56 / 104
【原作】始動
変化を怖れて
しおりを挟む
少しの嗚咽(おえつ)と、それにも関わらず笑い続ける私に彼らはたじろいながらもその場を動くことはなかった。無抵抗(むていこう)の私を人質(ひとじち)にするチャンスだと言うのに、彼らの中では確かに揺(ゆ)らめいていることが分かる。
「お前は、…本当に【聖女】なのか?」
「…はい。私は紛(まぎ)れもなく、アルティナ教第十七代聖女ですよ」
意志が揺らぐ、困惑(こんわく)めいた口調で問われたものに私は素直に答えた。私が聖女であることは嘘偽りない、事実なのだから。
「お前は、俺達から奪った金で贅沢(ぜいたく)に暮らしてるんじゃないのか…?」
「そうですね…。貴方達の想像通り、何不自由ない生活はしています」
「なら何故ッ…?!!」
同情(どうじょう)から漏れ出た、期待するような質問に私はありのままを話す。私の答えは彼の望むものにはなれなかった。
確かに私は雨風(あめかぜ)を凌(しの)ぐだけの家も、死なない程度の食事も、全て揃(そろ)っているからそこまで自分を不幸にも、哀れむつもりもないのだから。
「不自由のない暮らしが『幸せ』ですか? 私は少なくとも、あの場所に幸せを感じたことなど一度もありません」
これが私の本音。必ずしも、不自由じゃなければ【自由】なわけではないと気づかされたこの八年間だ。
「ッ…、結局世間知らずのお貴族様の我(わ)が儘(まま)かよ!!」
まるで裏切(うらぎ)られたとでも言わんばかりの言いようだが、その言葉は私の琴線(ことせん)に触れた。
「『我(わ)が儘(まま)』…? …そう、貴方達も私が駄々(だだ)を捏(こ)ねていると言うのね」
これまでの丁寧(ていねい)な口調も一気に崩され、私は怒りにも、呆れにも、失望にも似た感情でそう吐き捨てた。
「我が儘じゃなきゃなんと言う! お前は食う飯も、服も、家もあるじゃねぇかッ」
「この痩(や)せた枝(えだ)みたいな腕を見ても?」
私の言葉に更(さら)に熱が上がったのか怒鳴(どな)りつけた彼に、私は確信した。私達は言葉じゃきっと打ち解けることはできない、と。だからこそ、私は何枚にも重ねた服を肘(ひじ)まで捲(まく)って目の前で見せた。
「……なんだ、この細(ほそ)さ」
「食事は一日に一回。それも具のないスープとパンだけ。どれだけお腹が空いても、食べさせてなんてもらえない」
見せた腕をそのまま掴んで、手首が余裕で自分の手を余分にしたことに驚愕的(きょうがくてき)な表情を浮かべている彼に、私は一つ一つ説明する。
「…着飾(きかざ)れる服があるだろ」
それでもまだ私を認められないのか何かと難癖(なんくせ)をつけようとする彼に呆れ笑いもさながら、言葉を紡(つむ)ぐ。
「…大人でも重いのに、ろくな食事もなくて痩せた身体に着せるにはずっと苦しいのが服?」
「家がある…、」
苦し紛れについた難癖だったのか、最初と比べるとずっと歯切(はぎ)れの悪くなったそれは、私に苦笑を浮かべさせた。だけどその内に秘めさせられたのは、果てしない積年(せきねん)の思いだ。
「その家で、…安心して眠れたことは一度たりともないのよ。毎日、毎日やって来る化物(ばけもの)が怖くて眠れない。いっそ死んだ方がずっとマシだと思うけど、その前に私は聖女としての役目を果たさなきゃ。だから、お願い。私が死ぬまでの後二年、姿を潜(ひそ)めていて」
視線をそらすことなく、真摯(しんし)に訴える。私に失敗は許されない。たった一つの【原作】の変化が、私の運命を左右する。
だから私は今ここまで、追い詰められていたのかもしれない。そう思ったのは既に後悔した後だったことを、今の私が知るよしはなかった…。
「お前は、…本当に【聖女】なのか?」
「…はい。私は紛(まぎ)れもなく、アルティナ教第十七代聖女ですよ」
意志が揺らぐ、困惑(こんわく)めいた口調で問われたものに私は素直に答えた。私が聖女であることは嘘偽りない、事実なのだから。
「お前は、俺達から奪った金で贅沢(ぜいたく)に暮らしてるんじゃないのか…?」
「そうですね…。貴方達の想像通り、何不自由ない生活はしています」
「なら何故ッ…?!!」
同情(どうじょう)から漏れ出た、期待するような質問に私はありのままを話す。私の答えは彼の望むものにはなれなかった。
確かに私は雨風(あめかぜ)を凌(しの)ぐだけの家も、死なない程度の食事も、全て揃(そろ)っているからそこまで自分を不幸にも、哀れむつもりもないのだから。
「不自由のない暮らしが『幸せ』ですか? 私は少なくとも、あの場所に幸せを感じたことなど一度もありません」
これが私の本音。必ずしも、不自由じゃなければ【自由】なわけではないと気づかされたこの八年間だ。
「ッ…、結局世間知らずのお貴族様の我(わ)が儘(まま)かよ!!」
まるで裏切(うらぎ)られたとでも言わんばかりの言いようだが、その言葉は私の琴線(ことせん)に触れた。
「『我(わ)が儘(まま)』…? …そう、貴方達も私が駄々(だだ)を捏(こ)ねていると言うのね」
これまでの丁寧(ていねい)な口調も一気に崩され、私は怒りにも、呆れにも、失望にも似た感情でそう吐き捨てた。
「我が儘じゃなきゃなんと言う! お前は食う飯も、服も、家もあるじゃねぇかッ」
「この痩(や)せた枝(えだ)みたいな腕を見ても?」
私の言葉に更(さら)に熱が上がったのか怒鳴(どな)りつけた彼に、私は確信した。私達は言葉じゃきっと打ち解けることはできない、と。だからこそ、私は何枚にも重ねた服を肘(ひじ)まで捲(まく)って目の前で見せた。
「……なんだ、この細(ほそ)さ」
「食事は一日に一回。それも具のないスープとパンだけ。どれだけお腹が空いても、食べさせてなんてもらえない」
見せた腕をそのまま掴んで、手首が余裕で自分の手を余分にしたことに驚愕的(きょうがくてき)な表情を浮かべている彼に、私は一つ一つ説明する。
「…着飾(きかざ)れる服があるだろ」
それでもまだ私を認められないのか何かと難癖(なんくせ)をつけようとする彼に呆れ笑いもさながら、言葉を紡(つむ)ぐ。
「…大人でも重いのに、ろくな食事もなくて痩せた身体に着せるにはずっと苦しいのが服?」
「家がある…、」
苦し紛れについた難癖だったのか、最初と比べるとずっと歯切(はぎ)れの悪くなったそれは、私に苦笑を浮かべさせた。だけどその内に秘めさせられたのは、果てしない積年(せきねん)の思いだ。
「その家で、…安心して眠れたことは一度たりともないのよ。毎日、毎日やって来る化物(ばけもの)が怖くて眠れない。いっそ死んだ方がずっとマシだと思うけど、その前に私は聖女としての役目を果たさなきゃ。だから、お願い。私が死ぬまでの後二年、姿を潜(ひそ)めていて」
視線をそらすことなく、真摯(しんし)に訴える。私に失敗は許されない。たった一つの【原作】の変化が、私の運命を左右する。
だから私は今ここまで、追い詰められていたのかもしれない。そう思ったのは既に後悔した後だったことを、今の私が知るよしはなかった…。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
29
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる