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【原作】始動
片割れの花
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「シルさまっ、これどーぞ!」
私に駆け寄ってきた子供から綺麗な三輪の花を貰う。その子の頬は煤(すす)けて、手だってボロボロなのに、笑顔はとても眩しい。つい先日まで流行り病で死にかけだったとは思えないほどだ。
「ありがとう。大切にするわ」
此処には彼らはいない。滞在中だけだけど、宝物ができたことが嬉しい。花が枯れないように神力を注いで形を保つ。その内の一輪を少女の髪に飾って、私も同じように耳上に挿(さ)す。
『お揃い』だと言えば嬉しそうに他の子達に言い回っていた。その様子に私は思わず笑ってしまった。私の「立場」や「神力」なしに人を幸せにすることはとても久しくぶりで、凄く楽に感じたからだろう。
彼らの歓迎を受けながらも、ディグスと二人で視座かに話をできる場所まで歩いていた。移動途中に話すことはなかったが、特に気まずい空気ではないので比較的居心地は良い。
「…ありがとな、色々と」
唐突に感謝の言葉を言われ、一瞬きょとんとしてしまったがすぐに言葉の意味を理解した。
「構わないわ。私も、救える命があれば可能な限り救いたいから」
「そうか。…それでも、お前のことを【聖女】というだけで軽率に邪険に扱ったのは事実だ。今一度、ここで謝罪させてくれ」
ディグスは、本当に律儀な人だ。義理が堅いとも、人情深いとも言うが、今こうして頭を下げて謝罪している姿はとても真摯(しんし)で好感が持てる。
「本当にもう大丈夫。私も、恥ずかしながら最初は取り乱してみっともなかったわよね。ごめんなさい」
「いや、お前にもお前なりの苦悩があったんだろう。それをこうして、歩み寄れたんだ。それだけで十分だろう」
「…ありがとう、ディグス」
ディグスとの会話は楽しいとはまた違うけど、続けたいとなんの脈絡(みゃくらく)もなく思った。今はただ、この空間がとても居心地が良いと…。
それから何十分かこれからのことについて話して、そろそろ皆のところに戻るかとディグスの言葉に乗り戻ってきた。
彼らとの関係はだいぶ良好に改善され、私の提案にも前向きな姿勢で検討すると言ってくれた。正直もうそろそろ周りから面倒な小言を言われそうだったので早めに実行してくれれば助かるけど、そこは時に任せれば解決してくれるだろう。
「…シルティナ。お前は本当に、俺達の協力者になるのか」
皆に挨拶が終わって別れ際、ディグスに引き留められる。この問いに、私達の今後の関係性を決定するものがあるのなら…、
「えぇ。…もう疲れたの。私が全部終わらせるから、貴方達は後のことをお願い」
私はありのままをディグスに伝えた。此処で嘘を着飾るよりも、素直に伝えた方がずっと良かったのだ。
「まるで死ぬみたいな言い方だな」
「死ぬもの。私は後二年で死ぬ。だから、私が死んだ後全てを任せられる後任が欲しかったの」
私がもう決めていたことだ。断言できた。その言葉には、私の確かな決意も含まれている。言うなれば覚悟の結晶だ。
私は悲観することなく言った言葉にディグスはグッと何か言いたそうな顔をして、それでもやっぱり決意したように私に向き直る。
「…、なぁお前も、俺達の元に「…あぁあ、俺があれだけ可愛がったのにシルちゃんってばまぁた浮気してる~」」
ドクンッ………ツ
心臓が、破裂したかのように跳び跳ねた。そのすぐ後に熱が身体中を駆け巡り、熱さを体感する。
軽薄そうな口調なはずなのに底知れない奥深さが込められたそれは、たった一瞬にして私を絶望に落とした。さらに最悪だったのは、私が悲鳴を叫ぶ前にもう一人の悪魔が声を聞かせたこと…。
「ラクロス。耳障りだから静かにしてくれる?」
「そう言うオルカも内心ブチ切れてるじゃん。俺達のシルちゃんはさぁ、雑魚(ざこ)とかす~ぐ誑(たぶら)かしちゃうし、ほんと首輪(くびわ)着けたいぐらいだよ」
…………、、、なん、で…?
なんで…っ、なんでこの二人が?!!! お互いの会話に何の不自然さもない。まるで本当に、昔馴染みのような…。最悪を越える最悪の前に、彼らと私の目が合う。いや、正確には私を目に捉えたとき、私は…
「逃げてっッツ!!!!!」
心が悲鳴を上げる前に、私は叫んでいた。本能的なまでの速さで出た言葉は、その機能を果たす前に意味を失くしてしまった。
ビシャッ…ッ
顔に血生臭い匂いが飛び散る。さっきまで笑いあって、楽しさを感じた空間が、別の温かさに汚れていく。
………、トスっ
私の目前にいたディグスの首が、血の流れに沿って地面に滑り落ちる。
「ぃ、や゛…。いやぁ゛あっ!!!」
私はその場にへたりこみ、ただその惨状を目に焼き写すしかできない。頭の中ではなんで、どうして、そんなことばかり考えている。
悪魔は貪欲だ。まるで障害物を片付けるみたいに、なんの躊躇もなく私の前で彼らを亡骸に変えていく。
そして此処一帯を血の海に変えてしまった後、ようやく私のもとに下りてきた。彼らの返り血にまみれた私と、対照的に一切の血も被っていない二人。これではどちらが【悪】か分からない。
転がっているディグスの首をそのまま踏み潰し、悪魔はケタケタと嗤(わら)う。真っ白に咲いていた花は深紅に染まり、片割れは地べたに痕跡を残していた。
私に駆け寄ってきた子供から綺麗な三輪の花を貰う。その子の頬は煤(すす)けて、手だってボロボロなのに、笑顔はとても眩しい。つい先日まで流行り病で死にかけだったとは思えないほどだ。
「ありがとう。大切にするわ」
此処には彼らはいない。滞在中だけだけど、宝物ができたことが嬉しい。花が枯れないように神力を注いで形を保つ。その内の一輪を少女の髪に飾って、私も同じように耳上に挿(さ)す。
『お揃い』だと言えば嬉しそうに他の子達に言い回っていた。その様子に私は思わず笑ってしまった。私の「立場」や「神力」なしに人を幸せにすることはとても久しくぶりで、凄く楽に感じたからだろう。
彼らの歓迎を受けながらも、ディグスと二人で視座かに話をできる場所まで歩いていた。移動途中に話すことはなかったが、特に気まずい空気ではないので比較的居心地は良い。
「…ありがとな、色々と」
唐突に感謝の言葉を言われ、一瞬きょとんとしてしまったがすぐに言葉の意味を理解した。
「構わないわ。私も、救える命があれば可能な限り救いたいから」
「そうか。…それでも、お前のことを【聖女】というだけで軽率に邪険に扱ったのは事実だ。今一度、ここで謝罪させてくれ」
ディグスは、本当に律儀な人だ。義理が堅いとも、人情深いとも言うが、今こうして頭を下げて謝罪している姿はとても真摯(しんし)で好感が持てる。
「本当にもう大丈夫。私も、恥ずかしながら最初は取り乱してみっともなかったわよね。ごめんなさい」
「いや、お前にもお前なりの苦悩があったんだろう。それをこうして、歩み寄れたんだ。それだけで十分だろう」
「…ありがとう、ディグス」
ディグスとの会話は楽しいとはまた違うけど、続けたいとなんの脈絡(みゃくらく)もなく思った。今はただ、この空間がとても居心地が良いと…。
それから何十分かこれからのことについて話して、そろそろ皆のところに戻るかとディグスの言葉に乗り戻ってきた。
彼らとの関係はだいぶ良好に改善され、私の提案にも前向きな姿勢で検討すると言ってくれた。正直もうそろそろ周りから面倒な小言を言われそうだったので早めに実行してくれれば助かるけど、そこは時に任せれば解決してくれるだろう。
「…シルティナ。お前は本当に、俺達の協力者になるのか」
皆に挨拶が終わって別れ際、ディグスに引き留められる。この問いに、私達の今後の関係性を決定するものがあるのなら…、
「えぇ。…もう疲れたの。私が全部終わらせるから、貴方達は後のことをお願い」
私はありのままをディグスに伝えた。此処で嘘を着飾るよりも、素直に伝えた方がずっと良かったのだ。
「まるで死ぬみたいな言い方だな」
「死ぬもの。私は後二年で死ぬ。だから、私が死んだ後全てを任せられる後任が欲しかったの」
私がもう決めていたことだ。断言できた。その言葉には、私の確かな決意も含まれている。言うなれば覚悟の結晶だ。
私は悲観することなく言った言葉にディグスはグッと何か言いたそうな顔をして、それでもやっぱり決意したように私に向き直る。
「…、なぁお前も、俺達の元に「…あぁあ、俺があれだけ可愛がったのにシルちゃんってばまぁた浮気してる~」」
ドクンッ………ツ
心臓が、破裂したかのように跳び跳ねた。そのすぐ後に熱が身体中を駆け巡り、熱さを体感する。
軽薄そうな口調なはずなのに底知れない奥深さが込められたそれは、たった一瞬にして私を絶望に落とした。さらに最悪だったのは、私が悲鳴を叫ぶ前にもう一人の悪魔が声を聞かせたこと…。
「ラクロス。耳障りだから静かにしてくれる?」
「そう言うオルカも内心ブチ切れてるじゃん。俺達のシルちゃんはさぁ、雑魚(ざこ)とかす~ぐ誑(たぶら)かしちゃうし、ほんと首輪(くびわ)着けたいぐらいだよ」
…………、、、なん、で…?
なんで…っ、なんでこの二人が?!!! お互いの会話に何の不自然さもない。まるで本当に、昔馴染みのような…。最悪を越える最悪の前に、彼らと私の目が合う。いや、正確には私を目に捉えたとき、私は…
「逃げてっッツ!!!!!」
心が悲鳴を上げる前に、私は叫んでいた。本能的なまでの速さで出た言葉は、その機能を果たす前に意味を失くしてしまった。
ビシャッ…ッ
顔に血生臭い匂いが飛び散る。さっきまで笑いあって、楽しさを感じた空間が、別の温かさに汚れていく。
………、トスっ
私の目前にいたディグスの首が、血の流れに沿って地面に滑り落ちる。
「ぃ、や゛…。いやぁ゛あっ!!!」
私はその場にへたりこみ、ただその惨状を目に焼き写すしかできない。頭の中ではなんで、どうして、そんなことばかり考えている。
悪魔は貪欲だ。まるで障害物を片付けるみたいに、なんの躊躇もなく私の前で彼らを亡骸に変えていく。
そして此処一帯を血の海に変えてしまった後、ようやく私のもとに下りてきた。彼らの返り血にまみれた私と、対照的に一切の血も被っていない二人。これではどちらが【悪】か分からない。
転がっているディグスの首をそのまま踏み潰し、悪魔はケタケタと嗤(わら)う。真っ白に咲いていた花は深紅に染まり、片割れは地べたに痕跡を残していた。
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