ごめんの向こう側

鴇葉

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清水陽シミズ ハル26歳。
ただいま崖っぷちです。
なにせ今目の前には、あの日突然関係を終わらせた男がいる。
ことの発端は、数日前。そう、信号待ちであいつを見かけた翌日のことだった。


しこたま酒を飲んで痛む頭をすっきりさせるべく、顔を洗ってリビングに置きっぱなしのスマホに通知が来ていることに気づいたところから嫌な予感はしていた。

地方に転勤になったはずの友人から、メッセージが届いていた。




『よ!久しぶり。2、3年くらい前に行ったクラブ覚えてるか?』

『久しぶり、覚えてるけどどうした?』

『そのクラブのオーナーから、お前の連絡先知りたいって言われてさ。お前、オーナーと知り合いになったのか?』

『俺の連絡先?なんでまた…知り合いになった覚えなんてないけど?』

『だよな?なんか、オーナーの知り合いが、お前のこと知ってるらしくて。そんで、もし知ってたら教えてほしいって。お前、青井恭アオイ キョウって人知ってる?』

『いや、しらない。連絡先は教えないでくれ。』

『は?なんでだよ。つーかその反応知り合いだろ。』

『まじで会いたくないんだよ。教えたらお前含め知り合いかもしれん人間はブロックする。』

『そんなにか…仕方ないな。なら今度、お前の奢りで飲みに行こうぜ。』

『悪いな…いいぜ、奢る。ていうかお前、地方にいるんじゃなかったのか?』

『ああ、来月から本社に戻ることになったんだよ。』

『そうだったのか…じゃぁ、日にちはそっちに任せる。』

『わかった。空いてる日わかったらまた連絡するわ。』

『オッケー。』


びっくりした。
青井 恭は俺が関係を終わらせた男で、会いたくない男だ。
まさかクラブのオーナーと知り合いだったとは。
なんとか連絡先を教えることは回避できたけれど。
問題はそのあとだった。

友人との飲み会である今日、昼頃に紹介したい人がいるから連れていくと突然言われ、わかったと了承したはいいものの、目の前に現れたのはそう、あの男だった。


気まずさで固まる俺を他所に、友人と恭は予約してあるからと店の中に入っていく。
とりあえずついていこうと後に続けば、個室に通され、出入り口側の席に友人と恭が、その向かいの出入り口に遠い席に俺が一人で座ることになり、逃げられない。向かい合って座る恭の顔がちゃんと見ることができず、うつむきがちになってしまう。


友人に言われるがままに、店員さんに飲み物と適当に食べ物を注文する。
友人も気まずそうに、俺と恭を交互にみて顔を引きつらせている。


少しの沈黙が流れ、突然スマホの着信音が鳴った。
俺かと思い確認するが、鳴っているのは友人のスマホだった。


すまん、と言いながらスマホを手に個室を出ていく友人を少し恨んだ。
2人っきりにするなよ…!
どうしようと冷や汗が流れる。すると、失礼しますと元気よく小鉢に入ったつまみと飲み物を店員さんが持ってきてくれた。テーブルに置くとすぐにいなくなってしまうが、一瞬でも沈黙が破れることがありがたかった。

しかし。お互いに無言で酒を流し込むこと数分。
友人が困ったような顔をして戻ってきた。
そして、ごめん!と頭を下げて、会社に呼び出された、と。



「システムエラーなんだけど、復旧までに時間がかかるらしくて。いったん会社に戻って動作確認しないといけなくなった。本当に悪いんだが、戻ってくるのも出来ないと思うから、今日は2人で飲んでてくれ!じゃ!楽しんで!」


友人はそれだけ言うと、足早に出て行ってしまった。



仕事なのは仕方ない。
いつもなら笑顔で見送っていただろう。
だけど今は!勘弁してくれ!この空気の中2人で?!
ちら、と恭をみると目が合ってしまった。すぐに目をそらしてみるけど、じっと見つめる視線が痛くて振り払うように酒を流し込む。


飲み物のメニューで顔を隠して、どうしよう、どうやって帰ろうと思考を巡らせる。
切り出すのも怖い。
面と向かって関係を終わらせるのが怖くて、逃げるようにすべてを終わらせたのに。
一生会うことはないと思っていた人物が目の前にいて、俺を探すようなことまでしている。何か文句でも言われるんだろうか。いや、文句を言われたってしょうがないよな。
逃げたのは、俺だ。


「なぁ、なんで突然いなくなったんだ?」


小さな声。
でも、騒がしい店内ですぐに聞き取れるくらい寂しく耳に響いた。

メニューをそっとテーブルに置いて、答えようと口を開くけどうまく言えなくて、音が空気になるだけだった。


「連絡先も、全部消えてるし。俺、何かした…いや、したよな。」

「ちが…その…ごめん…」


理由を伝えるのが怖くて、口ごもって謝ることしかできない。


「俺がちゃんとしてないから、あんなことさせたんだよな。」

「ちがう。」

「ごめんな」

「違うって!俺が、勝手にそうしただけ。お前は悪くない。俺のわがままに付き合っただけだろ。何も、悪くない。」

「陽…」

「ちゃんと終わらせればよかったのに、俺がちゃんとできなかっただけ。ごめん。」

「陽…俺の方こそごめん。実は、陽がいなくなってからずっと陽を探してた。連絡先消えてたし、共通の知り合いもいないし。2人で遊んだ場所も行ったりしたけど…全然見つけられなくて。」


そりゃそうだ。
2人で行ったことのある場所なんて、徹底的に避けてた。
もし会ってしまったら。情けなく泣いて、縋ってしまいそうだったから。


「でも、前にクラブのオーナーと陽の友達が知り合いだって聞いてたのを思い出して、ダメもとで聞いてみようって…。そんなとき、たまたま信号待ちで陽を見つけて…姉さんたちもいたから、追いかけられなくて…もし連絡先わからなかったら、駅前で待ってようかなって思ってた。」


気持ち悪いよな、ごめん。そう言って自嘲気味に恭は笑った。


「連絡先は分からなかったけど、オーナーが陽の友達と会わせてくれたんだ。その時に、今度陽と飲むってきいて…無理やり連れて来てもらった。」

「そう…だったんだ。」


そう言ったきり恭にかける言葉が見つからなくて、また黙ってしまう。


もくもくと運ばれてくる料理を口に運んで、味がわからないまま店を出る。
連絡先は、最後まで教えなかった。
恭は聞きたそうにしていたけれど、その言葉が出る前に、それじゃ、と背を向けて駅とは逆の方向に歩く。駅だと一緒に行く流れになるかもしれないと、そうなることを避けた。



夜風にあたって、たまたま見つけた公園のブランコに座ってみる。
はあ、と息をついてなんて言えばよかったんだろうと、さっきの話を思い出す。

いや、何も言えないな。
かける言葉も、言い訳も。全部違う気がした。

探していた理由は何なのかを考えることも、勝手に答えを出すこともできない。
そりゃそうだよな。
言葉にしなかった俺が、やっていいことじゃない。
ただ、謝ることしかできない自分の不甲斐なさにみじめになる。

晴れない気分のまま、駅に向かって歩く。
そのまま電車に乗りぼうっと流れる景色を眺めて、何も考えないようにさらに酒を飲んで、風呂にも入らず着替えもそこそこに、ベッドに身を投げる。

ああ、もう疲れた…。



それでも、朝は来て。
昨日の出来事が本当なんだと実感する。
結局気分は晴れないまま、支度をして職場へ向かう。
それでも数日そんな今まで通りの日々を過ごしてしまえば、それなりに記憶は薄れていく。
このまま、俺のことを忘れてくれれば…そう思っていたけれど、現実は厳しい。



ここ2,3日の間に知らない、それも同じ番号から着信がかかってくることがある。
なんとなく見覚えのある番号な気がして、出ないようにしていたその時。
友人からメッセージが届いた。

「あの人にお前の連絡先教えた!ちゃんと仲良くな!!」


教えるなって言ったのに、あの野郎。

同時に見覚えのあるアカウントから、メッセージが届いた。
どうやら、俺は逃げられないらしい。


「陽の友達に教えてもらった。またよろしく。」


もう、どうしたらいいんだ。
まだまだ好きな相手が、自分から寄ってくる。
きっとブロックしたって無駄なんだろう。
なんとなく、そんな気がした。
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