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【原作】始動
優しく、温かい
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「…信用できない。確かにお前は痩(や)せているが、目立った外傷もなくそんな形跡もない」
一つ間(ま)を空けて出した答えに、私は涙で滲(にじ)んだ目尻(めじり)を伸ばす。彼の言っていることに何ら相違(そうい)はない。ただそれが、私をどれだけ貶(おとし)めるのか誰も理解できないだけだ。
「そう…。私には『それ』がない。だから証明できない。私がいくら傷つけられても、この身体は翌朝には全て水に流してる。ねぇ、虚(むな)しいと思わない?」
久しぶりの饒舌(じょうぜつ)だからか、拍動(はくどう)が上昇する。興奮(こうふん)からか声はかすれて、帯(お)びた熱が全身に広がって羞恥(しゅうち)にまみれるを体現したかのようだ。
それでも…、私の『思い』に際限はない。ただでさえ長年押し込められてきた思いだ。こんなものでは終わらない。…終われない。
「…傷の一つでもあればそれを眺めて感傷(かんしょう)に浸れるのに、私にはその一つも与えられないのよ? 自分ですら、あの記憶を夢だと思ってしまったとき過去の苦しんで、叫んで、助けを求めた自分が死ぬのよ? こんな悲しいことって、ないと思わない?」
端から見れば、完全に狂っている。でも、これを誰かに言ったのだって今が初めてなのだ。人に弱さを見せたことがないから、感情だけが先走りしてしまう。ろくな情緒(じょうちょ)教育を受けていないから、一度感情が爆発してしまうと自分でも収集の付け方が分からない。
「……、お前がアルティナ教を廃(はい)する保証は?」
「私の命、神力、魂(たましい)に誓うわ。それでも疑うのなら【神契(かみちぎ)り】を結んでも構わない。私は本気よ」
【神契(かみちぎ)り】。自身の生命を代償(だいしょう)に結ぶ絶対的な契約。一度破れば体内に潜在する神力が一瞬にして彷彿(ほうふつ)し、一生神力を使えなくなる。聖職者(せいしょくしゃ)にとっては悪魔のような契約だが、そのために信頼性ほ高い特徴がある。
もし私が契約を不履行(ふりこう)し何らかのペナルティを払うとしても、この忌々しい力を奪ってくれるなら大歓迎(だいかんげい)だ。
私の言葉に嘘偽りはないと見抜いた彼は、それでもやはり良い顔はしなかった。利益を考えるのは組織を率いる人間として当然のこと。だから今日のところはこれで幕引(まくび)きだ。
「また明日も来るわ。答えが出たら、聞かせて」
「……………、、」
返事はなかったけど、一日で全部を進めようなんて思っていない。ひとまずは、これでいいのだ。
そうして邸宅(ていたく)に戻り、それから三日毎夜彼らのもとへ足を運んだ。回数を増やすごとにお付きの神官や聖騎士からの監視(かんし)が強まったけど、その分メシア教徒らの信頼を得ることができた。
特にあの代表格である男、ディグスとは大方(おおかた)打ち解けることができた、と思う。実際のとこどうだかは私でも分からない。それでも、何度か顔を会わせていれば最初との違いぐらいは分かる。
「こんばんわ」
「遅かったな。シルティナ」
今日も今日とて深夜にお忍びで裏街(うらまち)に姿を現す。私を待っていたディグスが不機嫌(ふきげん)顔に文句を言ってきたが、此方としてもちゃんとした理由があるのだ。
「護衛を撒(ま)くのに時間が掛かったの。ごめんなさい」
「いや、…責めている訳じゃない」
素直に謝れば煮(に)え切らない返事が返ってくる。本人的にはこれが限界なのだろう。まぁあの後すぐに負傷者を治癒(ちゆ)したことで風当たりも良いし、名前で呼んでくれる程度にはなった。
全員を治してしまうと私の存在が露見してしまうので重傷者(じゅうしょうしゃ)の子供から優先的に治癒した。彼らは依然(いぜん)として仲間意識が強いためか、その判断は間違いではなかったのが幸いだろう。
例え事情を説明し、治癒をすることができないと言っても子供たちを救ってくれるならと感謝する者までいた。こんな人達が集まったからこそ、【アルティナ教】の後を継げたのだと心の底から思えるほどに彼らは優しく、温かった…。
一つ間(ま)を空けて出した答えに、私は涙で滲(にじ)んだ目尻(めじり)を伸ばす。彼の言っていることに何ら相違(そうい)はない。ただそれが、私をどれだけ貶(おとし)めるのか誰も理解できないだけだ。
「そう…。私には『それ』がない。だから証明できない。私がいくら傷つけられても、この身体は翌朝には全て水に流してる。ねぇ、虚(むな)しいと思わない?」
久しぶりの饒舌(じょうぜつ)だからか、拍動(はくどう)が上昇する。興奮(こうふん)からか声はかすれて、帯(お)びた熱が全身に広がって羞恥(しゅうち)にまみれるを体現したかのようだ。
それでも…、私の『思い』に際限はない。ただでさえ長年押し込められてきた思いだ。こんなものでは終わらない。…終われない。
「…傷の一つでもあればそれを眺めて感傷(かんしょう)に浸れるのに、私にはその一つも与えられないのよ? 自分ですら、あの記憶を夢だと思ってしまったとき過去の苦しんで、叫んで、助けを求めた自分が死ぬのよ? こんな悲しいことって、ないと思わない?」
端から見れば、完全に狂っている。でも、これを誰かに言ったのだって今が初めてなのだ。人に弱さを見せたことがないから、感情だけが先走りしてしまう。ろくな情緒(じょうちょ)教育を受けていないから、一度感情が爆発してしまうと自分でも収集の付け方が分からない。
「……、お前がアルティナ教を廃(はい)する保証は?」
「私の命、神力、魂(たましい)に誓うわ。それでも疑うのなら【神契(かみちぎ)り】を結んでも構わない。私は本気よ」
【神契(かみちぎ)り】。自身の生命を代償(だいしょう)に結ぶ絶対的な契約。一度破れば体内に潜在する神力が一瞬にして彷彿(ほうふつ)し、一生神力を使えなくなる。聖職者(せいしょくしゃ)にとっては悪魔のような契約だが、そのために信頼性ほ高い特徴がある。
もし私が契約を不履行(ふりこう)し何らかのペナルティを払うとしても、この忌々しい力を奪ってくれるなら大歓迎(だいかんげい)だ。
私の言葉に嘘偽りはないと見抜いた彼は、それでもやはり良い顔はしなかった。利益を考えるのは組織を率いる人間として当然のこと。だから今日のところはこれで幕引(まくび)きだ。
「また明日も来るわ。答えが出たら、聞かせて」
「……………、、」
返事はなかったけど、一日で全部を進めようなんて思っていない。ひとまずは、これでいいのだ。
そうして邸宅(ていたく)に戻り、それから三日毎夜彼らのもとへ足を運んだ。回数を増やすごとにお付きの神官や聖騎士からの監視(かんし)が強まったけど、その分メシア教徒らの信頼を得ることができた。
特にあの代表格である男、ディグスとは大方(おおかた)打ち解けることができた、と思う。実際のとこどうだかは私でも分からない。それでも、何度か顔を会わせていれば最初との違いぐらいは分かる。
「こんばんわ」
「遅かったな。シルティナ」
今日も今日とて深夜にお忍びで裏街(うらまち)に姿を現す。私を待っていたディグスが不機嫌(ふきげん)顔に文句を言ってきたが、此方としてもちゃんとした理由があるのだ。
「護衛を撒(ま)くのに時間が掛かったの。ごめんなさい」
「いや、…責めている訳じゃない」
素直に謝れば煮(に)え切らない返事が返ってくる。本人的にはこれが限界なのだろう。まぁあの後すぐに負傷者を治癒(ちゆ)したことで風当たりも良いし、名前で呼んでくれる程度にはなった。
全員を治してしまうと私の存在が露見してしまうので重傷者(じゅうしょうしゃ)の子供から優先的に治癒した。彼らは依然(いぜん)として仲間意識が強いためか、その判断は間違いではなかったのが幸いだろう。
例え事情を説明し、治癒をすることができないと言っても子供たちを救ってくれるならと感謝する者までいた。こんな人達が集まったからこそ、【アルティナ教】の後を継げたのだと心の底から思えるほどに彼らは優しく、温かった…。
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