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脱落
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「ここが美守の部屋です」
佐々村家に戻ってきた宗介と光は、涼子に許可を取り、美守が使っていた部屋を見せてもらっていた。
呪いのバックグラウンドは概ね把握できたが、肝心の「呪術が村のどこに隠されているのか」は、まだ皆目見当がつかない。そのため、美守の部屋に何かしらヒントがないか探しに来たというわけだ。
涼子に案内された美守の部屋は、女子高生らしいファンシーな様相。綺麗な部屋だが、中に入ると同時に、例の腐敗臭が微かに臭ってきた。
宗介は涼子を盗み見る。色々と部屋の中を物色したい宗介にとって、涼子の存在は邪魔でしかない。そこで、宗介は一芝居うつことにした。
「……ああ、やっぱりここもヤバいな。結構いる……」
宗介はわざと涼子に聞こえるように呟いた。
「い、いるって、何が?」
宗介の呟きを耳にした涼子は、途端に表情を強張らせた。
「何って……そりゃあ『悪いモノ』がだよ。あ、ほら、あんたの後ろにも!」
「ひぃっ!」
宗介が涼子の後方を指差すと、彼女はすぐにその場から飛び退いた。心霊を信じない人間なら「何を馬鹿なことを」と一笑に伏すのだろうが、変わり果てた美守を目の当たりにしている彼女にしてみれば、決して笑い事では済まされない。「次は我が身かも……」という思いが、必ず心のどこかにあるからだ。故に、ハッタリが効果を発揮する。
「娘さんを除霊しても部屋がこれじゃあな……」
「ど、どうにかなりませんか?」
案の定、涼子は懇願するような目で宗介に助けを求めてきた。こうなれば、もうこちらのものだ。
「まあ、俺なら少し時間を貰えれば、この部屋を清めるくらいはできるぜ」
「お、お願いします! 娘のために」
涼子は怯えた表情で、宗介に頭を下げる。
「ああ、いいぜ。じゃあ、今からお祓いの儀式をやるから、素人のあんたは部屋から離れてな。下手に近づくと、あんたも呪われるぜ」
「わ、分かりました。よろしくお願いします」
言うが早いか、涼子はそそくさと部屋を出て行った。
ドアが閉まるのを確認して、隣にいた光が深い溜息をつく。
「何もあんなに脅さなくたって……。『除霊の振り』でも思ったけど、宗介君はひょっとしたら除霊師よりも詐欺師の方が向いているんじゃないの?」
「誉め言葉として受け取っておいてやるよ。でも、これであのオバサンが部屋に入ってくることはないはずだ。安心して部屋の中を物色できる」
「そうだね。じゃあ、早速……」
「あ、ちょっと待った!」
部屋の調査を開始する前に、宗介は光に渡しておきたいものがあった。
「これ、持ってろよ」
宗介はポケットから取り出した石(さっき猛に桜荘へ寄ってもらい、荷物の中から持ち出してきた)を光に放った。
光は少し慌てながら、投げられた石を両手でキャッチする。
「これって霊石だよね。すごい……黒曜石みたい。こんな綺麗に磨かれた霊石、初めて見たよ」
光は掌に乗せた石を見ながら感嘆の声を漏らす。
光に渡したのは、霊石のペンダント。霊石は字の如く霊力を宿した石――正確には、霊力を宿すことのできる石だ。霊力を備えた人間が石を磨くことによって、その人物の霊力が石に封じられる。除霊師の間では一種の御守りとして扱われており、常に携帯している者も少なくない。
「でも、どうして私にこれを?」
「お前は弱っちいからな。これから呪いの根源に迫るわけだから、御守り代わりに持ってろって話だ。これから先、何があってもその石を手放すなよ。分かったな?」
「弱っちいって……」
光は不服そうな顔をしながらも、「分かった」と頷いた。
それから、宗介たちは部屋の物色を開始。
だが、ものの三分もしないうちに、物色は終了した。
机の引き出しにて、それはあっさりと発見されたからだ。
それは、くしゃくしゃになった一枚の紙切れ。
破かぬよう慎重に広げてみると、そこには怪しい紋様が描かれていた。
「これって、お札の切れ端? 座敷牢の扉に貼られていたものの一部かな?」
肩越しに覗き込みながら、光が尋ねてくる。
「いや、違う。これはもっと古いものだ。それに、この紋様……一部だけだし、かすれてしまっているが、封呪の術式で使われるものだろう」
「えっ? じゃあ、もしかして、そのお札って細入村に隠されている呪術を封印していたもの……?」
「断定はできないが、その可能性は高いように思うな」
「そ、そんなものが机の引き出しに入っていたってことは……」
美守はやはり、その呪術に触れたのだろう。経緯は分からないが、引き出しの中に封呪の札が入っていたことは、宗介の考えを裏付ける大きな証拠だ。
「どうやらビンゴだな。あとは美守がどこでこのお札を――――ぐっ……」
その時、宗介の胸にズキっと嫌な痛みが走った。
宗介は右手で胸を押さえて蹲る。
突如として襲ってきた不調は『気持ち悪い』の域を超えて『苦しい』だった。
呼吸が上手くできない。目の前が霞む。
光が何かを叫んでいるようだったが、それすらも最早上手く聞き取れない。
右肩の黒い痣が漆黒の手に形を変え、首を絞め上げてくるような感覚だった。
宗介の意識が次第に遠のいていく。
「宗介君――ッ!」
最後に泣きそうになって叫ぶ光の顔が見えた気がしたが、直後、宗介の意識は闇へと融けた。
佐々村家に戻ってきた宗介と光は、涼子に許可を取り、美守が使っていた部屋を見せてもらっていた。
呪いのバックグラウンドは概ね把握できたが、肝心の「呪術が村のどこに隠されているのか」は、まだ皆目見当がつかない。そのため、美守の部屋に何かしらヒントがないか探しに来たというわけだ。
涼子に案内された美守の部屋は、女子高生らしいファンシーな様相。綺麗な部屋だが、中に入ると同時に、例の腐敗臭が微かに臭ってきた。
宗介は涼子を盗み見る。色々と部屋の中を物色したい宗介にとって、涼子の存在は邪魔でしかない。そこで、宗介は一芝居うつことにした。
「……ああ、やっぱりここもヤバいな。結構いる……」
宗介はわざと涼子に聞こえるように呟いた。
「い、いるって、何が?」
宗介の呟きを耳にした涼子は、途端に表情を強張らせた。
「何って……そりゃあ『悪いモノ』がだよ。あ、ほら、あんたの後ろにも!」
「ひぃっ!」
宗介が涼子の後方を指差すと、彼女はすぐにその場から飛び退いた。心霊を信じない人間なら「何を馬鹿なことを」と一笑に伏すのだろうが、変わり果てた美守を目の当たりにしている彼女にしてみれば、決して笑い事では済まされない。「次は我が身かも……」という思いが、必ず心のどこかにあるからだ。故に、ハッタリが効果を発揮する。
「娘さんを除霊しても部屋がこれじゃあな……」
「ど、どうにかなりませんか?」
案の定、涼子は懇願するような目で宗介に助けを求めてきた。こうなれば、もうこちらのものだ。
「まあ、俺なら少し時間を貰えれば、この部屋を清めるくらいはできるぜ」
「お、お願いします! 娘のために」
涼子は怯えた表情で、宗介に頭を下げる。
「ああ、いいぜ。じゃあ、今からお祓いの儀式をやるから、素人のあんたは部屋から離れてな。下手に近づくと、あんたも呪われるぜ」
「わ、分かりました。よろしくお願いします」
言うが早いか、涼子はそそくさと部屋を出て行った。
ドアが閉まるのを確認して、隣にいた光が深い溜息をつく。
「何もあんなに脅さなくたって……。『除霊の振り』でも思ったけど、宗介君はひょっとしたら除霊師よりも詐欺師の方が向いているんじゃないの?」
「誉め言葉として受け取っておいてやるよ。でも、これであのオバサンが部屋に入ってくることはないはずだ。安心して部屋の中を物色できる」
「そうだね。じゃあ、早速……」
「あ、ちょっと待った!」
部屋の調査を開始する前に、宗介は光に渡しておきたいものがあった。
「これ、持ってろよ」
宗介はポケットから取り出した石(さっき猛に桜荘へ寄ってもらい、荷物の中から持ち出してきた)を光に放った。
光は少し慌てながら、投げられた石を両手でキャッチする。
「これって霊石だよね。すごい……黒曜石みたい。こんな綺麗に磨かれた霊石、初めて見たよ」
光は掌に乗せた石を見ながら感嘆の声を漏らす。
光に渡したのは、霊石のペンダント。霊石は字の如く霊力を宿した石――正確には、霊力を宿すことのできる石だ。霊力を備えた人間が石を磨くことによって、その人物の霊力が石に封じられる。除霊師の間では一種の御守りとして扱われており、常に携帯している者も少なくない。
「でも、どうして私にこれを?」
「お前は弱っちいからな。これから呪いの根源に迫るわけだから、御守り代わりに持ってろって話だ。これから先、何があってもその石を手放すなよ。分かったな?」
「弱っちいって……」
光は不服そうな顔をしながらも、「分かった」と頷いた。
それから、宗介たちは部屋の物色を開始。
だが、ものの三分もしないうちに、物色は終了した。
机の引き出しにて、それはあっさりと発見されたからだ。
それは、くしゃくしゃになった一枚の紙切れ。
破かぬよう慎重に広げてみると、そこには怪しい紋様が描かれていた。
「これって、お札の切れ端? 座敷牢の扉に貼られていたものの一部かな?」
肩越しに覗き込みながら、光が尋ねてくる。
「いや、違う。これはもっと古いものだ。それに、この紋様……一部だけだし、かすれてしまっているが、封呪の術式で使われるものだろう」
「えっ? じゃあ、もしかして、そのお札って細入村に隠されている呪術を封印していたもの……?」
「断定はできないが、その可能性は高いように思うな」
「そ、そんなものが机の引き出しに入っていたってことは……」
美守はやはり、その呪術に触れたのだろう。経緯は分からないが、引き出しの中に封呪の札が入っていたことは、宗介の考えを裏付ける大きな証拠だ。
「どうやらビンゴだな。あとは美守がどこでこのお札を――――ぐっ……」
その時、宗介の胸にズキっと嫌な痛みが走った。
宗介は右手で胸を押さえて蹲る。
突如として襲ってきた不調は『気持ち悪い』の域を超えて『苦しい』だった。
呼吸が上手くできない。目の前が霞む。
光が何かを叫んでいるようだったが、それすらも最早上手く聞き取れない。
右肩の黒い痣が漆黒の手に形を変え、首を絞め上げてくるような感覚だった。
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