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佐々村美守1
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「どうぞ」
乃恵に誘われ、宗介たちは部屋の中へ入る。
うす暗い室内で、まず目に飛び込んできたのは木製の柵だった。
そして、その柵の奥から「アー……アー……」という低い唸り声が聞こえてくる。
乃恵は何も言わない。
無言のまま、ただ宗介たちを柵の前へと案内した。
「うぅ……おぇ……」
座敷牢の中を覗いた瞬間、隣にいた光が激しくえずいた。
そして、両手で口を押さえると一目散に部屋から出ていった。
「……なるほど。トイレの場所を教えてくれたのは、こういう訳があってか……」
「……はい。前の先生はここで戻してしまわれたので……」
「まあ、中途半端に視える人間や力のない除霊師が、いきなりコレを見せられたら……無理もないな……」
柵の奥にいたのは、白い着物を着た痩せた女の子。壁にもたれかかり、足を投げ出す形で座っている。
彼女の見た目は明らかに異常だった。
顔は天然痘のような黒い斑点で覆い尽くされ、首筋には掻き毟ったような痕。長い黒髪はぼさぼさに乱れ、だらしなく開かれた口からは涎が垂れ落ちている。そして、焦点の合わぬ目は、死んだ魚のように濁り切っていた。
『美を守る』という名前が哀れに思えてしまうほどに気味の悪い姿。おそらく、一般人が見ても、彼女が普通でないことは一目瞭然だろう。だが、宗介たちのような視える人間の目に映る異常は、それだけではなかった。
禍々しい真っ黒な怨念。それが巨大な蛇のように、美守の身体に纏わり付いていた。人間から根こそぎ生気を奪い、全てを無に還すような漆黒の念だ。
先刻、柵を覗いた瞬間、その怨念は威嚇するように宗介たちに覆い被さってきた。光が吐き気をもよおしたのは、そのためである。
「黒宮様は大丈夫なのですか?」
「俺か? まあ、まるっきり平気とは言わないが、吐くほどじゃねえよ」
不快感はあるが、それでもトイレに駆け込むほどではない。温室育ちの光とは違い、宗介はそれなりに場数を踏んできている。
「それより、あんたはさっき毎日掃除をしているって言ってたよな? あの子の世話もあんたが?」
「あ、はい。ご家族の方も今の美守様にはあまり近づきたくないようで……」
乃恵は躊躇いがちに言葉を紡ぐ。それを聞いて、宗介は何ともやるせない気持ちになった。
名家の一人娘といっても、壊れてしまえば厄介者。「ボケた老人を施設に入れるのと何が違う」と言われればそれまでだが、あまり気分の良い話ではない。
「同情するよ。あんたにも、牢の中のあの子にもな。ところで、あんたに変わったところは?」
「私ですか? いえ、特にありませんが」
「そうか……」
宗介は顎に手をやりしばし考える。
(今の美守は食事や着替えも一人では満足にできないはずだ。故に、身の周りの世話は乃恵がやっているのだろう。でも、至近距離で美守に接している彼女には何の変化もない。ということは……)
宗介がそんなことを考えていた、まさにその時――。
「ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ」
突然、美守がけたたましい声で笑い始めた。
何の前触れもなかったので、宗介もびくりと硬直してしまう。
隣にいる乃恵も、笑い続ける美守を見て驚愕の表情を浮かべていた。
「……いつも、こうなのか?」
宗介は乃恵に尋ねる。
「い、いえ。以前は確かに、奇声を発することも多かったのですが、このような笑い声は……。それに、最近はお食事もほとんど摂られず、お眠りになられていることが多かったので。美守様……急にどうされてしまったのでしょうか……」
乃恵は胸に手を当て、不安げな視線を牢の中へ送る。
ひょっとすると、霊力を持った宗介や光の存在が何らかの刺激になってしまったのかもしれない。
だが、宗介は別の部分でより大きな危惧を抱いた。食事も摂らずに、眠っていることが多くなったという美守の状態。何も手を打たなければ、近いうちに彼女は死ぬことになるだろう。それだけ美守を覆っている怨念は強力で性質の悪いものだ。
しばらくすると、美守の笑い声は静まった。
乃恵に誘われ、宗介たちは部屋の中へ入る。
うす暗い室内で、まず目に飛び込んできたのは木製の柵だった。
そして、その柵の奥から「アー……アー……」という低い唸り声が聞こえてくる。
乃恵は何も言わない。
無言のまま、ただ宗介たちを柵の前へと案内した。
「うぅ……おぇ……」
座敷牢の中を覗いた瞬間、隣にいた光が激しくえずいた。
そして、両手で口を押さえると一目散に部屋から出ていった。
「……なるほど。トイレの場所を教えてくれたのは、こういう訳があってか……」
「……はい。前の先生はここで戻してしまわれたので……」
「まあ、中途半端に視える人間や力のない除霊師が、いきなりコレを見せられたら……無理もないな……」
柵の奥にいたのは、白い着物を着た痩せた女の子。壁にもたれかかり、足を投げ出す形で座っている。
彼女の見た目は明らかに異常だった。
顔は天然痘のような黒い斑点で覆い尽くされ、首筋には掻き毟ったような痕。長い黒髪はぼさぼさに乱れ、だらしなく開かれた口からは涎が垂れ落ちている。そして、焦点の合わぬ目は、死んだ魚のように濁り切っていた。
『美を守る』という名前が哀れに思えてしまうほどに気味の悪い姿。おそらく、一般人が見ても、彼女が普通でないことは一目瞭然だろう。だが、宗介たちのような視える人間の目に映る異常は、それだけではなかった。
禍々しい真っ黒な怨念。それが巨大な蛇のように、美守の身体に纏わり付いていた。人間から根こそぎ生気を奪い、全てを無に還すような漆黒の念だ。
先刻、柵を覗いた瞬間、その怨念は威嚇するように宗介たちに覆い被さってきた。光が吐き気をもよおしたのは、そのためである。
「黒宮様は大丈夫なのですか?」
「俺か? まあ、まるっきり平気とは言わないが、吐くほどじゃねえよ」
不快感はあるが、それでもトイレに駆け込むほどではない。温室育ちの光とは違い、宗介はそれなりに場数を踏んできている。
「それより、あんたはさっき毎日掃除をしているって言ってたよな? あの子の世話もあんたが?」
「あ、はい。ご家族の方も今の美守様にはあまり近づきたくないようで……」
乃恵は躊躇いがちに言葉を紡ぐ。それを聞いて、宗介は何ともやるせない気持ちになった。
名家の一人娘といっても、壊れてしまえば厄介者。「ボケた老人を施設に入れるのと何が違う」と言われればそれまでだが、あまり気分の良い話ではない。
「同情するよ。あんたにも、牢の中のあの子にもな。ところで、あんたに変わったところは?」
「私ですか? いえ、特にありませんが」
「そうか……」
宗介は顎に手をやりしばし考える。
(今の美守は食事や着替えも一人では満足にできないはずだ。故に、身の周りの世話は乃恵がやっているのだろう。でも、至近距離で美守に接している彼女には何の変化もない。ということは……)
宗介がそんなことを考えていた、まさにその時――。
「ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ」
突然、美守がけたたましい声で笑い始めた。
何の前触れもなかったので、宗介もびくりと硬直してしまう。
隣にいる乃恵も、笑い続ける美守を見て驚愕の表情を浮かべていた。
「……いつも、こうなのか?」
宗介は乃恵に尋ねる。
「い、いえ。以前は確かに、奇声を発することも多かったのですが、このような笑い声は……。それに、最近はお食事もほとんど摂られず、お眠りになられていることが多かったので。美守様……急にどうされてしまったのでしょうか……」
乃恵は胸に手を当て、不安げな視線を牢の中へ送る。
ひょっとすると、霊力を持った宗介や光の存在が何らかの刺激になってしまったのかもしれない。
だが、宗介は別の部分でより大きな危惧を抱いた。食事も摂らずに、眠っていることが多くなったという美守の状態。何も手を打たなければ、近いうちに彼女は死ぬことになるだろう。それだけ美守を覆っている怨念は強力で性質の悪いものだ。
しばらくすると、美守の笑い声は静まった。
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