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許されざる恋路
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座敷牢を後にした宗介たちは、源一郎に「今日の除霊は終わった」と報告。
それから、猛を探して屋敷を彷徨い歩いた。
源一郎の話では「家のどこかにいるだろう」とのことだったのだが、猛はなかなか見つからない。
家の中には見当たらなかったので、宗介たちは庭へ出てみることにした。
倉の前を通り過ぎようとした時、その裏手から話し声が聞こえた気がして宗介は足を止める。
「どうしたの、宗介君?」
「いや、裏の方から話し声が聞こえたような」
宗介と光は倉の裏手へと回り込む。
そこにいたのは、猛と乃恵だった。だが、何か雰囲気がおかしい。いや、そもそもこんな場所で人目を忍ぶように会っていること自体が不自然だ。
盗み聞きもどうかと思ったが、宗介は光と目配せをして、陰から二人の様子を窺うことにした。
「この間のこと、考えてくれた?」
猛は乃恵に問いかける。
「す、すみません……。やはり私には、猛様と一緒に佐々村の家を出るなんて……」
「どうして?」
「猛様は佐々村の御子息です。私なんかとは……」
予想はしていたが、やはり色恋沙汰のようだ。初対面の時からこの二人にはそれっぽい雰囲気を感じていたので、宗介にそこまでの驚きはない。
けれど、横にいる光は違ったようで、彼女は驚嘆と興味が入り混じった目で二人を見つめていた。考えてみれば、彼女もついこの間までは女子高生。恋愛事に対して目を輝かせるのは、当然と言えば当然だろう。『名家の息子と女中の恋』なんていうのは、些かベタ過ぎると宗介は思うのだが。
「家柄なんて関係ないじゃないか」
「そうはいきません。私はただの使用人ですから……」
「乃恵ちゃんの年で使用人なんてやっている方がおかしいんだ。もっと自由に生きていいし、生きるべきなんだよ!」
「それは、できません……。私は旦那様にたくさんの恩があります。その恩返しもできないまま、佐々村の家を出てしまうなんて……」
猛は乃恵に詰め寄るが、乃恵は煮え切らない言葉を返す。良い返答を得られない猛の表情は、次第に苦々しいものへと変わっていった。
「僕は乃恵ちゃんのことを小さい頃からずっと見てきた。君が辛い思いをしながら生きてきたことも分かっているつもりだ。乃恵ちゃんは佐々村の家にいたら、絶対幸せになれないよ。ずっと涼子さんの言いなりでいるつもりかい?」
「それは……」
「心配なんだよ、乃恵ちゃんのことが。今のままだと、いつか必ず涼子さんに潰されてしまう。だから、僕と――」
「い、いけません!」
乃恵の肩を掴もうとする猛の手を、彼女は振り払った。
振り払われた猛も、振り払った乃恵も、その瞬間に表情が硬直する。
「も、申し訳ありません。でも、私は……」
乃恵は泣きそうな顔で呟くと、猛に背を向け屋敷の方へ駆けていった。
「あっ、乃恵ちゃん……」
猛が呼び止めるも、乃恵は決して振り返らない。彼女に向かって伸ばされた猛の手は、やり場なく宙を漂う。そして、しばらくすると、その手は溜息と共にがっくりと下ろされた。
「どうしてだよ……」
悔しそうに呟くと、猛もとぼとぼと屋敷の方へと歩いていく。
猛に用があった宗介だが、流石に今出ていって彼に声を掛ける度胸はなかった。ここはそっとしておいて、一度出直すのが正しい対応というものだろう。
しかし、ああいうシーンを見せられると、何ともやるせない気持ちになる。同性だから肩を持つというわけではないが、あれでは少しばかり猛が可哀相だ。
(猛さんは優しくてできた男だ。それなのに、乃恵は一体何が不満なんだ? それとも、本気で佐々村家への恩だとかを考えているのか? まあ、彼女も真面目そうな子だから分からなくもないけど……)
「ねえねえ、宗介君! 今の見た?」
宗介が猛に同情の念を抱いている傍らで、光は初めてサーカスを見た子供のようにはしゃいだ声を出す。
「当たり前だろ。同じものを見てたんだから」
「なんかいいよね~。主とメイドの身分違いの恋って感じでさ~。私ね、乃恵ちゃんってどこか幸薄そうな感じで心配してたんだよ。涼子さんにもあまり良く思われてないみたいだったし。でも、ちゃんと味方もいてくれるんだって分かってすごく安心したよ」
「でも、あの子には全然その気がなさそうだったぜ?」
宗介が尋ねると、光はチッチッと人差し指を振った。
「その辺りは宗介君も子供ね~。愛の障害は多い方がいいのよ。苦難を乗り越えて結ばれる二人。ロマンチックだわ~。でも、猛さんって紳士で優しいけど、ちょっと押しが弱そうなところがあるからね。決めるところはビシっと決めて、乃恵ちゃんを幸せにしてあげて欲しいわよね~」
光は、背景にお花畑が浮かびそうな様子で語る。恋愛事に疎い宗介はついていけない。だが、昨晩聞いた乃恵の境遇を考えると、光の言う通り幸せになってもらいたいとは宗介も思った。
「お前に子供って言われるのは心外だけど、確かに恋だの愛だのっていうのは、俺の専門外だな。じゃあ、そろそろ猛さんの後を追って――」
宗介は歩き出そうとしたが、光についてくる気配がない。ふと彼女の方を見ると、先ほどまでとは一変して、神妙な顔つきで上の方を見つめていた。
「どうかしたのか?」
「えっ、あ、うん。あそこ……」
光が指差したのは屋敷の二階――カーテンで閉じられた部屋の窓。しかし、特に変わったところは何もない。
「別に何もないぜ?」
「今はね。でも、あそこから……涼子さんがすごく怖い顔でこっちを見てた。私と目が合うと、すぐに引っ込んじゃったけど……」
それを聞いて、宗介はもう一度、二階の窓に目をやる。涼子の姿はない。だが、あのカーテンの隙間から見下ろしていたであろう彼女の顔を想像すると、少しばかり背筋が冷たくなった。
呪いとは違う佐々村家の闇を、垣間見た気がした。
それから、猛を探して屋敷を彷徨い歩いた。
源一郎の話では「家のどこかにいるだろう」とのことだったのだが、猛はなかなか見つからない。
家の中には見当たらなかったので、宗介たちは庭へ出てみることにした。
倉の前を通り過ぎようとした時、その裏手から話し声が聞こえた気がして宗介は足を止める。
「どうしたの、宗介君?」
「いや、裏の方から話し声が聞こえたような」
宗介と光は倉の裏手へと回り込む。
そこにいたのは、猛と乃恵だった。だが、何か雰囲気がおかしい。いや、そもそもこんな場所で人目を忍ぶように会っていること自体が不自然だ。
盗み聞きもどうかと思ったが、宗介は光と目配せをして、陰から二人の様子を窺うことにした。
「この間のこと、考えてくれた?」
猛は乃恵に問いかける。
「す、すみません……。やはり私には、猛様と一緒に佐々村の家を出るなんて……」
「どうして?」
「猛様は佐々村の御子息です。私なんかとは……」
予想はしていたが、やはり色恋沙汰のようだ。初対面の時からこの二人にはそれっぽい雰囲気を感じていたので、宗介にそこまでの驚きはない。
けれど、横にいる光は違ったようで、彼女は驚嘆と興味が入り混じった目で二人を見つめていた。考えてみれば、彼女もついこの間までは女子高生。恋愛事に対して目を輝かせるのは、当然と言えば当然だろう。『名家の息子と女中の恋』なんていうのは、些かベタ過ぎると宗介は思うのだが。
「家柄なんて関係ないじゃないか」
「そうはいきません。私はただの使用人ですから……」
「乃恵ちゃんの年で使用人なんてやっている方がおかしいんだ。もっと自由に生きていいし、生きるべきなんだよ!」
「それは、できません……。私は旦那様にたくさんの恩があります。その恩返しもできないまま、佐々村の家を出てしまうなんて……」
猛は乃恵に詰め寄るが、乃恵は煮え切らない言葉を返す。良い返答を得られない猛の表情は、次第に苦々しいものへと変わっていった。
「僕は乃恵ちゃんのことを小さい頃からずっと見てきた。君が辛い思いをしながら生きてきたことも分かっているつもりだ。乃恵ちゃんは佐々村の家にいたら、絶対幸せになれないよ。ずっと涼子さんの言いなりでいるつもりかい?」
「それは……」
「心配なんだよ、乃恵ちゃんのことが。今のままだと、いつか必ず涼子さんに潰されてしまう。だから、僕と――」
「い、いけません!」
乃恵の肩を掴もうとする猛の手を、彼女は振り払った。
振り払われた猛も、振り払った乃恵も、その瞬間に表情が硬直する。
「も、申し訳ありません。でも、私は……」
乃恵は泣きそうな顔で呟くと、猛に背を向け屋敷の方へ駆けていった。
「あっ、乃恵ちゃん……」
猛が呼び止めるも、乃恵は決して振り返らない。彼女に向かって伸ばされた猛の手は、やり場なく宙を漂う。そして、しばらくすると、その手は溜息と共にがっくりと下ろされた。
「どうしてだよ……」
悔しそうに呟くと、猛もとぼとぼと屋敷の方へと歩いていく。
猛に用があった宗介だが、流石に今出ていって彼に声を掛ける度胸はなかった。ここはそっとしておいて、一度出直すのが正しい対応というものだろう。
しかし、ああいうシーンを見せられると、何ともやるせない気持ちになる。同性だから肩を持つというわけではないが、あれでは少しばかり猛が可哀相だ。
(猛さんは優しくてできた男だ。それなのに、乃恵は一体何が不満なんだ? それとも、本気で佐々村家への恩だとかを考えているのか? まあ、彼女も真面目そうな子だから分からなくもないけど……)
「ねえねえ、宗介君! 今の見た?」
宗介が猛に同情の念を抱いている傍らで、光は初めてサーカスを見た子供のようにはしゃいだ声を出す。
「当たり前だろ。同じものを見てたんだから」
「なんかいいよね~。主とメイドの身分違いの恋って感じでさ~。私ね、乃恵ちゃんってどこか幸薄そうな感じで心配してたんだよ。涼子さんにもあまり良く思われてないみたいだったし。でも、ちゃんと味方もいてくれるんだって分かってすごく安心したよ」
「でも、あの子には全然その気がなさそうだったぜ?」
宗介が尋ねると、光はチッチッと人差し指を振った。
「その辺りは宗介君も子供ね~。愛の障害は多い方がいいのよ。苦難を乗り越えて結ばれる二人。ロマンチックだわ~。でも、猛さんって紳士で優しいけど、ちょっと押しが弱そうなところがあるからね。決めるところはビシっと決めて、乃恵ちゃんを幸せにしてあげて欲しいわよね~」
光は、背景にお花畑が浮かびそうな様子で語る。恋愛事に疎い宗介はついていけない。だが、昨晩聞いた乃恵の境遇を考えると、光の言う通り幸せになってもらいたいとは宗介も思った。
「お前に子供って言われるのは心外だけど、確かに恋だの愛だのっていうのは、俺の専門外だな。じゃあ、そろそろ猛さんの後を追って――」
宗介は歩き出そうとしたが、光についてくる気配がない。ふと彼女の方を見ると、先ほどまでとは一変して、神妙な顔つきで上の方を見つめていた。
「どうかしたのか?」
「えっ、あ、うん。あそこ……」
光が指差したのは屋敷の二階――カーテンで閉じられた部屋の窓。しかし、特に変わったところは何もない。
「別に何もないぜ?」
「今はね。でも、あそこから……涼子さんがすごく怖い顔でこっちを見てた。私と目が合うと、すぐに引っ込んじゃったけど……」
それを聞いて、宗介はもう一度、二階の窓に目をやる。涼子の姿はない。だが、あのカーテンの隙間から見下ろしていたであろう彼女の顔を想像すると、少しばかり背筋が冷たくなった。
呪いとは違う佐々村家の闇を、垣間見た気がした。
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