、そっと部屋を出た。


もう、会うこともないけれどいい思い出になった。
都会に住んでいたって、ばったり会う可能性なんて0に等しい。
連絡先がなければ、この人の多さじゃ見つけることなんてほぼ不可能。
会わないようにするために、職場だって変えたし営業じゃないから外回りもない。

それに俺も、あいつの連絡先はすべて削除したし。
俺をあの時クラブに誘った友人も、今は地方にいるし。

だから、なぁ。
間違っても、俺を探そうとするなよ。
卑怯な手を使った俺を、許すなよ。
本当は、探してほしいなんてバカみたいなこと言わないからさ。

一時の、最高の思い出だったよ。
自分で自分の首を絞めて、苦しくなって、最低な終わりを選んだ。
もう、友達じゃいられないよな。戻れるわけないのは俺が一番よくわかってる。
本当にごめんな。


数か月後。夕方の駅前。帰路を急ぐ俺の目の前。
本当に偶然、赤信号の向こう側にあいつが見えた。
少し背の低い男と、それより低いベビーカーを押す女の人と歩いている。

照れくさそうに笑って、信号待ちで止まる。
幸せそうで、安心した。
一瞬だけ目が合ったような気がしたけど、ちがうよな。

でも、念のためこの信号は渡らないほうがいい。

踵を返して人込みに紛れ、別の信号を渡る。
こんな偶然もあるんだな。
笑ってる顔がみれてよかった。

流れそうになる涙を必死にこらえて、改札を通る。
今日は遠回りしよう。
明日は休みだし、ビールとつまみを買って、それで。
心臓がバクバクする。
月曜から、通勤ルートを変えよう。


あの日、信号の向こうにいたあいと目が合った気がした。
気のせいだと思うけど、何かつぶやいてた気がする。
いや、それも気のせいだ。

ビールをがぶ飲みして、記憶を消すように眠りについた。
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